各警察本部では近年、「捜査活動におけるレンタカーの使用方法」に関する通達を出すようになりました。
しかし、実際の捜査現場では、捜査員が業者から借り上げた警察外部の車両を使用する手法は、少なくとも80年代から一般的に行われています。
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捜査活動とレンタカーの活用—覆面パトカーの功罪
では、なぜ捜査現場でレンタカーの利用が広まったのでしょうか。
その背景には、覆面パトカーのメリットとデメリットが関係しています。
犯罪捜査における覆面パトカーの利点
覆面パトカーは、通常時は一般車両のように振る舞い、飲食店などにさりげなく立ち寄って食事休憩を挟みつつ、密行警らを行うことができます。
しかし、ひとたび事件が発生すれば、ルーフに片手で赤色灯を装着し、スイッチひとつでサイレンを鳴らし、瞬時に緊急車両へと変身。
法に基づいた「緊急走行」を駆使し、事件現場へ急行できるのが最大の強みです。
特に刑事部の最前線部隊である機動捜査隊は、24時間体制の密行捜査が基本。そのため、配備される主力車両はすべて覆面パトカーとなっています。
スピード化、広域化する現代の警察事象において、覆面パトカーはもっとも機動的で効率の良い理想的な展開手段です。
覆面パトカーのデメリット—「ナンバーが割れる」問題
しかし、覆面パトカーには致命的な欠点があります。
それは、ナンバーを特定されてしまうと、覆面の意味がなくなるという点です。
過去には、反社会勢力と通じた者が覆面パトカーの写真やナンバーをリスト化する目的で警察署敷地内に侵入し、建造物侵入容疑で逮捕された事例もあります。
このような事態を防ぐため、警察署の駐車場では覆面パトカーのナンバーの前にカラーコーンを置いて隠すという苦肉の策が取られることもあります。
しかし、公道上ではナンバープレートは隠せません。
そのため、一度ナンバーを特定されてしまえば、被った覆面は剥がされたも同じです。
覆面パトカーはナンバーが連番になりやすい
さらに問題となるのが、国費による大量配備の影響で、覆面パトカーのナンバーが連番になりやすいという点です。
例えば、高知県警の交通覆面のように一部ではナンバーを変更する例もありますが、近い番号であれば簡単に見破られてしまいます。
全国一斉に同じ車種が同じ時期に大量配備される
ナンバーを変えても、そもそも同じ車種が同じ時期に全国で一斉に大量配備されること自体が覆面パトカーの致命的な欠点です。

同じ車種の多い覆面パトカー、ナンバーがばれてしまえば使い物にならない覆面パトカー、覆面をかぶっていても変なオーラだけは隠し切れない覆面パトカー。
覆面パトカーの車種が珍しければ珍しいほど、一般の目に留まりやすくなり、捜査に支障をきたします。その典型例が、スズキ・キザシ。
この車種はあまりにも珍しかったため、週刊誌で取り上げられるほど話題になり、結果的にシビアな捜査では使えなくなってしまったという経緯があります。
むしろ、この場合は国費よりも、それぞれの都道府県が独自の予算で買った通称『県費もの』の捜査車両のほうがいくらかマシと言えるでしょう。
しかし、都道府県の予算とて潤沢ではありません。基本的に限られた捜査車両での捜査活動になります。
イレギュラーはあるとはいえ、捜査車両は部署ごとに配備されるので、柔軟な運用が取りづらく、ときには署員の私有車を申請して捜査に使う例もあります。
覆面パトカーの欠点を補う手段—レンタカーの活用
こうした問題を回避するために、近年、各警察本部では捜査活動におけるレンタカーの活用が進んでいます。覆面パトカーの欠点を補うため、民間から借り上げたレンタカーを一時的な捜査車両として運用する手法が広がっています。
レンタカーであれば、ナンバーが特定される心配もなく、車種も様々なものを選択可能。そのため、捜査員が追尾や張り込みを行う際、一般車両に紛れて行動することができるのです。
警察組織は覆面パトカーのメリットを生かしつつ、そのデメリットを補うために、こうしたレンタカー活用の手法を取り入れているのが現状です。
実は、このレンタカーを活用した捜査手法は決して新しいものではありません。捜査車両としてレンタカーが導入されたのは、昭和の時代にまで遡るのです。
静岡県警におけるレンタカー活用の歴史
例えば、静岡県警では昭和60年(1985年)からレンタカーを捜査に導入しています。
昭和61年(1986年)10月6日付の静岡新聞に掲載された『ハイテク時代の警察』によれば、静岡県警は昭和60年の秋から翌年夏までの間に、延べ150台以上のレンタカーを捜査活動に投入していたと報じています。
同県警のいわゆる「マル暴」と呼ばれる、暴力団が絡む事件の捜査を担当する捜査第4課長は、レンタカーを活用する理由について次のように述べています。
「ナンバーをチェックされないから有効だ。覚えられたら車を換えればいい」
実際、静岡県警では、捜査用覆面パトカーのナンバーが暴力団にリストアップされていたという事例が発覚しています。捜査員が組事務所を家宅捜索した際、押収品の中から機動捜査隊や所轄署の覆面パトカーのナンバーが記載された手帳が見つかったのです。
この事態に対し、暴力団担当の捜査員(通称「マル暴」)たちも戦慄。ある捜査幹部はこう語っています。
「警察無線も暴力団に傍受されている。普段から注意は払っているが……。限られた車で行くとどうしてもナンバーを覚えられる」
当時の警察無線はアナログ方式で、特殊な受信機があれば誰でも傍受可能でした。このため、覆面パトカーがナンバーを割られるだけでなく、捜査の情報までもが漏れる危険があったのです。
この問題を解決するため、静岡県警では暴力団や公安関連の捜査において積極的にレンタカーを活用するようになったのです。
レンタカーに喜んでるのは刑事だけじゃない!
レンタカーの活用は、刑事にとって便利なだけではなく、警察の予算管理の面でも有利でした。
警察組織運営上の経済的メリットも
『静岡新聞』の記事では、静岡県警総務部装備課の担当者が電卓を弾きながら、レンタカーが正規の覆面パトカーよりも経済的であることを指摘していたといいます。
覆面パトカーを新規導入するには、車両代、装備費、維持費がかかる一方、レンタカーであれば必要な期間だけ借りることができ、費用を抑えることが可能です。
そのため、予算を管理する総務部装備課や各所轄の警務課にとってもメリットが大きいのです。
レンタカー捜査車両の特徴
とはいえ、捜査に使用するレンタカーが正式な覆面パトカーのように赤色灯やサイレンを搭載しているのかは不明です。
ただし、以下の点が確認されています。
- デジタル警察無線機を積んでいる場合が多い
- 外部アンテナを装着するケースがある
現在では、マグネットで着脱が容易なユーロアンテナタイプが配備されており、後付けのアンテナ設置も比較的簡単になっています。
しかし、アンテナが目立つと「捜査車両だ」と見破られるリスクもあるため、近年では車内設置専用アンテナも登場。
ただ、それでもなお、車内を覗き込めば見破られやすくなるという欠点があります。
そのため、近年では車内に置いた「ハ○○○」に化けた警察無線用アンテナが登場しており、これは一部マニアの間で話題となりました。
レンタカーの捜査車両のまとめ
このように、覆面パトカーは刑事の足としては非常に便利ですが、捜査の都合上デメリットもあるため、状況に応じて一時的にレンタカーをリースし、内偵捜査などに活用する合理的な手法が広がっています。
余談ですが、機動捜査隊を題材にしたドラマ『警視庁機動捜査隊216』では、沢口靖子演じる機動捜査隊員が捜査車両に乗り込む前に、わざとらしくナンバーを隠すように置いたコーンをどかすシーンが描かれています。実際に警視庁で行われている苦肉のナンバー秘匿策をドラマで忠実に再現するのは珍しいと言えるでしょう。
また、同作品に登場する覆面パトカーに対し「”わ”ナンバーの覆面パトカーはおかしい」という一部指摘がありました。確かに機動捜査隊では公用車である機動捜査用車が主力ですが、実際の捜査現場ではレンタカーを使うケースもあり、イレギュラーな使い方には今後も注目です。