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SAT前身部隊のSAP&零中隊が使用した高性能自動けん銃「H&K P9S」とは

画像の引用元 HK P9 and P9S

1970年代後半、日本の警察組織において発足した初期の対テロ特殊部隊である警視庁SAPおよび大阪府警零中隊は、当時の日本警察としては極めて異例な高性能拳銃を装備していた。それがドイツH&K(ヘッケラー&コッホ)社製の「P9S」である。

当時の一般的な警察拳銃が回転式のリボルバーであった中で、なぜこのような最新鋭のセミオートマチック拳銃が配備されたのか。P9Sの性能的特徴や当時の装備政策と照らし合わせながら、その背景を考察する。

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1. SAP・零中隊とは何か?

  • SAP(Special Armed Police)は、警視庁警備部第六機動隊の中に創設された対テロ・重武装事案対応の非公式部隊、後のSAT。

  • 零中隊は、大阪府警警備部機動隊内で極秘裏に編成された非公式部隊、後のSAT。

  • これらの部隊は当時、一切非公開であり、警察は存在を認めておらず、当時からMP5サブマシンガンも配備していた。つまり、一般警察官とは異なる訓練、装備、運用であった。

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2. H&K P9Sとはどんな拳銃か?

H&K P9Sは、ドイツのヘッケラー&コッホ(H&K)社が1960年代に開発したP9をもとに改良を加えた、H&K初の9mmパラベラム弾対応オートマチック拳銃の一つである。

オリジナルのP9はシングルアクション機構を備えていたが、P9Sではダブルアクションへと設計が変更され、より汎用性のある構成となっている。なお、P9自体の生産は1970年代初頭までに縮小されたと見られている。

P9S最大の特徴は、通常の拳銃ではあまり見られないローラーディレイドブローバックと呼ばれる作動機構の採用にある。この方式は、同社のG3自動小銃やMP5サブマシンガンにも用いられ、反動の制御に優れ、連続射撃時でも精度を維持しやすいという利点がある。その一方で、構造が比較的複雑で、整備性や耐久性の点で慎重な扱いが求められる。

この構造により、P9Sの射撃フィールは他の自動拳銃と異なり、特にダブルアクション時の引き金操作において、異例なほどスムーズかつ軽快な感触を実現している。一般的にダブルアクション式の拳銃では、初弾発射時のトリガープルが重くなりがちだが、P9Sはその欠点を巧みに克服している。

なお、同様のローラーロック式を持つ拳銃としては、チェコ製のCz52が挙げられるが、民間・軍用問わず拳銃での採用例は非常に稀であり、P9Sの設計思想の特異性を際立たせている。

技術仕様(当時としては革新的な点)

  • 口径:9mm×19パラベラム(.45ACP版も存在)

  • 作動方式:ローラード・ディレイドブローバック(同社のG3ライフルと同様の遅延式機構)

  • 装弾数:9mm版で9発(シングルスタック)

  • セイフティ機構:デコッキング機能付きの安全レバー

  • フレーム素材:スチール製(一部ポリマーパーツあり)

H&K MP5やP9Sの目玉とも言えるローラーディレイドブローバック(Roller-Delayed Blowback)は、銃器の作動方式の中でも比較的珍しく、非常に特徴的なメカニズムである。発射時にボルトの後退を意図的に遅延させることで、薬室内の圧力が安全なレベルに下がるまで弾薬を保持し、かつ反動を抑える仕組みである。

一般的には「反動が少ないから撃ちやすい」と説明されがちだ。しかし、実際にはこの方式の本質はスライド後退のタイミングをわずかに遅延させることで、発射時の銃身の安定性を確保する設計である。

つまり、反動そのものの低減ではなく、発射直後の数ミリ秒間、銃身のブレを極小に抑えることに主眼が置かれており、これは精密射撃に最適化された特性だと言える。

特筆すべき特徴

  • リコイル制御の高さと精度の良さで、当時の欧米特殊部隊でも高く評価されていた。

  • リリース当時としては極めて複雑かつ高品質な製造技術を用いていた。


P9Sのグリップは、現在のポリマーオートのような交換式バックストラップではなく、角度・形状が固定されている。時代的にそれが当たり前だが、その角度は、やや後傾ぎみで、「撃ち下ろし型」の射撃姿勢に適した設計とされている。これは明らかに伝統的な精密射撃フォームを前提としており、モダンコンバットスタイルとは相容れないと思われる

また、当時としては先進的だったダブルアクション機構+デコッキングレバー+マニュアルセーフティの複合設計は、ユーザーに非常に高度な操作知識を要求する。現場のストレス下では誤操作を招くリスクがあり、これも量産向きではなかったのではないか。

2. なぜ日本警察にP9Sが採用されたのか?(仮説と考察)

H&K P9Sは、SAPおよび零中隊の任務に対応すべく選定された、「精密な対処」を前提とした職能的装備だった。SAPや零中隊の任務は、屋内近接戦闘(CQB)やバリケード内の制圧任務を想定しており、リボルバーよりも即応性・継戦能力に優れた自動拳銃が求められたと考えられる。

  • 日本国内の拳銃使用基準では、「信頼性」「安全性」「精密射撃能力」が極めて重視されていた。

  • SAPや零中隊の任務は、屋内近接戦闘(CQB)やバリケード内の制圧任務を想定しており、リボルバーよりも即応性・継戦能力に優れた自動拳銃が求められた。

  • リコイル制御性能の高さは、高精度射撃を第一義とする警察作戦に適合

  • 警察内部での先行試験的な導入であり、「試験配備」的な意味合いもあった可能性がある。


1977年のルフトハンザ航空181便ハイジャック事件

1977年に発生した「ルフトハンザ航空181便ハイジャック事件(通称:ランツフート事件)」は、ドイツ国境警備隊特殊部隊GSG-9の名を世界に知らしめた最初の大規模作戦であり、当時の装備体系が国際的な警察特殊部隊に影響を与えた例として注目された。

おそらく、日本の警察特殊部隊がH&K P9Sを採用したもっともらしい理由を仮説立てるならば、単なる性能上の利点だけでなく、国際的な助言関係が影響していた可能性がある。当時、日本のSAPや零中隊は、1970年代後半から1980年代にかけて、西ドイツ国内外のテロ事件への即応力を高く評価されていた精鋭の対テロ特殊部隊「GSG-9」から組織構成や戦術運用に関して非公式ながら助言を受けていたとされる。

そして注目すべきは、当時の制式拳銃がP9Sであった

GSG-9がルフトハンザ181便突入時に使用した主な武装はサブマシンガンのH&K MP5A3。ローラーロッキング機構を持つコンパクトな短機関銃で、のちに世界中の特殊部隊で標準装備化している。

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さらに非致死性装備のフラッシュバン(閃光音響手榴弾)、そしてH&K P9S(9mm×19mmパラベラム弾)である。

GSG-9はこの事件で人質全員を無事に救出するという結果を出し、各国の警察・軍特殊部隊に大きな戦術的インパクトを与えたのである。日本の警察庁もこの事例を詳細に研究したとされ、特にハイジャックによる航空機テロ制圧任務を遂行する点に強い関心を抱いたと言われている。

その流れの中で、P9Sのように反動が少なく、高い命中精度を持ち、セミオートで迅速な再装填が可能な拳銃は、警察用途として理想的と映ったのではないか。

よって、SAPや零中隊でのP9S採用は、GSG-9の成功例を「現場装備レベルで模倣・参考化した」ごく初期の試みだったと推定できる。

仮に日本のSAPや零中隊がこの部隊を範としていたとすれば、訓練体系だけでなく装備面でも同様の信頼性や精度が求められたとして不思議ではない。

  • ただし、P9Sだけでなく、同部隊ではS&W M36の導入も試行されていた。

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実戦での使用機会は不明だが、その存在は、当時の日本警察が、単なる装備拡充ではなく、任務に即した戦術的選定を志向していたことを物語っている。

現在では、P9Sは完全に退役したと見られ、警察で現用装備としての保有は疑わしい。

なお、2002年のSATの公開映像から判断するに、、後継は同H&KのUSP、またグロック19の配備が知られている。2025年現在では、公開訓練の様子から、SIG P226を配備していると見られる。

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