前回は交通覆面パトカーに搭載されている各種装備品についてご紹介しました。もし未読であれば、そちらもあわせてご覧いただければと思います。

交通覆面パトカーには、反転式警光灯やサイレンアンプ、ストップメーターなど、速度違反取締りのためのさまざまな装備が搭載されています。
その中でも、一般ドライバーからは、屋根の赤色灯ほど認識されることが多くない装備が、フロントグリルやバンパー内に秘匿搭載された「前面赤色警光灯」です。
今回は、この前面赤色警光灯に着目し、追尾式速度取締りとの関係について掘り下げてみたいと思います。
交通覆面パトカーによる速度違反取締り

交通覆面パトカーによる速度違反取締りは、一部で存在する車内設置のレーダー測定装置搭載覆面パトカーを除けば、基本的に追尾式が中心です。
追尾式とは、対象車両の後方から一定距離を保ちながら同じ速度で走行し、「ストップメーター」を利用し、自車の速度を基準として違反速度を確認する方法です。
一般車両の流れに紛れながら走行し、追い越し車線の状況を監視。速度超過の疑いがある車両を発見すると、その後方へ移動して追尾態勢に入ります。
これは高速道路交通警察隊や交通機動隊で古くから行われている代表的な取締り手法のひとつとして知られています。
例として神奈川県警の運用
その中にあって、神奈川県警高速隊の交通覆面パトカーは、独特の取締りスタイルで知られています。それが「前面赤色灯」のみを使用して違反車両を追尾しての速度測定です。
神奈川県警の覆面パトカーによる交通取り締まりでは、追尾を開始した時点では屋根上の反転式警光灯を起立させたり、サイレンを吹鳴したりすることはありません。

当然ながら、取締り対象車両が警察車両に気付いて急減速してしまえば、追尾による確認が難しくなるためです。
そこで、長年にわたって神奈川県警で重要な役割を果たしてきたのが、前面赤色警光灯です。
全国的に見て、交通取締り用覆面パトカーでは、標準仕様として、前面赤色灯とルーフの反転式赤色灯は一つのスイッチで同時に作動(点灯)しますが、神奈川県警の交通覆面パトカーでは、前面赤色警光灯だけを“別に”作動させるスイッチが備えられています。
これがいわゆる「Rスイッチ」であり、警察車両マニアの間では以前から知られた神奈川県警の独自装備と運用です。
現職警察官への取材内容を掲載した専門サイトでは、次のように紹介されています。
「Rスイッチは前面警光灯のみ点滅させることができるスイッチです。こちらは隊員曰く“スピードの測定に使用する”とのことです」
実際、同県内の取締り現場では、追尾開始直後から屋根の警光灯を上げるのではなく、前面赤色警光灯のみを使用しながら対象車両を追尾しているとみられる場面がしばしば目撃されています。
その後、違反が確認されると反転式警光灯を起立させ、サイレンを吹鳴して停止を求めるという流れです。
もちろん、具体的な運用手順の詳細は警察内部の事項であり、公表されているわけではありません。しかし、前面赤色警光灯が単なる補助灯ではなく、追尾式取締りにおいて重要な役割を担っていることは、多くの観察例や関係者証言からうかがえます。
かつての交通覆面パトカーでは、フォグランプに偽装したオートカバー式の前面赤色警光灯が多く採用されていました。
ところが近年の車両では、フロントグリル内部やバンパー開口部の奥に設置されるケースが主流となっています。
さらに最新世代では、消灯時に存在が分かりにくい黒色レンズ仕様も増えてきました。昼間でもレンズの反射が目立たず、一般車両から発見されにくい設計となっています。
交通覆面パトカーといえば、どうしても屋根から飛び出す反転式警光灯が注目されがちです。しかし実際には、その反転灯が上がる前の段階で活躍しているのが前面赤色警光灯なのかもしれません。
少なくとも神奈川県警高速隊をはじめとする交通覆面パトカーの運用を観察していると、前面赤色警光灯は単なる補助装備ではなく、追尾式速度取締りを支える重要な装備のひとつとして位置付けられているように見えます。
普段はグリルの奥に隠れていて気付かれることも少ない装備ですが、交通覆面パトカーという特殊な警察車両を語る上で欠かせない存在と言えるでしょう。
一部で「覆面パトカーに煽られた」という指摘
この一連の動作の際、交通覆面パトカーは違反車両のドライバーがバックミラーで前面赤色警光灯を確認できないよう、車間距離を詰めるなどして、発覚を遅らせることもあったとされます。
この流れが常にドライバーの間で議論の的になることもあり、一部では「覆面パトカーに煽られた」という指摘もあるようです。
これについては、神奈川県警ではなく、青森県警察本部の公式サイトにて、以下のような見解が示されています。
覆面パトカーによる速度違反の取締りに対しては、「後方からあおられて速度を上げたら検挙された」というお申し出もあります。しかし、覆面パトカーの乗務員は、走行する車両の速度を目で見てほぼ特定できる高度な技術を持っており、明らかに制限速度を越えて走行している車両を対象に取締りを行っているところです。従って、制限速度内で走行している車両を後方からあおり、速度を上げさせて検挙するようなことは行っていません。
引用元 青森県警察公式サイト
http://www.police.pref.aomori.jp/koutubu/sidou/torisimari_kyouryoku.html
このように「交通覆面パトカーが(法定速度で走る車両を)煽って速度を上げさせることはしていない」と青森県警察本部は引用した文章のとおり明確に否定しています。
取締り中の『サイレン』の免除規定
取締りにおけるサイレンの吹鳴についての規定についても興味深いものです。
実際のところ、サイレンについては道路交通法施行令第14条において「交通取り締まり中の警察車両」について明記されています。
この規定により、警察用自動車による交通取り締まり時には、特に必要と認められる場合に限り、サイレンを鳴らさずに違反車両と同じ速度で追尾し、速度を測定することが可能です。
これにより、パトカー自体が速度違反と見なされることなく、適法に取り締まり活動を行えます。
取締り中の赤色灯の免除規定について
一方、取締り中の赤色灯については、道路交通法施行令第14条において免除規定は存在していません。
しかし、都道府県ごとに定められている道路交通規則において、交通取り締まり用の警察車両に対する特例が設けられている場合があります。
例えば、東京都の道路交通細則第1章「交通規制等」において、「交通規制の対象から除く車両」として、最高速度の規制の適用を受けない車両に「専ら交通の取締りに従事する自動車」、すなわち交通取り締まり用のパトカーが含まれています。
さらに、赤色灯とサイレンの作動についての明確な記載がないことから、交通取り締まり用のパトカーは、赤色灯やサイレンを作動させずに取締りを行うことが可能であると解釈されることもあります。
実際の運用について
このような解釈を行うのは当然ながら取り締まり当局であり、実際に警察では、法律や交通細則を根拠に、赤色灯やサイレンを必ずしも作動させずに違反車両の追尾・取締りを実施しています。
そのため、違反者が警察官に対し「サイレンも赤色灯も作動していなかったのだから、取り締まりは無効ではないか」と主張しても、警察官は「集光式警光灯(前面赤色赤色灯)を点灯していた」などの説明を行い、適法性を主張することができます。
したがって、実際の運用においては、サイレンを鳴らさず、赤色灯を点灯させずに取締りを行うケースがあるのが現状です。
一般の車両は「緊急自動車が近づいてくれば、道を譲ればよい。」と考えて、それを実行すれば充分であるが、緊急自動車の側に立ってみると「みんなが譲ってくれるので、どんな走り方をしても許される。」と考えるのは誤りで、自らに与えられた権利と制約を完全に理解し実践していかなければ、正しい緊急自動車の運転は望めないばかりか、万一事故が発生した場合の責任は重い。
緊急自動車に関する法令の規定は、必ずしも理解が易しいものではない。学説、判例の類も少なく、そのうえ、緊急自動車に関する特集号的な著書が見られなかったので、緊急自動車の運転に携わる人々は、断片的な知識と職務上のカンによって業務を遂行してきたのが実情ではなかったろうか。
引用元 東京法令出版 http://www.tokyo-horei.co.jp/shop/goods/index.php?302
新たに緊急自動車に関する3判例を追加し、全19判例に!
*パトカーが赤色灯をつけないで尾行し行った速度測定の正確性と適法性(昭60.1.24札幌高裁判決)
*パトカーが赤色灯をつけず、サイレンも鳴らさずに行った暴走車阻止で生じた事故に対する損害賠償責任(平20.7.4最高裁判決)
*交通整理の行われている交差点での緊急自動車(救急車)と普通貨物自動車との衝突事故につき緊急自動車の運転者の過失を認めた事例(平14.3.28千葉地裁判決)
なお、東京都の道路交通規則の詳細については、以下のリンクをご参照ください。
東京都道路交通規則 http://www.reiki.metro.tokyo.jp/reiki_honbun/ag10121991.html
そのような理由から、もし違反者が
「いやいや、赤色灯も点灯してなかったし、サイレンも鳴らしてなかったじゃないですか。パトカーだって速度違反でしょう?」
などと食い下がったとしましょう。
すると神奈川県警の交通覆面パトカーなら、
「運転手さん、ちょっとこれよーく見て」
とばかりに、グリルの奥を指差して、
「ほら、この赤いやつ。前面赤色警光灯。ちゃんと点灯してたよウチら」
と言われてしまうかもしれません。
「えっ?」
「気付かなかっただけでしょう。ウチらはちゃんと点けてたんで」
「めちゃくちゃ車間距離詰められて、そんなの見えなかったですよ!」
「見えるとか見えないとか関係ないから。点灯させていたかが問題」
「でも、サイレンもないじゃん!」
「サイレン?いらないよ」
――などというやり取りが県内であったかどうかは分かりませんが、少なくとも神奈川県警が長年にわたって前面赤色警光灯の単独点灯にこだわり続けた理由を考えると、この小さな赤色灯が取締り現場で重要な役割を担っていたことだけは間違いなさそうです。
まとめ
というわけで、今回は神奈川県警の交通取締りを語るうえで欠かせない、「神奈川仕様」とも呼ばれた前面赤色警光灯の運用についてご紹介しました。
交通覆面パトカーといえば、屋根から立ち上がる反転式警光灯に目が行きがちです。しかし神奈川では、その反転灯が起立する前の段階で多用されていたのが、グリル内に秘匿された前面赤色警光灯でした。
全国的に見ても、前面警光灯だけを独立して点灯できるよう改造された神奈川県警の運用は極めて特徴的なものであり、警察車両ファンの間で長年語り継がれてきた理由も理解できるのではないでしょうか。
もっとも、この「神奈川仕様」は2024年に廃止されたとされています。詳しい経緯は公表されていませんが、一説には、それまでパトライトが担当していた警光灯関連の架装作業をトヨタ側が一括して行うようになった結果、独自仕様を盛り込みにくくなったことが背景にあるとも言われています。
警察車両の運用をめぐっては、「赤色灯もサイレンも使わずに追尾するのはおかしいのではないか」という疑問の声が以前から存在しました。実際、この問題を取り上げた報道やコラムも見られます。
『松尾貴史のちょっと違和感ー赤色灯・サイレンなしで取り締まり 警察車両もスピード違反では?』
https://mainichi.jp/articles/20170528/ddv/010/070/018000c
しかし、そのような議論が生まれる一方で、神奈川県警は前面赤色警光灯を独立して運用できる専用仕様を長年採用し続けてきました。
交通覆面パトカーの世界では、屋根の反転式警光灯こそが主役と思われがちです。
しかし神奈川県警に限って言えば、本当の主役はグリルの奥にひっそりと隠された「前アカ」だったのかもしれません。

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