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世界が仕掛ける“見えない戦い”——情報機関の現在地とは
スーツに身を包んだスパイが、世界を駆けめぐる——そんな映画のワンシーンのような出来事、映画の中だけでなく、実は現実でも繰り広げられています。
各国の政府機関や軍事組織の中には、「情報機関(Intelligence Services)」と呼ばれる専門組織が設置され、自国の安全保障や国益を守るため、日夜“静かな戦争”に挑んでいるのです。これらの情報機関は、諜報活動(intelligence gathering)や防諜(counterintelligence)を通じて、国家にとって不可欠な戦略的情報を収集・分析・活用しています。
一言に「インテリジェンス」といっても、その意味合いや手法は国や組織によってさまざまです。対象もまた広範に及び、軍事・外交・経済からサイバー領域に至るまで、まさに国家の“眼”とも言える存在といえるでしょう。
情報はどう集められているのか? 諜報の分類と手段
国家の情報機関が収集するインテリジェンスには、いくつかの明確な分類があります。以下は、世界標準で用いられている代表的な情報収集の種別です。
略称 | 名称 | 説明 |
---|---|---|
HUMINT | 人的情報(Human Intelligence) | スパイ、外交官、協力者などを通じて、人間関係により得られる情報です。 |
SIGINT | 通信情報(Signals Intelligence) | 無線・電話・電子メールなど、通信の傍受により取得される情報です。 |
IMINT | 画像情報(Imagery Intelligence) | 衛星画像や航空写真などから収集される視覚情報です。 |
OSINT | 公開情報(Open Source Intelligence) | 新聞、テレビ、SNS、論文など、公にアクセスできる情報源からの分析です。 |
MASINT | 測定・信号情報(Measurement and Signature Intelligence) | レーダー反射や放射線、化学物質など、対象の“物理的な癖”を検出して得る情報です。 |
CYBINT/TECHINT | サイバー情報/技術情報 | ネットワーク侵入・解析や兵器・装備品の技術解析を含みます。 |
これらの情報が、複数の手段を組み合わせて収集され、国家安全保障の意思決定の根拠として活用されているのです。
官邸直轄の情報組織「内調」やその他の情報機関
――日本版CIAの実像に迫る
映画やドラマの中でしか見られないと思われがちな情報機関の活動。しかし、日本にも確かに存在します。その中核を担うのが、**内閣情報調査室(通称・内調)**です。
内調は、内閣情報官の指揮のもと、総理大臣官邸に直属する情報機関として機能しています。
その役割は、内閣が進める重要政策に関する情報を収集・分析し、タイムリーに官邸へ報告することです。
さらに、国家の意思決定に関する事務や「特定秘密の保護」に関わる業務も担っており、日本の政策判断を支える極めて機密性の高い任務を遂行しています。
現在、日本には以下の4つの公的な情報機関があります。
機関名 | 所管 | 主な任務 |
---|---|---|
内閣情報調査室(CIRO) | 内閣官房 | 首相直轄の情報機関。国内外の政治・経済・安全保障に関する情報を統合・分析。 |
公安調査庁 | 法務省 | 破壊活動防止法や外事案件に基づく調査活動。カルト・過激派・スパイ対策など。 |
警視庁公安部/全国の公安課・外事課 | 警察庁 | 捜査機関として内乱・テロ・スパイ活動などの未然防止と捜査。外国勢力の動向監視。 |
自衛隊情報本部 | 防衛省 | 防衛省直轄の情報機関。電波傍受、衛星情報、外国軍事力の分析を担当。 |
このように、日本には多様な機関がそれぞれの立場で情報の収集・分析に関与しており、これらを包括的に「インテリジェンス・コミュニティ(Intelligence Community)」と呼びます。
つまり、特定の一機関だけがスパイ映画さながらの活動を行っているのではなく、官邸、外務、防衛、警察、さらには民間を巻き込んだ“国家規模の情報連携体制”が整えられているのです。
内調の人員構成と任務の実態
内調の職員は、警察庁・防衛省・外務省など他省庁からの出向者で構成されており、まさに各分野の専門家が集う“インテリジェンス・ハブ”です。
なかでも注目されるのが、「カウンター・インテリジェンス・センター(CIC)」です。
この部門は、外国の諜報機関によるスパイ行為から、国家機密や公務員の情報を守ることを目的として設けられた防諜部門であり、日本の安全保障における最後の砦ともいえる存在です。
情報収集のネットワーク:民間との連携も
内調の活動は官庁内だけにとどまりません。外部のシンクタンク(財団法人や社団法人)や報道機関(NHKや共同通信など)に対して活動費を支出し、調査や分析の一部を委託するケースも確認されています。
また、ラヂオプレス(Radio Press)のようなオシント(OSINT=公開情報収集)専門機関とも連携し、グローバルな情報網を築いています。
このようにして、政府内部だけでなく民間の知見も活用しながら、より深く・広く情報を収集しているのです。
外交官も“諜報員”の一面を担う
さらに、外務省に所属する外交官たちも、世界各国に派遣され、駐在国の政治情勢や安全保障に関わる情報を日々収集しています。
これに加え、都道府県警察から外務省に出向した警察官が在外公館に勤務し、治安情報やテロの兆候などをモニタリングしている例も見られます。
外交という表向きの役割の裏側には、日本の国家安全保障を支えるインテリジェンスの一面が確かに存在しているのです。
諜報や防諜活動を支える各種手法・・インテリジェンスとインフォメーション
一般的に公的な情報機関が収集および選別、分析などをしているインテリジェンスとインフォメーションとは具体的に以下のようなものです。
インテリジェンス
収集されたインフォメーションを加工、統合、分析、評価及び解釈して生産されるプロダクト。
分析されたインテリジェンスは国家が安全保障政策を企画立案・執行するために必要なデータとなります。
広義におけるインテリジェンスとは、生産されるプロセス、工作活動、防諜活動、そして情報機関そのものまで含めて呼称する場合もあります。
インフォメーション
インテリジェンスのもととなる、ソースそのものです。報告、画像、録音された会話等のソースで、加工、統合、分析、評価及び解釈のプロセスを経ていないものを指します。
上記のような情報を入手するため、各国の情報機関は以下のような活動を行っています。
ヒュミント (Human Intelligence : HUMINT)
人的な情報源(ソース)から情報を入手する手法です。これは合法であるとは限りません。
実際に日本で確認された事例では上海総領事館員が中国当局者から謀られた上で脅迫を受けた事件、海上自衛隊対馬防備隊内部情報持ち出し事件があります。
2013年には自衛隊情報本部で外国文献の翻訳を担当する60歳代の再任用女性事務官が中国人留学生のスーパー店員に引っかかり、部内資料を渡そうとしていた疑惑があると週刊誌2誌が報じています。
二人の出会いは雨降りのスーパーの店先。留学生が自衛隊女性事務官に雨傘を差し出すなどロマンチックな出会い。
女性事務官は相手の正体を知ってか知らでか、その後2回飲食。気づいたときには手篭め状態で、防衛省の内部資料を部外へ持ち出そうと画策。
結局は未遂に終わり、女性事務官は注意処分を受け依願退職。
週刊文春の報道では情報本部の調査担当官が女性事務官のパソコンを調べたところ「彼に中国やアメリカの最高の分析を届けたい」という文書が残されており、中国人留学生と親しく交流していた事実が発覚。
シギント (Signals Intelligence:SIGINT)
通信などの信号を傍受解読および分析する諜報活動の総称です。
シギントにはレーダー波の傍受解析を行うエリント(ELINT:Electronic intelligence)のほか、海中に設置されたセンサーおよびソナー等を用いて相手国の潜水艦などが発する音響を収集するアシント(ACINT:Acoustic intelligence)などがあります。
そして主に無線や電話などによる会話・信号(Signals)の傍受による諜報活動を「コミント」(COMINT:Communication intelligence)と呼びます。
主に短波帯の無線通信が使われています。
シグナルとはすなわち有線電話・無線通信の信号であり、それらを傍受して解読することが任務。
暗号を解読せずとも、防衛省が運用している全国六箇所の通信所(シギント施設)による三角測量方式により発信源を特定し、過去のデータと付き合わせれば、相手側の意図をほぼ特定できるようです。
ときには発信源や内容を偽装されることもあります。
鳥取県にある自衛隊美保通信所は巨大な円形状のアンテナ、いわゆる象の檻を設置しており、工作船事件当時、北朝鮮当局と工作船との短波無線による交信を傍受しています。
北朝鮮当局が国外の工作員へ指令を出す場合、新人工作員へはA3放送による音声読み上げによる指令、ベテランに対してはモールス(CW)が多いという。
なお、警察庁でも情報通信局の通信所が、主にロシア・中国・北朝鮮関連の無線通信を傍受、解読、発信源を特定するなどのシギント活動に普段従事しています。
一方で、日本に頻繁にやってくるロシアの情報収集機も、日本列島付近で自衛隊機を挑発しながら飛行することで、自衛隊や米軍等の無線交信を収集するシギント活動を行っています。
イミント (Imagery Intelligence:IMINT)
イミントは軍事衛星や偵察機、ドローンなどで撮影された写真画像(イメージ)のソースから情報を得る活動です。
またそれらを分析するインテリジェンスも含まれます。「イマジント(IMAGINT)」と呼ぶことも。
自衛隊は偵察機や無人機を使ってイミントを行うほか、内閣衛星情報センターでは情報収集衛星でイミントを行っています。
アメリカでは政府機関のほか、北朝鮮によるミサイル打ち上げ準備や核実験を民間商用衛星で常時監視しているシンクタンク・38ノース(38 North)が行っていることで有名です。
オシント(OSINT:Open Source Intelligence)
オシントとは、テレビのニュース、雑誌、インターネットなど、一般に公開されている情報源(オープンソース)から情報を収集・分析する手法を指します。
公開された資料や報道を基に情報を得るものであり、基本的には合法的な手段です。
この代表例として、内閣情報調査室からの委託を受けて中国や北朝鮮のラジオ・テレビ放送を聴取・翻訳・分析し、その内容を政府に提供している一般財団法人ラヂオプレスの業務が挙げられます。
ラヂオプレスの新卒採用情報によれば、「ラヂオプレスは、海外ニュースを扱う日本で唯一のオシント機関(モニタリング・サービス)として、70年以上にわたり諸外国の公開情報をモニターしています」と紹介されています。
同法人はもともと外務省の一部門「ラヂオ室」として発足し、その後外務省所管の外郭団体を経て、現在は内閣府の所管団体となっています。
実際の業務では受信機を使用した情報収集も行われており、新宿区内の事務所ビル屋上にはワイヤーアンテナやログペリアンテナが設置されています。こうした設備と、日本無線のNRD-535受信機などを用いて、”モニター”と呼ばれる職員たちが北朝鮮の国営放送などを日々傍受しています。
なお、北朝鮮にも同様のオシント部門が存在し、国営の海外向けラジオ放送「平壌放送」内でアメリカや日本のラジオ・テレビを視聴し、分析を行っているとされています。
セキュリティ・クリアランスとは?
――国家に見透かされる個人のプライベート
機密情報を扱う国家機関で働くには、まず「信用」が求められます。そのため、政府は特定の職員に対し、その人物が情報保全の観点から適格かどうかを調査する制度を設けています。これがいわゆる「セキュリティ・クリアランス(Security Clearance)」です。
この制度は、個人の経歴や交友関係、さらには家族や親族の背景にまで目を向けることで、「この人物に国家機密を預けても大丈夫か?」を判断するものです。つまり、組織にとって信用に足る人物かどうかを見極めるための“身元調査”ともいえるでしょう。
日本では、平成21年(2009年)から「秘密取扱者適格性確認制度」が導入されており、各省庁で機密にアクセスする可能性のある職員に対して、調査が実施されています。
調査の対象には、その親族や家族も対象に含まれ、過去の活動歴や交友関係などもチェックされます。職員本人が問題なくとも、親戚にリスク要因がある場合は、注意深く精査されるのです。
ある日突然、公安がやってくる?
たとえば、親戚に警察や自衛隊の「秘匿部署」に勤務している人がいたり、過去に政治的に過激な活動に関わっていた人物がいた場合――。ある日突然、公安警察による聞き取りや、政府からの調査票提出の要請が舞い込むこともあります。
このような調査は水面下で静かに行われるため、一般に知られることはほとんどありませんが、国家は常に情報の「漏洩リスク」を最小限にとどめるべく、慎重な判断を下しているのです。
不適格と判断されるとどうなる?「ガラスの天井」問題
調査の結果、親族の中に、たとえば「政府の転覆を目的とした団体の構成員」や、「破壊活動防止法の適用対象団体と関わりのある人物」がいると判明した場合、その職員は不適格とされます。
その判断が下されると、昇進や重要任務への任命が制限され、いわば「ガラスの天井」に直面することとなります。
セキュリティ・クリアランス制度は、国家機密を守るために欠かせない仕組みであると同時に、「人の信用」という曖昧で繊細な要素を国家レベルで数値化・評価する試みでもあります。
「国民の信用スコア」という分野では、既に中国政府が導入していますが、個人の自由やプライバシーと、国家の安全保障とのバランス――。その最前線で静かに行われているのが、この“裏側のスクリーニング”なのです。
自衛隊の諜報・防諜機関・・日本の主な情報収集活動はシギントとエリントの二つ
敵対する諜報機関や諜報活動、破壊活動またはテロに従事する個人・グループによりもたらされる安全に対する脅威を発見し、それに対抗するインテリジェンス活動を防諜(Counter Intelligence)と呼びます。
我が国の自衛隊にも、オペレーションに関する情報を収集することを目的とした情報部隊と、部内情報の漏洩を防止するための防諜部隊の二つがあり、それぞれの機関ではさまざまな手法を駆使して情報収集活動を行なっています。
防衛省情報本部(Defense Intelligence Headquarters)
非戦闘員の事務官と戦闘職の自衛官の混成組織で、2000人以上もの人員を抱える防衛省情報本部は日本最大の情報機関です。
画像・地理部、電波部など6つの部門がイミント、シギントならびにほかの省庁からもたらされる内外のインフォメーションを収集および分析し、情報に付加価値を与えていく作業を日々実施しています。
また通称『ゾウの檻』で知られる巨大な円形状のアンテナや、巨大なレドーム型のアンテナを配備した全国六箇所の自衛隊通信所も情報本部電波部の直轄で、北朝鮮や中国、ロシアの電波情報を傍受解析しています。
陸上自衛隊「情報科」職種と中央/方面情報隊
陸上自衛隊には「情報科」という新職種が創設されていますが、市ヶ谷駐屯地には約600名の隊員で構成される「中央情報隊」が編成。
主に、陸自の作戦遂行に必要な情報の収集と分析を日々行っています。
過去、陸上自衛隊の情報セクションは「混成職種部隊」として編成されており、さまざまな職種の自衛官や事務官、技官が混在していました。
3自衛隊の共同の部隊「自衛隊情報保全隊」
また、2003年に3自衛隊ごとに編成された「情報保全隊」は、2009年に3自衛隊の共同の部隊「自衛隊情報保全隊」として再編成され、こちらは主に防諜が任務です。
すなわち、自衛隊の部内情報が外部流出することを防ぐための部隊です。
陸海空混成の部隊で、人員約1,000名規模。諸外国の防諜機関と同様、一般的なインテリジェンスのセクション、それに自衛官とその家族に裏切者や内通者がいないか、その身上調査(差別的なので適格性調査と呼びます)を行い、思想信条などを調査するセクションで構成されています。
とくに、情報保全隊は隊員が結婚する場合、結婚相手本人やその家族の身上調査を部隊長要請で実施しています。
警備警察(いわゆる公安警察)は自衛隊保全隊へ情報の提供を行うなど協力関係にあります。
自衛隊の諜報・防諜機関のまとめ
自衛隊の諜報や防諜活動が表に出ることはないため、普段具体的にどのような活動をしているのか憶測の域を出ません。
参考文献様
https://thinktank.php.co.jp/wp-content/uploads/2016/07/seisaku01_teigen33_00.pdf
https://dailynk.jp/archives/60171
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/53618?page=2