航空機や船舶が特定の緊急事態下において、緊急通報や救助要請で使用する周波数を『国際緊急周波数』と呼びます。
VHF帯は121.500MHz、UHF帯は243.000MHzで世界共通です。
二つの国際緊急周波数
- VHF帯(121.500MHz):
- AMモード
- 121.500MHzは航空機や船舶の救難要請で使用。
- 「国V121.5」とも。
- 世界各国の救難当局、日本の自衛隊や海上保安庁も24時間態勢で傍受。
- UHF帯(243.000MHz):
- AMモード
- 主に軍用機が使用。
- 「Uガード」「ガードチャンネル」とも。
これら、121.500MHz、243.000MHzの周波数は緊急事態に迅速に対応するため、世界の軍隊、沿岸警備隊などでも常に傍受・監視。
民間の航空機や船舶側も、これらの周波数をモニターし、信号受信の際は海上救難当局へ通報をするよう求められています。
我が国の自衛隊や海上保安庁では121.500MHzを「国V121.5」、243.000MHzは米軍や自衛隊で「Uガード」「ガードチャンネル」、または単に「ガード」とも呼んでいます。
非常信号を発するエマージェンシー・ロケーター・トランスミッター(ELT)航空機用救命無線機 (英: Emergency Locator Transmitter 、略称:ELT)でも、121.500MHzの周波数を使用。現在は406MHzを使うコスパス・サーサット(COSPAS-SARSAT)衛星システムに移行。なお、著名な時計メーカー「ブライトリング」では緊急事態に遭遇した際に生還を手助けする「エマージェンシー」という腕時計を発売。エマージェンシーは、121.5MHzと406MHz両方を発信できる送信装置が内蔵されており、購入と使用には航空従事者、無線従事者の資格が必要。
国際緊急周波数が非常に重要な周波数であることを物語る事件や事故が日本国内に複数あります。
1971年、岩手県雫石町上空28000フィート(約8500m)で航空自衛隊の訓練機が全日空機に衝突し、乗客乗員162人全員が死亡した『全日空機雫石衝突事故』では衝突とほぼ同時に別の自衛隊機の教官から243.000MHzのガードチャンネルで「エマージェンシー」と緊急通報が発報されています。
また、1985年の『日本航空123便墜落事故』では日本航空123便の緊急事態を同機と東京航空交通管制部との交信を傍受していた米軍横田基地が知り、同基地は123便に対して国際緊急周波数の121.500MHzにて横田への緊急着陸が可能である旨を呼びかけ。
しかし、123便側からの応答はなし。
また、上記のような非常事態でなくとも、平時から偶発的な軍事衝突を避けるため、世界各国で官民問わず使用しているのが国際緊急周波数です。
例えば、2018年に日本海で発生した韓国海軍艦艇による火器管制レーダー照射事案では国際VHFの16ch(156.6MHz)と共に、海上自衛隊のP-1 (哨戒機)がレーダー照射の意図を韓国艦艇側へ確認した際に使われました。
韓国海軍艦艇による火器管制レーダー照射事案とは、2018年に起きた一連の事件を指す。
2018年12月20日、日本海で韓国海軍の艦艇が日本海上自衛隊のP-1哨戒機に火器管制レーダーを照射したとされるもの。この事件は、日本と韓国の間で緊張が高まっていた時期に発生し、両国の関係が悪化するきっかけとなった。
当時、海自P-1哨戒機は、火器管制レーダーの照射を受けた後、国際VHF(156.8MHz)と国際緊急周波数(121.5MHz及び243MHz)の3つの周波数を用いて呼びかけを行ったものの、韓国側艦艇からは一切応答がなかった。
日本の防衛省側は、このレーダー照射を重大な脅威と受け止め、韓国側に対して抗議を行った一方、韓国側は日本の哨戒機が韓国海軍艦艇の上空を低空で威嚇的に飛行したため、脅威を感じたとして、防衛上の措置として火器管制レーダーを照射したと主張。韓国側は「脅威を受けた者が、脅威と感じれば、それは脅威である」などの客観性に欠ける回答をした。
防衛省が国民に向けて公開した広報資料『韓国海軍艦艇による火器管制レーダー照射事案について』からは、韓国海軍艦艇から突如として火器管制レーダー(※武器の照準を合わせるためのレーダー)の照射を受けた海上自衛隊のP-1がその意図を問うため、韓国側に以下の三つの周波数を使って呼びかけていることがわかります。
まず初めにP-1は「国V121.5」と呼ばれるAMモードの121.5MHzで、韓国海軍駆逐艦『クァンゲト・デワン』に呼びかけ。

※画像の出典 防衛省が公開した『韓国海軍艦艇による火器管制レーダー照射事案について』
続いて、船舶の安全航行のために国際標準化された無線通信である『国際VHF』の16ch(156.8MHz)で呼びかけます。16chは呼び出し周波数および緊急時の安全呼出などで使用されています。

※画像の出典 防衛省が公開した『韓国海軍艦艇による火器管制レーダー照射事案について』
国際VHFについては船舶無線の項目で解説しています。

※画像の出典 防衛省が公開した『韓国海軍艦艇による火器管制レーダー照射事案について』
そして、最後に『Uガード』と呼ばれるUHF帯域のAM通信である243MHzによる呼びかけ。
これらの周波数を使った自衛隊機側のいずれの呼びかけにも韓国側は応答なし。
のちに韓国政府が発表した声明では『自衛隊機側の通信は雑音まみれで明瞭ではなかった』としています。
しかし、至近距離でAMモードの国際緊急周波数および、FMモードの国際VHFが雑音まみれで受信できないことはありえません。今回の通信を240キロ先の別の自衛隊機が傍受しています。
この近距離で雑音にまみれて正常に無線通信が傍受できないとあれば、韓国海軍艦艇の無線設備は極めて低品質で僚艦とも満足に交信できず、作戦遂行が著しく困難でしょう。
日本側がP-1哨戒機のレーダー照射時の詳細なデータを隠したいのと同様、韓国政府に艦艇の性能を隠したい意図があるにせよ、有効な反論とは言えません。
いずれにせよ、日本と韓国は安全保障上の密接な友好関係が必要であるにもかかわらず、意図不明のまま火器管制レーダーを外国の軍用機に向ける行為そのものが軍事上、大変危険な挑発行為。
また国際的に取り決められた人道的な無線通信による問いかけに対して、その意図を含めて一切の応答をしなかった韓国海軍は国際ルールを破ったことに他なりません。
さて、もうおわかりでしょう。
『国際緊急周波数』はこのような状況において各国軍でも平時から人道的な救難、そして軍事衝突を未然に防ぐために使われるものですから、同じく国の防衛の最前線で使用されている航空自衛隊のGCI周波数とも密接に関係しています。

領空侵犯対処に係る自衛隊機の行動はGCI解説記事内で示したとおりですが、スクランブル発進した戦闘機はGCIで地上のレーダーサイトから誘導を受け、目標(領空侵犯機)に接近します。この際に戦闘機並びに地上のレーダーサイトは『Uガード』で領空侵犯機に呼びかけます。
当然、訓練でも実戦と同様、警告→ワレに従わない事態を想定し、対処のための20mmバルカン砲使用許可の確認、許可からの射撃・・・・・・という手順になります。
しかし、訓練で実際の国際緊急周波数を使って、模擬の警告を出すことはできないため、数あるGCI波の中の1波でそれを代用します。

したがって、大空の上で起きる一触即発の事態を伺い知りたいなら、普段からGCIと共に国際緊急周波数の傍受がベスト。
というわけで、世界各国の軍用機は243MHz(ガード)を常に監視しています。
おっと、韓国以外は。
これにより、軍用機は異なる周波数で運用されている場合、そして外国軍の軍用機であっても互いに通信でき、緊急時や混乱時に非常に便利です。
たとえ戦闘機パイロットでも、不要な戦いは望まないもの。
誤って他国の領域に迷い込んだ場合、不要な交戦を防ぐために国際緊急周波数が役立つというわけです。おっと、韓国以外は!
ところで、この国際緊急周波数に関しては面白い逸話も。
NTT東日本とNTT西日本が1991年ごろに販売したコードレス電話機「ハウディ・コードレスホンパッセS200」とその後継機「同S220」が、ある特定の条件下において、不正な周波数の電波を発射するとして、2006年に回収されました。
その不正な周波数とは、なんとUHF帯の国際緊急周波数である243MHz。救難信号だったのです。

NTTが同製品の回収告知を出している。出典 NTT公式サイト https://www.ntt-east.co.jp/release/0609/060926.html
特定の条件下とは経年劣化により、内蔵の2次電池の電圧が2V以下になった場合。
その際、制御回路が誤動作し、意図せず243MHzの電波が発射されてしまうとのこと。
NTTによると”設計ミス”とのことです。
コードレス電話機の子機は253.8625 – 254.9625MHzを使用しますから、誤作動でこんなことが起きてしまうのも頷けます。
しかし、単なる笑い話では済みません。
2006年6月18日~7月20日にかけて起きたこの騒ぎでは、千葉県銚子市の民家にあった同型電話機から、243MHzの”遭難信号”が279回発信されました。
そのたびに海上保安庁が確認のため、船艇や航空機で出動。不具合とはいえ、まったくもって大迷惑なコードレス電話機でした。
出典 https://xtech.nikkei.com/dm/article/NEWS/20060926/121536/