王将フードサービス前社長射殺事件被疑者の長距離護送で投入された“防弾車両”こと「小型遊撃車」とは

バナー画像の出典 京都新聞

京都市山科区に本社を構える王将フードサービスの大東(おおひがし)隆行・前社長(当時72歳)が、2013年12月19日に射殺された事件──。

その捜査に、2022年10月28日、大きな進展がありました。

京都府警と福岡県警による合同捜査本部はこの日、殺人および銃刀法違反の疑いで、福岡刑務所に服役中だった特定危険指定暴力団・工藤会系石田組の幹部の男性被疑者(当時56歳)を逮捕。

事件から9年という歳月を経ての被疑者逮捕は、まさに異例の急展開です。

さらに注目を集めたのが、福岡刑務所から捜査本部のある京都府警・山科警察署まで、約650キロにもおよぶ被疑者の護送のために投入された、非常に特殊な警備体制です。

なんとこの護送に際し、極めて異例の措置として『防弾車両』が使用されたのです。

報道各社が「防弾車両」と報じたこの車両は、トヨタのランドクルーザー200系。警察マニアにはすでにおなじみ、“小型遊撃車”と呼ばれる特殊装備車両です。

車両の特徴などを見ていきましょう。

“小型遊撃車”──機動隊の銃器対策部隊にも配備が進むその理由とは

小型遊撃車

小型遊撃車 Photo by YPY31

警察内部で「重防(じゅうぼう)」と呼ばれ、主に警備部による監視体制および警戒態勢をとくに強化しているのが、いわゆる“重要防護施設”──。たとえば電力インフラの拠点や空港といった大規模な公共交通機関です。

こうした全国各地の“重防”において、現場に常駐して張り付きの警戒任務を担うのが、機動隊の銃器対策部隊をはじめとする各種部隊です。

警察の銃器.2 『特殊銃』MP5から自衛隊89式、対物狙撃銃まで

そして、平成27年からそうした部隊への配備が進んでいるのが、走破性と秘匿性を重視した“覆面仕様”のトヨタ・ランドクルーザー──いわゆる「小型遊撃車」です。

長野県警NSIT隊員と小型遊撃車。防弾ガラスが装備されている。引用元 産経新聞社

それまでの機動隊の遊撃車(通称・マル遊)といえば、青と白の配色が施された装甲車スタイルの『特型遊撃車(小型特型警備車)』や濃紺カラーで金網のついた『遊撃車III型(ゲリラ対策車)』でした。

機動隊の特殊車両は装甲車だけじゃないぞっ!武骨なフォルムの特型警備車だけじゃなく、レスキュー車や資材搬送車、トイレカーにも萌えろ!

一方、小型遊撃車は大型SUVである200系ランクルをベースに、防弾ガラスや装甲強化が施され、前面赤色灯および反転式または着脱式赤色灯を搭載した覆面車両。

塗色はブラックやホワイトが確認されているほか、防弾施工された窓ガラスを装備している個体の他、爆発物による攻撃に対応するため、より強固な防爆仕様型も配備されています。

要人警護や組織犯罪対応など、とくに高度な警備が求められる場面への投入が多い様です。

なお『ハマーの覆面パトカー』の記事でも触れましたが、小型遊撃車については各方面に知られることとなったメジャーな警察車両のためか(!?)、萌えアニメに登場するなど悲惨。

ちなみに、デジタル大辞泉(小学館)によれば「遊撃」とは「あらかじめ攻撃する目標を定めず、戦況に応じて敵の攻撃や味方の援護に回ること」と定義されていますが、警察内部でも「遊撃」という言葉を“臨機応変”という意味で使用しており、概ね同様の意味合いで運用されています。

まさに、覆面パトカー仕様の車体を活かしながら、機動隊のみならず公安部門、さらには捜査一課の案件で「護送任務」にも投入されます。

覆面 パトカー 特捜警察 車両 パウチポップ 4種セット(基本の徹底・緊急走行五則・安全運転五則・安全呼称)映画ドラマ撮影用小道具A323

現実がフィクションを超える瞬間か──『ある映画』を彷彿とさせた被疑者の厳重護送

このたびの護送では、被疑者の身柄確保に加えて、関係者の安全確保や報復行為のリスク回避など、あらゆる可能性に備えた警察当局の万全の布陣がうかがえます。

実際、今回の王将事件に関連する被疑者護送に際して、捜査当局によれば、この配備は「社会的反響が大きな被疑者であり、身の安全を守るための措置」とのことです。

これについて一部では、“被疑者の口を塞ぐための暗殺を警戒したのではないか”と見る向きもありましたが、読売新聞によると、捜査関係者は「移送中に組織が被疑者を“奪還”しようとする可能性が排除できなかった」としています。

というのも、被疑者が所属する工藤会は、全国で唯一「特定危険指定暴力団」に指定されており、過去には捜査機関そのものを標的とする行動も起こしている極めて悪質な団体です。

こうした背景を踏まえると、防弾装備を施した“覆面型小型遊撃車”の投入は、警察にとってもまさに臨機応変な判断であったことが伺えます。

https://news.yahoo.co.jp/articles/c73c7bcd30e8d9cb00cd36baccc4494c6b44bee3

2021年の同会トップである被告が拘置所から福岡地裁へ移送される際にも同様に、小型遊撃車が投入される措置が取られています。

今回は小型遊撃車2台、キザシ、セレナ、さらには“あの”トイレカーまでが車列に加わっていたと報じられています。

福岡から京都まで約650kmのルートを11時間かけて移動したという今回の被疑者移送は世間の注目が非常に大きく、報道機関はヘリでその移送車列を追いかけたようだ。画像の出典 日テレNEWS

中でも注目されたのは、防弾ランクルが2台用意され、どちらに被疑者が乗車しているかを外部から判別しづらくする撹乱目的の可能性が示唆された点です。一部メディアによれば、車列は合計9台に達していたともされ、異例ともいえるスケールの警備体制であったことが分かります。

また、車列において「トイレカー」が加わっていたことも注目です。これは、道中において被疑者や護送に当たる捜査員が公共のトイレ施設を利用せずに済むよう配慮された措置です。人が最も無防備になるのは、食事中、入浴中、そして“雉撃ち中”とも言われます。

こうした隙を一切作らせないという、徹底した安全確保の姿勢が現れていると言えるでしょう。

福岡刑務所へ進入する機動隊のトイレカーとキザシ捜査覆面……。画像の出典 NHKニュース

護送車列の前後には、捜査用覆面車両として配備が進められてきたスズキ・キザシが複数台確認されています。

かつては「シビアな現場にはもう使えない」と揶揄されたそうですが、反社会勢力が絡む重大事案では、今なお現役で活躍する車両です。

「キザシ?」という問いに対し、さる事情通の間ではこんな分析もあります。

キザシが警察車両であると知るのは、警察マニアや反社会勢力といった“いわゆる一般ではない層”が中心であり、“善良な市民”の多くはキザシを見ても、警察車両だとは気づきにくい。

つまり、キザシは「一般市民には無害な一般車両に映り、そうでない者たちには警察と明示せずとも警告となる存在」である──という、ある意味で白黒と覆面の二面性を持つ稀有な警察車両なのです。

なお、今回の護送に際し、キザシやセレナにSIT(特殊捜査班)の隊員がMP5“SFK”などを携行して同乗していたかどうかについては、現時点では確認されていません。

捜査一課特殊班(SIT)が配備している『Pepperball VKS』の機能とは

映画『藁の楯』を連想したという声

いずれにせよ、“被疑者の奪還”とはなんとも物騒な話ですが、極めて高度かつ慎重な警備体制が敷かれたことは間違いありません。

そして、まるでフィクション作品を彷彿とさせるような今回の護送劇は、映画『藁の楯』を連想したという人も多いようです。

『藁の楯』──この作品は、『ビー・バップ・ハイスクール』で知られる漫画家・きうちかずひろ氏による2004年の小説であり、後に映画化もされた衝撃作です。

孫娘を手にかけた被疑者の首に懸賞金をかけた財界の大物。警察がその被疑者を福岡から東京へと護送する中、民間人はもちろん、味方であるはずの警察官たちまでもが懸賞金欲しさに牙を剥き、主人公であるSP(警視庁警護課の要員)がその裏切りと襲撃に立ち向かうというスリリングな展開です。

【警備部の装備トレンドは?】警視庁SPの使うけん銃にP2000など登場

今回の王将前社長射殺事件における護送劇──福岡刑務所から京都府警山科署までの約650kmに及ぶ長距離移送に、捜査当局が異例の措置として防弾車両まで用意した事実に、このフィクションの世界を重ね合わせた人々は少なくなかったようですが、少なくとも“裏切り”はなかった様です。

実際に今回の護送にSPが加わっていたかは明らかにされていませんが、これほど厳重な警戒態勢が敷かれたことから、相応の精鋭が任務に就いていたものと見られています。

まとめ

11時間にわたる護送中、大きなトラブルはなかったとのことですが、ネット上では様々な反応が寄せられました。

「人を射殺した人間を防弾車両で護送するとは、なんとも皮肉な話だ」
「防弾仕様なのは、むしろ王将側による報復を警戒しているのでは?」

など、護送対象者である被疑者の“安全”に配慮された対応に対し、複雑な思いを抱く声も少なくありません。

一方で、今回用いられた“防弾ランクル”こと小型遊撃車が、これまでの機動隊や公安部門といった場面以外で活躍するケースが見られたことは、警察装備の運用が現実の治安状況に応じて進化・適応しつつあることの表れかもしれません。今後の捜査や警備のあり方に一石を投じる事例となったのではないでしょうか。

もしかすると、こうした“イレギュラーな使用法”は、今後“イレギュラーではなくなる”のかもしれません。

我々マニアとしては“治安情勢の変化を常にチェック”するのみです。