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2019年6月の後半から北海道内では奇妙な手紙による騒動が起きていた。新聞に掲載されているお悔やみ欄から亡くなった人の住所を抽出し、その遺族へ卑劣な詐欺の手紙を送りつけている何者かが存在するのだ。いわゆる架空請求詐欺である。
発端はツイッターの投稿だ。
くそ胸糞悪いので注意喚起です。
お悔やみ欄見て無差別に送るのが流行ってるらしいです。
人の死に漬け込んでクソみたいな詐欺やってる奴は痛い目みてほしい。それにしてもアホな文書書くよな。
口座もネットだし名前も偽名だろうから足はつかないかもしれんけど捕まってほしいな。馬鹿らし。 pic.twitter.com/K2bOexOMnA— りょー (@ryoginrock) June 30, 2019
その手紙の内容とは簡略で要約するとこうだ。
お悔やみ欄を見て連絡をさせて頂きました。
私は荷物などを預かる貸しスペース業を営んでいる者ですが、そちらのご主人が私に預けた荷物があり、お悔やみ欄で亡くなったのを知って中を確認したところ、中身が違法なDVDでした。
違法であるために警察の捜査対象になると思います。
そこでこのDVD をこちらで処分をして、なかったことにするか、当方が警察へ通報し、ご主人の名誉を傷つけることになるか、選んでください。
手紙はまだ続く。これが今どんなに罪が重たいご時世であるか、どれほど警察やマスコミが騒ぎ立てるか、ということを手紙の差出人は述べる。そして、DVDを内密に処分することをお勧めすると提案をもちかける。そして肝心な点は、貸しスペースの利用料金が14年分で168,000円であり、これを払ってスッパリ児童ポルノのことを忘れるか、警察へ通報されるかと遺族に迫っているのだ。その上で、この貸しスペース業を営んでいる自称の者は自分の口座番号ならびに口座の名義を記載し、この手紙が届いてから三日以内に銀行へ振込しろと迫る。
お金を振り込んだ時点でDVDは処分するとし、入金されない場合は警察へ通報するとしている。
そして手紙の結びには、あろうことか『この手紙は脅迫ではありません。その点宜しくです』などと勝手なことを宣言した上で『本人が亡くなっているとはいえ利用料金を踏み倒さないで下さいね』『宜しくです』などと結んでいる。
ツイッターの投稿者によれば、このような手紙が流行っているとのことであるから、実際に亡くなった人が貸しスペースに何かを預けたり、ましてや違法な物を預けていて、それを口実に強請られたとは考えにくい。
新聞のお悔やみ欄がこのような詐欺、空き巣の被害に利用されるのは珍しくもないが、このような悪どい手紙が送りつけられる例があるとは。
しかし巧妙な手口とは言えない。 文面から見る限りでは教育レベルが高そうな人間とは思えない幼稚な文体である。
しかも、手紙の文面には『お問い合わせメールアドレス』や『口座情報』など、送付した人間が簡単に特定されそうな情報をいくつか記載されているが、その中に気になるものがあった。驚きの結末が待っていた。
すぐさま犯人が特定された驚きの理由
どうやらこの手紙の送り主はご丁寧に振込先として銀行の振込先口座と名義人、メールアドレスまで自分で記載している。それによれば、名義人の名前は『M』となっている。
銀行口座は7月1日の時点で凍結されている。
口座凍結されたようです。 pic.twitter.com/lI68JsKejA
— Οgαωα@山の中 (@ogawamemo) 2019年7月1日
そして、決定打となったのが、同じく文面に記載されたメールアドレスだ。メールアドレスのアットマークより先の部分の6文字の『JR8MYK』という英数字の羅列に注目したい。
アマチュア無線局のコールサイン(呼び出し符号)である。エリアナンバーは8。すなわち、北海道内のアマチュア局である。
説明している通り、コールサイン(呼び出し符号)は電波を出している無線局が何者なのかを明示するための制度。アマチュア無線のコールサインは自分で勝手に付けられるものではなく、総務省総合通信局から、一人一人それぞれに独自のコールサインが発行されるもの。そのため、他の人とかぶりはしない。
しかし、これは単に偶然、 アマチュア無線のコールサイン風になってしまった可能性もある。だからこのコールサインが実際にアマチュア無線局に付与されたものなのかどうかを調べた。すると、『JR8MYK』が北海道内に実在するコールサインであることが、総務省の『無線局免許状等情報』にて裏付けれらた。
以上に引用した画像のとおり、総務省では『無線局免許状等情報』という公開データベース内にて、アマチュア無線局など、警察や消防など重要な無線局以外の無線局の情報を広く一般に公開している。
ただし、コールサインならびに無線機の常置場所である市町村名、それにその無線局(アマチュア無線家)に運用が許された周波数や電波の出力などを掲載しているに過ぎず、個人名や個人の住所などといった個人情報は一切掲載していない。
ただ、無線機の常置場所は道東の佐呂間町となっていることがわかる。
一方で、海外のアマチュア無線関係サイトである qrz . Comによれば、『JR8MYK』というコールサインが、Mという人物の氏名、そして佐呂間町という住所で登録されていることが確認できた。
上記の情報も登録すれば誰でも閲覧できる公開情報である。そもそも何のためにアマチュア無線家が氏名や住所を公開するのかと言えば、アマチュア無線には交信した証である証明書をお互いに交換しあう、いわゆるQSLカード交換という習慣があり、そのために相手の名前と住所、そして自分の名前と住所をどこかに公開しておく必要があるのだ。それがqrz . Comなどのサイトである。
また日本国内のアマチュア無線家は、JARLというアマチュア無線家の自主組織に入っている場合が多く、JARLでも無線家の名簿『JARL会員局名録』を出しており、こちらでも会員各局のコールサイン、氏名や住所などが掲載されている。
局名録も上述のQSLカード交換のための氏名と住所の確認に使用される資料だ。
ただし qrz . Comで登録するにあたっては個人情報やコールサインが分かる証明書類などの提出は不要なので、確定的とは言えない。
しかし、確率として『JR8MYK』=M氏の可能性が極めて高いとは言えそうだ。
『JR8MYK』M氏が何者かにはめられている可能性も考えられた
ツイッターでも指摘されているが、詐欺を企む人間が、わざわざ自分の口座やメルアドを使うものなのかは疑念が残る。
ましてやアマチュア無線家なら、自分のコールサインから氏名や住所が簡単に足がつくことは重々承知のはず。
したがって、M氏が何者かの悪巧みに利用させられているのではないかという疑念の声もあった。ただ、その場合、M氏のメールアドレスと銀行口座がセットで悪用されていることになるだろう。
また、金銭を騙し取る目的ではなく、単にM氏に対する嫌がらせなのではないかとツイッターで複数の人が指摘している。
お悔やみ欄オトナDVD詐欺のJR8MYKはメアドと銀行口座乗っ取られた訳じゃなくて本人の犯行だって判明したの?コールサインでバレるからありえないと思うんだけどな。。
— ドクリン@松本在住 (@dqrn) 2019年7月2日
JR8MYKの件 アマチュア無線家ならコールサインが個人情報に紐づいてること、局録に住所氏名載ってる場合があること知ってるので、わざわざ犯罪で使用しないと思うんだ
— けん (@ken0001y) 2019年7月3日
JR8MYK か。なんだろう。特殊詐欺に口座売ったのかな、いやそれでメアドも一緒ってのはおかしいよなあw
— はよ (@hayohater) 2019年7月2日
JR8MYKってCS見て嫌がらせを疑わない人、ネット初心者すぎない?
— かるめ (@higahako) 2019年7月2日
追記 M氏名義の手紙は北見市内での投函か
7月3日になり、ウェブメディアなどが報じ始めたようで、それによれば、さらに詳しいことが分かってきた。
しらべぇ https://sirabee.com/2019/07/03/20162110972/
複数の人に届いているこの詐欺の手紙だが、手紙の消印は北見市内になっているという。
そして手紙の裏に書かれた差出人の氏名はカタカナでM氏の氏名が書かれている。
なお、北見市は佐呂間町の隣町である。
追記
Twitter で以下のような指摘があった。
おくやみ詐欺。
手紙記載のメルアドが無線のコールサインと同じで、住所が佐呂間町と特定。振込先口座名義とコールサインの登録名義が同じ。郵便物の消印が北見(佐呂間のポストに投函されても消印は北見郵便局で押捺)。
これだけ情報が揃えばもう数え役満レベル。早く逮捕を。— ばふぁ (@bafahokkaido) July 2, 2019
どうやら佐呂間町で投函した郵便物は、隣街の北見郵便局にて集配されるのか「北見」の消印が押捺されるそうである。
7月5日、犯人逮捕へ。被疑者はM氏本人だった
7月5日になり、羽鳥慎一モーニングショーでこの件が取り上げられた。それによれば、取材陣が佐呂間町の当該人物の自宅まで赴き、取材を行ったが、 当該人物は自宅におらず、母親とみられる女性が出てきて「口座名義人は息子です」と言ったという。またその当該人物の知人によれば「自分は全く知らない。迷惑している」と言っていたそうだ。また同番組で 取材陣が訪れた当該人物の自宅玄関にはジャールの会員証が貼ってあったという。
そして、同日夕5時ごろのどさんこワイドで『お悔やみ欄詐欺未遂で逮捕』の一報が流れ、逮捕された人物の名前を聞いて筆者は驚いた。読み上げられた被疑者の名前は『M』その人だったのだから。
報道によれば、佐呂間町の無職・M容疑者(52)は騙して金を得ることを目的として100通もの詐欺の手紙を送りつけていたそうだ。なお、容疑は詐欺未遂であることから、結局、騙された被害者は一人もいなかったのだろう。同容疑者は佐呂間町から延々、札幌市内の中央警察署まで警察車両で護送された。
まとめ
当初、筆者としてはアマチュア無線家がこのような卑劣な詐欺をやるとは思えなかったが、フタをあけてみれば、逮捕されたのはM氏本人だったというのが、なんとも情けない。
SNSとまではいかないが、アマチュア無線の情報伝達の速さは驚くべきものがある。少なくとも、ネット発達以前は津々浦々のハムこそが最先端の情報通であった。
深夜のラグチューで、誰かが面白いローカルニュースや、どこかのハムが悪いことをしたなどの話題を振れば、明日にはあっという間に全国のハムに広がっている。
しかもアマチュア無線を受信機などで聞くだけなら、免許は要らない。だから、実際に交信をせず、アマチュア無線を聞くだけの人(タヌキウオッチと呼ぶ)を含めれば、その人口は開局者数よりも実際は多いのだ。
そして、ハムにとって自分のコールサインは氏名同様、かけがえのない尊いものであるはずだ。
そもそも北海道内でのアマチュア無線家たちの交信では今夜あたりからこの話題でもちきりになるのではないだろうか。
追記
ツイッター上ではJR8MYK氏が3年前の時点で、アマチュア無線のイベント・第39回オホーツクコンテストに精力的に参加していることが指摘されている。
#jr8myk
第39回オホーツクコンテスト
平成27年10月28日号
マルチ通信部門で発見。https://t.co/Zz06Oxpdm8 pic.twitter.com/YKGaEOSchA— flash2ch (@flash2ch) 2019年7月2日
CW(モールス)にも長けているようで、ハムとして知識、技量共に一定以上のものを持っている方とお見受けする。付与されたコールサインの『R』から察するに、ハムとしてのキャリアは少なくとも40年近いのではないだろうか。
それが、こんな低レベルな詐欺を企む人間だったとは……。