【装備解説】兵士を象徴する認識票──その正体と自衛隊における運用とは

映画や報道において、兵士が首から下げる2枚の小さな金属プレートはしばしば目にする光景である。その姿は、戦場の緊張感や兵士という存在そのものを象徴するアイコンのように扱われてきた。これらのプレートは「認識票」と呼ばれる正式な官給装備であり、各国軍においてその機能と意味は、国際法で定められた極めて明確な意図を持つものである。

英語圏では、認識票を “Dog tag(ドッグタグ)” と呼称することが一般的であるが、このスラングは、犬の首輪に付けられる鑑札に形状が似ていることに由来である。我が国においても、ファッションアイテムとしての文脈では「ドッグタグ」という呼び名のほうが広く浸透しているのが現状である。

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認識票の本来の目的は、兵士個人の識別にある。兵士個人にはひとりひとりに認識番号が付与されており、戦場や訓練中においてその番号が即座に確認できるよう、認識票を常時身につけることが義務付けられている。

特にその重要性が顕在化するのは、戦場において兵士が死傷した場合である。識別票は、身元の特定、負傷者の処理、戦死者の回収において最も基礎的で不可欠なツールとして機能する。名前や部隊名といった人為的な記憶や記録だけではなく、物理的かつ確実な個体識別が求められる現場において、認識票はその任を果たす。

この識別システムは、我が国の自衛隊においても例外ではない。陸上自衛隊、海上自衛隊、航空自衛隊の各自衛隊員にはそれぞれ固有の認識番号が与えられ、誤記のないよう厳密に2枚一組のステンレス製プレートに刻印されている。

支給された認識票には、長さの異なる2本のボールチェーンが付属しており、隊員はこのチェーンを用いてネックレスの要領で首から下げることが規定されている。2枚のプレートは、仮に戦死や重傷で遺体が回収不能となった場合に備え、1枚を遺体に残し、もう1枚を報告用に回収できるように設計されている点も見逃せない。

認識票は、単なる装飾品ではなく、兵士という存在を定義づける最低限の情報が刻まれた、静かだが強いメッセージ性を持つ“装備”である。その首元に光るステンレスプレートは、任務に命を懸ける者たちが背負う覚悟と責任の象徴に他ならない。

米軍では首から下げる方法以外にも、爆風による飛散を防ぐため、コンバット・ブーツの編上げの内側に入れて携行することもある。

認識票に刻まれる情報と進化する識別技術

認識票には、まず兵士の氏名、生年月日、血液型といったパーソナルデータが記載される。これらは戦場での応急処置や医療判断に直結する情報であり、迅速な識別と処置のために欠かせない。また、予防接種歴などの医療記録も加えられることがあり、戦地における感染症対策や衛生管理の基礎資料としても活用される。

加えて、米軍においては宗教的帰属──キリスト教、仏教、パプテストなど──を明記するのが通例である。これは万一、戦死した場合の遺体処置や葬儀における宗教的配慮を行うためのものであり、人道的観点から制度化されている。

さらに、兵士としての認識番号(米軍では社会保障番号)、階級、所属部隊の情報も併記されることが一般的である。これにより、兵士がどの部隊に属し、いかなる階級にあったかといった身分上の詳細まで即時に把握することが可能となっている。

世界ではスマートタグの研究が進んでいる

技術の進化は、認識票の在り方そのものを変えようとしている。現在、アメリカ軍では認識票内部にICチップを内蔵した「スマートタグ」の実証実験を進めている。このタグは、負傷した兵士の医療情報を無線で野戦病院に即座に送信する機能を備えており、後続の処置や搬送を迅速かつ正確に行うための支援装備と位置付けられている。

また、中国人民解放軍においても、インテリジェント・チップ・テクノロジーを活用した類似の研究開発が進められており、将来的には全軍に向けた配備が視野に入っている。

中国軍の認識票

中国軍の認識票。二枚の複式。軍のサポートカード、e-casualtyカード、および軍人の識別の機能を統合したIDタグは平時と有事にも活用されている。出典 http://eng.chinamil.com.cn/view/2017-02/21/content_7496278.htm

中国軍の認識票

メインタグと補助タグから構成される。QRコードがプリントされている。出典 http://eng.chinamil.com.cn/view/2017-02/21/content_7496278.htm

自衛隊員が認識票を着用する根拠となる定めとは

航空自衛隊の「認識票に関する達」の第5条において、認識票は次のいずれかに該当する場合に着用しなければならないと細かく定められている。

航空自衛隊の「認識票に関する達」の第5条

(1) 自衛隊法(昭和29年法律第165号)第6章の規定に基づき行動する場合

(2) 航空機に搭乗する場合

(3) 外国において行う国際貢献に関する業務に従事する場合

(4) 訓練または演習に参加する場合

(5) 部隊等の長が特に必要と認める場合

典拠元 http://www.clearing.mod.go.jp/kunrei_data/g_fd/1963/gy19630904_00048_000.pdf

陸上自衛官の場合、頭にG(Ground Self-Defense Force)、海上自衛官の場合はM(Maritime Self-Defense Force)、航空自衛官の場合はA(Air Self-Defense Force)が付いた認識番号を割り振られる。

しかしながら、すべての隊員が常にそれを着用しているわけではない。

とりわけ航空自衛隊の整備員は、現場の作業内容の特性上、認識票の着用を控える。たとえば、航空機のエンジン整備といった精密機器を扱う作業中に、首から提げた認識票が脱落するリスクを看過できないためだ。仮に金属製の認識票が機体内部に入り込めば、深刻な機材トラブルや重大事故につながる可能性がある。そうしたリスクを排除するため、実務上では「着用しない」という判断が定着しているのである。

一方で、パイロットや航空機搭乗員といった者たちは、緊急時の身元識別を要する任務に就くことから、原則として認識票を常時身につけている。つまり、着用の有無は任務の性質に応じた合理的な選別に基づいており、装備の目的と実務運用との折り合いが図られているということになる。

また、制度上の位置づけについても明確である。自衛隊では「認識票は自衛官に交付する」と規定されており、その対象は戦闘任務や災害派遣といった実動任務を担う「自衛官」に限られている。これに対し、同じ自衛隊の組織に属しながらも戦闘任務を担わない事務官、技官、教官といった職種については、認識票の交付を定めた文言は存在していない。つまり、自衛隊内であっても、戦闘員か文民かで認識票の支給には明確な線引きが設けられている。

米軍と自衛隊とで認識票の仕様は異なる

では、米軍と自衛隊とで認識票の仕様にはどのような違いがあるのだろうか。

自衛隊員に支給される認識票は、厚さ約0.5ミリ、長さ約5センチの金属製で、2枚一組となっている点では米軍と共通である。見た目のフォーマットもほぼ同様であり、実用本位のデザインである。

ただし、材質には明確な差異がある。米軍がアルミニウム製であるのに対し、自衛隊ではつや消しのステンレススチールが採用されている。これにより、自衛隊の認識票はより高い耐久性を持つが、その分、重量は若干重くなるという特徴がある。

また、金属プレートが発する音にも配慮がなされている。米軍の認識票には、衝突音を防ぐため、外周にゴム製のサイレンサー(通称サイレントリング)が装着されている。一方、陸上自衛隊では金属全体をビニールで包む構造を取り入れており、同様に消音効果を得ている。

刻印方式にも違いが見られる。米軍方式は打刻によるもので、文字が深く刻まれるのが特徴であるのに対し、自衛隊ではレーザー刻印方式を採用しており、刻印の深さはやや浅い傾向にある。

認識票の持つ機能が果たす条約上の意味

認識票(ドッグタグ)は、単なる身元識別のための情報プレートではない。そこには、戦争という人類が望まない状態においてなお、人間としての尊厳を守るという思想と、精緻に設計された運用思想が込められている。

認識票が「2枚で一組」の理由とは

現在、各国の軍隊が採用している認識票の形式は大きく二つに分類。ひとつは1枚構成の単式、もうひとつは2枚構成の複式である。単式であっても、中央に溝や切れ目が入っており、下部を切り離せるよう設計されていることが多く、実質的には「1枚でありながら2枚分の機能を持つ」構造、すなわち「2枚で一組」となっている。その理由は何か。

──その答えは運用上の実務にある。戦場で兵士が戦死した場合、一方の認識票は遺体に残し、もう一方を部隊に持ち帰ることが原則となっている。

具体的には、遺体をその場で埋葬する場合、1枚を口内に挿入して身元情報を遺体とともに残す。そして、もう1枚は部隊が本部へ帰還後に報告・記録用として提出する。帰国搬送の際も同様に、1枚は遺体の身につけたままにし、もう1枚を報告用とする。これは、兵士の死を確認し、記録し、尊重するための手続きに他ならない。

このような運用が制度的に保障されていることは、国際法にも明示されている。ジュネーヴ条約第1条約第16条の4では、戦死者に関する記録とその識別票の取り扱いについて、明確な規定がある。

「紛争当事国は、死亡証明書又は正当に認証された死者名簿を作成し、且つ、捕虜情報局を通じて相互にこれを送付しなければならない。紛争当事国は、同様に、死者について発見された複式の識別票の一片又は、単式の識別票の場合には、識別票、遺書その他近親者にとって重要な書類、金銭及び一般に内在的価値又は感情的価値のあるすべての物品を取り集め、且つ、捕虜情報局を通じて相互にこれらを送付しなければならない。」

出典 ジュネーヴ条約第1条約第16条の4

これは敵味方を問わず、人間としての尊厳を保障しようとする条文であり、戦場における倫理の最後の砦ともいえるかもしれない。

認識票の「切り欠き」形状の理由とは

また、認識票の形状にも興味深い設計思想がある。かつての米軍の認識票には、縁に特徴的な切り欠き(ノッチ)が設けられていた。これについては諸説あるが、最も広く信じられているのは、硬直した兵士の口をこじ開け、認識票を上下の歯で確実に挟み込むためのものであるという説である。

この用途は、前述した1枚を遺体に残す運用と深く関係しており、「歯で咥える」ことで確実に識別票を遺体とともに残す工夫であったという説がある。

このエピソードは、ベトナム戦争における前線偵察部隊の活動を描いた映画『84★チャーリーモピック』にも象徴的に描かれている。作中、任務中に戦死した兵士に対し、認識票が慎重に扱われる様子は、記号のような存在になりがちな「タグ」に、重く深い意味を持たせている。

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ただし、アメリカ軍では、切り欠きは1968年ごろには廃止され、現在支給されている現行型のドッグタグには存在していない。

2006年2月10日、在日アメリカ海兵隊の公式ウェブサイトにて、五大湖軍事史博物館教育収集所長によるインタビュー記事が掲載され、この「切り欠き」が兵士の亡骸の歯をこじ開けるためのものであるという通説は明確に否定された。

同記事によれば、切り欠きの本来の目的は、打刻機にドッグタグを固定するためのガイドとして設けられていたものであり、いわゆる「歯こじ開け説」は単なる神話に過ぎないと断じられている。

さらに所長はこの調査の過程において、「ドッグタグのボールチェーンの玉の数は365個で1年を表している」とする、別の新たな“神話”も発見している。

自衛隊の認識票の切り欠きは何のため?

では、自衛隊の認識票に目を向けてみよう。驚くべきことに、現在の自衛隊の認識票にも、あの切り欠きが存在している。

自衛隊 認識票 レプリカ

自衛隊認識票(撮影用の模擬品)

過去に航空自衛隊が公表していた「航空自衛隊が公表している「認識票に関する達」という公的文書(削除済み)」(現在は削除済)では、この切り欠きについて図示したうえで、「死者の歯をこじあける場合に使用する」と明確に記されていた。

航空自衛隊が公表している「認識票に関する達」という公的文書(削除済み)

すなわち、自衛隊の認識票における切り欠きは、実際に戦死者の口内に認識票を固定するという実務上の理由によって設けられていたのが事実である。

米軍の切り欠きが機械的な都合から生じたものであるのに対し、自衛隊ではそれが死者の処置を想定した機能として採用されている。この違いは、合理性に加えて、ある種の情緒すら感じさせるものである。

民間人が自衛隊の認識票を身に着ける場合がある

実は、民間人が自衛隊の認識票を身に着ける場面も想定されている。たとえば、体験入隊や体験搭乗などのプログラムに参加する民間人が、自衛隊の航空機に搭乗する際には、部隊の隊員から認識票が手渡され、各自が首から提げる場合がある。

これは、万が一の墜落事故などが発生した場合に、遺体の身元を迅速かつ正確に確認するための措置であり、重要な役割を果たしている。

参照文献:

結論

戦地における兵士の個体識別は、戦術的指揮系統の維持および戦闘被害管理における生命救助の観点から、きわめて重要な戦術的・倫理的要件であると言える。かかる目的のため、各国の軍隊では「認識票(Identification Tag)」と称される金属製の識別用プレートが広く運用されている実態がある。

この認識票は、通常2枚一組で構成され、兵士の氏名、個別の認識番号、所属部隊名等の基本的属性が刻印される仕様となっている。

この小型の金属片に刻まれた最小限の情報は、過酷な戦闘環境下においても兵士の身元を明示する唯一の手段たり得るものであり、したがって、戦地における個体識別の基礎単位として機能する装備と言える。たとえ将来的に、生体認証やRFID技術等の電子的識別手段が導入され、その精度および即時性が飛躍的に向上したとしても、認識票に内包される象徴的意味──すなわち、「命を管理される存在としての兵士」という近代軍事組織の原理──が否定されることはない。

また、認識票の制度は単なる作戦上の合理的手段を超え、戦死者の尊厳を保全するための人道的措置としての側面をも併せ持つ。ジュネーヴ諸条約等の国際人道法においても、戦死者の身元確認および遺族への遺体返還が明記されており、認識票はその制度的担保の一部として運用されている。すなわち、国籍・信条・所属陣営の如何を問わず、「戦死者の遺体は可能な限り祖国の家族のもとに帰還させるべきである」とする人類普遍の倫理的要請に基づき、認識票は制度化されたものである。

したがって、認識票は単なる装備品の一種ではなく、戦時における個体識別の最終的な根拠であり、兵士一人ひとりの存在と尊厳を担保する制度的・象徴的装置と位置づけることができる。

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