【お知らせ】
シグナリーファン編集部では、警察装備や運用に関する国内外の公開情報・公式資料・報道記事・学術文献を継続的に調査・分析しており、本記事もそれらの調査結果に基づいて構成しています。

連邦制が規定するアメリカの法執行構造― 州政府と連邦政府の「二重構造」が生む捜査権限の境界線とは

アメリカ合衆国の法執行体制を理解するうえで、まず確認すべきは同国が採用する連邦制の根本構造である。

多くの日本人にとって「アメリカ」という国家は中央集権的な統一国家のように映りがちだが、実際には50の州が主権的性格を有し、それぞれに独自の政府機構と法制度を持つ「連邦国家」である。

この枠組みは合衆国憲法によって明確に規定されている。とりわけ第10修正条項は「本憲法により合衆国に委譲されていない権力は、各州または人民に留保される」と定め、国家権力の基点を各州に置いている。

さらに同憲法第4条第4節、いわゆる保証条項(Guarantee Clause)は「合衆国は、各州に共和制の政府形態を保証する」と明記し、州政府の政治的・法的自立を保障している。

この憲法構造の帰結として、アメリカでは中央政府である連邦政府と、各州政府という二層の政府体系が並立しており、両者はそれぞれに立法、行政、司法の三権を備える。

また、多くの州では州憲法を有しており、法的には連邦憲法とは別に統治の根拠を構成している。

本記事は、出来る限り事実に基づいて、根拠となる条文等を示し、解説していますが、最新の米国の法律については米国の公的機関の公式webページをご確認ください。

米国の警察機関における捜査権の「二重構造」

この制度の核心的な特徴は、それぞれの州政府の捜査権が原則として他の州に及ばないという点である。

たとえば、A州で刑事事件を起こした容疑者がB州に逃亡した場合、A州の法執行機関はB州内で独自に捜査権限を行使することはできない。

州境を越えた捜査・逮捕は、原則として連邦政府の関与を必要とし、その役割はFBIなど連邦機関によって担われる。

つまり、米国における法執行体制もこの二重構造を前提に構築されている。

各州政府は、州警察・州保安官などの執行機関を設置し、州内における刑事司法の運用を担う。さらに、郡・市・町・村といった地方自治体も、独自に警察または保安官事務所を設置し、行政区域単位での治安維持を行っている。

これらはすべて、原則としてその管轄区域内においてのみ、捜査権限および逮捕権限を行使できる。

一方、中央政府たる連邦政府は、州境を越える犯罪、連邦法に抵触する違法行為、大量殺人・テロ・薬物密輸などの重大犯罪を対象として、全米で活動する法執行機関を運用している。

連邦政府の各種法執行機関

代表例としては、連邦捜査局(FBI)、連邦保安官局(US Marshals Service)、アルコール・タバコ・火器・爆発物取締局(ATF)、麻薬取締局(DEA)などがある。

これらの機関は、それぞれの設立根拠法と権限に基づいて、特定の領域において独立して法執行活動を行っている。

FBI(連邦捜査局)

FBIは、アメリカ合衆国司法省に属する連邦捜査機関であり、国家全体における重大犯罪の捜査を担当している。

特に、州境を越える武装強盗や連邦政府および職員に対する犯罪、国家的規模のテロ事件、スパイ行為など、幅広い領域において権限を有する。

FBIは“連邦警察”ではない?──その捜査権と起訴権の違いを探る

連邦保安官局(USマーシャル)

連邦保安官局(United States Marshals Service:USMS)は、アメリカ最古の法執行機関であり、その起源は1789年、合衆国司法制度の創設時にまでさかのぼる。

連邦政府の三権分立体制において、司法権を支える実働機関として設立された。FBIが20世紀初頭に誕生したのに対し、USMSはそれよりも1世紀以上古い由緒ある機関である。

裁判所の安全、逃亡犯の追跡──知られざる連邦保安官局の任務

DEA(麻薬取締局)

麻薬取締局──通称DEA。アメリカ合衆国司法省に属するこの機関は、国内外を問わず麻薬犯罪の摘発と規制薬物の管理を担う、きわめて特化された連邦法執行機関である。1973年の創設以来、DEAは南米の麻薬カルテル摘発から、国内の密売組織壊滅、さらには医師による処方薬の違法流通取締りに至るまで、薬物に関わるあらゆる犯罪と対峙してきた。

しばしばFBIやATFと混同されがちだが、DEAは薬物犯罪のみに特化した捜査権を持ち、その権限は国境を越えて展開される。米国本土だけでなく、海外の大使館にも麻薬取締官を駐在させ、外交交渉と捜査活動を両立させるこの組織は、まさに“薬物との戦争”の中核に位置している。

「麻薬戦争」の最前線─DEA(麻薬取締局)の全貌

ICE(移民・関税執行局)

アメリカ合衆国において、移民と国境管理の要として設立されたのが、移民・関税執行局、通称ICE(アイス)である。2003年、同時多発テロ事件を機に創設された国土安全保障省(DHS)の一機関として、ICEは国家の安全保障と不法移民対策を目的に設けられた。

「越境する捜査権──ICE(移民・関税執行局)の任務と現実」

主な任務は、不法滞在者の摘発、ビザ違反者の身柄拘束、外国人犯罪者の強制送還、違法就労や人身売買の捜査、さらには国際的な関税法違反の摘発にまで及ぶ。その中核を担うのが「国土安全保障捜査局(HSI)」であり、ICEは単なる移民取締機関にとどまらず、国際的な犯罪ネットワークへの対応も担っている。

ATF(酒・タバコ・火器等取締局)

ATF──正式には「酒・タバコ・火器・爆発物取締局」。アメリカ合衆国司法省に属するこの機関は、その名称から一見すると周縁的な存在に見えるが、実は銃器犯罪、違法爆発物、放火事件、アルコールやタバコの密造密輸、さらには国内テロへの対応など、極めて広範な領域に関与している。

銃社会アメリカを支える影の機関──ATFの実態に迫る

もともとは財務省内の税関系機関として出発したATFは、1970年代に法執行機関としての性格を強め、2003年の国土安全保障省発足後は司法省の管轄に移された。銃器規制の執行官としての役割を持つ一方、FBIやDEAと異なり、民間の銃所持や販売に直接関わる業務も多く、アメリカの「銃社会」と最も密接な位置にある。

DHS(国土安全保障省)

2001年9月11日の同時多発テロを契機に、アメリカは国家安全保障体制を抜本的に見直した。その結果、2003年に設立されたのが国土安全保障省(DHS)である。

FEMA(連邦緊急事態管理庁)、TSA(運輸保安庁)、ICE(移民・関税執行局)など、かつて別々だった22の機関を統合し、テロ対策、災害対応、国境管理、サイバーセキュリティなどを一手に担う巨大官庁となった。その役割と構造、課題を解説する。

テロ以後のアメリカを守る巨大官庁──国土安全保障省(DHS)の全貌

シークレットサービス

シークレットサービスと聞くと、多くの人がまず思い浮かべるのは、黒いスーツにサングラス姿で大統領のそばに控える警護官の姿。だが、アメリカ合衆国シークレットサービス(United States Secret Service)は、単なる警護機関ではない。

1865年に設立されたこの機関は、もともとは偽札の摘発を目的として財務省の下に創設されたものであり、現在でも金融犯罪の捜査を担当する連邦法執行機関としての機能を併せ持っている。1990年代以降はサイバー犯罪、特に金融ネットワークへの攻撃にも対応しており、その専門性は高い。

2003年には国土安全保障省(DHS)の傘下に移され、より広域な安全保障の枠組みの中で活動している。この記事では、警護機関としての顔にとどまらず、捜査官集団としてのもう一つの顔にも焦点を当て、シークレットサービスの全貌を掘り下げる。

大統領警護だけではない、金融犯罪捜査スペシャリストとしてのシークレットサービス

おまけ・・CIA(Central Intelligence Agency)

アメリカ合衆国中央情報局(CIA)は、しばしばFBIや警察と混同されがちだが、その性質はまったく異なる。CIAの主な任務は、国外での諜報活動を通じて国家安全保障に資する情報を収集・分析することであり、犯罪捜査や逮捕、起訴といった権限は一切持たない

CIAは逮捕しない─スパイ機関「中央情報局CIA」の役割と実像に迫る

そのためFBIのように法執行機関ではなく、国内の犯罪現場に立ち入ることはなく、CIAの活動は基本的に外国政府、テロ組織、軍事動向などに関する情報収集に特化している。

スパイ活動や非公然作戦といった特殊任務を通じて、アメリカ政府の外交・軍事政策の裏側を支えてきたが、その活動の秘密性から誤解や批判も少なくない。今回は、その歴史と任務、FBIやNSAなど他機関との違いを含め、CIAの実像に迫る。

ローカルな法執行機関

一方、アメリカ各地には、それぞれの州や自治体で様々な法執行機関がある。映画でお馴染みの保安官がそうである。ロサンゼルス郡保安局は全米最大の保安局である。

カウンティ・シェリフ(郡保安官)

アメリカの地方自治に深く根ざした法執行制度のひとつに、「カウンティ・シェリフ(郡保安官)」制度がある。

シェリフは一般的に郡(カウンティ)単位で選出される公選職であり、その起源はイギリスの中世にさかのぼる。

現在のアメリカでは、全50州の多くで制度が導入されており、約3,000以上の郡にシェリフが存在するとされる。

彼らは刑務所の運営、裁判所の保安、召喚状の執行、さらにはパトロールや犯罪捜査など、幅広い任務を担う。

とくに人口密度の低い地域では、警察署に代わって事実上の主要な法執行機関として機能している点が特徴である。また、公選であるがゆえに地域住民に対する説明責任が強く、政治的中立性や予算配分をめぐって論争になることもある。

この記事では、郡保安官制度の仕組みと役割、警察との違い、そして現代における課題について詳しく解説する。

アメリカのカウンティ・シェリフ(郡保安官)制度とは

テキサス・レンジャー

アメリカ合衆国テキサス州における最も伝統的な法執行機関──それが「テキサス・レンジャー」である。1835年に民兵組織として誕生し、西部開拓時代には先住民や無法者との戦闘、南北戦争や国境警備などに関与してきたこの法執行官は、現存する中で最古の法執行制度の一つである。

現在ではテキサス州公安局(DPS)に所属し、重大犯罪の捜査、汚職事案の調査、逃亡犯の追跡などを専門的に担っている。レンジャーの人数は約100名と少数だが、その象徴的な存在感は極めて大きく、歴史・文化の中で“伝説的な法執行官”として語られることも多い。

一方で、現代の制度上はあくまで法に基づいた捜査官として活動しており、名誉職ではなく実務を伴う専門機関である。今回は、このテキサス・レンジャーの歴史、組織、役割、そしてFBIなど他機関との違いについて掘り下げる。

アメリカ合衆国最古の州法執行機関「テキサス・レンジャー(Texas Rangers)」とは

コンスタブル(Constable)

アメリカの法執行機関と聞くと、シェリフや警察署を思い浮かべることが多いが、州や郡によっては「コンスタブル(Constable)」と呼ばれる独特の法執行官も存在する。歴史的にイギリス法に起源をもち、地域の治安維持や裁判所の命令執行に特化した役割を担っている。

多くの場合、公選によって選ばれ、特に召喚状や差押えの執行、裁判所の保安などを担当するが、州によってはパトロールや交通取り締まりなど幅広い権限を持つこともある。シェリフや警察と役割が重なる部分もあるが、その権限や組織体系は州ごとに大きく異なり、地域に根ざした法執行官として独自の存在感を放っている。

アメリカにおけるコンスタブルの制度背景や具体的な業務、他の法執行機関との違いについて詳しく解説する。

シェリフや警察とどう違う?アメリカのコンスタブル(Constable)制度を解説

市民ボランティアによる補助警察制度

さらにアメリカには、正規警察とは別に、市民ボランティアによる補助警察制度(Reserve Police Officer、Auxiliary Police等)が広範に導入されている点も特徴的である。これらは所定の選抜・任用手続を経て、正規の訓練課程を修了した者に法執行資格が付与される制度であり、単なる自主防犯活動とは制度上明確に区別されている。日本の青色防犯パトロールのような住民主体の自主防犯活動とは根本的に性格を異にしており、法的に付与される権限の範囲も大きい。場合によっては、通常の正規警察官と同等の逮捕権・武器携行権限等が与えられる事例も存在する。

具体例としては、フィラデルフィア市警察における「ポリス・アドバイザー(Police Advisor)」制度が挙げられる。また、アメリカ以外でも、アメリカと制度的背景を共有する英国において、無報酬の「スペシャル・コンスタブル(Special Constable)」制度が古くから存在しており、一般警察官に準ずる法執行権限を行使できる制度として運用され続けている。

アメリカの警官が持つポリスバッジ

現行の日本の警察手帳とアメリカの警官や各種法執行機関職員の持つ『ポリスバッジ』はどのように違うのか解説。

アメリカ警察特集コラム第1回 『アメリカの警官が持つポリスバッジ』

アメリカの警官の個人携行品について

米国警察ではけん銃、サブマシンガン、軍用カービンまで使用するが、警棒、テイザー、催涙ガスといった比較的安全な執行器具も配備している。

アメリカ警察特集コラム第4回『なぜアメリカの警官たちはトンファーを捨てたのか』

アメリカ警察特集コラム第2回『テーザー銃は安全な銃か?』

アメリカの警官の使用する銃器

米国警察のけん銃は80年代までは38口径のリボルバーが主流だったが、現在ではもはや完全に9ミリ口径のセミオート(自動式)が主流に。FBIの公式銃が9ミリから10ミリを経て、.40S&Wに至り、そしてまた9mmに戻るという遍歴を追った記事だ。

アメリカ警察特集コラム第3回『米国警察における拳銃装備の実情』──なぜグロックが圧倒的支持を受けているのかを解説する

特殊火器戦術部隊 What’s S.W.A.T?

アメリカの警察と言えば特殊火器戦術部隊、いわゆるSWATが有名だ。各州、各警察機関によってSWATの編成も多様だが、規模が大きく予算も潤沢な市警察本部では常設しているSWATが多いものの、大半の警察ではパトロール警官や刑事がSWATを兼務していることが多いようだ。

FBI HRT(人質救出部隊)が警察機関でありながら「FBI版デルタフォース」と呼ばれる理由とは?

アメリカのポリスカー

アメリカでは各州警察、市警察、群警察、シェリフ、その他の法執行機関ごとに独自の車両を持つ。

NYPD「タクシースクワッド」に配備されるタクシー偽装型覆面パトカー

アメリカ警察特集コラム第7回『アメリカのポリスカーと各種装備』

アメリカの法執行権限の多様性 ― 民間に与えられる司法警察権の実態

このように、アメリカ合衆国における刑事司法の実態は、単一国家における中央集権的な警察制度とは構造的に異なり、連邦制がもたらす「二重政府体制」の中で分権的に機能している。

米国での民間団体の警察権と独自の警察を持つ動物愛護団体

法執行権の所在やその限界を正確に理解することは、アメリカにおける警察権の行使の実態を把握する上で不可欠である。

Visited 105 times, 1 visit(s) today

\ 最新情報をチェック /