「123便撃墜説」を唱える青山透子氏の著作群については、既に数え切れぬほどの疑問符が投げかけられている。
受信マニアの目線から一歩引いて眺めても、“撃墜説”の根拠など笑えるほどに希薄で、結論を言えば「ありえない」の一語に尽きる。
とりわけ2025年8月現在、ネット上に出回っている「Japan air 123. こちら Phantom X。現在貴機後方を追尾中」「あっ!被弾したぞ!本当に撃ちやがった!」といった字幕付きデマ動画などは、無線マニアからすれば突っ込みどころしかない粗悪な創作である。
当該の動画
理由は単純だ。1985年当時は空前の無線ブームの真っ只中で、エアバンドはもちろん、自衛隊のGCI交信に至るまで、四六時中マニアが受信機にかじりついて耳をそばだてていた。深夜であっても誰かが必ず聞いていた。
なぜなら、突如始まる「オフサイド劇場」(戦闘機を飛ばさず通信だけで演習するアレ)がとにかく面白かったからである。
もし仮に「撃墜」などという事実が存在していたのなら、自衛隊機のGCI交信の録音が、アマチュア無線経由で一夜にして全国に流布していたはずであり、その要約は当時の界隈で即座に出回っていたに違いない。とくに広域レピーターで下ネタを垂れ流す連中が面白がって拡散したに違いない。
現に1985年当時の『ラジオライフ』誌には、「123便の機体確認のため、航空自衛隊のRF-4EJ偵察機が百里基地からスクランブル発進し、通常のスクランブル同様、GCIでレーダーサイトと交信していた」との記事が掲載されている。
スクランブル発進した戦闘機がどこを飛んでいたのか、レーダーサイトのGCIでどのような指示が出ていたのか、それを四六時中追いかけていたのが、前述の無線マニアや航空ファンであり、そうした“周辺状況”はマニアの“ログ”に残る。
撃墜交信があったのなら、少なくとも当時のマニアが「GCIの交信が妙に緊迫していた」「スクランブル機の行動が不自然だった」というレベルの証言を残していて然るべきである。それが40年経っても「撃墜」などという言葉も記録も回想も無線マニアから一つも出てこないのは、「なかった」と考える方がはるかに自然である。
受信マニアの誰一人として、撃墜に関する交信を聞いた人間も、録音した人間もいない。自衛隊無線受信を指南していたあの業界界隈に存在しない以上、答えは自明である。
むしろここは逆に、「新証言!無線マニアが撃墜交信を録音していた!40年間秘蔵されていたテープ、ついに公開!」ぐらいの大胆な創作を披露してくれた方が、まだ“デマ芸”として評価できる。なぜないのか?あの界隈には決定的に無線の知識がないのではないか。
だが、もしあればSNSでは見事な大喜利大会が展開されるだろう。例えば「次回予告:『無線マニア、123便とUFOの交信を傍受!』」といった具合に。東スポかよ。
当然、聞かれる自衛隊側も懸念を持っているのが実情である。最近もこの撃墜説をめぐって、元自衛隊幹部が大手メディアの取材に答えているが「当時から“無線おたく”みたいな連中が何人もいるわけで、その中で撃墜を秘密裏に成功させることなど不可能」と述べる。
なお、撃墜説支持者がよく持ち出す言い回しに「無線交信の記録がなかったからと言って、撃墜がなかったとは言えない」というものがある。もっともらしく聞こえるが、実際には論理的に脆弱きわまりない。撃墜という極端な事態が起きれば、交信は増える方向に働く。撃墜命令、被撃墜機の報告、指揮系統への上申――交信はむしろ“溢れる”はずで、完全な沈黙は想定しづらい。
彼らは「交信があった証拠」を一切示さずに、「交信がなかった証拠」すら逆手に取ろうとする。証拠がなくても成立する説というのは、科学や歴史の議論ではなく、単なる信仰の域に入っている。
つまり、自衛隊関係者からしても、そして我々無線マニア的な視点から見ても「当時全国に数十万人規模で存在していた無線マニアを、ストーリーからまるごと排除している」という事実こそが、「123便撃墜説」の根拠がゼロであることの決定的な証拠なのである。無視すんじゃねえ(笑)
なお、当サイトとしてはこれ以上あまりに荒唐無稽な話に突っ込むのもバカらしく、深入りは控えるが、中には「乗客の遺体を自衛隊の秘密部隊が火炎放射器で焼き尽くして回った」といった、常識では到底考えられないレベルのデマまで流布されているのが123便撃墜説を巡る現状である。