民間団体の警察権
米国内での法執行機関の実態は、以下の記事で詳述している。
米国にはさらに、公的な警察機関に限らず、一部の民間団体・法人・特定機関に対しても、限定的ながら法執行権限(警察権)が付与されている点でも特筆される。
例として、大学(いわゆる“Campus Police”)、国立公園、航空・宇宙開発機関(NASA)、さらにはアメリカ合衆国郵便公社、全米鉄道旅客公社アムトラックといった一部の公的企業、さらには団体に対しても、独自の法執行機関(いわゆる“Private Police”など)の設置が認められている事例が存在する。
これらの組織は、各州法が定める一定の資格や基準を満たした上で、限定的あるいは特定区域内における警察権限(捜査権、逮捕権など)を行使しうるものとされる。つまり、公認された私設警察ということになる。
かつての日本でも、郵政省に設置されていた郵政監察官や、国鉄に属していた鉄道公安職員(鉄道公安官)が、それぞれ独自の司法警察権を有していた時代が存在した。だが、郵政事業および国鉄の民営化に伴い、これらの組織は司法警察権を失い、現在では制度上存在していない。
現行の日本法においては、司法警察権の行使主体は基本的に国家公務員または地方公務員たる警察官などに限定されており、公益団体とはいえ、民間人が司法警察権を直接行使する例は極めて限定的である。例外としては、国際航海に従事する大型商船の船長が、船内秩序維持のために限定的な司法警察権を行使できる規定が存在する程度である。
独自の警察を持つアメリカの動物愛護団体
アメリカにおける動物警察制度の実態――法執行権限を付与された「アニマル・コントロール」機関の法的位置付け
アメリカ合衆国における法執行機関の一形態として、動物関連の法規を執行する「動物警察」すなわちアニマル・コントロール(Animal Control)あるいはヒューメイン・ロウ・エンフォースメント(Humane Law Enforcement)と呼ばれる制度が存在する。これらは主に動物保護法規、狂犬病規制条例、公衆衛生規制等の分野において法的権限を有し、一定の司法警察権が付与されている。
アメリカでは各州政府・自治体が独自に法令・条例を制定しており、動物保護・管理についても州法あるいは市郡レベルの条例により規制内容が大きく異なる。そのため、アニマル・コントロール職員の権限範囲は自治体ごとに違いが見られるが、多くの場合、以下のような法執行任務を担っている。
-
動物虐待・ネグレクト事案の捜査・摘発
-
飼育許可の適正管理(登録、免許、マイクロチップ装着確認など)
-
咬傷事故・狂犬病対策の法的対応
-
危険動物の捕獲・押収・隔離措置
-
違法取引・違法繁殖施設の摘発
画像の引用元 https://levittownnow.com/2020/03/11/bucks-county-spca-police-get-new-response-vehicle/
また、これらの業務のうち、全米の主要都市部では、アニマル・コントロール業務が民間の動物愛護団体に委託・移管されているケースも広く見られる。その代表組織が、アメリカ動物虐待防止協会(ASPCA:American Society for the Prevention of Cruelty to Animals)および「ヒューメイン・ソサエティ(Humane Society)」などの公益団体である。
アニマル・コントロール職員は、多くの自治体において限定的な逮捕権や捜索権を与えられており、特定の状況下では武器携行を認められる場合もある。州によっては彼らが法執行官(Peace Officer)としての法的資格を有する場合もあり、純粋な公衆衛生職とは一線を画している。これらは日本における動物愛護センター職員や保健所職員の業務内容と比べると、法執行色が著しく強いのが特徴である。
これらの団体は州法・自治体条例に基づいて特別に法執行権限を付与されることがあり、民間組織の職員が「Humane Officer」「Humane Law Enforcement Officer」等の肩書で捜査逮捕権を行使する制度が法的に整備されている場合もある。
さらに、深刻な動物虐待・組織犯罪に関与する違法繁殖・闇取引案件等については、連邦法の適用対象となり、連邦政府機関である司法省(DOJ)、農務省(USDA)、連邦捜査局(FBI)が介入する事例も存在する。特に、動物虐待犯罪が連邦重罪(Felony)として位置付けられた近年の法改正により、連邦レベルの捜査介入が拡大している点も注目される。
こうしたアメリカの動物法執行制度は、法制度全体が柔軟に多層化している同国の司法制度の縮図と言える。地方自治体、民間公益団体、州政府、連邦政府が重層的に絡み合う形で法執行責任を分担しているのが特徴である。日本における「動物愛護行政」との構造的違いは著しく、単純な制度比較が困難であることを理解したい。
この点において、アメリカ合衆国における「民間的法執行組織」や「準公的法執行組織」の存在は、日本人の法感覚からすれば極めて異質な制度と言える。