地域警察デジタル無線システムとは、地域警察官による迅速かつ的確な初動警察活動を支援するために、平成23年3月から全国の道府県警察において順次導入された通信システムです。このシステムは、携帯型無線機(PSW)と公用携帯電話(PSD)の2つの通信手段で構成されており、従来の無線機中心の運用を見直し、役割分担による効率的な運用が図られています。
従来は、署活系と呼ばれる携帯型無線機(PSW)のみで通信を行っていましたが、本システムでは、公用携帯電話(PSD)を併用することで、通信の負担を分散しつつ、より多様な情報共有が可能となりました。
これらの端末にはGPS機能やカメラ機能が搭載されており、位置情報や現場の画像を即座に送信できるため、初動捜査において迅速かつ正確な対応が可能です。
以下に、PSWとPSDのそれぞれの役割について整理します。
区分 | 名称 | 主な機能・役割 |
---|---|---|
PSW(Police radio System for Walkie-talkie) | 携帯型無線機 | ・警察署と外勤員との即時通話 ・同一エリア内の外勤員同士の通話 ・警察署ごとの通信 |
PSD(Police Smart Device) | 公用携帯電話(スマートフォン型端末) | ・画像・動画・テキストなど多様な情報の送受信 ・GPSによる位置情報の即時共有 ・被疑者情報や車両情報などの照会・検索機能 ・メールやメッセージアプリによる連絡手段 ・PSWでは難しいビジュアル情報の伝達が可能 |
このように、PSWが「即時性と緊急性」を重視した音声通信を担う一方で、PSDは「多機能性と情報量」に優れた補完的手段として活用され、両者を併用することで、より高度な初動対応が可能になっています。
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高度警察情報通信基盤システム(PⅢ:ポリストリプルアイ)
ポリストリプルアイ(PⅢ):警察の通信を革新する先進システム
警察庁は令和元年(2019年)、新たな情報通信システム「高度警察情報通信基盤システム(PⅢ/ポリストリプルアイ、通称:Pスリー)」を導入しました。このシステムは、従来の警察の自営無線網に加えて、民間の公衆携帯電話通信網を活用することが最大の特長です。
高度警察情報通信基盤システム(PⅢ:ポリストリプルアイ)
スマートフォン型モバイル端末又はタブレット型モバイル端末により、電気通 信事業者が提供する閉域通信網及び警察基幹通信網を利用して、利用者の管理、 一斉指令情報の送信、掲示板の登録、映像の配信等の機能を有するサーバとして、 警視庁及び警察本部に設置するサーバ(以下「本部サーバ」という。)との間で 位置情報、110番事案情報・一斉指令情報、動画情報等の送受信等のほか、多 言語翻訳機能等を活用して情報の共有化を図るための情報通信システムをいう。
引用元 https://www.pref.yamanashi.jp/documents/27196/5tuta154.pdf
地域警察官にはスマートフォンやタブレット端末が配備されており、これらを通じて現場からの映像や写真の送信、音声通話による報告が可能になりました。これにより、事故や事件の現場状況を、より詳しく正確に伝えることができます。
またPⅢは、パトカーや白バイの車載通信システム(IPR)とも連携しており、移動中の警察官も端末を通じて通信が行えます。民間通信網のカバーエリア内であれば、警察車両と現場の警察官が常時連絡を取り合えるため、対応の迅速化が図られています。
さらに、PⅢによって警察署内の指令室から現場の警察官の位置情報や行動状況をリアルタイムで把握することができるようになり、指示や支援も的確に行えるようになりました。
項目 | 内容 |
---|---|
正式名称 | 高度警察情報通信基盤システム(PⅢ) |
通称 | ポリストリプルアイ/Pスリー |
導入年 | 2019年(令和元年度) |
通信網 | 民間の携帯電話通信網(4G/5G) |
端末 | 公用スマホ・タブレットを警察官に配備 |
連携機能 | 車載通信(パトカー・白バイ)と連動 |
主な利点 | ・現場の映像/画像/音声の即時送信 ・警察署で位置情報の把握が可能 ・迅速な指令伝達と対応 ・警察無線と併用可能 |
このようにPⅢは、現場対応のスピードと正確性を高めることで、事件・事故の早期解決に大きく寄与しています。
PSW(Police Station Walkie talkie)
地域警察官は日常的に、腰に装着した携帯型の署活系無線機「PSW(Police Station Walkie talkie)」を使用し、所属する警察署の通信室(警視庁では「リモコン」と呼ばれる)に配置された無線通信担当幹部(通称:リモコン担当者)からの指示や命令を受けています。
このPSWは、従来使用されていた署活系無線機「SW」の後継として導入された新型機であり、基本的な運用形態は旧SWと同様です。主に、所轄警察署と外勤の地域課員との間での相互連絡や、指令の伝達などに用いられています。
警察無線における各系統のうち、署活系無線(PSWおよびSW)の歴史や基本的な役割については、以下のページで詳しく解説しています。
PSD(Police Station Data Terminal)
地域警察デジタル無線システムの一環として運用されている「PSD(Police Station Data Terminal)」は、公衆携帯電話網を利用した警察専用の通信端末です。
警視庁で採用されている「Pフォン」に代表されるように、PSDは各警察本部で導入・運用されており、現在では全国すべての警察本部に配備されています。
PSDは、地域警察官の通信インフラを安定的に確保することを目的に開発されたもので、先に紹介した携帯型無線機PSWとは異なり、民間の携帯電話回線を利用して通信を行う点が大きな特徴です。また、端末自体も市販の携帯電話をベースに、警察業務向けにカスタマイズされた「PSD形データ端末」が用いられています。
中でも「Pフォン」は、テレビドラマで登場するなどして広く知られる存在となりました。これは、警視庁独自の仕様に基づいて整備されたPSDであり、地域警察官に支給されている専用端末です。操作性やセキュリティ面に配慮されており、日々の警察活動における円滑な情報共有と迅速な対応を支えています。

警視庁のPフォン。背面には警視庁のロゴとエンブレムが貼付されているほか、カメラが備わっていることがわかります。出典 https://www2.nhk.or.jp/school/movie/bangumi.cgi?das_id=D0005120083_00000

警視庁ではビジネス用電話としても高機能で定評のあるシャープ製E05SHおよびE06SHが採用されていました。
他にもスマートフォンタイプも配備されています。

出典 https://travel.watch.impress.co.jp/img/trw/docs/1057/984/html/414.jpg.html
警視庁では全国に先駆け、万世橋警察署と立川警察署において、KDDI向けの端末E05SHを使用した地域警察官専用のGPS付きPSD形データ端末100台をPフォンとして2010年から正式配備。
2011年11月、東大和市で女性を騙そうとした振り込め詐欺の容疑者を撮影した写真が地域警察官らの「Pフォン」に一斉に送信され、容疑者が逮捕されたことが報じられ、今や認知度ナンバーワンとも言えるPSDです。2011年当時で5000台近くのPフォンが警視庁の地域警察官に配備されています。

出典 https://www2.nhk.or.jp/school/movie/bangumi.cgi?das_id=D0005120083_00000
Pフォンに表示される画面には事件事故現場の地図のほか、110番整理番号のほか、臨場、現着、手書といった各機能表示が備わっていることがわかります。
一方、専務警察官である刑事に貸与されるPSD形データ端末はエヌ・ティ・ティDoCoMo提案の『ポリスモード』です。
地域警察官向けのPフォンと同じ運用ですが、刑事も同種のPSD形データ端末を持つことで地域警察官と専務の連携が取りやすくなっています。
制服の地域警察官と違い、現場で無線を使いにくい刑事にとって、携帯電話を装った実質的な『警察無線』であるPSD形データ端末は現場で重宝されるポリス・ガジェットと言えそうです。
このように、現在では地域警察官の受令方式には受令機、無線機、そして警察官用携帯電話PSDの3つもの方法があります。
地域警察官が手にしているのがPSD形データ端末。 画像の出典 【公式】神奈川県警察 初動捜査の要 通信指令課(110番センター)より
PSDシステムおよびPSD形データ端末では110番通報の内容を文字情報にして各所轄署ごと、あるいは県下全域の地域警察官に一斉送信できるほか、犯行現場の画像情報やGPSによる警察官の位置情報の活用によって、初動対応が大きく向上。
PSD形データ端末のカメラ機能を使い、目撃者がスマホで撮影した被疑者の写真を直接撮影し、その後すぐに通信指令室へ送信することで迅速な情報共有が可能。 画像の出典 【公式】神奈川県警察 初動捜査の要 通信指令課(110番センター)より
警視庁の公式サイト上の説明に拠れば、110番通報の内容は地域警察官や刑事の持つPSD形データ端末(ポリスモードという)にも同時に表示されるほか、パトカーに配備されているカーロケナビでも文字、画像情報の共有が可能。
また、典拠の一例として、鳥取県警察本部では以下のように解説。
地域警察官等が110番通報等により現場臨場した際、所携の無線システムに付加された内蔵カメラを使用して撮影した映像等を通信事業者回線を利用して通信指令課に送信し、通信指令課において情報ハイウェイ等を活用して、映像等を関係所属に設置されたテレビモニタ並びに現場活動中のカーロケ搭載車両及び警察職員に配信することにより、映像等の共有を図るシステム
典拠元 鳥取県警察本部公式サイト pref.tottori.lg.jp/202551.htm
とくに一刻を争う事態においてはいかに迅速に臨場し、捜査員同士で捜査情報を共有するかで、その後の捜査の行方が左右されます。
PSD形データ端末はGPS機能により、所轄署では地域課に置いたノートパソコンの地図画面上で、端末を持つ地域外務員の動態、位置情報をリモコン担当者が1メートル単位で手に取るように把握可能です。
岡山県警察独自配備の『PITシステム』はTorque G03とカシオ製プロトレックを採用

画像の出典元 https://www.casio.co.jp/release/2018/0420_wsd-f20ab/
一方、岡山県警察でも2009年から独自のPSDシステム、その名も『Police Integrated information Tool(警察統合情報端末)』通称PITシステムを地域警察官向けに運用。
2018年、配備から9年が経ち、端末が老朽化したことから、データ端末を京セラ製Torque G03ベースのスマートフォンに変更。高強度ガラス「Dragontrail X」を採用したTorque G03は画面割れに強いほか、四隅に衝撃吸収バンパーも搭載されており、地域警察活動にも耐えうるヘビーデューティ仕様。
さらに『PITキー』と呼ばれるセキュリティのためのBluetooth®発信機をスマートウオッチに更新。
岡山県警察採用のデータ端末とPITキー。画像の出典元 岡山県議会議員 鳥井良輔/岡山県政(とりいりょうすけ)公式WEBサイト
そして『PITキー』に採用されたのが、カシオ計算機が一般向けに販売するアウトドア向けリストデバイスである『PRO TREK Smart WSD-F20』をBtoB戦略で法人向け仕様とした、WSD-F20ABです。
通常、PIT端末は『PITキー』であるWSD-F20ABとBluetooth®でペアリングされ、警察官のPIT端末と『PITキー』が20メートル以上離れて通信が切断された場合は即座にPIT端末の中の捜査情報が消去される仕組み。
新型PITシステムは2018年4月から運用が始まり、全国の警察でもスマホとスマートウオッチの組み合わせで地域警察デジタル無線システムを構成するのは岡山県警本部が初の試みです。

法人向けリストデバイス・WSD-F20AB。画像の出典元 https://www.asahi.com/articles/ASL675VCZL67PPZB00J.html
通常、通信指令室からの指令や連絡は画面表示のほか、バイブレーションでも通知され、チャリやバイクで警ら中の地域警察官も新着通知に気づきやすいとのことです。
また朝日新聞の報道によれば「警察統合情報端末(PIT)」には英語や中国語など9言語に対応した翻訳機能も搭載されており、急増する外国人観光客へも対応可能。さらに山陽新聞社の報道では『翻訳アプリ』はインターネットで外部に接続せず、ローカルで機能することで情報管理を徹底しているとのことです。
設計開発費として1億6千万円が計上され、カシオ計算機の公式サイトではWSD-F20ABの納入台数を1800台としています。
アメリカの警察でもPSD端末はある?
PSDのようなデータ端末を活用している例は国外の警察でもポピュラーです。2015年からアメリカのニューヨーク市警(NYPD)でも、日本と同じく警察専用携帯電話を効率的な街頭警ら活動に投入。
NYPDでは当初、Nokia製のWindwos PhoneであるLumia 640 XLとLumia 830を3万6000台導入し、パトロール警官用の¨ピーフォン¨として運用した。そしてWindwos Phoneのサポート終了により、2017年からはアップル製のiPhone7と7plusの二機種に機種変更されました。
PSDのように携帯端末のGPSを利用して警官の位置をより効率よく一元的に管理できるほか、捜査情報の共有といった警察無線の同報性を活かした911アプリの運用で、管轄区域の全警官のiPhone7に即座にプッシュ通知が送られます。
iPhone7 NYPDエディションは現場の警官からも「パトロール警官の究極のデバイスだと思う」という声が挙がり、評価は上々です。
『地域警察デジタル無線システム』まとめ
2000年、豊川悦司さんが演じる逃走者が、柳憂怜さん演じる警察官に全力で追われるというKDDIのテレビコマーシャルが放映されました。このCMでは、追跡する警察官の装備として、署活系無線機が帯革に装着されており、ラストシーンではホルダーに収まったKDDIの携帯電話が同社ロゴとともに強調されて映し出されます。
この映像は、地域警察官同士の通信手段として携帯電話が有効であることを、KDDIがいち早く訴求(つまり営業)していたことを示すものと言えるでしょう。そして、その先進的な提案が後の警視庁におけるPフォンの配備につながったとも考えられます。
あれから20年が経過した現在、警察の通信手段は音声通話にとどまらず、現場から送られる文字情報や画像などが初動捜査に活用される時代となりました。たとえば、かつて京都府警の公安警察官が、韓国製アプリ「LINE」を用いて捜査員同士の連絡や指示のやり取りを行っていたことが明らかになった事例もあります。
このように、現場で活動する警察官には、音声だけでなく文字による迅速かつ確実な情報伝達が求められるようになってきており、それはまさに時代の流れと言えるでしょう。