秘匿アンテナは究極の盗難防止策となるのか
車内に完全に秘匿されたアンテナ、いわゆる「車内設置型アンテナ」は、偽装やカモフラージュの枠を超えた、究極の秘匿手段として知られる。
これは、もはやアンテナを“見せない”というレベルではなく、“存在させないように見せる”技術であり、現代の覆面パトカーにおけるアンテナ設置の最終形態とも言える。
外部アンテナの撤去によって得られるのは、視認性の排除である。車両の外観からは一切の手がかりが得られず、従来であれば即座に見抜かれていたユーロアンテナやモビホも、存在しない以上判断材料にはなりえない。
まさに「アンテナによる特定」ができないという点で、秘匿の徹底が図られている。
この手法には二つの技術的アプローチが存在する。一つは、もともと屋外設置を前提に作られたアンテナを、特殊なアース処理などを施して車内に流用する方法。
もう一つは、最初から車内設置を想定して開発された専用アンテナを使う方法である。
アンテナの完全秘匿に成功したクラウン交通覆面。
特に前者は、覆面車両の黎明期から一部で見られた工夫であり、1989年のラジオライフ誌に報告されたスバル・シグマの例などはその典型だ。
「アンテン工業 DB-3」などの一般市販ホイップアンテナを、シート背面や足元スペースに設置して運用する手法は、外からまったく見えない反面、適切なアースや指向性処理が必要となるため、設置技術の習熟度が問われる。
(出典:http://www2.famille.ne.jp/~mst-hide/back20/20061.html)
近年では、210系クラウン・アスリートの一部車両で、リアトレイ内にアンテナが設置され、従来ルーフ上にあったユーロアンテナが撤去されている例が複数確認されている。
もともと同型車ではユーロアンテナの標準設定がないことに加えて、ユーロアンテナですら“見慣れた偽装”として認識され、秘匿性が求められるようになった現状を示す。
リアトレイ設置のアンテナは濃色スモークガラスにより外部からの視認が困難で、注意深く見なければ気づかれない。
ただし、車内設置型は車体鉄板との接触が少なく、ボディアースが取りにくい問題も。性能を確保するには、アース板設置の工夫が必要で、単に「見えなければよい」というものでもない。
一方で、外部から見えないことは盗難や妨害の抑止にもつながり、「アンテナが見えるから狙われる」というリスクの軽減にも寄与している。
総じて、車内アンテナは覆面パトカーのアンテナ偽装・秘匿の流れにおける最終段階であり、その存在は「見抜ける者にしか見抜けない」という構造によって、ますます警察車両の同定を困難にしている。
今後、この技術はさらに洗練され、より広範に導入される可能性が高い。
大阪府警のステージアの例
また、大阪府警による日産・ステージアの交通取締用覆面パトカー配備は、アンテナ秘匿技術の中でも特異である。
この車両は外観に一切のアンテナ類を装備しておらず、一般車両との判別が極めて困難であった点から、当時大きな話題を呼んだ。
雑誌ラジオライフ2005年2月号では、「大阪府警ステージア交通覆面のアンテナの謎」という特集記事が組まれており、大井松田吾郎師匠による詳細な調査によって、その「謎」は明かされた。
それによれば、ステージアのリア・ラゲッジルーム内のサイドウインドウ側面に、スプリングベース付きのホイップアンテナがマグネットベースを介して上下逆さまに設置されていたという。
この設置方法は、一般的なアンテナ設置とは真逆の発想であり、外部に一切露出しないという徹底した秘匿運用であった。
しかも、エレメントの半分は、外へ向けて送受信しやすいように、直角曲がりと75度曲がりに折り曲げてあったというから驚きである。「意味不明」と師匠。
覆面ステージアを追尾してバッチリ撮影された写真も掲載されており、このカラクリがよくわかった。うーん、デジ簡でやってみたい。
一方で師匠はこの設置方法について、「取締りのための取り締まりを招きかねない」とし、車種選定と併せてやや批判的な姿勢を示している。
つまり、秘匿性を追求するあまり、取締の公正性や透明性の観点から疑問が残る、という指摘である。
大阪府警察高速道路交通警察隊
スバル・レガシィツーリングワゴン交通覆面
全国的にも超レア(?)な覆面パトカー。ステージアをはじめ、ステーションワゴンタイプの覆面を導入するのは大阪のお家芸ですね(?)
アンテナを車内設置したりと秘匿性は抜群。取り締まりに活躍もそろそろ年ですかね。 pic.twitter.com/8f4F8OFRO4
— じゃがいもこぞう (@potatosignals1) December 4, 2021
ステージアという車種自体、当時すでに官用車両としてはやや異色であり、その上で車内にアンテナを秘匿するという選択は、技術的には斬新でありながら、運用思想としては挑戦的すぎたとも言える。
その稀少性を物語るように、2006年には模型メーカー「ヒコセブン」から、『ニッサン ステージア 300RX 大阪府警交通機動隊覆面車両』としてミニカー化されている。
その後、大阪府警では秘匿と透明性のせめぎ合い、そして運用上の技術的限界が浮き彫りになった「ステーションワゴン型交通覆面」のコンセプトを、スバル・レガシィツーリングワゴンへと継承している。まだやるんかい!
このような車外用アンテナの車内運用には技術的な課題も存在する。特に、5W〜10W以上の出力で発射される高周波電波が、車内の電子機器や無線機に対して「回り込み」現象を引き起こす可能性がある。
これは高周波の反射や自己干渉によるものであり、通信の不安定化や、機器の誤動作の原因となりうる。
実際、車外設置を前提としたアンテナを室内に持ち込んで使う場合、アースの取り方や放射効率の低下、指向性の変化など、運用上の技術的調整が不可欠となる。

アコードの捜覆の例。リアトレイに警察無線用ホイップアンテナを設置。送信すれば乗員や被疑者は髪の毛が逆立ち、被爆しまくり。リアスモークを貼っていないだけまだ良心的。 出典 http://www2.famille.ne.jp/~mst-hide/back13/130808.html
覆面のアンテナ室内に置き始めて分かりにくくなりました。 pic.twitter.com/ATj8Bv9t2b
— KOTA®@FIFTYS Racing (@MONTANAKUMAMOTO) 2017年3月22日
一方で、もはや「秘匿のための改造」すら不要とする、車内専用に設計された警察無線用アンテナも登場している。
これは、従来の外部アンテナや汎用アンテナを無理に室内へ流用していた時代とは一線を画し、警察車両のステルス性を飛躍的に高めたといえる。

画像の引用元 http://www2.famille.ne.jp/~mst-hide/back15/150803.html
アンテナにおいて電波の送受信を担う主要部品は「素子(エレメント)」と呼ばれるが、これらの専用車内アンテナでは、エレメントが黒色かつ薄型素材で構成されており、車内インテリアに自然と溶け込むように設計されている。
たとえば、古典的なTAアンテナや針金アンテナを車内後部に設置した場合、それらの銀色のロッドが車内で異様な存在感を放ってしまうことがあった。
これに対して、黒色のエレメントを用いたガラスマウントタイプのアンテナは、目立ちにくさという点で圧倒的な優位性を持つ。

このガラスマウントアンテナは、車内側からリアウインドウなどのガラス面に貼り付けて使用するタイプであり、車外からの視認性は極めて低い。長さはおおむね50センチ程度とされ、両面テープなどで固定されている。
素材も極薄で黒色、しかも直線的なデザインであるため、リアガラスの端やスモークフィルム越しにはほとんど認識できない。
コンビニでアイスを買って車に戻る刑事の覆面車両にこのアンテナが貼られていたとして、それが「無線用アンテナ」だと即座に見抜ける市民は、おそらくほとんどいないだろう。
実際、警察密着型のテレビ番組などを通じて、四国地方の警察における使用例が多数確認されている。
たとえば、徳島県警で捜査の最前線に立つ名物刑事・秋山氏(リーゼント姿でも知られる)が搭乗する三菱・エアトレック型の覆面車両のリアガラスにも、このタイプのアンテナが取り付けられていた。
また、高知県警が導入しているスバル・WRX型の交通覆面においても、同様の黒色エレメントを貼り付けたガラスマウントアンテナが観察されている。
筆者もアマチュア局用のアンテナを使用したことがあるが、撤去しようとすると紫外線で劣化したエレメントがえらい勢いで「バキッ!」と脆くも折れたのには閉口してしまった。事実上の使い捨てアンテナであり、メルカリにも出せずじまいである。
こうしたアンテナは、単に秘匿性が高いというだけでなく、車両の外観を一切変更せず、一般車両と完全に同化させられるという利点を持っている。市街地や住宅地での張り込み、移動中の監視活動において「目立たないこと」が最優先される状況では、この種の専用アンテナの有用性は非常に高いといえるだろう。

出典 世界びっくりカーチェイス2
そのほか、珍しいタイプの車内用ガラスマウントアンテナも。
無線アンテナをドアミラーに仕込んでしまう特許を警察庁は考案している
警察庁が考案した「ドアミラーアンテナ」に関する特許
特許情報(http://j.tokkyoj.com/data/H01Q/3095114.shtml)
上記を参照すると、出願人は「警察庁長官」になっている。これは手続き上の都合ではあるが、実際に警察庁がアンテナ技術の開発に関与していることを示す強力な証左である。
特許文面中には、「見た目がスッキリする(原文ママ)」という記述も見られ、車両の外観を極力変えずにアンテナを実装する意図が明確に読み取れる。
ドアミラーアンテナとは、文字通りサイドミラーの内部にアンテナを仕込む構造をもつ。これにより、外部にアンテナを追加する必要がなくなり、無線通信機能を保持しながらも車両本来の形状・印象を完全に維持できる。
V字型車内貼り付け型アンテナが登場
近年では、なかなかスタイリッシュな車内アンテナも登場している。ガラスマウントタイプと呼ばれるアンテナである。
New!シャークフィンタイプ

高速隊の覆面パトカー 出典 photo-ac.com
さらに近年では、シャークフィン型アンテナを模した擬装型の新型アンテナも登場。
一般的な乗用車にも多く採用されているため、これを通信アンテナとして応用することは、視覚的なカモフラージュとして理にかなっている。
ただし、上部に通信エレメントと思しき棒状の突起物が突出している場合もあり、完全な秘匿性という意味ではやや課題が残る。
また、フィン型であっても、150MHz帯など比較的低い周波数の運用においては、構造上の工夫が必要とされることから、実用化には依然として技術的なハードルが存在する。
加えて、後付けである以上、同軸ケーブルの露出や取り付け部のわずかな違和感が、鋭い観察眼を持つマニアにとっては見破りのヒントとなってしまうことも否定できない。
現時点では全国でも目撃例は多くなく、プロトタイプ段階として一部での試験運用にとどまっているだが、果たして。
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