街中を走る「緊急車両」と聞くと、多くの人が思い浮かべるのは、白黒塗装のパトカーや赤い消防車でしょう。しかし実際には、日本国内には警察・消防以外にも、さまざまな機関やインフラ事業者が公安委員会から緊急車両指定を受けた車両を運用しています。
たとえば、電力会社の送電保守車両、ガス事業者の緊急出動車、水道局の応急復旧車、通信事業者の災害対策車両、高速道路会社の事故対応車などがそれに該当します。
これらは災害や重大事故時に一般交通より優先して現場へ急行する必要があるため、法令上「緊急自動車」として登録されているケースがあります。
もっとも、多くの緊急車両は一目でそれと分かる外観です。大型のブーメラン型散光式警光灯を屋根に常設し、車体にも事業者名やロゴを大きく表示しているため、一般車両と見間違えることはほとんどありません。
ところが、一部には事情が異なる車両も存在します。
それが、着脱式赤色灯を採用した“覆面型”とも言える緊急車両です。
これらは通常時には一般車両とほとんど変わらない姿で運用され、必要時のみマグネット式の着脱式赤色灯を屋根へ装着させる方式が取られています。
外観上は警察の覆面パトカーと非常によく似ており、特に興味深いのが、こうした車両の一部には所属表記が存在しない点です。

それでは各種車両を見ていきましょう。
臓器移植用緊急輸送車
「臓器移植用緊急輸送車」は、日本の緊急車両の中でも特に存在が知られていない部類の車両です。一般のドライバーが遭遇しても、まず正体に気付くことはありません。
その任務は文字通り、移植用臓器を緊急搬送することです。
心臓、肺、肝臓といった移植用臓器は摘出後の保存可能時間が非常に短く、特に心臓は数時間単位で移植成功率が左右されるため、空港・大学病院・救命センター間を極めて迅速に移動する必要があります。そのため、一部車両は公安委員会から緊急自動車指定を受け、赤色灯とサイレンを備えています。
実際、地方のライオンズクラブや医療支援団体による寄贈事例も存在し、「倉敷西ライオンズクラブ35周年記念臓器移植用輸送車贈呈」は、その種の公開例として知られています。
典拠元「倉敷西ライオンズクラブ35周年記念臓器移植用輸送車贈呈」
ベース車両には当時の高速長距離移動に適した四輪駆動ステーションワゴンが選ばれる傾向があり、特に1990年代〜2000年代初頭は Subaru Legacy Touring Wagon の採用例が目立ちました。
理由は明快で、
・高速巡航安定性が高い
・降雪地域でも運用しやすい
・大量の医療機材や保冷ボックスを積載可能
・長距離搬送時の信頼性が高い
という、“高速道路を止まらず走り続ける能力”が重視されたためです。
そして最大の特徴が、「覆面パトカー型」の警光灯構成です。
通常時は一般車にしか見えず、必要時のみマグネット式赤色灯を装着。さらに、グリル内やダッシュボード内部に補助赤灯を隠していた例もあったと言われています。これは夜間・雨天時の視認性向上だけでなく、空港ランプウェイや病院搬入口など特殊環境での運用を考慮したものとも考えられています。
余談ですが、『ラジオライフ』1995年1月号の投稿話は、当時の読者投稿欄らしい非常に“それっぽい”エピソードがあります。
88ナンバー時代の Nissan Cedric が突然サイレン吹鳴、窓から赤灯を掲出して緊急走行──という時点で、当時の無線・覆面車両マニアが「覆面だ!」と思い込むのも無理はありません。しかもTLアンテナ付き。
しかし実際には、医療系緊急車両で、向かった先は病院で実は臓器移植コーディネーターの車だったそうです。
緊急往診車(ホスピスカー)
医師が駆けつけるための新たな車両
近年、病院や個人クリニックに所属する医師が、車両に着脱式の赤色灯を装着して緊急走行を行う「緊急往診車(ホスピスカー)」の運用が可能となってきています。

この車両は、ホスピス医や開業医などが所有する車に対し、各都道府県の公安委員会が正式に認可したものです。一般的な病院で使用される「ドクターカー」とは異なり、主に在宅療養中の患者が容態急変などにより、緊急に医師の往診が必要になった際、医師が駆けつけるために用いられます。
緊急往診車には、サイレンのほか、着脱式の赤色回転灯やフラットビームなどが装備されており、その外見は非常に覆面パトカーに似ています。ただし、緊急往診車であることを明示するステッカーを車体に掲示するよう、公安委員会から各医療機関に指導がなされているようです。
実際にホスピスの医師らが病院の公式サイトや個人ブログで紹介している車両を見ると、トヨタ・プリウス、アクア、ホンダ・インサイトといったハイブリッドカーが確認されています。車体色も白に限らずグレーのものも見られ、特定の色に関する規定は設けられていないようです。
しかしながら、こうした緊急往診車を導入している医療機関は、全国的にはまだ限られているのが現状です。たとえば大都市圏に含まれる埼玉県でも、2019年5月にようやく県内初の緊急往診車が導入されました。これは、埼玉医科大学グループの在宅療養支援診療所「ハピネス館クリニック」(毛呂山町)によるもので、現在も先進的な取り組みとして注目されています。
読売新聞社の報道によりますと、埼玉県毛呂山町にある「ハピネス館クリニック」の担当医師・斎木実さん(当時48歳)が、県警に対し緊急往診車の認可を打診したことがきっかけとなり、2019年4月、埼玉県公安委員会が県内第1号として正式に認可を行ったとのことです。
認可の背景には、県西部における道路交通の不便さや、同クリニックが行ってきた往診による看取りの実績などがあったとされ、これらを総合的に勘案した結果として判断されたと報じられています。実際、これまで渋滞時には到着に約30分かかっていたケースも、サイレンと赤色灯を用いた緊急走行により、10分程度で現場に到着できたという効果が確認されているそうです。
また、朝日新聞でも同クリニックの緊急往診車を紹介しており、警察庁が公表した資料として、2011年10月時点では全国で5県5台だった緊急往診車が、2016年6月末には14府県15台にまで増えていたことを伝えています。これにより、制度の運用が徐々に広がりつつあることがうかがえます。
一方で、公安委員会の対応には慎重さが見られ、認可に至るまでに一定のハードルが存在する印象も否めません。しかしながら、医療機関や担当医師による在宅医療の重要性を強く訴える姿勢が、最終的には認可の後押しとなったとみられます。
緊急医療の現場において、こうした車両が新たな役割を担うことになるのか、今後の動向が注目されます。
日本赤十字の献血運搬車(民間)
同じ医療機関の関係車両としては昔から日本赤十字社の血液運搬車も着脱式赤色回転灯を搭載し、緊急時に使用して緊急走行を行っています。
現在の「献血運搬車」は多くがエアロブーメラン型の赤色灯を搭載した緊急車両ですが、一部ではこれがない献血運搬車もあります。こちらについては着脱式が用いられているわけではなく、元から「緊急走行できない一般車両仕様」のようです。

なお、車体側面には赤十字と団体の名称が入っています。
総合通信局の不法無線局探索車(官庁)
電波Gメンこと、総務省総合通信局が不法無線局の調査と摘発に使用しているのが、不法無線取締りのために緊急車両指定された特殊車両。
許可を受けていない不法無線局によって、警察無線や消防無線、ドクターヘリなどの無線が混信妨害を受ける場合があり、それを随時調査して指導、摘発しているのが総合通信局です。アマチュア無線のメインチャンネルでずっと無変調やってた人の自宅にも駆けつけて厳重指導するおっかない車です。
同局の電波監視では不法無線局を探索して確認し、その場で110番して警察官を呼び、悪質なケースは口頭告発して不法無線局を警察に引き渡すまでが主な仕事。
同局が使う不法無線探索車の車体には役所を示す表記は一切なく(必要に応じてステッカーで示すようです)、着脱式警光灯を装着する姿はこちらも捜査覆面そっくり。
車種はエルグラやレガシィ・ツーリングワゴンなど。中身はさすがに不法電波局を調査するだけあって、高度な電波探査機器がズラリ。
北海道総合通信局の公式サイトでは緊急出動の様子を詳しく解説しており「赤色灯忘れずに」とのことで、着脱式の赤色灯をルーフに載せて勇ましく出動する姿と不法無線局を追いつめる姿が紹介されていました。
まとめ
もちろん、こうした車両であっても、赤色灯とサイレンを適法に使用して初めて「緊急自動車」として扱われます。単に赤色灯を積んでいるだけではなく、公安委員会による指定や道路運送車両法上の要件を満たしている必要があります。
つまり、“覆面パトカーそっくり”に見える車両の正体は、実は警察だけではありません。
日本の社会インフラや行政機関を陰で支える「もうひとつの緊急車両群」が、今日も一般車に紛れて街を走っているのです。
知識がなければ、これらの車両が「悪質なマニアのモドキ」に見えてしまう可能性も。こんな事件もありますし。





































































