ハリウッド映画に登場するパトカーといえば、重厚なアメリカンセダンやマッチョなSUVが定番。
ところが、この映画では、よりによってプリウスがそれに取って代わっている。
しかもこのプリウス、脇役ではない。物語を通じて異様なまでに何度も名前が言及され、結果としてアメリカ社会におけるプリウスの“立ち位置”が浮き彫りになる。
つまり、活躍というよりは、笑いものとしての役回りだ。しかも、単なる小ネタの域を超えており、完全にピエロ。
あたかも、映画自体がプリウスという車の存在そのものをジョークにしており、これは、日米のカルチャーギャップを垣間見るうえでも非常に興味深いといえる。
それが、刑事二人が主人公のコメディ映画で、2010年に公開されたアダム・マッケイ監督の『アザー・ガイズ 俺たち踊るハイパー刑事!(原題:The Other Guys)』である。
項目 | 内容 |
---|---|
邦題 | アザー・ガイズ 俺たち踊るハイパー刑事! |
原題 | The Other Guys |
公開年 | 2010年 |
製作国 | アメリカ |
ジャンル | アクション / コメディ / 刑事ドラマ |
監督 | アダム・マッケイ |
脚本 | アダム・マッケイ、クリス・ヘンチー |
主演 | ウィル・フェレル(アレン・ギャンブル役)、マーク・ウォールバーグ(テリー・ホイツ役) |
その他の主な出演者 | サミュエル・L・ジャクソン、ドウェイン・ジョンソン、エヴァ・メンデス、マイケル・キートン |
上映時間 | 107分 |
製作会社 | ゲイリー・サンチェス・プロダクションズ |
配給 | コロンビア ピクチャーズ |
日本公開 | 劇場未公開(ソフト・配信にて鑑賞可能) |
備考 | コジャックライト付きプリウスの活躍や、ブラックジョーク満載の警察組織風刺が話題 |
要点を以下にまとめると……。
- 絶妙コンビ
- ウィル・フェレルとマーク・ウォールバーグの絶妙な掛け合い。アドリブっぽさ
- 熱血だけど空回りの刑事xサラリーマン刑事。どっちも冴えんぞこいつら
- 試されるトヨタ・プリウス
- 本作のコメディリリーフとしてアレン・ギャンブル刑事の乗るプリウス・覆面パトカーが登場
- 愛すべき”ポンコツ”として描かれており、愛がある
- テーマがブレてない
- おバカコメディのように見えますが、実は金融犯罪がテーマ
物語こそ典型的な“バディもの”のフォーマットに則っている。想像してみてほしい。
銃をぶっ放し、カーチェイスを繰り広げ、悪党を豪快に張り倒す――そんな「でっかい黒人コンビ」が主人公の、あの感じを。
だが、それは最初だけだ。
Contents
熱血刑事と地味刑事の哀しき日常
“アザー・ガイズ”の一人が、マーク・ウォールバーグ演じるテリー・ホイツ刑事。
彼は正義感だけは強いが、熱血すぎてすぐに見境を失う典型的な「猪突猛進型」の警官であり、ある大ミスをきっかけに刑事課の内勤係へと左遷されてしまう。
そして、もう一人の“アザー・ガイ”がウィル・フェレル演じるアレン・ギャンブル刑事。
彼は会計課出身の理論派で、デスクワークを自らの天職と信じて疑わない。SONYのVAIOを相棒に、今日も嬉々として書類仕事に精を出す。
ただし、その大らかな性格ゆえに、体育会系の刑事たちからは格好のいじられキャラにされており、過去には署内での「伝統」に唆されて発砲。
銃を取り上げられた結果、腰に差しているのは木製ダミーのグロック19というありさまだ。

大丈夫なのかよ、こいつら……。
英雄たちの死
ヒーロー然と振る舞っていた、ダンソンとハイスミスの刑事コンビ。
彼らは凶悪犯を華麗に逮捕し、署内の喝采を浴びていた。アレン刑事もその拍手の渦に加わっていたが、テリー刑事は「情けないからやめろ」と彼をたしなめる。
表向きは「君たち(アザーガイズ=他の奴ら)の支えがあってこその成果だ」と語るダンソンとハイスミス。しかし、その視線には“俺たち以外は脇役”という無言のメッセージがにじむ。
そして訪れる、運命の転機。ヒーローだったはずのダンソンとハイスミスが、犯人追跡中にビルから飛び降り、あっさりと死亡。
「なぜ飛び降りたのか?」という理由は最後まで明示されず、ゲーム脳だったのか、もしくは「主役はやられない」というお約束を逆手に取った監督の悪ふざけかもしれない。
いずれにしても、あっさりと退場した二人の後を継ぐのが、従来なら完全に脇役ポジにいる“アザー・ガイズ”だった。
こうして、いつまでも羽ばたけなかった“クジャク”――すなわちテリーとアレン刑事に、ようやく出番が巡ってくるのだった。
プリウスで犯人を追え!
というわけで、殉職した二人の後を継ぎ、コンビを組むことになったアレンとテリー。さっそく二線級の内勤刑事から第一線の外回り“営業刑事”に昇格。出動する彼ら。
物語はここから、文字通り“アザー・ガイズ”が主役になる。
しかし、劇中で彼らが駆る覆面パトカー──。彼らの捜査の足――それはマッチョなSUVでもない、プリウスである。
活躍する真っ赤なプリウスの覆面パトカー。真っ赤な覆面パトカーといえば、北海道警察本部刑事部のエクストレイル覆面(すでに退役)を思い出すが…。
トヨタ・プリウスに対する、同僚刑事たちからのアテツケが、まるで容赦がない。
犯人を追うためにプリウスがエンジンをうならせるシーンは、もはやギャグでしかない。にもかかわらず、このプリウスは最後まで彼らの相棒であり続け、“走りきる”。

画像の出典『アザー・ガイズ』より
アメリカ映画でここまで執拗にプリウスがいじられる作品は珍しい。
燃費の良さや環境性能を誇るエコカーが、アクションの世界で浮きまくっている様は、ブラックジョークとして苦笑を誘う。同時に日米の車文化におけるギャップに驚く。
事件現場へ急行する車内。赤色灯は米国警察で主流のダッシュライトではなく、昔懐かしい“コジャックライト”であるところに、まずニヤリとさせられる。
そして次の瞬間、怪訝な表情のテリーが「この車は……?」と尋ね、アレンはどこか誇らしげに、しかし照れたように答える。「ボクの車だ……プリウス」と。
この短いやりとりから、ニューヨーク市警の公用車ではなく、アレンが自家用車を覆面パトカーとして申請して使用していることがわかる。
実際、米国の警察機関では、自家用車の覆面申請は珍しいことではない。
しかし、このプリウスはアレンにとって「人生初の新車」だというから、もはや視聴者としては「これは壊れるな……」と、悲劇のフラグを感じ取らざるを得ない。
そして案の定──突っ込んだプリウス。

よりによってプリウス──環境意識高めの代名詞でありながら、ことアメリカでは“男らしさ”とは正反対の象徴として、しばしばコメディのネタにされている存在だ。
早速、現場にプリウスで突っ込んでやらかした二人に同僚刑事はきつい言葉を放つ。

『刑事がこんなクルマ乗るのか?』と同僚刑事のからかい。刑事が『プリウスの覆面パトカー』に乗ってはいけない理由とは……? 画像の出典『アザー・ガイズ』より
だが、このプリウスに対する風当たりは、劇中でさらに苛烈なものとなっていく。名称が女性の身体の一部分に似ていると看破されてしまったことで、同僚刑事たち、特にテリーからの口撃と冷笑は止まらない。
そもそも、黒光りするシボレーやフォードのムッキムキなポリスカーが幅を利かせる署内において、赤くて丸いフォルムのトヨタ・プリウスは、完全に“浮いて”いる。しかも車内は妙にキレイで、アレンの几帳面さがにじみ出ている。そのギャップがまた笑いを誘う。
だが、それもやがて、コンビニに突っ込むプリウスのごとく、笑えない域へとノーブレーキで突入する。
この直後、彼らの“正義”と“エコ”を乗せた赤いハイブリッドカーが、痛ましくもユーモラスな運命を辿ることになる。
笑いと風刺に満ちた“アザー”の逆転劇
事件を追う過程で、何度となく突っ込まれ、蹴られ、ぶつけられ、果ては銃撃で穴だらけにされ──
それでもなお、道端に停められ、ハザードを点けながらアレンとテリーの帰りを健気に待ち続ける覆面プリウス。
ボロボロになってなお走り続けるその姿は、物語の陰に隠されたもう一つのヒロイズムを体現している。
頑張り屋で、無口で、けなげで、ボロボロにされながらも「お役に立てて光栄です」と言いたげなその姿は、まるで「おしん」のよう。
あの「美徳」は日本人だけの専売特許ではなかった。アメリカにも確かに存在していたのだ。
その姿は、観る者の心を妙に締めつける。いや、泣ける。
かくして、本作のもう一人の──いや、もう一台の主役は、まぎれもなくこのプリウスである。
『アザー・ガイズ』は、ジャンルとしてはコメディ・アクションだが、その実、アクション映画に対するメタ的な視点と極めて痛烈な風刺に満ちた作品である。
「主役は無敵」の法則をあえて崩し、「正義は暴力によって実現される」というステレオタイプに異を唱える構成は、ただのギャグにとどまらない知性すら感じさせるのだ。
プリウスが象徴する“女々しさ”、“ダサさ”もまた、ハリウッド的なマッチョイズムへの痛烈なアンチテーゼなのかもしれない。
結局のところ、英雄とは誰か。立派な車に乗る者か? それとも、プリウスに乗っても信念を貫く者か?
その答えは、スクリーンの中、アレンとテリーの走る背中にこそある。
この映画の日本版予告編がシネマトウデイで見られる。
「パトカーはエコだぜえ(ハイブリッド)」
「この車は……」「僕の車だ。プリウス」
「刑事がこんな車に乗るのか?」出典『アザー・ガイズ』
と、ネタ化されている。
まとめ……なぜ刑事がプリウスの覆面パトカーに乗ってはいけないのか
──いや、乗ってはいけないわけではない。ただ、”似合わなすぎる”だけなのだ。
刑事が自家用車の真っ赤なプリウスを覆面車両に申請して使うもよし、犯人追跡や現場急行に使うのもよし、加えて、アクセル全開でハイブリッド車の意外なまでの走りを見せるのもよし。
ただ、”似合わなすぎる”だけなのだ。しかし、どこか間抜けなそれは逆に痛快でもある。
とにかく、アクセル全開・暴走プリウスの姿を観たい方には本作はうってつけの一本である。
願わくば、いつか日本の地上波でも放映され、多くの視聴者の腹筋を破壊してほしい。
しかし、それにしてもなぜ、日米問わず、プリウスという車はここまでネタ化され、笑いものにされるのか──。その立ち位置は実に不遇である。
どうやら問題は車種そのものというより、当時のアメリカの社会背景と深く関係しているようだ。バラク・オバマ大統領の政権下、民主党主導の「グリーン」政策が掲げられ、環境保護とエコが国家的スローガンとなった。その象徴的存在こそがプリウスであり、プリウスのオーナーには高確率で「オバマ」のステッカーが貼られていたという。2008年当時の報道によれば、そのイメージはかなり定着していたようだ(参考:J-CAST トレンド記事)。
つまり、プリウスに乗る=リベラル志向=民主党支持=やさしげ=軟弱者、という一種のステレオタイプが、保守的な層やマッチョ志向の警察社会の中では揶揄と嘲笑の対象になってしまった──という構図である。
アレン刑事のプリウスが劇中で徹底的にバカにされ、銃撃を浴びながらも健気に働く姿は、そんな時代背景を抜きにしては語れない。
とはいえ、2025年現在、ここ日本に目を転じてみれば、プリウスの覆面パトカーはすでに珍しい存在ではなくなった。警視庁をはじめとする各都道府県警で、しれっと交差点の脇に止まり、違反車両をじっと見張っている姿が確認されている。もちろん、外見は完全に一般車と変わらない。
つまり、時代は移り、評価も変わる。あの「いじられ系」覆面パトカー、プリウスが、いまや日本では「静かなる仕事人」として、日々淡々と活躍しているのを筆者は笑いを堪えつつ、ただ黙って見ている。
※記事に掲載した画像は映画『アザー・ガイズ』の作中より、批評のために出典を明記した上で引用したものです。