似て非なる陸上自衛隊のUH-1Jと警察/防災航空のBell 412
空を見上げると、白と青のツートンカラーに塗られた警察航空隊のヘリコプターが、ゆったりとした速度で飛んでいく姿を目にすることがあります。
一見すると陸上自衛隊のUH-1Jとよく似ているようにも見えますが、果たして同じ機体なのでしょうか。

いいえ。実は違います。詳しく見ていきましょう。
UH-1JとBell412…違いは?
そう、この2機種は全然違う機体なのです。

まず陸上自衛隊が長年主力として使っているのはUH-1J。もともとアメリカのUH-1Hをベースに国産化した機体で、輸送や連絡、救難、災害派遣など幅広い任務に対応します。
UH-1J(陸上自衛隊用)
- 全長約 17.44 m、全高約 3.97 m。
- 乗員・輸送能力など詳細は公式資料で「乗員13名(操縦士2名含む)」との記載があります。
- 日本でライセンス生産され、富士重工業が手掛けた日本独自仕様機。特徴として「Allison T53-L-703 ターボシャフトエンジン(約1,800馬力相当)」「夜間視界装備」「振動低減システム」が挙げられています。

単発エンジンで最大搭乗人数は約14名、装備も機体防護や通信装置に重点が置かれています。
一方、警察や防災航空で使われるBell 412も「ベル社」由来のヘリコプターで、見た目もそっくり。

でも、近くで見ると、そして中に入ると、その違いは驚くほどはっきりしています。

Bell 412はUH-1の後継機として開発された双発エンジン機で、性能面でも大幅に強化されたアップデート版なのです。
最大搭乗人数は同程度ですが、エンジン出力や航続距離が長く、救助用のホイストや特殊機器を搭載しやすい設計になっています。
では、さらに詳しく違いを見ていきましょう。
エンジンの数が違う
UH-1Jは 単発エンジン(1基)、Bell 412は 双発エンジン(2基)
よく観察してみると、明らかにBell 412 の方が飛行速度が速いんです。エンジン音も違います。つまり、動力系統に違いがあるわけです。
UH-1Jは単発ターボシャフトエンジンを搭載し、構造が比較的シンプルで保守性に優れています。
Bell 412は双発エンジン構成で、片方のエンジンが故障しても飛行を継続できる冗長性があります。これは悪天候下での救助や災害派遣といったリスクの高い任務に適しています。
この差は非常に大きく、たとえば山岳救助や都市上空の飛行など、もし片方のエンジンがトラブルを起こしても、もう一方で安全に飛行を続けられます。
つまり、Bell 412の方がエンジンが多いことで巡航速度や最高速度が高く、聞こえるエンジン音もUH-1系とは明確に違います。
回転翼の枚数が違う
ローターの数が最大のポイント
まず外見で最もわかりやすい違いは、回転翼(ローター)の数です。
UH-1Jは単発エンジン機で、メインローターは2枚構成です。
一方、Bell 412は双発エンジンを搭載しており、メインローターは4枚です。この違いにより、旋回性能や揚力、振動の安定性など飛行特性に差が出ます。
- 陸上自衛隊の UH-1J は「2枚ローター」。
上から見ると、プロペラのように2枚のブレードが回っています。 - 警察の Bell 412 は「4枚ローター」。
そのため、飛行中の安定性が高く、揺れも少なめです。
音も少し静かで、「シュパパパ…」という独特の音を響かせます。
機会があれば、音を聴き比べてみてください。ローターの枚数が少ないと「パタパタ」という音が聞こえますが、ローターが4枚と多いヘリコプターの場合はハミング音のような連続音が特徴的になります。
外観上はローターや機体形状が似ていても、動力系統や運用の前提がまったく異なるのです。
用途と装備の違い
UH-1Jは輸送、連絡、災害派遣、救難など汎用任務を想定しています。そのため、通信装置や防護装備が充実し、最大搭乗人数も約14名と輸送に重点が置かれています。
対してBell 412は警察や防災用に改修され、救助用ホイストや監視カメラ、医療用装備を容易に搭載可能です。
用途に応じて最適化された装備構成になっています。
また、外観は一見似ていますが、機体前方の窓形状やローターの取り付け部、尾部の安定翼形状などに微妙な違いがあります。Bell 412のほうが機体後部が広く、装備や乗員の搭載に柔軟性があります。
運用目的にも大きな違いがあります。
- 陸上自衛隊のUH-1J
兵員や物資の輸送、偵察、災害派遣など多用途。
「必要な場所に必要なものを届ける」ことが任務の中心です。 - 警察のBell 412
捜索・救助、上空からの監視、事件・事故対応が主。
「安全を確保し、人を助ける」ことが目的です。
警察航空隊や消防防災ヘリが412を選ぶ理由のひとつは、まさにこの「安全余裕」です。
一方のUH-1Jは、整備性が高く軽量で、着陸に必要なスペースも狭くて済みます。
山間地での輸送や物資投下など、タフで融通の利く“陸自向けの万能機”といえるでしょう。
コックピットと機内装備 ―「質実剛健」vs「快適空間」
同じベル社の血を引くとはいえ、内部はかなり違います。
自衛隊のUH-1Jは、内装がむき出しの金属構造で、シートも簡素。必要最小限の計器が整然と並び、「軍用車のコクピット」をそのまま空に持ち上げたような雰囲気です。泥や砂が入り込んでもすぐ清掃できるよう、余分な内装はありません。
一方の警察のBell 412は、快適性と情報装備が優先。
多機能ディスプレイ、GPS航法装置、通信管制機器が整備され、座席もクッション付き。
後部座席にはカメラオペレーター用のコンソールが設置され、救助資材を搭載できるスペースも確保されています。
いわば「空飛ぶ指令車」です。
同じ空を飛んでいても、UH-1Jは現場の支援と行動の機動力を担当し、Bell 412は現場の目と耳として機能しているわけです。
最も重要な違いは・・・
そしてこれは、明確な違いです。UH‑1J は「機体上部に赤外線対策装置を備える」ことで民生機と一線を画しています。

UH‑1Jは、エンジン排気の低減装置や赤外線追尾ミサイル対策装備を搭載しています。
赤外線誘導の携帯型地対空ミサイル(MANPADS)は機体の熱(主にエンジン排気)を追尾して命中するため、防護の考え方は大きく分けて二つです。以下の記事にて解説しています。

一方で、民間や警察・消防・防災組織が運用する Bell 412 などの民生機は、通常こうした軍事用の赤外線対策を装備していません。その理由は複数あります。
まず、民間の救急・警察・防災任務は戦闘環境下での運航を想定しておらず、MANPADS に継続的に脅かされる状況が前提にないことです。防災ヘリはともかく、警察ヘリであっても、直接的に敵テロリストと交戦することは稀です(ただし、日本の警察航空隊のヘリのうち、数機はSATの運用専務機となっており、防弾化されています)。そのため、装備の優先度が低いのです。とくに地対空ミサイルを持ったテロリストがいた場合、警察ヘリを投入する可能性は低いでしょう。
つまり、ミサイル攻撃に対する防御システムを搭載していることが、民間や警察・防災用の Bell 412 と大きく異なる点です。
まとめ ―“似て非なる兄弟機”
UH-1JとBell 412は、いわば兄弟のような存在です。
共にアメリカのベル社をルーツに持ちながら、用途と環境に合わせて別々の進化を遂げました。

UH-1Jは「軍用ヘリとしての運用」を前提に設計・導入された機体であり、装備・運用面で“輸送・多用途”に振られた構造です。
一方、Bell 412は「多目的・民間/準公共用途」でも高性能を発揮するよう設計されており、双発エンジン・広いキャビン・多用途仕様などが、警察・消防・災害対策用途で好まれる理由となっています。
ですから、見た目が似ていても、用途・設計思想・内部装備・運用環境には明確な差があります。
つまり、ベル412の方がUH-1Jよりもはるかに高性能なヘリコプターといえます。
「じゃあ、自衛隊も使えばいいじゃん!」と思われるのも無理はありません。
安心してください。陸上自衛隊のUH-1Jの後継機となる「UH-2」は、このBell 412がベースなのです。
そう、実は陸上自衛隊が導入を進めている新型多用途ヘリコプター UH‑2(ユーエイチツー) は、実質的にモデルベースが『Bell 412EPX』と言って差し支えありません。
「UH-2」は、民間・公共用途機である「Bell 412EPX」を共通プラットフォームとし、SUBARU(スバル)と Bell Helicopter(ベル・ヘリコプター社)の協力で開発された機体を、陸上自衛隊向けに仕様変更したものです。
- UH-2は、従来機の UH‑1J(陸上自衛隊従来多用途ヘリ)と比べて、主ローターのブレード数が2枚から4枚に増加、エンジンが双発構成となるなど、外観・性能とも大きく改良されています。
ただし、ポイントとしては、「Bell 412EPXがそのまま採用された」というよりは、「Bell 412EPXをベースに陸自仕様に改修された=UH-2」である、という理解が正確です。
ですので、「陸上自衛隊が新たに導入するUH-2はベル412そのものか?」という質問に対しては、「はい、プラットフォームはベル412EPXが基になっている」という回答になりますが、「完全にベル412と同じ仕様ではない」というのが実情です。
今後 UH-2が配備を拡大し、UH-1Jからの実質的な「機種更新」を進めている点も注目です。
つまり自衛隊もこれからは高性能な警察や防災ヘリコプターと実質的に同じ機種を使うとことになるわけです。
なお、すでに陸上自衛隊ではUH-1Jよりも高性能の全天候型ヘリ『UH-60JA』が配備されていますが、価格が高騰したため、配備は打ち切りとなりました。




