昼間の喧騒が消えた深夜2時。広帯域受信機で『5.628MHz』の周波数を選び、モードを『USB』にセットしてしばらく待つ。聞こえてくるのはノイズ。そしてノイズ混じりに聞こえる『ピー、ボーッ・・・・・』という、どこか懐かしさを感じさせるセルコール音。それに続く『ゼロ、セブン・・・・・・トウキョウ・・・・・・』の声。
これは太平洋上を飛行中の大型旅客機や貨物機と、地上の航空局通信官が絶え間なく交信する航空無線の一種、洋上管制です。
このロマンチックな『洋上管制』の受信を思い立ち、広帯域受信機を購入したいと考える方もいるでしょう。いったい、この洋上管制は一般的なVHFの航空無線と何が違うのでしょうか。
洋上管制とは?

通常、陸上上空を飛ぶ航空機は118MHz-130MHzのVHF帯による周波数にて管制を受けていますが、洋上ではVHF帯の周波数では届かないため、低い周波数、すなわちHF帯(短波)による通信が行われます。
洋上管制で何が交信されるのか?
航空機側から送信される情報は自機の位置、乱気流などの気象情報、気象変化等によるコース変更要請などです。一方、地上の管制当局側からはコースや高度の指示、他機との間隔保持の指示、飛行中の航空機から提供された気象情報の他機への伝達などです。さらに、急患発生など機内で発生した緊急事態における非常要請も行われます。突然起きるトラブルに関する通信が行われるのはVHFの管制や航空会社ごとのカンパニーラジオ同様であり、ときに注意深く聴取したいもの。
洋上管制で『セルコール(SELCAL)』が使用される理由とは
冒頭でも記載した通り、洋上管制では独特の呼び出しブザーが使われています。これは航空機を個別に呼び出すために使用する『セルコール』と呼ばれるもので、セルコールの音色は洋上管制のアイコン的”BGM”と言えます。洋上管制でセルコールが使用される理由は、HFではフェージングによる雑音が常時発生し、常に聴取しているとパイロットの疲労が大きいため、必要な時のみ”呼び出しベル”を鳴らして個別の機体を呼び出すようにした仕組みです。通常、航空機には個別に4桁のアルファベット(例・ABCD)によるナンバーが発行されており、このナンバーが含まれたトーン信号が個別呼び出しを可能としています。
洋上管制を担う航空局職員は?
通常のVHF航空管制は航空管制官が担いますが、洋上管制は航空管制通信官が担います。具体的には航空管制官からの指示を航空機へ伝えるのが航空管制通信官です。
洋上管制ではコンディションで周波数が変わる
当然、アマチュア無線のHF帯がそうであるように、季節や時間帯によってコンディションは刻々と変化します。日本が担任するのは大きく分けると、北太平洋エリア(NP)と中西部太平洋エリア(CWP)となりますが、洋上管制に使用されるチャンネルは複数あり『東京レディオ』の北太平洋エリア(NP)では2,932MHz, 5,628MHz, 6,655MHz, 8,951MHz, 10,048MHz, 11,330MHz, 13,273MHz, 17,904MHzといった周波数が、時間帯に応じて使用されます。
受信改造済みIC-R6でも洋上管制は聞けない?

残念ながら当サイトで推奨しているアイコムのIC-R6(受信改造済み)は、洋上管制の受信に不向きです。
地上から約100kmから130km付近に発生するE層という電離層に反射するHF帯(短波)の受信でも優秀なIC-R6(受信改造済み)ですが、太平洋など大海原の上空を飛行する定期便が使う3~30MHzの洋上管制は聞けないのです。
その理由は二つあります。
IC-R6で洋上管制が聞けない理由その1『SSBモードに非対応』
まず第一に、洋上管制はより遠くへ電波を飛ばすため、減衰の少ないSSBモード(Single Side Band=振幅変調単側波帯抑圧搬送波)の通信であるためです。そのSSBモードの中でも、さらにUSB(UpperSide Band=搬送波と搬送波より低い周波数の成分をカット)とLSB(LowerSide Band=搬送波と搬送波より高い周波数をカット)がありますが、洋上管制はUSBを使用。IC-R6が選択できる電波形式はFM,AM,WFMのみであるため、正常にUSBの復調ができません。
ただ、AMモードにて受信すると、ボイスチェンジャーのように機械的で甲高いながらも、僅かながら人間の音声として認識することが可能ですが、正確な交信内容を理解するのは極めて困難です。
なお、SSB受信機能が備わっていないのはIC-R6だけでなく、同価格帯のVR-160でも同じです。この点で言えば、やや高価でしたが、製造終了になったDJ-X11にアドバンテージがありました。
IC-R6で洋上管制が聞けない理由その2『最小ステップ幅が5.0KHzのため周波数を選択できない』
残念ながら、IC-R6で洋上管制を受信できないもう一つの理由があります。それは、IC-R6の最小チューニングステップ(TS)幅が5.0KHzのため。これでは試しに『5.628MHz』に合わせようとしても、1KHz単位で正確に合わせられないため、5.628MHzで止まらずに飛び越えてしまいます。これではシビアな周波数調整が必要なHFの洋上管制を正確に掴むことができないのです。なお、漁業無線のTS幅でも同様です。
洋上管制の受信に適した受信機とは?

フライトレーダー24で見た太平洋上の航空機(画像典拠元 Flightradar24.com)
つまり、洋上管制の受信に適した受信機は上述の欠点をカバーしている受信機です。洋上管制のワッチにはゼネラルカバレッジ(general coverage)と呼ばれるHF帯が受信可能かつ、SSB(USBモード)を選択できる比較的高級なオールモード対応の受信機、またはアマチュア無線機を使用してみましょう。general coverageとはそのまま略せば全体の範囲といった意味合いですが、すなわち広範囲を受信できる機種です。
手軽なハンディ型レシーバー、ICOMのIC-R30も高価なだけあり、各種電波形式に対応しており、USBによる洋上管制も気軽に受信が楽しめましたが、2022年に生産終了となりました。
2023年現在、現行のハンディ型広帯域受信機で手軽にSSBが受信できる機種はほかにAORのAR DV-10があります。同機はハンディ型デジタル対機で、アナログではCW/SSB/AM/FM/WFMの全てのモードに対応していますが、12万円と高額です。このように高級機ではほとんどSSB方式に対応しています。購入される場合はSSB対応の有無を確認してください。
また、そこまで予算がないのなら『HF用アマチュア無線機』のなかで安価な機種を買うのも手です。こういうときのためにアマチュア無線の資格を取っておくのも助かるのです。
原則として、無線局免許を受けていない場合、電波発射の有無にかかわらず電波を出せる状態となっていれば、電波法第4条違反になり不法無線局の開設罪にあたる
例えば、アイコムならデスクトップのIC-7300シリーズは比較的安価でバンドスコープもついており、HFと50MHzが送受信できるので人気です。SSB(LSB/USB)に対応しており、短波帯で行われている洋上管制の航空無線やVOLMET、それに船舶向け通信なども受信可能です。ただし、それより上のV/UHF帯の航空無線などの帯域は受信不可。
なお、必ず資格の級に応じたモデルをお選びください。また、こちらもアマチュア無線機ですが、YAESUのFT-818NDもおすすめです。
今夜も東京レディオがよく聞こえる。
セルコールチェック聴くと飛行機で旅したくなる。#洋上管制 #アマチュア無線 #セルコールチェック pic.twitter.com/SvO8gUmaLW— じま (@5uBrIVQ45OMIiym) March 23, 2022
こちらはHF/50MHzの短波に加えて、VHF航空無線、144/430MHz帯のアマチュア無線も受信できるのが魅力です!
中国メーカー製『SSB対応BCLラジオ』
さらにもっとお安くSSBを受信できる機材があります。以下の記事にて解説しています。
広帯域受信機やHFアマ機よりも安くSSB受信が可能!平均価格は1万円台!
洋上管制ではアンテナもHF用のものが良い
洋上管制などを受信する際はやはり専用のHFアンテナが最適です。
洋上管制のまとめ
洋上管制の基本的な部分と受信に最適な受信機の条件を挙げてみましたが、いかがでしたか。おさらいすると、洋上管制を受信するのに適した機種はHF帯が受信可能な『ゼネラルカバレッジ』対応かつ、SSB(USB)モードを選択できる『オールモード』対応の広帯域受信機またはアマチュア無線機となります。もちろんアマチュア無線機は資格と免許を取得した上で、自分の級に応じた機種を使用してください。
なお、SSB対応の受信機があれば、アマチュアバンドの7MHzも賑やかで楽しく、受信がおすすめです。
昨今では洋上管制は衛星通信にとって代わられてもいますが、2022年現在でも深夜ともなれば、何100機もの航空機が東京と交信しています。このロマンチックな深夜の無線通信傍受はどうやら当分の間、楽しめそうです。
なお、『フライトレーダー24』と組み合わせれば、自室がまるで航空局の管制センターになります。
【航空無線受信テク】Flightradar24をエアバンド受信と並行して使おう!
このように洋上管制を受信するには手間とお金がかかることを今一度考慮して、興味があればチャレンジしてみてください。
洋上管制は航空無線の頂点かもしれません。
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