現代の映画やドラマで当たり前のように使われているプロップガン(ステージガン)。
つまり、実銃を合法的に模した撮影用の小道具としてのモデルガンです。
日本国内でプロップガンとして使用される場合、単なる発砲シーンのみであれば市販のモデルガンをそのまま流用する場合もありますが、発砲に加えて、人体などへの着弾によるシーンを演出(ガンエフェクトと呼ぶ)する際には、発砲と同時に電気スイッチで対象物にあらかじめ仕込んでおいた火薬を同時に発火させ、着弾を表現できる『電着銃』が使用されます。
このエフェクトによって、視聴者はあたかも実銃の発砲シーンを見ているような感覚に没入できるわけです。
しかし、それは今でこその話。
過去、日本映画界ではこのようなプロップガンが未発達の時代も。
そのため、撮影において警察当局の協力と許可の下、実物のけん銃と空砲を使用していた例もあります。
高倉健の映画に登場した”ニューナンブ”の正体は
1981年に公開された降旗康男監督、高倉健さん主演の映画『駅 STATION』は不朽の名作。
主人公・三上英次(高倉健)は北海道警察本部刑事部の警察官で、けん銃射撃の術科特別訓練員。
三上はメキシコオリンピック代表選手として金メダル獲得を期待され、合宿生活と射撃訓練の日々に明け暮れるものの、禁欲的な選手生活に身を持した結果、家庭を顧みず妻子と離別。
さらには先輩刑事が手配犯確保の際に撃たれて殉職。
三上は本来職務の刑事に復帰して犯人を挙げ、仇を取りたいが、オリンピック代表選手として国民の負託に応えよとの道警上層部の思惑の前に葛藤します。
夢破れた三上の刑事人生と女たちとの愛と別れの11年が切なく描かれる本作。
今でこそ日本で一番悪い奴らと呼ばれる北海道の警察さんですが、映画公開時は道内各地の映画館に警察官が詰めかけたとのこと。
また、今でこそ髪の毛の聖地と呼ばれる増毛町の増毛駅は2016年に廃駅となりましたが、駅舎自体は観光施設および髪の毛の崇拝施設として残されているほか、駅前の風待食堂も観光案内所として存続。
さて、本作品ではとてもリアルなニューナンブM60の3インチモデルが登場している点に注目です。
ところがこれ、リアルすぎてどう見ても本物にしか見えない。

署内で三上刑事らしき人物が制服用の77mm(3インチ)長銃身のニューナンブM60に実包を装填するシーン(2インチの警部モデルじゃないんだね)。黒光りする銃身、シリンダーのスレ具合、シリンダーラッチの特有の形状、造形の美しい小豆色のグリップがリアルだ。しかし、この直前ではスナッブノーズが特徴的なコルト・ローマンらしき銃を持っていた三上刑事なのだが……。画像は研究と批評のため『駅 STATION 』より引用。
81年当時、こんなリアルなニューナンブのプロップガンを用意できたのはどこの小道具会社なのでしょうか。

当時ニューナンブのモデルガンなど発売されてはいないものの、CMC製M36ベースの『それらしき』プロップガンは存在。しかし、これはそんなモドキではありません。
果たしてこのニューナンブのリアルなプロップガン、この映画『駅 STATION 』のために特別に作られたものなのでしょうか。
と思いきや、実はこれ、警察の撮影協力で登場した実銃のニューナンブ。
当然、実銃であることから俳優である民間人・高倉健さんが手に持つこと自体は許されなかったようで、アップのシーンでニューナンブを持つのは現職と思われます。
実際、引きの画面で高倉健さんが銃を構えるシーンでは実銃ではなく、ニューナンブとは似ても似つかない撮影用のプロップガンが使われています。
また、中盤のニューナンブのほか、冒頭の屋内射撃訓練場で高倉健さんが黙々と標的射撃を行っているシーンではミリタリーポリスM10やワルサーの競技銃が画面に登場。
こちらも、高倉さんが全身で映る場面はプロップで、発砲シーンで銃と射手の手がアップになるシーンのみ、やはり発砲時の反動からどう見ても実銃。
こちらも現職警察官の射撃選手による発砲シーンでは。
ただ、撮影に関しては道警が協力したのか、東京で警視庁が撮影に応じたのか、詳しくは不明です。
選挙演説中に“空包”を投げつけた女性が“ニューナンブのようなもの”の画像をツイートし騒然&大炎上!→削除からの意外な事実判明!
昭和30年代ごろの映画では警視庁が頻繁に撮影協力していた
さて、上述の『駅 STATION』における実銃の扱いでは、俳優が実銃を手に持つことは許されなかったようで別撮りだったようです。
しかし、実は昭和30年代ごろの映画では警視庁が頻繁に撮影協力しており、撮影には警察用の回転式けん銃M36チーフスペシャルや、自動式のコルト.32オートが使用され、空包(音が鳴るだけの訓練弾)を装てんした実銃を撃つことも俳優に許されていたとのことです。
まったく信じがたい話です。
当然ロケ現場には警察官が立会っての撮影。
この情報はジャック天野氏公式ブログの記事『日本映画でも実銃が使われた時期もありました』を参考とさせていただいた。
日本初のモデルガン会社・MGCが設立され、日活に小道具としてのプロップガンの製作を打診された同社が製作したのがコルト.32オートを模した電着銃。
その後、さらにモデルガン会社がいくつか立ち上がり、リアルなモデルガン(当時は金属製だった)が市販されたことから、それをベースにしたプロップガンが発展していったことで、警察の協力も必要が無くなり、日本映画に実銃が登場することはなくなっていきました。
そして、警察当局が協力して装備品の実銃が登場した最後のケースが前述の映画『駅 STATION 』(1981年)と見られています。
今では全く考えられないことが、昭和の時代は警察の撮影協力も意外とおおらかで当事は日本の映画に実銃が登場するのは珍しくなかったようです。
打って変わって現代の警察はパトカーの撮影協力にも渋い対応のよう。これについてはパトカーの劇用車のページで紹介しています。