街中で突然、警察官から「こんにちは」と声をかけられる——。
これは、ご存知、地域警察官による明るいあいさつ運動、通称「バンカケ」です。
ですが、実際のところは職務質問であり、驚愕するケースが少なくありません。
職務質問は、事件や事故の未然防止を目的とした地域警察活動の一環であり、特に自動車警ら隊や遊撃隊といった本部直轄の専門部隊がこの任務にあたっています。
彼らは犯罪の多発する時間帯やエリアに重点を置き、日々巡回しながら防犯指導や職務質問を実施。
実際、街頭での職務質問から違法薬物の所持や指名手配犯の発見など、さまざまな犯罪が明らかになることも多く、検挙に至れば担当した警察官の勤務評価が上がるため、かける情熱は相当なものです。
では、職務質問の実際を架空の喜劇などを交えながら見ていきましょう。
Contents
- 1 職務質問という現場のリアル
- 1.1 「オタク狩り」から「コミケ狩り」へ——職質の裏側
- 1.2 「ミリタリールックを狙え」——職質対象者の実態
- 1.3 銃刀法と軽犯罪法について
- 1.4 職務質問では警職法が暗唱される
- 1.5 職務質問は自ら隊員のお家芸
- 1.6 照会で何がわかる?
- 1.7 対象者の身体から酒や違法薬物の臭いがしないか鼻を使って警察官が確認する
- 1.8 コクヨ製の書類トレイに並べられた持ち主の思想、行動傾向、危険性
- 1.9 架空の職務質問劇場『あの日、ショップで買った三万円の棒…買った日のワクワク感を返して』
- 1.10 警察官の観察力…お巡りさんとの心理戦
- 1.11 職質は“見た目が9割”――「情」より「職務」の警察官が怪しむポイントとは
- 1.12 実例:三重県四日市市でのケース
- 2 職務質問の現実と対応の心得
- 3 結論:損得で考えるなら、協力が得策
職務質問という現場のリアル
職務質問では、免許証の提示を求められたり、氏名・生年月日・住所・職業といった個人情報を聞かれたりするほか、所持品の確認が1セット。
とくに夜間に自転車に乗っていると、防犯登録の確認とあわせて職務質問を受けやすくなる傾向があります。
職務質問は法的には「任意」であるものの、現場では事実上「半ば強制的」な執行が多いとされ、強い抵抗感を持つ人も少なくありません。
「やましいことがないなら、かばんの中を見せられるはずですよね」といった警察官側の言い分もありますが、やはり「不審者扱い」されること自体に嫌悪感を抱く人は多いもの。
とはいえ、無線で照会(いわゆる「123」)されたとしても、異常がなければ数分で解放されるのが一般的です。
最後には交通安全キーホルダーなどの啓発グッズを「街頭防犯活動協力の証」として手渡されることもあります。
「オタク狩り」から「コミケ狩り」へ——職質の裏側
2000年代中頃、東京・秋葉原では「オタク狩り」と呼ばれる事件が相次いで発生しました。
これは、アニメグッズを求めに秋葉原へやってきたオタク青年らが不良少年たちから恐喝されるというもので、同様にコミックマーケット(コミケ)を狙った「コミケ狩り」も報告されました。
多額の現金を所持していた彼らオタク青年たちは、身を守るために護身用ナイフを携帯しはじめましたが、それがまた新たな問題を生んでいきます。
2007年6月5日付の『朝日新聞』は「オタク狩りに対抗?『アキバ』で銃刀法違反の摘発急増」と題した記事を掲載し、万世橋署が担当する秋葉原エリアにおいて、銃刀法違反の摘発件数が3年間で28倍に急増したとのこと。
さらに、摘発された者たちは「真面目でおとなしい若者たち」だったとされ、警察による聞き取りでは「オタク狩りからの防衛が目的」であったと供述するケースも多かったようです。
「ミリタリールックを狙え」——職質対象者の実態
当時、特に警察から目をつけられたのは、迷彩柄のパーカーやリュックを身につけた“ミリタリールック”の若者たちです。
『ラジオライフ』の記事によれば、警視庁は実際に「見た目がミリタリー系の者は怪しいので、徹底的にバンかけろ」との主旨の通達を地域の警察官に出していたとされています。
こうして、護身目的でナイフを持ち歩いていたオタク青年たちは、今度は職務質問の対象となり、次々と銃刀法違反で摘発されていったのです。
職務質問の中で、対象者の趣味が判明すると、警察官にとってはしめたもの。
たとえば、サバゲー帰りのミリタリーマニアの方が、車内にエアガンや迷彩服などを積んでいた場合、そのまま「特異人物リスト」に適宜登録されることがあります。
後日、近隣でエアガンやナイフを使った事件が発生した際には、その人物が真っ先に事情聴取の対象になることも(典拠元:SATマガジン)。
似たような事例で、自家用車を覆面パトカー風に改造しているマニアも要注意です。
警察官を装った事件があった場合には、そのような車両を所有しているマニアの方が実際に聴取を受けたという定番の話もあります。
銃刀法と軽犯罪法について
警察がとくに厳しく取り締まっているのが「護身用ナイフ」の所持。
刃体の長さが6センチを超える刃物を正当な理由なく携帯していた場合、銃刀法違反となり、逮捕の上、2年以下の懲役または30万円以下の罰金が科されます。
一方で、6センチ未満のアーミーナイフやマルチツールなどは銃刀法に抵触しないものの、軽犯罪法違反。
この場合、逮捕または警察署にて反省文(上申書)を書かされ、ナイフは没収、身受人として家族が呼ばれることもあります。
東日本大震災直後にも、被災地で活動するボランティアがツールナイフを所持していたことを理由に、警視庁から派遣された警察官によって検挙されかけたという事例がありました。
対象者が強く抗議し、弁護士が介入したことで検挙は回避されましたが、この際の警察官の一言、「運が悪いと思ってあきらめて」は有名です。
秋葉原で発生した無差別殺傷事件の影響も大きく、当局が刃物への警戒を強めた結果、ダガーナイフが法規制対象になったという経緯もあります。
秋葉原という街そのものが「刃物に対して敏感な場所」として知られるようになりました。
職務質問では警職法が暗唱される
対象者が「これは職務質問に値するのですか? 何を根拠に?」などと抗議した場合、警察官は警察官職務執行法を一字一句そらんじて説明することも。
なぜなら、これは警察学校で何度も暗記させられる内容であり、職質現場では“法的根拠を示す武器”として常に準備されています。
つまり、警察にとって職務質問は「疑念を抱いた時点で即実行」が基本であり、そこには法的な土台も確保されています。
対象者が怒ろうが反論しようが、条文を唱えられればたいてい黙るしかないというのが実情です。
これがアクティブ・コミニュケーションの一例。
警察24時を見ていると、職務質問技能指導員というキャプションで紹介されるベテラン警察官が出てくることが。新人警察官に職質のスキルを伝授するお目付け役です。職務質問技能の伝承体制のさらなる確立および地域警察官の職務質問技能の一層の向上を図ることを目的として任用されています。
職務質問は自ら隊員のお家芸
街中をパトカーで警らし、不審な人物がいたら即、職質を行うのが、各警察本部の自動車警ら隊。その”自ら隊員”のお家芸とも言えるのが、職務質問。
パトカーの姿を見て小道にそそくさと車で逃げ込む者がいれば、即Uターンして御声がけ。
「前の運転手さーん。左に寄せて止まってください。ハイ、そちらで結構です」
「こんにちは。ダンナさん、なんかねえ、パトカー見てスーッと行っちゃったもんだからさ、声掛けさせてもらったんだけど。目、そらさなかった?私、見たよ」と言いながら下手に出て、職務質問が開始。
照会で何がわかる?
職務質問では警察官から必ず免許証などの身分証の提示を求められ、身元を明らかにしなければ解放は激ムズ。
警察官は署活系無線や、パトカー搭載のパトカー緊急照会指令システムPAT(現在はIPRに統合済み)によるデータ通信などで免許証に記載された氏名や本籍地などを各都道府県ごとの照会センターなどで照らし合わせるその名も『照会』を行います。
すると職質対象者の身元はおろか、過去の犯歴などもすべて明らかに。
警視庁の場合は照会センターを「123」と通話コードで呼んでいます。
警察官が職務質問を行う際、無線で使われる「通話コード」や隠語のような言い回しは、対象者に対して無用な不安や不快感を与えないように配慮した表現とされています。
これらのコードは都道府県ごとに異なる場合がありますが、いずれも現場での対応をスムーズに行うために工夫されたもの。
たとえば、警察官が「U号照会一件願いたい」と言った場合、これは車両の所有者情報の照会です。
そのほか、逮捕歴や指名手配の有無、また家族などから捜索願が出ていないかなど、あらゆる情報を一括照会する場合は「総合照会」が用いられます。
なお、一般的に「逮捕歴」のことを「前歴」と呼び、さらに起訴され有罪判決を受けた場合には「前科」が付きます。
警察の照会センターでは、こうした前歴・前科に関する情報が全て記録されており、いずれかの経歴があれば、対象者の素性が明らかになる仕組みです。
自動車警ら隊などでは、かつて使われていたパトカー照会指令システム(通称:PATシステム)を通じて、免許証などから身元照会を行っていましたが、現在では新型の無線システム「IPR」に統合され、より高性能かつ迅速な照会が可能となっています。
対象者の身体から酒や違法薬物の臭いがしないか鼻を使って警察官が確認する
職務質問の際には、対象者の身体からアルコールや違法薬物のにおいがしないか、警察官が鼻を使って確認することもあります。
そして、身元の照会と並行して、車検証の提示や車内の確認が行われることもあります。
実際の現場では以下のような会話が交わされることがあります。
「車検証いいですか?あと、後ろの席も確認していいですか?」
「このデジカメ、何を撮ってるんですか?(笑)ヤバいものとか写ってませんよね?」
「たとえばですけど、道で高校生の女の子を撮ったりとか……」
「パトカーを撮ってるんですか?それって……どういう理由です?」
「普通は職質されると怒鳴る人もいるんですけど、あなたは穏やかですね。警察が好きなんですか?(笑)」
「今、お仕事中ですか?働いてらっしゃるんですか?(笑)」
「何か見せられないようなもの、持ってないですよね?あるなら最初に出してくださいね」
「たとえば、“光もの”とか“ポンプ”とか、変なハーブとか……そういうの、持ってませんよね?」
コクヨ製の書類トレイに並べられた持ち主の思想、行動傾向、危険性
職務質問の流れで所持品検査が行われる場合、パトカーの後部座席がその簡易的な検査スペースとして使われることがあります。
特に多く見られるのが、コクヨ製の書類トレイ。
警察官はそこに対象者の所持品を一時的に「預かる」形で置かせ、所持品の合法性を確認していきます。
この書類トレイは、パトカーの後部座席にあらかじめ積まれており、警察官が対象者に「じゃあ、ここに出してもらえるかな」などと声をかけ、その場で身につけているものをすべて取り出して並べさせるという形式が取られます。
警察官が注目するのは、もちろん財布やスマートフォンなどの日常的な携行品だけではありません。
たとえば、近所のミリタリーショップで購入した特殊警棒、ネットショッピングなどで入手した催涙スプレーやタクティカルペン、護身用クボタン、ナイフ付きのマルチツールなどを万が一持ち歩いていれば、警察さんにとっては見逃せない品々です。
さらに、グロック銃の形を模したターボライターや、刃物に見えるアクセサリーなども、「これ、見た目で誤解されるから危ないよ」といった具合に、警告や指導の対象となります。
架空の職務質問劇場『あの日、ショップで買った三万円の棒…買った日のワクワク感を返して』
特殊警棒秘匿所持者さん、お巡りさんの圧に抗う術なし!?警棒も職質も伸び……最後は… …?
パトカーの後部座席に置かれたコクヨ製の書類トレイの中に、次々と対象者の私物が置かれていく。
その中の一つ、細長い金属の筒状の物体が姿を現した瞬間、警察官の手が止まった。
「……ダンナさん、これ、なによ?」
B巡査部長がそう言いながら、金属棒を手に取り、一段階だけ伸ばす。その先を軽く持ち上げ、金属の重みを確かめるように回す。
その棒は、全体が艶消しの黒色で、握り部分には滑り止めのゴムがしっかりと装着され、ずしりとした重量感を感じさせる。
「えっ、それですか? あの、ミリタリーショップで買った護身用のやつで……。何かあった時にって思って……」
対象者が口ごもると、警察官はその手元から目を離さず、にやりと笑う。
「え?護身用? じゃあ、ダンナさん、今までこれで護身したことあるの?」
「いや、ないです……ただ、持ってたら安心かなって……今、強盗とか多いんで」
「でもこれねえ、公共の場で正当な理由なく隠し持ってると軽犯罪法違反なっちゃうことあるの。知ってた?」
「え、えっ……軽犯罪!? そうなんですか? 山○太郎とか持ってましたよ」
「隠してないからね、あの人。わざとらしく腰の警棒ホルダー見えるように持ってたよね。それに、まあ政党の代表とか職務上で身の危険があるとか、ストーカーされてる女性とか、正当な理由がある場合は所轄で許可出す場合もあるから個別の事例はなんとも言えないんだわ」
「ダンナさん。この手の警棒の持ち歩きって、“正当な理由”がないとアウトなのよ。お店で売ってるからって、公共の場で隠して持ち歩いていいとは限らないのよ」
パトカーの外では、A巡査が本署へ無線連絡——。
「富田14から富田、総合一件お願いしまーす」
B巡査部長、別の角度から警棒を確認する。
「アンタ、警備員とかじゃないんだよね?仕事とかで使うんじゃなくて、ただ“なんかあった時用”ってことで常に持ち歩いてるってこと?」
「……はい。そうなりますね」
すると、警察官の目が一瞬鋭くなり、声色も微妙に変わった。
「それさぁ、“なんかあった時用”って、“正当な理由”になんないんだわ。なんかあった時って、たとえばどういう時よ?誰かに殴られたら使うの?それとも、アンタの方から殴るつもりだった?」
「いやいやいや、全然そんなことは……っ」
「だけど、ダンナさんさあ、護身って言ってもね、その辺にある傘とかさ、カバン振り回して手近なもので身を守るとかじゃなくて、こうゆう武器使って“攻撃”に転じると、最悪“過剰防衛”になっちゃう場合あんのよ。わかる?だから、ちょっと、ウチらも見過ごせないわけさ」
対象者が汗をぬぐいながら黙り込むと、警察官は再び特殊警棒をたたんで、トレイに静かに戻した。
「しかもさ、相手の急所とかに当たったら……最悪、死ぬよ?護身のつもりが、傷害致死、あるいは殺人未遂って線も出てくるの。そしたら、アンタ、人生終わるよ?」
「い、いや、そんな……そこまで考えてたわけじゃ……」
「でもね、持ってる時点で“悪質性が高い”って見られるの。で、いざ何かあったとき、『護身用』って言っても、ウチらも検察も裁判官もそんなに甘くないんだわ」
「“護身用”って、ウチらもよく聞くフレーズなんだけどさ、じゃあ例えば……アンタが夜道で不審者に絡まれたとして、それ出して何すんの?殴るの?叩くの?」
B巡査部長が鋭い質問を重ねると、対象者はしどろもどろになりながら答える。
「いや……その……出して伸ばして振りかざせば逃げるかなと……」
「ああ、威嚇ってこと?威嚇で済めばいいけどさ……実際にやって、相手逃げなくて、逆上して襲いかかってきたらどうする?使わざるを得ない状況になっちゃうよね?」
沈黙する対象者。答えが見つからない。
B巡査部長は、特殊警棒を手にとって振りかざして伸ばした。ジャキンッ!と金属がスライドして伸びきる音が、パトカーの周囲に響いた。
「……いやぁ、これ、結構長いよねぇダンナさん。なかなかのモノ持ってるじゃないの。ウチらのより長いんでない?(笑)」
「いやいやいや、短いですよ」
A巡査が後ろから覗き込むようにして口を挟む。
「これアレでしょ?最近、YouTubeでレビューされて人気のタイプでしょ。ダンナさん、どこの店で買ったの?」
対象者はちょっと安心したように答える。
「駅前のエアガンとか売ってる店です。お巡りさんもYOUTUBE見てるんですか」
するとB巡査部長がニヤッと笑って、待ってましたとばかりに言葉を重ねた。
「そりゃウチらも見るよ。“護身用グッズおすすめ5選”とか、“元警察官が解説する○○対策!”とかね……あれ、結構面白いんだよな。アンタもそうなんでしょ?オススメされてるガジェットとか、気になるんじゃない?ダンナさん(笑)」
パトカーの中の雰囲気が一瞬、YOUTUBE談義でパアアアアと明るくなる。
男は顔を赤くしながらうなずいた。
「あ、はい、確かに。まあ、ちょっと興味があって…」
「そりゃあ、みんな興味あるかもしれないけど、YouTubeも怖いよね。有名インフルエンサーとかがこういうグレーなもの勧めて、いざ買ってしまうと、逆にこうやってお巡りさんに引っかかって面倒な羽目になるし。この前は所ジ○ージとか有名人がおすすめしてた玩具銃が警察の回収対象になったの知ってる?」
A巡査が口元を緩めて、軽く笑った。
「まあ、YouTubeで紹介されてたら、カッコよく見えるかもしれないけどさ……実はヤバイ物だったりすること、よくあるからね。実際、紹介してる人は普段こーゆう護身用品持ち歩いてるかって言ったら、そうじゃないと思うのよ。小遣い稼ぎで手当たり次第、なんでも商品紹介してるだけでさ〜(笑)防犯対策がトレンドだし、かっこいいんで警棒も紹介してみました〜みたいな(笑)」
と、B巡査部長。
「……あの、ほんとに護身用ってだけで……人を襲うとか、そういうつもりないんで、なんとか今回は――」
男は、媚び諂う。A巡査がその媚びた笑みをすかさず突く。
「ダンナさん、これね、さっきも言ったけど、軽犯罪法にひっかかる可能性あるんですよ。“正当な理由なくして凶器を隠して持ち歩いていた場合”って。で、これ、“正当な理由”……自分であると思う?」
B巡査部長が、戻った状態の警棒をコツコツと指で軽く叩きながら口元だけで笑う。
「例えばさ、深夜に道端でケンカ起きてて、ダンナさんが親切心かなんかで止めようと思ってこれ出したら、どう思う?警察来たら?」
対象者、言葉に詰まる。
「“護身用です”って言い訳しても、それが通るかどうかは……うん、我々次第ってわけよ。まあ、ダンナさんが正直に言ってくれたから今こうしてウチら話してんのよ」
B巡査部長が前に出て、対象者の涙目をじっと見つめた。
「ま、だから、駅前で買ったのー?お巡りさんYoutube見てるのー?見てますよーって話だけじゃ終わらんのよ。今ここで問題なのは、アンタがそれを“今隠して持ってた”ってことなのね。ダンナさん、それ持って何しようと思ってたん?そこだけなのよ、引っかかるの」
「うちの署は、こうゆうの見ると“即検挙”みたいに“カクホのオヤジ”って呼ばれてる人も多いからね。まあ、今日は運がいいわ、ダンナさん。ウチらで。“軽犯罪法”って文字通り、軽い罪に限っては検挙するかしないか、所有権放棄させて指導で済ませるか、ある程度、警察官個人の裁量なんだわ」
対象者はしばらく黙ったあと、小さな声で言った。
「自分が……自分が、バカでした。僕もこれで山○太郎のように自分の身を守れると思っていました……。三万円も出して買ったこの特殊警棒、勉強代だと思って、処分……します。本当に、本当にすびばせんでしたっ!(泣き土下座)」
「うん。まあ、山○太郎は個別の事例だからダンナさんと関係ないけどさ、反省の言葉が出たのはよかったよ。とりあえず、これは任意でウチで預からせてもらうからね。あとでどうするか、ちょっと署でも確認するけどさ、ダンナさんさ、氏名と住所も明かしてるし、まじめに働いてるし、真摯に反省してるからさ、ウチらもその点はわかりましたってことでね。ヒヒッ」
B巡査部長が言う。彼は深くうなずいた。涙と鼻水を拭うティッシュは、A巡査がそっと差し出したサラ金のポケットティッシュ。そしてA巡査が一言。
「……まあ、いずれにせよ、“これはもう必要ないです”って、その場で言える人間かどうかが、最初の分かれ道だね」
彼は警察官たちの静かな圧に押され、言葉を失いつつも、わずかな“希望”に賭けていた……。
「じゃあダンナさん、次はこの“グロック型ライター”について、聞かせてもらえるかい?……これもYouTubeで流行ってんの?」
警察官の観察力…お巡りさんとの心理戦
警察官は、こうした携帯品の中から法令違反につながる可能性があるもの、あるいは“その意図が不明なもの”を敏感に探し出そうとするため、対象者の所持品ひとつひとつにしっかり目を通していきます。
つまり、書類トレイの中に置かれた品々は、単なる持ち物リストではなく、その人の思想、行動傾向、危険性、あるいは前科前歴の有無といった“背景”を読み取るための材料として扱われるのです。
このとき、もっとも警戒されているのは対象者の手の動き。ポケットの中から何かを取り出して地面に落とす、いわゆる証拠隠滅の動作に対して、警察官たちは非常に敏感に反応します。
ポケットに手を入れたままでいたり、不自然な動作をすると、「何か持ってるのでは?」と即座に警戒態勢に。
また、複数の警察官が交互に同じ質問を繰り返すのも定番の手法。これは対象者の証言に矛盾がないかを見極めるためであり、うっかり答えが前後で食い違えば、すぐに追及されることになります。
たとえば、
「あれ……ダンナさん、さっきワタシにはこう言ってたけど、あっちのお巡りさんには違うこと言ってたよねぇ? なんで嘘つくのさ?」
といった具合に、その瞬間から警察官の態度や目の色が一変し、職質が一段と厳しいものに変わることも。
職質は“見た目が9割”――「情」より「職務」の警察官が怪しむポイントとは
職務質問において、見た目はきわめて重要な判断材料となっているのが実情です。たとえば、ミリタリールックや不自然な服装、その場にそぐわない服装は特に注視されやすい傾向にあるようです。
以下に挙げるような服装・態度は、警察官に怪しまれる典型的な特徴です。
状況・特徴 | 理由 |
---|---|
真夏に長袖を着ている | 注射痕や刺青を隠すためでは?と疑われる |
黒い服・サングラス・帽子 | 暗がりでの顔貌認識妨害、または反社会的勢力の印象 |
白シャツの下に透ける刺青 | 組員や前歴者と見なされやすい |
異常な多弁・焦燥感 | 違法薬物使用者に見られる特徴 |
用便を急に訴える | トイレで証拠を処分しようとしているのでは?と警戒される |
「長袖」や「黒い服」といった特定の服装、実は警察官から非常に怪しまれる要因となります。
なぜなら、「長袖の服」は違法薬物使用者が、腕の注射痕を隠すために着ている可能性があると考えられているからです。さらに、反社会的勢力、いわゆる「組の者」であれば、刺青(いれずみ)を隠すためにも長袖を選ぶ傾向があります。
とくに、白いシャツの場合は刺青が透けて見えるため、組員であればあえて黒いシャツや厚手の長袖などを選ぶこともあります。
そのため、真夏の炎天下にもかかわらず長袖を着ている人物は、警察官からすると非常に不自然。さらにそれが黒い服であればなおさらです。
こうした服装をしている人物に対しては、たとえば次のような警察官の“お声がけ”がなされることがあります。
「ダンナさん、アンタどこの組だい?」
このように声をかけられるのは、単なるファッションや日焼け対策で長袖を着ているのではないかと本人が思っていても、警察官側からは“背景があるのでは”と疑われる可能性があるからです。
つまり、服装や見た目は、職質の現場では極めて重大な判断材料です。
またとくに、用便申告には警察官も非常に慎重になります。過去にトイレ内で薬物などの証拠を流すケースが多数報告されているため、警察官は簡単には応じません。
「そんなのあとでいいでしょ。アンタがしたくたって、ウチらはしたくないもん」
このように冷たくあしらわれ、たとえ涙ながらに訴えても、「情」よりも「職務」が優先されます。場合によっては、パトカーの後部座席で失禁することになっても、警察官はまったく意に介しません。
実際、一件を逃すことの方が汚物を拭くよりも悔しいという現場感情があるのも事実です。
実例:三重県四日市市でのケース
このような対応が社会問題に発展した例として、三重県四日市市で発生した事案が挙げられます。職務質問中、女性が用便を訴えたにもかかわらず無視され、結果的にパトカー内で失禁。その後、対応した警察官が特別公務員暴行陵虐容疑で告発されるに至りました。
詳しくは下記の日本経済新聞の記事をご参照ください。
🔗 日経記事:パトカー内で女性失禁、警官が告発される
職務質問の現実と対応の心得
現在の職務質問は、基本的に「警察官職務執行法第2条」に基づいて行われています。
職務質問が許されるケースとは、簡単に言えば「異常な行動」や「明らかに不審な言動」など、何らかの疑念を警察官が持った場合です。
非協力的な態度は職質を長引かせる原因に
ただし、法律上は「警察官の主観のみで怪しいと判断すること」は原則として認められていません。つまり、何も悪いことをしていないにもかかわらず職務質問を受けた場合、「自分の何が怪しいのか」と不快に感じるのも当然と言えるでしょう。
なお、職務質問は法律上あくまで任意で行われるものであり、強制力はないとされています。
しかし実際には、「半ば強制的な職質」が問題視される場面も多く、過去には違法な職務質問により警察(都道府県)が訴えられ、賠償判決が下されたケースも存在します。
とはいえ、非協力的な態度をとってしまうと、職務質問の時間がさらに長引く傾向にあります。結果的に疑いが深まったり、現場に応援のパトカーや刑事が追加で呼ばれる事態にもなりかねません。特に、応援要請を受けた刑事が簡易薬物検査キットを持参することもあり、現場が一気に大事になる可能性もあります。
そのため、職務質問を受けた際には、身分証(免許証など)を速やかに提示し、自らの身元を明らかにすることが、早期の解放につながる最善策と言えるかもしれません。
職務質問と警察官の肖像権について
近年では、職務質問中のやりとりをスマートフォンなどで撮影し、その映像をインターネットにアップロードするケースが増えています。その際、「公務中の警察官に肖像権は無い」と主張する方も多いようです。
しかし、弁護士の見解によれば、最高裁判所が「公務中の警察官に肖像権はない」と認めた判例は存在しないとされています。実のところ、日本には肖像権を明確に定義した法律自体がなく、個人の権利としての肖像権は裁判所の判例により補完されている状況です。
例えば、弁護士の小瀬弘典先生は、「みだりに自己の容ぼうなどを撮影されないということについて法律上保護されるべき人格的利益を有する」と指摘しています。
つまり、職質中であっても、警察官には一定のプライバシーが認められると考えられるとのことです。
参考:小瀬弘典弁護士の見解 https://www.bengo4.com/houmu/17/1267/b_127951/
職務質問と「転び公妨」のリスク
職務質問は、地域警察官にとって犯罪の端緒をつかむための重要な手段です。そして、もう一つ職質とセットで語られることの多いのが、いわゆる「転び公妨」です。
これは、職務質問を拒否したり、逃げようとした対象者に対して、警察官がわざと転倒したり、「押された」と主張することで、公務執行妨害罪に問う手法を指します。
オウム事件当時に注目を集めた手口で、「当たり屋」に似たような構図から、警察の“最後の切り札”とも言われています。
もし職質を拒み、その場を離れようとしたとき、警察官が倒れて「突き飛ばされた」と主張すれば、それだけで逮捕のきっかけとなり得ます。
したがって、拒否する権利はあるものの、拒否によって生じるリスクは非常に高いと言わざるを得ません。
結論:損得で考えるなら、協力が得策
職務質問は任意である以上、拒否することは法的に正しい行為です。しかし、現実問題として、拒否することで得られるものはほとんどありません。むしろ、拘束時間の延長や不必要なトラブルに発展するリスクを抱えることになります。
早く解放されたい、余計な面倒に巻き込まれたくないという方は、協力的な態度を取ることで、職務質問をスムーズに終えるという選択肢を検討してみてはいかがでしょうか。