2018年から2019年にかけて、全国各地で交番勤務中の警察官が携行していたけん銃を奪われるという重大な事件が複数発生した。
これらの事案を受けて、けん銃の管理方法や装備の在り方に関する議論が高まった。警察庁は再発防止策の一環として、新たな材質と構造を採用した『改良型ホルスター』の導入を決定し、全国の警察機関への配備を進めている。
本記事では、従来型ホルスターと改良型ホルスターのそれぞれの構造や特性について考察したい。
Contents
日本の警察ホルスターは進化したのか
従来、わが国の警察において、地域部門や交通部門などの制服警察官が携行していたのは、革製の蓋付きホルスターであった。
このホルスターは、けん銃を収めたのちに留め具で固定し、さらに蓋を閉じることで銃を保護する構造となっている。加えて、万が一の落下に備え、けん銃には鉄芯入りのカールコードが取り付けられており、これは銃のグリップ下部にあるランヤードリングを介してベルトに連結されていた。
けん銃は、利き手にかかわらず必ず右腰に装着する決まりとなっている。
日本警察のホルスターはなぜ“蓋付き”なのか
この旧型ホルスターは「フルフラップ・ホルスター」と呼ばれる形式であり、銃全体を革で覆い、外部にはグリップの一部のみが露出する構造が採られていた。
また、配属部門によってホルスターの色が異なる点も特徴で、地域部門では黒革、交通部門では白革が使用されていた。旧型ホルスターには、細部の形状などに違いがみられる初期型と後期型のバリエーションも存在していた。

都道府県警察官に貸与される新型けん銃『サクラ』にはニューナンブM60やM37と同様、カールコードを装着するためのランヤードリングが備わっている。警察官は通常、鉄芯入りのカールコードを介して帯革と銃を連結する。※画像はモデル品
近年、従来の革製ホルスターは、素材や構造の面で機能性や耐久性に限界があるとされ、国際的には旧式の装備と見なされる傾向にある。
日米の装備思想の比較
それに代わる装備として、現在、各国の法執行機関で主流となっているのは、カイデックス(Kydex)やポリマーといった熱可塑性合成樹脂を用いたホルスターである。とりわけアメリカでは、こうした素材のホルスターが広く普及しており、蓋で銃を覆わない「オープントップ・タイプ」が一般的である。
これらのホルスターの多くには、ロック機構が組み込まれており、銃の抜き取りには特定の操作が必要となる設計が採用されている。これにより、第三者による不意の銃の奪取を防ぐことが期待されている。ただし、すべての製品がロック機構を備えているわけではない。
こうしたオープントップ型ホルスターは、即応性を重視した実戦的な構造であり、必要なときに迅速に銃を抜けることを前提としている。
一方、日本の警察が長年使用してきたフルフラップ・ホルスターは、銃を完全に覆う構造となっており、内部にはさらに留め具を設けることで、フラップを開けただけでは銃が抜け落ちないよう設計されている。これは、即応性よりも保持力と安全性を重視した運用思想を反映したものである。
加えて、日本警察ではけん銃のトリガーガード内に「安全ゴム」を装着し、引き金の不意の作動を防止する措置も取られている。こうした点にも、日本におけるけん銃運用の慎重さがうかがえる。
なお、ホルスターに収まるニューナンブ、エアウェイト、現在もっとも配備が新しいサクラといった各銃種の解説は以下の記事にて行っている。
そのため、米国で主流となっている「確実なロック機構による強奪防止」と「迅速な抜き撃ち性能」の両立を実現したオープントップ型ホルスターの潮流と比較すれば、日本の警察装備は国際的な進化の流れから一歩遅れていたと評価される側面も否定できない。
もっとも、日本においてフルフラップ・ホルスターが長らく採用されてきた背景を、単に「銃の安全かつ確実な携行」という観点からのみ論じるのは適切ではない可能性もある。
たとえば、1980年代頃までは一部でフラップのないホルスターが使用されていたが、雨天時に銃が濡れることで錆びることを懸念する声が現場から寄せられたとされている。こうした事情を踏まえれば、ホルスターに蓋を設ける構造は、気候条件への配慮や装備の長期的な保護といった実用面に加え、市民に対して銃器の露出を最小限に抑えるという、日本特有の治安運用方針が関係していたと考えられる。
また、日本の警察組織に根強く見られる秘密主義的傾向も、フルフラップ構造の継続的採用に影響を与えていた可能性がある。
一方、例外的な運用も存在している。2021年の東京オリンピック開催期間中には、警視庁の一部地域部門においてグロック45型けん銃が配備され、あわせてカイデックス製ホルスターが支給された事例が確認されている。このケースは、一定の条件下において従来の装備が見直され、現代的な装備への適応が試みられた例と位置づけられる。
また、私服警察官のけん銃携帯方法についても、官給品の皮製ホルスター(背負い式や腰装着式)にけん銃を収納し、鉄芯入りのカールコードを銃のグリップ下部のランヤードリングに通してズボンのベルトに連結する方式が採られている。機動捜査隊では、けん銃をウェストポーチに収納して携行する例も見られる。
交番勤務員襲撃事件とホルスター構造の見直し

新型ホルスターは銃を着装した警察官本人以外が容易に抜き取りにくい形状となった。
こうした一連の事案を背景に、警察庁では交番勤務の警察官が襲撃されるケースや、けん銃の強奪を防止する目的で、2019年から警視庁など一部の警察本部を皮切りに、制服警察官向けの新型ホルスター約3万個の配備を開始した。
通称『アンモナイト・ホルスター』の配備が開始
導入されたのは、従来の革製ホルスターと異なり、合成樹脂を素材とした新型ホルスターである。もっとも、採用されたのは米国で主流となっているオープントップ型ではなく、従来のホルスターと同様に銃全体を覆うフラップ型の構造を継承したものであった。
警察庁によれば、この新型ホルスターの配備は本来、東京2020オリンピックを念頭に計画されていたものであり、それが相次ぐ事件を受けて前倒しされた形であると説明されている。複数の襲撃事件をきっかけに、「第三者から強奪されにくい構造」のホルスター配備が急がれた格好となった。
『従来よりも迅速に取り出しが可能となる一方で本人以外は抜き出しにくい』構造
今回の導入に際しては、約5億円の予算が投入された新型ホルスター。『従来よりも迅速にけん銃を取り出せる一方で、本人以外には抜きにくい』という特徴を持つとされ、その形状から、マニアの間では通称『アンモナイト・ホルスター』と呼ばれることもある。
外観は旧型ホルスターと同様、銃全体を覆う大きなフラップを有するが、開閉構造には大幅な改良が加えられている。従来のホルスターでは、フラップを横からめくって上方向に跳ね上げる方式であったのに対し、新型ではフラップを前方にスライドさせて開く構造が採用されている。
このスライド方式により、使用が想定される事案では、事前にフラップを開けておくことができるため、従来型に比べてより即応性の高い運用が可能であると評価されている。
悪用されることを懸念し、当局が手の内を明かさないのは警察装備品の常で、当然今回の新型ホルスターについても詳しい構造や配備の状況は公表されず、詳細は判然としない。

新型の導入状況は『言えない』と取材に明らかにしない県警も。画像の出典 https://www.tokai-tv.com/newsone/corner/20190617.html
現在までに報道されている情報によれば、新型けん銃ホルスターは「従来よりも迅速にけん銃を取り出せる一方で、本人以外は抜きにくい構造」とされている。この特徴は、すでに米国の法執行機関において広く採用されているロック機構付きのカイデックス製ホルスターと共通する点があると指摘されている。
従来よりも迅速に取り出しが可能となる一方で、『本人以外は抜き出しにくい構造』
引用元 東海テレビ https://www.tokai-tv.com/newsone/corner/20190617.html
バンカケ~警視庁自動車警ら隊での拳銃取り出しのシーン。新型の拳銃ホルスターの開閉のシーンがあり、これもある意味新型ホルスター開閉の初シーンだと思う。#バンカケ~警視庁自動車警ら隊 pic.twitter.com/BUaisRFYjH
— 劇用パトカー (@5NjdXu1KK0hGMTb) March 29, 2023
具体的には、けん銃を抜く際に一定の角度や動作を必要とし、同時にロック解除の操作を伴う構造であり、不意の強奪に対して一定の安全性を確保する設計とみられる。こうした機構により、第三者による突発的な掴み取りや力任せの奪取を抑止する効果が期待されている。
ただし、この構造が想定しているのは、あくまで突発的な加害行為への対応であり、より計画的で組織的、あるいは重度の暴力を伴う襲撃に対しては、完全な抑止手段とはなり得ないという指摘も存在する。すなわち、「構造の改良だけでは根本的な問題解決には至らないのではないか」とする懸念の声も一部に見られる。
こうした状況を踏まえ、警察実務に詳しい北芝健氏は、対応策の一例として「米国の警察官のように、拳銃に手をかけながら身分証を確認する方法」を紹介しているが、日本の法環境や社会情勢には馴染まないとして、その運用には慎重な姿勢を示している。
元警視庁刑事で犯罪心理学者の北芝健氏も「今回の方針はもともと、2020年東京五輪に向け、海外の犯罪集団が押し寄せるのを想定したもの。革製のホルスターを硬質プラスチックに替えるんですが、犯人が警官を殺してしまえば拳銃を抜き取れるので、あまり意味はないという声は強い。耐刃服を着用していても、首や目などを刺されると致命傷になる」
むしろ、日本においては、現場での即応力を高める手段として、複数名の警察官による連携や配置を重視する方が現実的であるとの見解が示されている。
さらに一部では、実弾を装填した拳銃そのものに依存するのではなく、非致死性の制圧手段であるテーザー銃(スタンガン)を日本の警察にも配備すべきではないかという意見も出ており、けん銃装備に関する議論は今なお継続している状況である。
警察装備の静かな改革──ホルスター設計は何を変えたか
要約すると、従来、日本の警察において配備されてきた革製のフルフラップ・ホルスターは、けん銃を安全に携行することを最優先とした設計であった一方、第三者による強奪のリスクという観点からは、十分な対策が講じられていたとは言い難い側面があった。
そのような中で、交番勤務員への襲撃やけん銃の強奪事件が相次いだことを受け、警察庁は「強奪されにくい構造」を有する新型ホルスターの全国的な配備を急きょ進めることとなった。
もっとも、導入された新型ホルスターは、アメリカなどで一般化しているオープントップ・タイプとは異なり、大きなフラップによって銃を覆う構造が維持されており、そこには日本独自の運用思想が色濃く残った形といえる。
北芝健氏が言及する「けん銃に手をかけたまま市民対応を行う」といった米国流の対応は、日本の法制度や社会環境にはなじまないという声もあり、警察当局もまた、市民との信頼関係を損なわないよう、強圧的な姿勢を極力控える意向があるものと考えられる。
もっとも、「警察と市民の信頼関係」は建前として存在しているとはいえ、現実にはそれを実感している市民は必ずしも多くないという見方もあり、今後の警察装備や対応方針のあり方については、引き続き議論が必要である。
いずれにせよ、今回の制服警察官向けホルスターの更新は、警察装備の歴史においても重要な転機と位置づけられ、けん銃強奪リスクに対する抜本的な対策として注目すべき措置であることに違いはない。
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