写真引用元 https://119.city.toyooka.lg.jp/contents_detail.php?co=new&frmId=2081
2018年から2019年にかけて、全国で交番勤務の警察官が携行していたけん銃が強奪されるという重大事件が相次ぎました。
この一連の事件を受けて、「なぜ警察官のけん銃が奪われてしまったのか」という点が大きな議論となりました。警察庁はその対策として、従来とはまったく異なる材質と構造を持つ『改良型ホルスター』を全国の警察に配備し、再発防止に取り組みました。
この記事では、従来型と改良型、それぞれのホルスターの特徴について考察してまいります。
Contents
制服警察官に配備されていた皮製ホルスターはすでに先進国では過去のもの
従来、わが国の警察において、地域部門や交通部門など制服警察官が使用していたのは、革製の蓋付きホルスターでした。
これは、銃をホルスターに収めた後、留め具で固定し、さらに蓋を閉じることでけん銃を保護する方式です。
けん銃には、万が一の落下を防ぐために鉄芯入りのカールコードが取り付けられており、これは銃のグリップ下部のランヤードリングを通してベルトに連結されていました。
この旧型ホルスターは「フルフラップ・ホルスター」と呼ばれる方式で、銃の大部分を革で覆い、外部にはグリップの一部だけがのぞく構造となっています。地域部門では黒革、交通部門では白革と、配属先によってホルスターの色が異なる点も特徴のひとつです。旧型には初期型と後期型の違いもありました。

都道府県警察官に貸与される新型けん銃『サクラ』にはニューナンブM60やM37と同様、カールコードを装着するためのランヤードリングが備わっている。警察官は通常、鉄芯入りのカールコードを介して帯革と銃を連結する。※画像はモデル品
けん銃は、利き手にかかわらず必ず右腰に装着する決まりとなっており、そのホルスターは皮革製でしたが、近年ではこの素材や構造が機能性や耐久性の面で劣るとされ、国際的には旧式と見なされています。
では現在、それに代わるものとしてどのようなホルスターが用いられているのでしょうか。
たとえば、アメリカの法執行機関では、開デックス(Kydex)やポリマーといった熱可塑性の合成樹脂を用いたホルスターが主流です。これらのホルスターは、フルフラップ型とは異なり、銃を覆う蓋のない「オープントップ・タイプ」が多く見られます。
さらに、多くの製品ではロック機構が採用されており、銃の抜き取りに一定の操作が必要となることで、他者による不意の奪取を防ぐ設計となっています(すべての製品にロック機構があるわけではありません)。
このようなホルスターは、即応性と実戦性を重視した構造であり、まさに現代の警察活動に適した装備であると言えるでしょう。
さらに引き金には安全ゴムをかませ、不意の発砲を防ぐ措置も。
なお、ホルスターに収まるニューナンブ、エアウェイト、現在もっとも配備が新しいサクラといった各銃種の解説は以下の記事にて行っています。
しかしながら、日本の警察が長年使用してきた『フルフラップ・ホルスター』および『皮革素材』の装備は、すでに先進国の多くの法執行機関において、機能性および耐久性の面で時代遅れと見なされつつあります。
では現在、その代替としてどのようなホルスターが主流となっているのでしょうか。
たとえば、アメリカの法執行機関では、カイデックス(Kydex)やポリマーといった強靭な熱可塑性合成樹脂素材を使用し、確実なロック機構を備えたホルスターが広く採用されています。
これらのホルスターすべてにロック機構があるわけではありませんが、いずれも日本警察の従来のようにフラップで銃を完全に覆う方式ではなく、銃をすぐに抜ける『オープントップ・タイプ』が一般的です。即応性を重視した実戦向きの設計と言えるでしょう。
一方、日本で使用されてきた『フルフラップ・ホルスター』には、フラップを開けただけでは銃が落下しないよう、内側に留め具を備えるなど、即応性よりも確実な保持と安全性を優先した構造が取られてきました。
そのため、米国で主流となっている「確実なロック機構による強奪防止」と「迅速な抜き撃ち性能」を両立したオープントップ型のホルスターの潮流と比較すると、日本の装備はその進化の流れに乗り遅れていると言わざるを得ません。
ただし、日本における『フルフラップ・ホルスター』の採用を、単に「銃の安全かつ確実な携行」の観点だけで論じるのは早計とも言えるでしょう。
たとえば1980年代までは、一部でフラップのないホルスターが使用されており、雨天時には銃の錆びを心配する声もあったとされています。
そうした背景を踏まえると、ホルスターにフラップが採用されたのは、気候条件や装備の保護という実用面だけでなく、銃器を市民の視界から極力遠ざけようとする日本独自の方針、あるいは警察の元来持つ秘密主義的な思想とも関係していた可能性があるようです。
2020東京オリンピック期間中、警視庁の1部地域警察官に配備されたグロック45モデルにはカイデックスのホルスターも同時に支給されるなど、例外的に地域警察官の装備が期間限定的に変更された例もあります。
また、私服警察官のけん銃携帯方法についても、官給品の皮製ホルスター(背負い式や腰装着式)にけん銃を収納し、鉄芯入りのカールコードを銃のグリップ下部のランヤードリングに通してズボンのベルトに連結する方式が採られてきました。機動捜査隊では、けん銃をウェストポーチに収納して携行する例も見られます。
相次ぐけん銃の強奪事件を受けて、全国の警察において新型ホルスター、通称『アンモナイト・ホルスター』の配備が開始
警察庁では、交番勤務の警察官が襲撃される事案やけん銃の強奪を防止するため、2019年から警視庁など一部の警察本部を皮切りに、制服警察官向けに約3万個の新型樹脂製ホルスターの配備を開始。
例として先述した米国で主流のオープントップ型ではなく、これまでの皮ホルスター同様、銃の大部分を覆うフラップ型を継承。

新型ホルスターは銃を着装した警察官本人以外が容易に抜き取りにくい形状となった。写真引用元 https://119.city.toyooka.lg.jp/contents_detail.php?co=new&frmId=2081
ただ、警察庁では新型ホルスターはもともと東京オリンピックを念頭に配備が決まっていた計画を相次ぐ事案を受けて急きょ前倒ししたとしています。
事件の多発によって”第三者から強奪されにくいホルスター”の配備が早められたようです。
『従来よりも迅速に取り出しが可能となる一方で本人以外は抜き出しにくい』構造
その形状から『アンモナイト・ホルスター』とも俗称されている新型ホルスター。今回の導入予算は5億円。
新型ホルスターについても、旧型ホルスター同様に大きなフラップが銃本体を覆う形状となっておりますが、その開閉構造には大きな変更が加えられています。従来のホルスターが横からフラップを捲って上にはね上げる方式だったのに対し、新型ホルスターでは前方にスライドさせる構造となっています。
この構造により、銃の取り出しが想定されるような状況では、あらかじめフラップを前方にスライドさせてホルスターを解放しておくことが可能です。その結果、従来型に比べて、より瞬間的な対応がしやすくなったと評価されています。
悪用されることを懸念し、当局が手の内を明かさないのは警察装備品の常で、当然今回の新型ホルスターについても詳しい構造や配備の状況は公表されず、詳細は判然としません。

新型の導入状況は『言えない』と取材に明らかにしない県警も。画像の出典 https://www.tokai-tv.com/newsone/corner/20190617.html
現在までの報道によれば、新型けん銃ホルスターは『従来よりも迅速に取り出しが可能となる一方で本人以外は抜き出しにくい構造』になっているとのことです。
従来よりも迅速に取り出しが可能となる一方で、『本人以外は抜き出しにくい構造』
引用元 東海テレビ https://www.tokai-tv.com/newsone/corner/20190617.html
バンカケ~警視庁自動車警ら隊での拳銃取り出しのシーン。新型の拳銃ホルスターの開閉のシーンがあり、これもある意味新型ホルスター開閉の初シーンだと思う。#バンカケ~警視庁自動車警ら隊 pic.twitter.com/BUaisRFYjH
— 劇用パトカー (@5NjdXu1KK0hGMTb) March 29, 2023
また、この新型ホルスターは『本人以外は抜き出しにくい構造』を特徴としています。
この点については、すでに米国の法執行機関で広く配備されているロック機構付きカイデックス・ホルスターと類似した構造である可能性があります。具体的には、銃を抜く際に一定の角度とロック解除の操作が必要となる仕組みであり、第三者によるとっさの強奪を防ぐ安全機構が備えられていると考えられています。
ただし、これはあくまで突発的な掴み取りや力任せの奪取といった想定のもとに設計されたものであり、より組織的で計画的、あるいは重い暴力を伴う加害行為に対しては、完全な抑止力にはならないという指摘も存在します。つまり、「根本的な解決にはなっていないのではないか」という懸念の声も一部にあるのです。
元警視庁刑事で犯罪心理学者の北芝健氏も「今回の方針はもともと、2020年東京五輪に向け、海外の犯罪集団が押し寄せるのを想定したもの。革製のホルスターを硬質プラスチックに替えるんですが、犯人が警官を殺してしまえば拳銃を抜き取れるので、あまり意味はないという声は強い。耐刃服を着用していても、首や目などを刺されると致命傷になる」
こうした中で、警察実務に詳しい北芝健氏はその対応策として「米国のように、拳銃に手をかけながら免許証を確認する」という方法を紹介しつつも、それは日本の国情にはそぐわないと述べています。日本ではむしろ、複数名の警察官による連携と対応こそが現実的であるとされています。
さらに一部の意見としては、実弾を装填した拳銃そのものよりも、非致死性の制圧手段であるテーザー銃(スタンガンの一種)を日本の警察にも配備すべきではないかという主張も見られます。
なお、旧型ホルスターでは、地域部と交通部で本体色が異なっていましたが、新型においても同様の運用が続く可能性も。これにより、所属の違いを視覚的に識別しやすくするという従来の目的は、今後も踏襲されていくと考えられます。
新型ホルスターのまとめ
要約すると、これまで我が国が配備してきた革製のフルフラップ・ホルスターは、安全な銃の携行を最優先とした設計ではあったものの、強奪防止という観点では不十分な点があったことは否めません。
相次ぐ交番勤務員への襲撃事件やけん銃の強奪事件を受けて、警察庁は急遽『強奪されにくい構造を持つ新型ホルスター』の全国配備を進めることとなりました。
もっとも、米国のパトロール警官の間で一般的となっているオープントップ・タイプとは異なり、新型ホルスターもやはりフラップ付きである点においては、依然として日本独自の設計思想が色濃く残っています。
北芝氏の言う「銃に手をかけたままでの市民対応」が日本では現実的でないように、警察当局としても市民との信頼関係の維持を優先し、強圧的な姿勢は可能な限り避けたいという意向があるのではないでしょうか。
もちろん、日本における警察と市民の信頼関係というものは、建前としては存在する一方で、現実として、それが「ある」と思っている市民は多くないのが実情かもしれません。
いずれにせよ、今回の制服用ホルスターの更新は、近年の警察装備史においてもきわめて大きな転換点であり、強奪リスクへの対応としては思い切った画期的な措置です。
『不具合を確認するためホルスターから銃を抜いた際に誤射』……北電泊発電所警備中の機動隊員が誤射した『自動式けん銃』とは?