短波 HF (High Frequency)と電離層
『短波放送』という言葉を聞いたことがあるかもしれません。これは短波帯と呼ばれる比較的低い周波数(3~30MHz)を利用するラジオ放送のことで、季節、それに昼と夜でコンディションが大きく変わる電離層に対応するため、周波数を使い分けて放送されるのが特徴です。日本国内ではとくに『ラジオNIKKEI』のほか、北朝鮮国内にいるとされる拉致被害者に対する情報提供を目的とした『しおかぜ』が有名です。
夜間になれば、この短波帯の電波は非常に遠くまで飛び、世界各国の放送局から短波放送が聞こえてきます。これら短波放送を受信する趣味を『BCL』と呼び、日本では70年代にブームとなりました。
アマチュア無線局も、この短波帯の数カ所で利用が許可されており、これら低い周波数を使ったアマチュア無線の運用をHigh Frequencyの頭文字をとって『HF運用』と呼んでいます。
外国と交信するには電離層とHFで
4アマが手軽に運用できる144MHz帯や430MHz帯はアンテナを短くできる利点があるものの、Eスポが発生でもしない限り、それなりのアンテナでは数百キロ程度の交信範囲が限界です。それでも電波の異常伝播経路(ラジオダクト)が生成されることによって、144MHz帯でも外国と交信できるチャンスがあります。しかし、ラジオダクトの発生は希で、日常的にというわけにはいきません。これでは国外のアマチュア局と交信したい場合には不便です。
そこで、周波数が低ければ低いほど遠くへ飛ぶ電波の性質を利用するHF運用となります。理論的には周波数は低ければ低いほど電波が電離層で反射されるため、見通し距離の交信に比べて数倍から数百倍も遠くへ飛んでいきます。さらにHF運用で使用されるSSBやCW(モールス)といった各種モードは通常のFMやAM変調の搬送波に比べ、電波の減衰が少なく、地球の裏側までも飛んでいきます。SSBのうちのUSBモードは航空無線の『洋上管制』でも使用されています。
HFを手軽に受信する
HFのうち、SSBモードを使った通信は安価な広帯域受信機では復調できませんが、中国製SSB対応短波ラジオなら手軽に復調できます。
HF運用を始めるには
このようなHF運用で、国外アマチュア局との遠距離交信をとくに『DX』と呼び、自宅に大きなタワーアンテナを立てて、7MHzや14MHz帯などの低い周波数と電離層を使って外国局との交信を楽しむベテランハムが多くいます。HF運用をしたい場合、アンテナの設備が大掛かりになり、またHF無線機も比較的高価のため、初心者にとってはやや飛び込みづらさもありますが、もちろんビギナーが多い4アマでも、SSBとAMモードにて豊富なHF帯域が許可されており、外国局との交信も夢ではません。
現在、4アマに許可されているHF帯は3.5MHz、3.8MHz、7MHz、21MHz、24MHZ、28MHzの各バンドとなっておりますので、JARLのビギナーズガイド(PDF)を参照してください。ただ、もっとも電波の飛びの良いモールス(CW)の利用は4アマでは許可されておらず、3アマからとなっているので注意が必要です。
また、HF運用ではアンテナがより重要となります。一般的には大きなタワーアンテナがあると、送受信効率も良いものですが、HFであっても屋根やベランダ設置のコンパクト・アンテナでも楽しめます。
またHFのモービル運用も可能です。その際は海岸にでも出かければ2メートル程度のHF用アンテナでもアメリカとも交信が可能です。
HFで運用されるモールス通信
もし3アマに合格したら、打鍵器を使った電信であるモールス(CW)を楽しんでみてはいかがでしょう。日本では1854年、ペリー(マシュー・カルブレイス・ペリー)が2度目に来日した際、持参した「エンボッシング・モールス電信機」にて江戸と横浜間の電信に成功させ、これが国内初の電信通信となりました。
通常の音声での通信に比べた場合、消費電力は10分の1程度と非常に省電力で通信が行えることが利点です。またモールス通信は弱い出力でも周波数が低ければ低いほど、地球上のあらゆる場所にまで電波が到達するので、驚きと面白さがあります。アマチュア無線技士においては3級から運用が許可されるモールス通信ですが、民間の業務局では使われなくなりました。しかし、自衛隊ではいまだに運用されているほか、日本政府が電波法施行規則第12条第13項で「無線電信により非常通信を行う無線局は、なるべくA1A電波4,630kHzを送り、及び受けることができるものでなければならない。」と規定し、自衛隊のほか警察も常に傍受している非常通信用の周波数4630kHzはモールス通信(A1A)が基本となっています。
スパイへの乱数放送にも使用される短波
上述の通り、電離層の利用で世界中と交信できる無線通信であることから、短波は各国の軍隊や諜報機関でもスパイに対する暗号送信(乱数放送)用に使用しており、リンカーンシャー・ポーチャーや北朝鮮のA3放送が有名です。
北朝鮮の乱数放送は同国のミサイル発射前には活発化するという話もあり、警察庁情報通信局の各通信所、自衛隊情報本部や別班が常に傍受しているようです。
さらにロシアのモスクワ近郊の村から4625kHzまたは6998kHzにてブザー音が発信されるUVB-76″ザ・ブザー”もまた謎めいています。UVB-76はソ連時代から現在まで続く『目的不明の無線局』で、SSBモードにて短いブザー音を24時間絶え間なく送信しています。ごくまれに人間の音声で英数字を読み上げることもありますが、その目的については電離層の研究、モスクワが他国から核攻撃を受けず無事であることを他の地域の軍部隊へ知らせる目的であるなどの推測がされていますが詳細は不明です。
UVB-76は謎に満ちた怪電波発信源のためか、世界中の短波無線愛好家から根強い人気がありますが、近年では同周波数がジャックされ、日本の美少女アニメの主題歌『うまぴょい伝説』やK-POPの『江南スタイル』が放送されるなど甚大な被害も受けています。
一方、謎の短波無線という点では我が国にも千葉県内などの自衛隊施設から送信されているデジタル変調短波無線『ジャパニーズスロットマシン』があります。名称の由来は『デジタル変調の音がパチスロ台の電子音と似ているから』のようです。通信内容は海上自衛隊潜水艦への指令(沈黙の艦隊)であるという指摘もあるものの、高度なデジタル変調のために復調は不可能とされており、本当に自衛隊の任務に関する無線なのか詳細は不明です。
電離層の種類
電離層とは大気中の酸素分子が赤外線や波長の短い紫外線により、原子へと分解され、その原子が自由電子とイオンに分解され小さな粒状となって浮遊しており、低いほうからD、E、Fと各層から成り立っています。地上から約50キロから数100キロ上空にある各層に電波が当たると反射現象が起こりますが、それぞれ電子密度によって反射や吸収率が違い、一般的に密度が高くなるのは太陽活動が活発な夏場で、とくに前述した短波帯の電波が影響されます。
D層
地上約50キロから80キロと比較的低い位置に発生する層です。昼がもっとも電子密度が高くなりますが、夜は消えてしまいます。短波は反射しませんが、長波はこの層によって比較的広範囲に伝わります。
E層
地上約100キロ上空に発生する層です。朝から発生し昼の時間帯がもっとも電子密度が高くなります。
F層
F層は約200~400kmの高度に形成される電離層です。外国の短波放送が深夜によく聞こえてくるのはこのF層が理由で、アマチュア無線のHFで主に利用されるのもこの層です。
電離層により引き起こされるさまざまな現象
フェージング
夜間のHFで見られる現象で、受信している電波が強くなったり弱くなったりすることがあります。このような電波のゆがみがフェージング現象です。地表波と電離層波が互いに干渉しあうために起きます。
Eスポ
春から夏にかけて、主に昼間、地上から上空約100km付近に局地的かつ突発的に発生する電離層のこと。これに電波が反射することで普段では届かない地域に電波が届き、通信が可能。つまりこれが発生すると遠距離通信が狙えるのだ。ただし、発生は突発的であり安定しない。
デリンジャー現象
太陽フレアによる一種の短波障害です。電子密度が増大したD層で短波が吸収されることにより短波が遠距離へ到達しなくなります。
磁気あらし
こちらも太陽フレアの発生で起きる現象です。