FBI(連邦捜査局)と地方警察(市警察、郡保安官、州警察など)は、いずれもアメリカ合衆国における法の執行を担う機関であるが、その権限はアメリカ全土に及ぶ。連邦法違反が疑われる事件を扱うため、州警察や市警察が追えない「州境を越えた犯罪」や国家的な安全保障に関わる事案への対応が可能である。
なお、米国における警察の基本的役割については別項にて詳述している。
以下に、その違いを事実に即して掘り下げていく。
Contents
■ 組織の設立母体と管轄権の違い
FBIは連邦政府の司法省に属する機関であり、その権限はアメリカ全土に及ぶ一方、地方警察(市警察や郡保安官事務所など)は州法の下に設立された地方自治体の機関であり、管轄は原則としてその市域や郡域に限定されている。警察では通常、刑法や道路交通法、軽犯罪法など、州法に基づく日常的な警察業務を担う。つまり、コミニュティに根差した地方警察は、地域住民の安全と治安の維持が主な任務である。交通違反、窃盗、暴行、殺人といった日常的な犯罪への初動対応や捜査、被害者の保護、911通報への対応、巡回など、現場での即応が求められる。
■ 扱う犯罪の種類と任務の範囲
FBIは、国家的な関心を要する重大犯罪を中心に捜査を行う。代表的なものには以下がある:
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テロリズム
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スパイ活動(防諜)
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組織犯罪(マフィア等)
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公民権侵害
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腐敗(連邦職員の汚職等)
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サイバー犯罪
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幼児誘拐や連邦管轄の失踪事件
また、連邦政府に対する犯罪や州をまたぐ金融詐欺なども対象となる。FBIは捜査権限は有しているが、起訴権限は持たず、起訴は連邦検事によって行われる。
FBI(連邦捜査局)は、アメリカ合衆国における**「捜査機関」であって、「検察機関」ではない**。したがって、犯罪の捜査を遂行する権限(捜査権限)はあるが、容疑者を起訴する権限(起訴権限)は持たない。これはアメリカ合衆国の法制度における明確な権限分離に基づくものである。
以下、その仕組みを詳しく解説する。
■ FBIの「捜査権限」とは何か
FBIは、司法省に属する**連邦捜査機関(Federal investigative agency)**であり、主に以下のような活動を担っている。
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証拠の収集(家宅捜索、押収)
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聞き込み調査、事情聴取
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通信傍受や潜入捜査(令状取得が必要)
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指紋やDNAなど科学的証拠の分析
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容疑者の逮捕(連邦令状に基づく)
これらはいずれも「事実関係を明らかにするための活動」であり、あくまで裁判に向けて証拠を集めるプロセスである。つまり、FBIは「事実調査を行う機関」であって、調査の結果として誰をどの罪で起訴するかを決定することはできない。
■ 起訴を担当するのは「連邦検事」
アメリカの連邦法違反事件において、**起訴権限を持つのは司法省に所属する連邦検事(United States Attorney)**である。彼らはFBIから捜査報告や証拠を受け取り、それを法的に審査したうえで次のような判断を行う。
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起訴すべきか不起訴とするか(公訴権の行使)
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起訴する場合はどの罪名で行うか
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連邦大陪審(Grand Jury)を招集するか
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裁判所への訴状提出、量刑交渉(plea bargain)を行うか
このように、「捜査」と「起訴」のプロセスは、制度上別の機関によって担われている。
■ なぜ権限が分かれているのか(三権分立の思想)
この権限分離は、アメリカにおける権力の濫用を防ぐための制度的な枠組みの一環である。特定の政府機関が「捜査して起訴して裁判もする」となると、極めて強力な権限を一手に握ることになり、司法の中立性や個人の権利保障が損なわれるおそれがある。
そのため、アメリカでは以下のような役割分担が確立している。
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捜査:FBI、DEA、ATFなどの捜査機関
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起訴:連邦検事(U.S. Attorney)
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裁判:連邦裁判所(District Court)
それぞれが独立した権限を持ちつつ、相互にチェックし合う構造になっている。
■ 実務における流れ
FBIが犯罪を捜査し、証拠を集めた場合、次のような流れで起訴に至る。
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FBI捜査官が捜査報告書を作成
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所管の連邦検事局に報告書と証拠を提出
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連邦検事が法的妥当性を審査
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起訴が適当と判断された場合、連邦大陪審(Grand Jury)に証拠を提示
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大陪審が起訴を承認すれば、連邦裁判所に訴状が提出され、裁判が開始される
このように、FBIはあくまで裁判に向けた「材料」を用意する役割にとどまり、起訴そのものには関与しない。
■ 補足:地方警察も同様
地方警察(州警察、市警察など)も事情は同様であり、たとえば州法違反の事件については、州検察官(District Attorney)が起訴を行う。つまり、アメリカ全体として、「捜査する者」と「起訴する者」は組織的に分かれているのが基本である。
■ 結語
FBIは、国家的に重大な犯罪への対応力を備えた高度な捜査機関であるが、起訴するかどうかの判断は連邦検事に委ねられており、法の支配に則った手続きを踏むことが義務づけられている。この制度的な分離こそが、アメリカの刑事司法制度の透明性と中立性を支えている。
■ 捜査権限と手続き
FBIは、捜査対象の人物に対して広範な監視や捜査権限を行使できるが、それには連邦裁判所の令状取得など厳格な司法的手続きが必要である。特に通信傍受や潜入捜査などには法的な制限と監督が求められる。
地方警察も捜査令状に基づいて捜索や逮捕を行うが、対象は州法違反に限定される。たとえば、FBIが進めているテロ関連捜査に地方警察が直接関与することはできず、協力関係にとどまる。
■ 組織体制と人材の違い
FBIの捜査官(Special Agent)は、高度な学歴と訓練が要求される。法学、会計、IT、言語学など専門分野を持つ者が多く採用されており、科学捜査や分析においても高度な能力を発揮する。
また、FBIは証拠分析、心理分析、統計的犯罪予測、犯罪プロファイリングなどの分野で独自の研究施設を持つ。これにより、全国的なパターンの分析や情報収集に優れている。
一方で地方警察は、現場主義の訓練と地域密着型の活動に重点が置かれている。警察学校を修了したのち、管轄地域内の事件対応に従事し、住民との信頼関係構築が重要視される。
■ 連携と補完の関係
FBIと地方警察は、法域が異なるものの、しばしば共同捜査や情報共有を通じて補完的な関係を築いている。FBIが主導するタスクフォースに地方警察官が派遣されることもある。
また、FBIはテロや大規模事件において地方警察に支援を要請することもある。たとえば、ボストンマラソン爆破事件や大規模な銃乱射事件などでは、FBIが中心となりながらも現地警察と連携して捜査・対応を進めている。
■象徴的な姿勢の違い
FBIを含む連邦法執行機関は、「国家利益と法の厳格な適用」を重視するのに対し、地方警察は「住民生活と地域治安の保護」を任務とする。このため、たとえば市民デモや銃規制などに対しても、両者のスタンスや優先順位には微妙な違いが見られることがある。
以上のように、FBIと警察は共に法を守る存在でありながら、その任務、立場、管轄、組織文化には明確な違いが存在している。米国の法執行体制は、こうした多層的な機関が相互に補完し合うことによって、連邦国家としての広大で複雑な法の網を維持している。
FBIは、世界的にも最も知名度の高い法執行機関のひとつであり、捜査官(Special Agents)や各種技術職を含む職員数は約3万人に達している。捜査官には、2016年より9mm口径のグロック拳銃が標準貸与されている。
さらに、FBIは高度な事態に対応するため、1982年にHRT(ホステージ・レスキュー・チーム)と呼ばれる特殊部隊を創設した。
この部隊は、人質救出やハイリスクな突入作戦などを任務とし、9mmグロックに加えて、M1911型のガバメントモデル拳銃も運用している。
左派団体に対するFBIの工作活動「COINTELPRO」とは
COINTELPRO(コインテルプロ:Counter Intelligence Program)とは、FBIが1956年から1971年にかけて実施していた秘密裏の対情報(カウンターインテリジェンス)工作である。対象となったのは、共産主義者、黒人解放運動、公民権活動家、反戦団体、左翼系学生団体など、当局が「国内の過激派勢力」とみなした個人・組織であった。
背景
1950年代のアメリカは、東西冷戦の激化とともに「赤狩り(レッド・パージ)」と呼ばれる共産主義排除の風潮が強まっていた。FBI長官ジョン・エドガー・フーヴァーは、ソ連のスパイ活動や共産主義思想の浸透を国内の重大な脅威とみなし、情報収集だけでなく積極的に「敵」を内部から瓦解させる工作活動を許可・推進した。
こうして1956年に開始されたのがCOINTELPROであり、当初はアメリカ共産党(CPUSA)を主な対象としていたが、1960年代に入るとその対象はキング牧師率いる公民権運動(SCLC)や、ブラックパンサー党(Black Panther Party)、さらにはノーム・チョムスキーやアビー・ホフマンのような反体制的知識人・学生運動家にまで拡大された。
手法と実態
COINTELPROの実施にあたって、FBIは以下のような多様かつ非合法な手段を用いたとされている:
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盗聴・盗撮・郵便物の開封
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偽情報の流布やメディア操作
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偽の手紙や告発状を使った仲間割れの工作
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ターゲットの信用失墜、職業的・社会的地位の破壊
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扇動や脅迫による組織の分断・過激化の誘導
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法的根拠に乏しい逮捕・監視の継続
たとえばFBIは、キング牧師の私生活を盗聴し、婚外関係を示す録音テープを送りつけて自殺を迫るといった、人権侵害レベルの心理的攻撃を実行していた。ブラックパンサー党に対しては、内部分裂を誘発させる偽情報を用いた心理戦や、幹部の暗殺を示唆するような暴力的手段もとられていた。
暴露と終結
1971年、ペンシルベニア州メディア市にあるFBI支局に、“Citizens’ Commission to Investigate the FBI”と名乗る匿名の市民グループが侵入し、内部文書を持ち出した。この中に「COINTELPRO – Black Nationalist Hate Groups」などと記された文書が含まれており、FBIが合法的な市民運動や公民権活動を、敵対勢力として秘密裏に監視・妨害していた実態が明らかとなった。
この衝撃的な暴露を受け、1975年にはチャーチ委員会(上院情報活動調査特別委員会)が設置され、FBI、CIA、NSAなど情報機関による非合法な活動の調査が行われた。結果、COINTELPROの違法性が公式に認定されるとともに、CIAによるMKウルトラ計画(精神操作実験)や、心臓発作を装う「ハートアタックガン」などの暗殺技術の存在も公知された。
評価と影響
COINTELPROは現在、アメリカ政府機関による表現の自由・結社の自由への組織的な侵害として、歴史的批判の対象となっている。FBIはその後、こうしたプログラムを否定し、以後の監視活動には一定の司法的手続きが必要とされるようになったが、国家権力による情報操作と政治弾圧の象徴として、今なおしばしば言及される存在である。
COINTELPRO 関連資料
- アメリカ国立公文書館(NARA) – Citizens’ Commissionの襲撃と文書流出に関する記録
https://catalog.archives.gov/id/595469
→ 1971年のFBI支局侵入とCOINTELPRO暴露に関連する連邦記録。
- FBI公式公開ファイル(Vault) – COINTELPRO
https://vault.fbi.gov/cointel-pro
→ FBIが公式に公開しているCOINTELPRO文書のデジタルアーカイブ。
アメリカ警察特集コラム 第8回『アメリカの警察以外の法執行機関』
▶︎ https://amateurmusenshikaku.com/security/us_police_column_no_8/
関連機関別 解説記事リンク一覧
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USマーシャル(連邦保安官局)
▶︎ https://amateurmusenshikaku.com/security/united-states-marshals-service/ -
DEA(麻薬取締局)
▶︎ https://amateurmusenshikaku.com/security/dea/ -
ATF(アルコール・タバコ・火器および爆発物取締局)
▶︎ https://amateurmusenshikaku.com/security/bureau-of-alcohol-tobacco-firearms-and-explosives/ -
ICE(移民・関税執行局)
▶︎ https://amateurmusenshikaku.com/security/ice/