「認証コード、アルファ・チャーリー・エコー、ロミオ・セブン・ナイン……」
謎めいたフォネティックコードを耳にしたとき、受信した人々は、その背後で何が起きているのかを深く想像します。そしてその想像は、多くの場合、最悪の事態を想定する方向へと向かいます。
アメリカ空軍が運用する「高周波グローバル通信システム(HF-GCS:High Frequency Global Communications System)」は、そうした緊張感を帯びた実在の通信です。
HF-GCSについて
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短波(HF)帯を使用して飛行中の戦略爆撃機などに核攻撃命令を送信する
HF-GCSとは、アメリカ軍、とりわけ空軍が原子力艦隊を含む世界中の米軍航空機に対して指揮・統制を行うために使用する短波通信網であり、その歴史は1950年代にまでさかのぼります。 -
世界規模ネットワーク
HF-GCSは米空軍基地をはじめ、米海軍航空基地、海兵隊航空基地、陸軍飛行場、さらに民間空港内の空軍予備隊や州兵の施設、陸軍予備隊および州兵の航空支援拠点などとの間で、地球規模のグローバルな通信を担っています。 -
アンドリュース空軍基地が中枢
システムの中枢は、米国メリーランド州にあるアンドリュース空軍基地に置かれた管制センターであり、これを中心として、日本の横田基地を含む世界13カ所の米軍基地に設けられたサブステーションが、実際の送信拠点として機能しています。
防衛省防衛研究所によると、HF-GCSは以下のように定義されています。
「短波(HF)帯を使用して飛行中の戦略爆撃機などに核攻撃命令を送信するための地上固定通信施設として、米空軍のHF-GCS(High Frequency Global Communications System)がある」
(出典:https://www.nids.mod.go.jp/publication/security/pdf/2022/202203_07.pdf)
また、旧ソ連、現在のロシアが運用しているとされる短波通信局「UVB-76」も、いわゆるナンバーステーションとして知られ、HF-GCSと類似した軍用無線局である可能性が指摘されています。
なお、このUVB-76が占有している周波数帯では、ときおり妨害目的と見られる音声が放送されることもあり、美少女アニメの主題歌や「君が代」などが流されていた事例も報告されています。
各項目に飛べます
HF-GCSは米軍指揮命令システムであり、公然の通信である
HF、つまり短波無線の世界はときに非合法や陰謀論めいたアングラでミステリアスな世界観を醸し出すもの。
「何か隠されている」という要素が人々の興味を引くとともに陰謀論的な見方を助長します。
しかし、日本の自衛隊が開かれた公式サイトで言及している通り、HF-GCSは米国政府ならびに軍が指揮命令システムとして公表しており、非公然ではありません。
HF-GCSは究極的には核攻撃指令が目的ですが、実際には日常的に気象状況、給油手配、基地に航空機の搭乗者の人員数、機内の不具合報告といった業務無線としての利用が普段の顔。
しかし、いったん世界情勢の緊張が高まれば、その本来の目的に回帰。
核戦争が起きる前段階では緊急行動メッセージ(EAM)や、EAMを遮るほど優先度の高い通称「Skyking(スカイキング)」と呼ばれるメッセージが送信され、恐ろしい指揮統制通信の面目躍如です。
2001年のアメリカ同時多発テロ事件の際には、HF-GCS通信がかつてないほど増加したとされています。
当然ながら、HF-GCSで行われる通信のうち、重要度の高い交信や命令はNATOフォネティック・コードで暗号化されており、解読コードを持たない外部の傍受者による解読は不可能です。
しかし、冷静かつ機械的な声で「認証コード」を繰り返し読み上げる米軍コマンドの一方的な指令を受信すると、映画の世界にいるような感覚に没入できます。
主な目的は三つ
HF-GCSはホワイトハウス通信局 (WHCA)、統合参謀本部 (JCS)、航空機動コマンド (AMC)、航空戦闘コマンド (ACC)、空軍航空情報局 (AIA)、空軍資材コマンド (AFMC)、空軍宇宙コマンド (AFSPC)、米国欧州空軍 (USAFE)、太平洋空軍 (PACAF)、航空気象局 (AWS) といった部隊間で円滑に命令を伝達するためのシステムです。
米軍の地上軍事基地から戦略爆撃機、空中給油機、および他の航空機に指示を送るために使用されます。
EAM (Emergency Action Messages)
緊急行動メッセージ(Emergency Action Messages)は核攻撃の作戦指示を含む可能性がある重要な暗号指令です。
空中指揮所が飛行中に発令します。
航空機からの非機密電話
航空機に搭乗している操縦士や搭乗員が地上へ公務として非機密の電話をする際にもこのネットワークが利用されます。通常はDSNに接続されます。
周波数と変調方式
アマチュア無線のHF通信同様、HF-GCSも単側波帯(Single Sideband, SSB)変調方式のうちのUSBモード、電離層を利用して地球の裏側まで電波を届かせることができます。
ただし、デジタルのALE送信モードも使用されています。
主な HF-GCS 周波数
HF-GCSは4.721kHzから15.016kHzまでの間に主要周波数が複数あります。以下はよく知られる周波数の例です。運用状況により変更される可能性があります。
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4721 kHz
4721 kHz (USB) Maybe Aero Off Route US Air Force Worldwide (17-02-2025) https://www.youtube.com/watch?v=uF9QavyeW9g -
6739 kHz
Skyking transmission, 6739 kHz https://www.youtube.com/watch?v=oF-DMhpJOAI -
8992 kHz
United States Air Force Emergency Action Message 8992 kHz https://www.youtube.com/watch?v=qGzS6F0hr7g
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11175 kHz
United States Air Force Emergency Action Message on 11175 kHz https://www.youtube.com/watch?v=rBdMBS2Kmko -
13200 kHz
13200 KHZ USAF Global HF EAM Emergency Action Message https://www.youtube.com/watch?v=gADB25Cfxik -
15016 kHz
US Military HFGCS FIREOPAL EAM Broadcast 15016 KHz https://www.youtube.com/watch?v=eXGG9slFI3c
上記のうち、主要な周波数は11175 kHz(昼間)と4721kHz(夜間)で24時間、365日送信しています。
日本国内某所で筆者が受信した際は、日本時間で平日の15時30分すぎ。周波数は11175kHzでした。受信機材はいつものD-808。
ノイズが酷いながらも、航空特殊無線技士の送話試験で自信なさげな受験生のような抑揚のない男性の声で「ゴルフ、アルファ、フォクストロット……」と読み上げる声が、とても不気味。
一回の送信時間は2分弱で送信間隔は15分でした。
これが1日の間、間欠的に送信されているはずです。
世界の終わりは緊急行動メッセージ「EAM」とともに…
「緊急行動メッセージ(Emergency Action Message)」は米軍の核攻撃命令、すなわち核攻撃部隊への指揮・コントロールのための通信です(米国公文書である「米統合参謀本部議長指示に記載)。
すなわち、アメリカ大統領が直接指令する軍事行動、究極的には核攻撃命令です。
不幸にして核戦争が開始される前段階、合衆国大統領の核ミサイル発射命令に関して、長距離パトロール飛行中の戦略爆撃機、戦略ミサイル潜水艦などにHFGCSを通じて、ミサイルの発射のための暗号コードがこの周波数で伝えられるのです。
世界の終わりに飛ぶ飛行機・・E-4BやE-6Aから発せられる最後の緊急行動メッセージ

E-4B National Airborne Operations Center The E-4B serves as the National Airborne Operations Center and is a key component of the National Military Command System for the President, the Secretary of Defense and the Joint Chiefs of Staff. Pictured: AF File Image
アメリカ合衆国の国家空中作戦センター(NAOC)として運用される航空機E-4B(ナイトウォッチ)はボーイング747-200Bを核戦争時の作戦司令用航空機(空中指揮所)として改修した機体。「緊急行動メッセージ(Emergency Action Message)」は最終的に同機から発令されます。
地上の指揮統制施設が破壊された場合でもアメリカ政府の指導層(大統領、国防長官、参謀長など)が、空中から指揮をとれるよう設計された四種類の航空機を「国家空中作戦センター」(NAOC)と呼びます。特に核攻撃で地上インフラが破壊された際に戦略的決定を行い、軍全体を指揮できます。
最終的に、というのは本来、EAMはペンタゴンの国家軍事指揮センター(NMCC)から発せられますが、敵の先制攻撃によって破壊された場合は、ペンシルベニア州レイヴンロックの代替国家軍事指揮センター(地下核ミサイル防護基地)サイトRがその機能を代替し、最終的に空軍のE-4B ナイトウォッチ、または海軍のE-6A (TACAMO)からEAMが発令されるのです。

E-6Bマーキュリーの飛行経路をFR24で追ったもの。平時はトランスポンダーを入れているので追跡が可能ですが、有事はもちろん不可能。翼端のフェアリングにESMアンテナやHFアンテナを装備している一方、同機が超長波(VLF)通信を行う場合、胴体後部より長大なアンテナを機外に展開。
超長波(VLF)は深海にいる海軍の戦略核ミサイル原潜とも確実に連絡を取ることができます。
いずれも真っ白な機体が不気味ですが、これらの任務が「世界の終わりに飛ぶ飛行機」と呼ばれる理由です。
EAMは6文字のヘッダーで始まります。このプリアンブルにはいくつかの異なる用途がありますが、NPSはミニットマン ミサイル発射について、「プリアンブルは、乗組員に非封印認証のどの版とページ番号を使用するかを伝えます。正しいページに移動すると、乗組員はどのメッセージ チェックリストを使用するかがわかります。」と述べています。
受信乗組員は、メッセージと指示がコピーされた緊急アクション チェックリスト バインダーにアクセスします。その後、メッセージが続き、繰り返されます。
EAMメッセージは基本的に30文字。しかし、以前は200文字を超える冗長なEAMもありました。メッセージは通常「Mainsail Out」で終わり、送信元に基づいて変更されることがあります (例: Offutt out)。Mainsail は、ネットワーク内のすべての地上局の集合的なコールサインです。2013 年から 2015 年 4 月まで、「Mainsail Out」は発信元よりも一般的に使用されていました。
それ以来、送信者/受信者にはコールサインが使用されることがほとんどです。
もう一つのユニークなコールサインはスカイマスターです。これはUSSTRATCOMの全ての空挺指揮ユニットの集合コールサインです。
発令された場合は横田を含む世界各国の複数のHF-GCS局から同時に同じメッセージが放送されているため、特異なエコーが聞こえます。
最新動向(2025年6月追記)
2025年6月、中東地域におけるイスラエルとイランの緊張の高まりや、6月21日夜(日本時間22日午前)の米軍によるイラン空爆を背景として、アメリカ軍のHF-GCSによる通信活動が一時的に増加したと観測されています。
特に6月14日前後にEAM(緊急行動メッセージ)および、SKYKING指令が、複数の周波数帯で短時間に集中して送信される事例が確認されており、一部のモニターはこれを有事対応または即応態勢の演習に関連した動きと見ています。
以下参照:以下は2025年6月時点の観測に基づく情報です。
2025年6月中旬〜下旬にかけて、HF-GCSによる通信の顕著な増加が複数のモニターにより確認されています。
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Shortwave Observer(@shortwave78)の報告によると、4724 kHz にて“PINOCCHIO”というコールサインを使用した通信が複数回捕捉されたとのこと。これは通常のコールサインと異なる形式です。https://x.com/shortwave78/status/1937732223182209462
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NEET INTEL(@neetintel)によれば、6月14日前後に“250614 HFGCS Emergency Action Message A”という約246文字に及ぶEAMが放送され、送信に20分を要したとの記録があります 。https://x.com/neetintel/status/1933922365089681430
これらの情報を総合すると、以下のように考察できます:
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通信頻度の急激な上昇と、異例の長さ・形式を持つEAMの出現は、実戦に関する通信だった可能性がある。
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中東情勢の緊迫化(例えば、英軍機の展開や米国の爆撃機展開など)が同時期に報じられており、これらと連動した即応体制の確認、または脅威に対する準備の可能性が高いと推測。
今回の米軍によるイラン空爆では125機もの航空機が投入されたと産経新聞が報じています。

HF-GCSはその特性上、突発的な通信の増加が地政学的変化の兆候として現れることがあり、今回のように中東方面での情勢悪化(空爆、艦艇の展開、あるいはイラン周辺の動揺)と連動するケースも少なくありません。
HF-GCSの通信量やパターンは、世界情勢の変化を間接的に読み取る一つのシグナルとなるため、引き続き中東沿岸域での米英軍展開情報とのクロス分析など、継続的なウォッチが有効です。公式発表の有無も併せて追うべきでしょう。
「スカイキング、スカイキング… 答えるな」これは何を意味するのでしょうか?
深く息を吸い、抑揚のない声で話し始める米空軍女性兵士。
「Skyking,Skyking, do not answer」
「アルファ・チャーリー・エコー、ロミオ・セブン・ナイン、認証」
(少し間を空け、メッセージを再確認する)
通称「Skyking message(スカイキング・メッセージ)」は米国戦略軍から発信される指令のメッセージです。”スカイキング”は現在、HFGCS上にネットワークされている全ての軍部隊を意味するコールサインとされています。
上述のEAMの派生と考えられますが、EAMを含む他のすべてのトラフィックを中断するほど重要な位置づけです。研究者によれば、EAMで指示された作戦(核攻撃)の最終指令(”go” or “do not go”)とされています。
- 意味: このメッセージに対する返答は不要、または禁止されている。
- 受信側が応答すると、その位置や存在が敵に暴露されるリスクがある場合に使用。
- また、極めて重要な一方通行の指令であることを強調。
通常、通信オペレーターの「Skyking,Skyking, do not answer(応答するな)」という発言で始まる怖い極秘指令です。航空機側に応答させないのは、航空機の位置を秘匿するため。命令に背いて応答し、自分の位置を敵勢力に晒す航空機はいません。
スカイキングの不気味なメッセージは「答えるな」に続き、特定の指令コード(例: NATOフォネティックコードを用いた暗号化メッセージ)で行います。コードワード、時刻を表す2つの数字が続き、2文字の認証文字列で終わります。
分単位の時間 (0932 Z の場合は「32」と発音されます)、および「チャーリー ジュリエット」などの2つのNATOフォネティックからなる認証文字列で構成されます。スカイキングは1回繰り返され、受信状態が悪いことがよくあります。
「スカイキング」メッセージは「フォックストロット ブロードキャスト」とも呼ばれ、EAM とは異なる形式で送信されます。
スカイキングメッセージは優先度が最も高いため、進行中のEAMを中断することもあります。「スカイキング」は、戦略爆撃機、偵察機、およびさまざまな支援機の配備も担当するすべての単一統合作戦計画 (SIOP) 航空機およびミサイル作戦にメッセージを送信するためのグループ的なコールサインです。
指揮官から受け取った命令は暗号形式のため、傍受する者の想像をかき立て、特に「核戦争の準備」と関連付けられると、恐怖を感じる人もいるでしょう。
しかし、実際にはスカイキングが送信されたとしても、必ずしも核戦争など、暗い未来の暗示ではありません。また、スカイキングやEAMは敵性国家に指令の頻度を探られぬように意図的に通信頻度を増加させています。
HF-GCSによるEAMやスカイキングメッセージは映画に登場することもあります。『ウォー・ゲーム』(原題: WarGames)や『First Strike』では米合衆国大統領から核ミサイルの発射命令をNATOフォネティック・コードで下達した米国戦略ミサイル空軍の兵士たちが冷静に手際良くコードの答え合わせをして発射準備を行う場面が描かれています。
アメリカ空軍女性士官が今日も米軍基地から謎のコールサインで行うスカイキング・メッセージ。それがSSBモードの場合は安くて高性能の上側波帯 (USB)対応短波ラジオと少しの忍耐力があれば、「何か地球が終わるような重大な事態が起きているのではないか」という精神不安を呼び起こす通信を聞くことができます。
出典 wikipedia https://www.numbers-stations.com/usa/hfgcs/
まとめ
アマチュア無線家がEAMやスカイキング ・メッセージを聞いたとしても、できることは発信された時間と周波数を記録し、フォーラムで同好の士と考察することのみ。
何の通信が行われたかなど、答え合わせは不可能。これが演習であることと平和をただ祈るのみです。
しかしながら、冷戦時代から現在に至るまで、核戦争の危機が何度も語られてきた歴史において、このような通信が実際に行われ、「究極命令を冷静に遂行しようとしている存在」がいた可能性があると考えると、これが持つ重みをアマチュア無線家個人としても無視できないものがあります。
怖いけど…聞き逃せない。これも無線家の性(さが)…?邪気眼全開で、触れるべきでない秘密の扉を開いてしまったような「世界の影」を垣間見た者だけが持つ感覚。スカイキング、それが・・世界の選択なのか。
余談ですが、1996年に公開されたアメリカのSF映画『インデペンデンス・デイ』(Independence Day)では、米軍統合司令部が地球外生命体への反撃を日本の自衛隊含む世界各国の軍隊に呼びかける際、その通信はまさにHF帯でのモールス通信でした。
通常の衛星通信などが不能になるなか、世界各国と連絡がつき、宇宙人に一矢報いるチャンスをHF無線で得たことに「よくこんな方法で連絡が」と感心する米国大統領に「こんな古臭いモールスでね」と米海兵隊の将軍は自嘲気味に答えています。
また、同作では『ニューヨークのハム無線愛好者たちが日本へ流した噂によりますと、軍隊は反撃による全滅を恐れ云々』と、ニュース番組のアナウンサーが読み上げるシーンもあります。
古臭いどころか、2025年現在も米軍の第一線で使われているのが短波無線であり、このHF-GCSなのです。