2001年9月11日、ハイジャック犯が大型旅客機のフライトデッキに押し入り、機体を乗っ取ったうえでニューヨークのWTC(ワールドトレードセンタービル)へ突入させるという、アメリカ同時多発テロ事件が発生しました。
この事件では、旅客機自体が武器として利用され、乗客だけでなく、地上にいた多くの人々も犠牲となりました。
これまで世界各国の警察当局は、航空機がハイジャックされた場合、機体が地上で給油中に隙を見て突入する特殊部隊の作戦や、コックピット内にいる犯人を排除するために狙撃手が対物ライフルのスコープで照準を合わせるといった対応を取ってきました。
日本の特殊部隊SATも例外ではなく、「日本警察における対物ライフルの配備」を代理店が公表しています。
しかし、これらの対応は、あくまでハイジャック発生後の事後対策であり、飛行中の機内でハイジャック行為そのものを未然に防ぐための取り組みは、これまで限定的なものでした。
そこで各国は、テロ抑止政策と機内安全の取り組みにおいて協調し、警察官や政府機関所属の保安要員が武器を隠し持ったまま一般の乗客を装い、旅客機に乗り込むという『Sky Marshal(スカイマーシャル)』と呼ばれる警戒活動が、日常的に各国で行われるようになりました。
日本が欧米に倣い、スカイマーシャルを導入したのは2004年のことです。
まずはアメリカにおける事例を挙げ、その導入に至るまでの経緯を詳しく見ていきたいと思います。
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アメリカ連邦航空保安局とFederal Air Marshal Serviceの法執行官の任務
航空先進国であるアメリカでは、早くも1960年代からハイジャックに対処するために、武装したセキュリティ要員を航空機に乗せて警戒を開始しました。
同国では現在、国土安全保障省の外局である運輸保安庁(TSA)内に設けられている法執行機関「連邦航空保安局(Federal Air Marshal Service…FAMS)」がスカイマーシャルプログラムの企画・運営を行っており、同局に所属する連邦航空保安官が実際のスカイマーシャル業務を担当しています。
しかし、2001年当時の連邦航空保安官の人員数はわずか33人に過ぎませんでした。
そのため、限られた人員で一部の便にのみ乗務するという運用しかできなかったスカイマーシャルは、9.11テロを防ぐことができませんでした。
航空保安当局は、「テロリストに手を差し伸べはしない」として、具体的な人員数や乗務する便数などの詳細をメディアに公開していませんが、9.11テロを受けて保安官の数は大幅に増加しました。
しかし、連邦航空保安官が乗務する割合は、2008年の時点でも全便の1パーセント未満にとどまっていました。
現在でも、アメリカの各航空会社が運航する定期便は1日平均28,000便にも及ぶため、すべての便に連邦航空保安官を配置することは現実的に困難な状況です。
「航空機内で行なわれた犯罪その他ある種の行為に関する条約」という条約と機長権限
各国の航空会社が運航する旅客機において、飛行の安全を脅かす乗客が実際にいた場合、国際的に取り決められた「航空機内で行われた犯罪その他ある種の行為に関する条約」によって、機長にはその権限に基づき、問題のある乗客を身体拘束することが認められています。
この条約は、犯罪行為のみならず、犯罪に類似するような行為についても適用される仕組みとなっています。
航空機内で行なわれた犯罪その他ある種の行為に関する条約第1条1 この条約は、次のものについて適用する。(a)刑法上の犯罪(b)航空機若しくはその機内の人若しくは財産の安全を害し若しは害するおそれがある行為(犯罪であるかどうかを問わない。)又は航空機内の秩序及び規律を乱す行為2 この条約は、第3章の場合を除くほか、締結国において登録された航空機内の者により当該航空機の飛行中に又は当該航空機が公海の水上若しくはいずれの国の領域にも属しない地域の地上にある間に行なわれた犯罪又は行為につき、適用する。3 この条約の適用上、航空機は、動力が離陸のために作動した時から着陸の滑走が終止する時まで、飛行中のものとみなす。4 この条約は、軍隊、税関又は警察の役務に使用される航空機については適用しない。第2条 第4条の規定の適用を妨げることなく、また、航空機又はその機内の人若しくは財産の安全のために必要とされる場合を除くほか、この条約のいかなる規定も、刑罰法規のうち政治的性質を有し又は人種若しくは宗教による差別に基づくものに反する犯罪に対する措置を承認し又は要求するものと解してはならない。
「航空機内で行われた犯罪その他ある種の行為に関する条約」には日本も批准していますが、日本の場合、大型旅客機の機長には、大型船舶の船長や一部の海員が持つような特別司法警察職員としての権限はありません。
公共交通機関である鉄道においては、2018年6月にJR東海の新幹線「のぞみ」車内で、乗客が刃物を持った暴漢に襲われ、命を落とす事件が発生しました。
この事件を受けて、JR東日本ではセキュリティ強化の一環として、車掌などの乗員に催涙スプレーや警戒杖を配備し、さらに「不審者に向けて照射し行動を抑制する」目的で、SUREFIRE G2X-MVなどの装備を導入しました。
しかし、現在に至るまで、日本国内の航空各社においては、旅客機の機長が護身用品を携行することに対して否定的な見解が続いています。
当然ながら、武装したハイジャック犯に対して、武器を持たない機長が対処することは難しく、これまで機体の安全は、厚く頑丈なフライトデッキのドア一枚に依存してきました。
旅客機のパイロットに銃を持たせる「Federal Flight Deck Officer Program」とは
一方、アメリカではFAMSの法執行官が実施するスカイマーシャルプログラムとは別に、同国内のみで許可されている制度として、旅客機の運行乗務員(アメリカ市民に限る)自体に小型武器を持たせる「Federal Flight Deck Officer Program(FFDO)」を実施しています。
FFDOの認可を得るには、身体的および心理的テストをクリアし、さらに銃器の取り扱い、制圧術、自己防衛戦術について、一週間の正式なトレーニングコースを修了しなければなりません。
このトレーニングを修了した乗務員は連邦法執行官と同じ権限を持ち、どの州政府の上空を飛行していても、その権限が保障されます。
旅客機や私的なチャーター機、および貨物航空会社で働くアメリカ市民の乗組員は、すべてFFDOプログラムに参加する資格があります。
FFDOプログラムは、飛行中の旅客機の安全に寄与できると考えられていますが、あくまで操縦士の武装は、操縦室(フライトデッキ)をハイジャック犯に渡さないための措置であり、機長が持つ銃が客室の治安を維持するわけではありません。
しかし、FFDOプログラムは、FAMSの法執行官が実施するスカイマーシャルプログラムと比べ、費用対効果が高いという意見もあります。
一方で、当時のオバマ大統領は2012年にFFDOプログラムの予算を50パーセント削減する提案を行いました。
また、ジャネット・ナポリターノ国土安全保障長官も、「コックピットのドアは、おそらく武装したFFDOパイロットより、むしろ最後の防衛線である」と発言し、FFDOプログラムに対して否定的な立場を示しました。
参照元:ヘリテージ財団 Senior Visiting Fellow, Japan Jessica Zuckerman
日本のスカイマーシャルと航空機警乗警察官制度とは
このように、アメリカをはじめとする欧米の先進国では、すでにスカイマーシャル制度が広く実施されています。
日本国内でも、2004年(平成16年)に「安全かつ容易な海外渡航イニシアチブ(平成16年6月 シーアイランド・サミット)」が合意されたことを受け、同年12月から「航空機警乗警察官」制度が導入されました。
成田空港を管轄する千葉県警、関西国際空港を管轄する大阪府警の警察官が、乗客に紛れて旅客機に乗り込み、機内テロやハイジャックに備えています。
近年では、羽田空港を管轄する警視庁も警乗任務を実施しています。
しかし、テロリストに手の内を明かすことを避けるため、日本政府はその具体的な運用について公表していません。
参照元:日本政府公式サイト「スカイ・マーシャルの実施について」
私服や制服の警察官が旅客機、鉄道、船舶へ警戒のために搭乗することを「警乗」と呼びます。
旅客機に警乗する警察官には、その任務を遂行するために必要な能力を保持できるよう、教育訓練が徹底されています。
通常、「航空機警乗警察官」は、警察官とひと目で分かるような姿では搭乗せず、私服の下に装備品を着用し、乗客を装って機内食をとりながら、人知れずハイジャックなどのテロや客室内で発生するトラブルに対応するとされています。
日本政府が公表している資料によれば、航空機警乗警察官と機長は互いに密接に協力し合い、航空機の安全運航の確保に努めることが定められています。
また、日本政府は、日本に乗り入れる外国便に警乗する外国政府のスカイマーシャルの警察官に対しても、「航空機の飛行中におけるハイジャック犯の制圧」という共通の目的のため、相互に緊密な連携・協力を行う方針を示しています。
スカイマーシャルが使用する特殊な弾丸を装填した拳銃について
武器を持ったハイジャック犯への対処として、小型武器の使用が想定されており、日本の警乗警察官も欧米のスカイマーシャルと同様に拳銃を携行して乗り込んでいます。
日本のスカイマーシャルの実施状況について、国土交通省はセキュリティ上の理由から詳細な人員数や装備などを公表していません。
しかし、日本の当局者の発言からは、欧米のスカイマーシャルで使用されている「フランジブル弾」の使用が類推されます。
高度3万フィートの与圧された機内で通常の弾丸を使用すると、機体に穴が開き、与圧が失われる可能性があります。
そのため、欧米のスカイマーシャルでは、固い物に命中すると砕け散る特殊な弾丸「フランジブル弾」が使用されることが多いです。
また、海上自衛隊特別警備隊も敵艦艇に乗り込み、閉所での銃撃戦を展開する特性上、跳弾を防ぐ目的でHK416用のフランジブル弾を使用しています。
日本航空機長組合は武装警察官の搭乗(警乗)に反対を表明
このように、日本政府は航空機警乗警察官と旅客機の機長がハイジャック防止および機の安全運航という共通の目的のため、密接に連携することを指示しています。
しかし、日本航空の旅客機機長で構成される「日本航空機長組合」は、2004年に警乗活動への反対を表明しました。
日本航空機長組合の公式サイトに公開された声明によると、警乗活動に反対する理由として、以下の点が挙げられています。
- 武器を機内に持ち込ませない水際対策の強化なくして、武器を携行した警察官の搭乗では、テロやハイジャックを完全に排除できない。
- 機内に武器が存在することの危険性について疑念が拭えない。
- 警乗による対策が、現場の乗員の理解を得ないまま一方的に実施されてはならない。
日本航空機長組合によれば、航空機警乗警察官制度は、現場の乗員の理解や同意を得ずに、経営者側と国が強行導入した恒久的制度であり、信頼関係が築かれないままの導入には強い不快感と不安を感じているとしています。
また、万が一機内で警察官が発砲した際の安全性についても未検証であり、機長の権限が侵害される可能性や、機長の権限と警察権が拮抗する事態にならないよう、万全の対応を求めています。
そのため、日本航空機長組合としては、日本政府による航空機警乗警察官制度の即時中止を求めており、機内への不審者侵入防止策としては、地上でのハード面の改善が重要であると主張しています。
具体的には、トイレの移設やフライトデッキの二重扉設置などの措置を求めています。
前述のFFDOプログラムにおいて、米国のジャネット・ナポリターノ国土安全保障長官は、「機内に武装した乗員や警察官を配置するよりも、フライトデッキの厚いドアのほうが有効である」と述べています。
日本航空機長組合も、この考え方と同様の立場を取っているようです。
操縦士自らが犯罪を起こすケースもある
また、航空会社のパイロットやスタッフが自ら犯罪を起こすケースも存在します。
多くの場合、その目的は希死念慮に起因するものです。
例えば、2015年10月にはドイツの航空会社の副操縦士が機長をフライトデッキから締め出し、自動操縦を解除して墜落させました。
また、2018年8月には、シアトルのホライズン航空に勤務する地上スタッフが、自社の旅客機を乗り逃げし、ワシントン州ピアースに墜落させる事件が発生しました。
日本でも、1982年に「日本航空350便逆噴射事件」が発生しています。
この事件では、精神疾患を抱えた機長が意図的に逆噴射を行い、機体を墜落させ、多数の犠牲者が出ました。
旅客機を凶器に変えるのは、必ずしも外部の第三者によるハイジャックとは限りません。
機長自身が意図的に墜落を企んでいた場合、乗客は頑強なフライトデッキの扉を破るためにどのように行動すべきなのか、議論の余地がありそうです。
日本警察による航空機警乗(スカイマーシャル)のまとめ
私たちが安全に海外旅行を楽しめるように、各国の警察や航空保安当局では、フランジブル弾を装填した拳銃を携行した警察官や法執行官が旅客機の安全な運航のために公共保安サービスを実施しています。