ヴァールベリの無線局、あるいはグリメトン無線局(Grimeton Radio Station)は、スウェーデン南部のヴァールベリ近郊に位置する、初期の長波無線通信技術を代表する無線通信施設であり、世界遺産です。
設立された背景には第一次世界大戦後、国際通信の需要急増があります。
スウェーデンとアメリカ(ニューヨークのロングアイランド)間の長距離無線通信で、海底ケーブルがまだ発達していなかった時代、主に商業通信や外交通信といったモールス信号を使用した長波通信によって大陸間の重要な通信手段を担いました。
アレクサンダーソン発電機(Alexanderson alternator)を使用し、高周波電波を生成する画期的な技術で、長波(17.2kHz)通信を可能にしました。
コールサイン「SAQ」で特別記念局運用も
ヴァールベリ無線局が稼働していた時代の呼出符号は「SAQ」ですが、現在も年に数回、世界中のラジオ愛好家や無線通信愛好者に向けた記念運用として17.2 kHzでモールス信号送信時に使用されています。
SAQの記念運用を企画・実施するのは「アレクサンダー協会(Alexander Association)」です。
最近の運用例
- 国連デーの運用 毎年10月24日ごろに行われる記念運用。
- クリスマスイブ運用 特別な祝日運用で、これも多くの受信報告が寄せられるイベントです。
ただ、残念ながら日本国内での受信はアンテナの向きから難しいため、Web上に公開されているSDR受信機にアクセスし、リモートSDRでの受信が主流となっています。
ヴァールベリの無線局と中立国スウェーデンの立場
ヴァールベリの無線局が設立された理由はスウェーデンは戦時中も中立を保っていたことと、地理的な位置や技術的な能力から通信の拠点として重要視されていたことにあります。
当初は商業や外交通信などの平和利用が主でしたが、海底ケーブルが発達すると、超長波送信だけにとどまらず、短波帯、FM放送、テレビ放送の送信も行っています。また、軍事目的にも利用され、1950年代から1996年の間は同国海軍の潜水艦への送信も行われました。
超長波(VLF)と潜水艦通信
ヴァールベリの無線局が送信していた周波数は主に17.2 kHz。これは長波(Low Frequency, LF)と呼ばれる周波数帯域、HFよりもさらに低い3 – 30kHzです。
東京のNHK第一放送の周波数がAMで594kHzですから、圧倒的に低い周波数です。この極端に低い周波数のため、信号が減衰しにくく、地球規模の通信が可能です。
低周波のため、海洋や地形の影響を受けにくい点も利点です。
VLF波長は10 – 100kmととてつもなく長いため、アンテナが問題となります。超巨大な長波送信用のアンテナを支えるため、高さ127mの6本の鉄塔が直線状に並ぶヴァールベリの無線局の構造は壮観で、技術史においても独自性を持っています。
長波は潜水艦との通信に最適
潜水艦と地上基地との通信は、長波(LF:Low Frequency)や超長波(VLF:Very Low Frequency)が優れています。
通常、潜水艦は深い海底を潜航し、作戦を遂行しますが、その際の通信はHFよりもさらに低いVLF(VLFは3 – 30kHz)で通信を行います。
超長波(VLF)は長波(LF)よりさらに深く伝播し、潜水艦が浮上せずに通信を受信可能にします。
第二次世界大戦
ドイツ海軍の潜水艦(Uボート)も長波通信を利用。イギリスによる暗号解読作戦(エニグマ機の解読)が重要な役割を果たしました。
そのほかの長波通信の利用
長波通信はその伝播特性や信号の安定性から、軍事以外にも多様な分野で重要な役割を果たしてきました。
現代では衛星通信や光ファイバー技術が主流となっていますが、長波通信は信頼性の高い補完的手段やバックアップ技術として価値があります。
航空管制 NDBでの使用
LORAN 電波航法システムの一種。船舶や航空機で利用されます。GPSの普及により多くの地域で廃止されましたが、一部で運用が続いています。
標準電波 標準電波は電波時計の時刻修正に利用されます。福島県のおおたかどや山と佐賀県のはがね山から送信されています。
鉄道無線 地下鉄などで使用されています。
まとめ
1924年に完成したヴァールベリの無線局は1996年に運用を停止しましたが、世界で最も保存状態が良い歴史的な無線局の一つ。
この技術を使用した無線局は世界に数カ所しかなく、ヴァールベリの無線局はその中で完全な形で残っており、現在も動態保存がされています。
現代では、長波通信は引き続き使用されていますが、衛星通信や他の新技術が加わることで、より多様な通信方法が可能となっています。
それでも、長波通信は依然として信頼性の高いバックアップ手段として重要な位置を占めています。