アマチュア無線好きの刑事が出張捜査先で『CQ、CQ!』異色刑事ドラマ『あいつと俺』配信中!

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あいつと俺』という、アマチュア無線が登場する作品をご存知だろうか。『ああ、ひょんなことから身体が入れ替わってしまった少年少女を描いた作品ね』と思ったそこのあなた。それは、君の縄・・じゃなかった『おれがあいつであいつがおれで』です。

『あいつと俺』は1980年に製作され、同年から1984年にかけて東京12チャンネル(テレビ東京)で放映された刑事ドラマ。名優・川谷拓三演じる主人公の警視庁捜査一課刑事・峰山凡太郎と、その相棒の山田平太(清水健太郎)が主人公のバディもの。なんと峰山はアマチュア無線好きの”変人”刑事という異色の設定。

『あいつと俺』

ベテラン刑事と新米刑事の2人が日本を旅しながら、行く先々で起こる様々な事件を解決していくロードムービースタイルの刑事ドラマ。地方への出張捜査ばかりを任される、野暮ったくて変人と呼ばれながらも人一倍心の温かいベテラン刑事・峰山に川谷拓三、そんな峰山の生き方に惹かれ、自ら望んで峰山と組んでいる新米刑事に清水健太郎が扮する。また彼らに興味を持ち取材という名目で二人を追いかける雑誌の記者役で、「ひまわり娘」でおなじみの人気歌手、伊藤咲子が出演。ほとんどのシーンが各地のロケで撮影されたぜいたくな作りとなっている。

出典 Amazon

当時の刑事もので、必ず主人公が携行していた3つのアイテムといえば、警察手帳、けん銃、手錠である。だが、峰山は『警察手帳と私物のアマチュア無線のトランシーバー』しか持たない風変わりな刑事、という設定なのである。

では、変人設定の峰山刑事の無線機はどんな使われ方をするのだろう。峰山は捜査一課刑事として、相棒の新人刑事・山田と共に毎回全国各地へ捜査で出張するのだが、手荷物の中にハンディー型のアマチュア無線機を紛れ込ませ、その道中や各地でCQを出すポータブル運用で息抜きを・・という描かれ方。”ロードムービースタイルの刑事ドラマ”といえば、海外では『Xファイル』なんてのがあったが、例えば、もしモルダー捜査官が毎回の出張で、宿泊先のモーテルの窓辺から捜査の合間の息抜きにアマチュア無線をやっていたら、と妄想するといい。スカリーは呆れるわけである。

とまあ、我々視聴者が期待しがちな「アマチュア無線が事件のきっかけ」にはならないのである。

さて、第1話では峰山が初っ端から真冬の北海道オホーツクを行く国鉄の車内でトランシーバーを鞄から出し、8エリア管内で堂々のCQ呼び出しを披露してくれる(笑)ところが、同僚たちは彼の趣味に理解がない。車内では電波の送受信環境が悪いため、列車の窓を開ける峰山であったが、相棒の若い新人刑事・山田はハムに全く興味がなく『寒いでしょう!』とピシャリ。

第1回「男、オホーツクに消える-北海道-」でのワンシーン。峰山がワニ皮の旅行鞄から取り出したのは協賛企業・トリオの2メーター・トランシーバー。おそらく『TR-2400』か。ウキウキ気分で『CQ、CQ!こちらはJR2SHY……』と呼びかけるも、相棒の山田は冷ややか。現在でも出張のお供にハンディタイプのアマチュア無線機やデジ簡を持っていく人は多いが、この43年前のスタイル、現代とさほど相違はなく、感慨深い。 画像の出典『あいつと俺』(C)ティーエムプロダクション

また、第2話では別の刑事が旅館で映りの悪いテレビのチャンネル合わせに苦労する隣で、峰山はトランシーバーの周波数を合わせ、受信に興じているが『どこが面白いのそんなの?趣味が悪いよな』と疎まれる。”変人峰山”の姿には、当時思わずテレビの前で苦笑したアマチュア無線家も多かったのではないだろうか。

さらにレストランでパスタを美味そうに頬張る峰山だが、その傍らにトランシーバー。こんなに美味そうにパスタ(ボンゴレ!)を食うシーンが描かれた作品を見るのは『カリオストロ』以来だ。

川谷拓三といえば、山城新伍とのコンビで76年から90年まで出演した日清『どん兵衛』のCMを思い出すが、パスタ(彼によればボンゴレ!だそうです)を食べる拓ボンは珍しい。というより、テーブルにはやっぱり愛用のハンディ機が(笑)。画像の出典『あいつと俺』(C)ティーエムプロダクション

地元の女性ライダー”アーマライトM16の女”に『それなに?』と聞かれてサラダの具の”ハム”をフォークで刺しつつ、『ハム!』と答え、『あなたは誰?』と問われて『JR2SHY!』と自局の呼び出し符号で答える、どうにも憎めない変人・峰山刑事というキャラクター。それにしても、”ハムにハムをかける描写”って、崖の上のポニョ、ミーム、そして本作と、色々あるものだ。

以降、本筋とはあまり関係のない形で峰山のポータブル運用シーンが挿入されてゆく。同じ刑事ドラマの『太陽にほえろ』では、レギュラー刑事の一人『殿下』が有資格者で、アマチュア無線による非常通信の結果、犯人逮捕と事件解決につながるエピソードがあり、ハムの間でも有名だ。しかし、本作『あいつと俺』では刑事のアマチュア無線趣味とトランシーバーが捜査や事件解決の直接の手助けになるシーンはない。

とはいえ、第9話の大分出張における峰山が船酔いと飛行機酔いで悪心のなか、トランシーバー片手に交信する場面では川谷の演技が光る。CQ呼び出し、相手局からの応答、そしてサブチャンネルへQSYしてからラグチューに至る一連のやりとりが、今まさに43年後の私たちがやっている運用と全く同じで見入ってしまう。それにしても川谷拓三がドラマでアマチュア無線のシーンを演っていたなんて驚いた。

第5話の釧路ロケでの交信は峰山が自局のサフィックス(SHY)と、送信場所を意味するQ符号『QTH』とを勘違いしてしまったらしき場面など、実際の無線家も運用で間違いはあるのが普通とはいえ、惜しいシーンもある。また、第11話では悪役たちがアマチュア無線を悪用している場面があるものの、このシーンはとくに峰山の無線趣味とは関わらない。

そして最終回の第12話でようやく彼のトランシーバーが、心を悪に染めた青年たちに呼びかけるために使用される場面が描かれてはいるのだが、彼ら(特定の局)への呼びかけの際に不特定多数の呼び出しである『CQ、CQ』はちょっと変ではあった。

さて、いかがだっただろうか。行く先々の地方のアマチュア無線コミュニティが協力して、彼らの情報網や通信スキルが事件の解決に大いに貢献したり(『じゃがいもと三日月』だね)、峰山刑事の覆面パトカーのアンテナをクリエイティブな方法で隠すアイディアを提供するアマチュア無線仲間たちが描かれたり、善良なハムショップだが正体は肉屋でプリマハムが販売される凄惨な事件とかまったくなく、単に仕事と趣味のバランスを取る一人の中年刑事が描かれる、という『あいつと俺』。

なお、エピソードは全12話。だが、実際にはわずか4話で打ち切りとなってしまった。残りの8話はなんと4年の時を経た1984年の再放送時に一緒に放映されたという。したがって、放映は足掛け4年ではあるが、制作年は1980年である。当時、アマチュア無線がまだまだ盛り上がっていたとは言え、無線家にとっては期待しがちな”アマチュア無線好きな刑事”という設定を活かせる脚本は少々難しかったか、と思わざるを得ない。

とまあ、派手なアクションはないもののロードームービーの作りは80年当時の全国各地の古き良き風景がよく記録されており、情緒と人情溢れた古き良き刑事ドラマとして面白く、捜査の合間に刑事がほぼ毎回、アマチュア無線のポータブル運用をする本作『あいつと俺』は極めて異色で、ある意味無線家にとっては伝説的なドラマかもしれない。

現在『あいつと俺』はAmazonプライムでNihon Eiga Net(月額550円)対象作品として配信されている。