自動車電話ブームが生んだ覆面パトカーの象徴──「TLアンテナ」の系譜と現在
1980年代、日本における移動体通信の幕開けを象徴する存在として、自動車電話が一大ブームを巻き起こした。NTTが展開した自動車電話サービスは、車両後部にアンテナを装着するスタイルで知られ、そのスタイルこそが、当時の技術的先進性とステータスの象徴ともなった。
この流れの中で、警察が通信装備の秘匿を目的に開発・導入した装備品が、いわゆる「TLアンテナ」である。
全長約60センチのこのアンテナは、トランクリッド(車のリア部分)に取り付けられ、外観はNTT製の自動車電話アンテナに酷似。警察仕様のTLアンテナは電気興業が製造を担い、1990年代には全国の警察本部で急速に普及した。
TLアンテナの徹底した偽装ぶり
注目すべきはその徹底した偽装ぶりである。アンテナ本体にはNTT、あるいはNTT DoCoMoのステッカーが丁寧に貼付され、正規のアンテナのように偽装されていた。
しかし1990年代後半、携帯電話の飛躍的な普及によって自動車電話は次第に姿を消し、それに伴って、TLアンテナを装着した民間車両も激減した。
現在、このアンテナを継続的に使用しているのは、警察車両や一部のタクシー(450MHz帯仕様の日本アンテナ製)に限られる。
その後、時代遅れとなったこのTLアンテナはむしろ目立つ装備品となり、覆面車両においてはトランクリッドに基台のみを残し、アンテナ本体はトランク内部に横向きで秘匿設置するという新たな運用も広がった。
アンテナの設置位置には一定の傾向はあるものの、車両後方から見て右側に設置されるケースが多い一方、左側に装着された事例も確認されており、明確な規格は存在しないと見られる。
TLアンテナに貼られた「ステッカー」には意味があった
前述の二種類あるステッカーだが、ラジオライフ1996年2月号[雑誌](三才ブックス)によれば、実はTLアンテナに貼られたこのステッカーには意味がある。
NTTのロゴがあればVHF専用、NTT DoCoMoのロゴならVHFとUHFの共用アンテナで、後者には分波器(デュプレクサ)が併用され、1本のアンテナでWIDE、基幹系の複数系統を運用可能である。
また、1980年代には安展工業(現在のアンテン)が製造した、パーソナル無線向けのオレンジトップ型アンテナ偽装タイプも存在した。
80年代当時、自動車電話に憧れていた若者は多い一方で、高額な保証金を捻出できる層は限られた。
そこで代替としての移動通信ツールとして火がついたのが「パーソナル無線」であった。その大流行を警察当局が利用したのである。
現在では新規導入は限定的
現在では新規導入はほぼ行われていないが、警備部の警護車両や、偽装の必要性が低い白黒パトカーでは現役で使用され続けている。
警護車の中には、1台の車両に2本、あるいは4本ものTLアンテナを搭載したケースも見られるため、一部ではTLアンテナはその独特の形状と存在感から、依然として「覆面パトカーの象徴」として認知されている。
余談:TLアンテナもどき
興味深いことにこのTLアンテナを模した非自動車電話も流行した。当時の新聞報道で、以下のように報じられている。
自動車電話に憧れて見栄アンテナが流行
乗用車の後部にニョッキリ突出た自動車電話用アンテナ。ところが車内には電話は影も形もないーーこんな車が最近増えてきた。実はこれ、自動車電話用のアンテナに模した静電気放電用のアース。
「電話付きの自動車に見られたい」という“虚栄心”をくすぐるアイデア商品だ。買主はほとんどが10代後半から20代前半の男性。カッコよさを求める若い世代の見栄がかいま見え、ちょっぴりさみしい話ではある。
(引用元 1990年5月23日・中日新聞)
若者の“見栄”感覚に訴えるとされる一種のカーアクセサリーが、自動車用品店で各社から販売されていたようだ。外見上はTLアンテナを模したもので、実際のNTT製アンテナは全長45センチ、金属塗装が施された本格的な仕様であるのに対し、市販されている製品は長さ35〜60センチ程度で、素材もほとんどがプラスチック製であった。
これらは「アンテナ式静電気放電装置」という名称で販売されており、車体に帯電した静電気を空中へ逃がすという機能がうたわれているが、なかには「ファッション・アンテナ」などと称して、完全に装飾目的の製品も存在する。価格帯は3,000〜6,000円台に分布している。
車体の静電気対策としては、ほかにもチェーンやゴムベルトを地面に垂らして放電させる安価な製品や、ドアハンドルに取り付けるタッチ式の放電装置などがある。しかしながら、実用性よりも“カッコよさ”を重視し、アンテナ型を選択する若者が多いという。
当時の報道によると、NTT春日井支店(愛知県)の話として、同支店管内における1か月あたりの自動車電話の販売台数は平均25台程度にとどまる。一方で、同市内に点在する十数のカー用品店では、いずれの店舗でも月間10本以上の“見栄”アンテナが販売されていたとのことである。単純計算でも、自動車電話アンテナを装着した車両のうち、実際に電話機が搭載されているのは5台に1台未満と推定されるだろうと記事は報じている。
近年まで、アマチュア無線局向けとして、アンテナメーカーのダイヤモンド社が類似品を販売していたが、2025年現在生産終了となった。
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