アナログ警察無線の時代――傍受・妨害・そして攻防の記録
月刊『ラジオライフ』のバックナンバーには、現代では考えられないような事実が数多く記録されている。その中でも特に注目すべきなのが、かつて日本全国の警察本部に配備されていたアナログ方式の警察無線に関してである。
1980年代まで、日本の警察が使用していた無線通信の多くは、アナログFM変調方式によるもの。この通信方式は秘匿性に乏しく、市販の広帯域受信機や、受信機能を追加改造したアマチュア無線機などを用いれば、誰でも容易に傍受が可能であった。
実際、当時の無線マニアや報道関係者の間では、警察無線のリアルタイム受信は特別な技能を要しない「趣味」の一種として広く知られていた。一方で、このような開かれた通信環境は、犯罪者や過激派による傍受・妨害の温床ともなっていた。
本稿では、アナログ警察無線が直面した数々の妨害事例を振り返りつつ、それに対応しようとした警察当局の試行錯誤、そして技術的転換の経緯を紹介する。そこには単なる通信技術の変遷にとどまらない、治安維持と情報戦のせめぎ合いがあった。
アナログ警察無線の知られざる攻防の歴史を、いま改めて掘り起こす意義は大きい。
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アナログ警察無線の時代──傍受と妨害にさらされた警察通信の過去
アナログ警察無線における傍受と妨害の実態――“誰でも聞けた時代”の終焉
機械的な暗号化が施されていなかった旧来のアナログFM警察無線においては、警察内部で交わされる捜査情報や現場指令といった通信内容は無防備なまま、電波を傍受できる者すべてに筒抜けとなっていたのは事実である。
当時の電波法においては、FMアナログ無線を傍受する行為自体は違法ではなかった。内容を第三者に漏洩したり、得た情報を交通取り締まりの回避などに悪用しない限り、処罰の対象とはされなかったため、多くの無線愛好者が実質的に“黙認されたリスナー”として存在していた。
しかし、その一方で、警察無線に対する悪質な交信妨害もたびたび発生した。たとえば、偽の事件通報や虚偽の指令を装ったり、意図的に通信に割り込んで現場活動を妨げたりする行為が相次いで確認されている。これにより、実際の警察業務に深刻な支障を来すケースも少なくなかった。
こうした通信上の脆弱性を克服するため、警察当局は早急な対応を迫られることとなった。警察無線のデジタル化は、単なる技術的進化ではなく、治安機関としての信頼を守るための緊急課題であった。
その結果、通信の秘匿性と安全性を飛躍的に向上させることを目的に、アナログ方式からデジタル変調方式への段階的な移行が開始される。もっとも、1980年代においてデジタル化が完了していたのは、ごく一部の基幹通信系に限られており、警察署と外勤警察官を結ぶ“署活系無線”の完全なデジタル化が達成されたのは1990年代末であった。そのため、日本における警察無線の完全デジタル化は、1990年代末をもって一応の区切りを迎えたとする見方が一般的である。
当時、広く配備されていた警察用携帯無線機「MPR-10」についても、初期型には簡易な秘話装置すら搭載されておらず、市販の受信機によって容易に通信内容を傍受されていた。
しかし、現在では状況は一変している。警察無線には独自のデジタル変調方式に加え、高度な暗号化技術が施されており、一般市販の受信機での傍受は完全に不可能となっている。デコードも復号も許されず、警察通信は閉じられた世界となった。
かつての“誰でも聞ける警察無線”は、今や完全に過去の遺物である。現代において、これを復活させる市販受信機が登場する可能性は、技術的にも法的にも皆無に等しい。
もし今なお「いつか対応機が出るかもしれない」と期待を抱いているならば、それはまともなメーカーからは一笑に付される幻想である。その理由については、以下に詳述する。
『傍受』より『妨害』を憎んだ警察
アナログ警察無線の構造的脆弱性――傍受される情報、狙われた現場
第三者が容易に傍受できたアナログ警察無線は、その特性上、深刻な情報漏洩リスクを常に抱えていた。警察のリアルタイム通信に耳を傾けていたのは、新聞記者やフリージャーナリストといった報道関係者にとどまらず、犯罪者、相場を操ろうとする仕手筋、さらに好奇心旺盛な無線マニアなど、極めて多様な層であった。
アナログ無線ゆえの脆弱性は、「ただ聞かれるだけ」では済まされない、警察活動に支障を来す深刻な事態を招くことも少なくなかった。
当時、全国の警察に配備されていたのが、1978年に警察庁により制式採用されたMPR-10型移動用超短波無線装置である。この機器は、車載型および可搬型の両運用に対応していた。
MPR-10には液晶ディスプレイはなく、操作部にはスケルチ、音量、チャンネル切替の各ツマミが配され、チャンネル番号と電源・充電状態を示すランプが点灯する仕様であった。また、パトカーのコンソールに装着して固定運用するため、前面パネル右側には鍵穴が設けられていた点も特徴の一つである。
可搬運用のためには、伸縮式の金属ロッドアンテナおよびニッケルカドミウム(Ni-Cd)バッテリーを備え、通信活動に柔軟な対応を可能としていた。
このMPR-10は、松下電器および三菱電機が製造を担い、納入価格は1台あたり約35万円であった。市販はされなかったが、同一筐体を用いた民生用のEF-2302A型移動用無線電話装置が販売された例も存在する。
さらに、MPR-10に音声反転秘話装置を追加搭載した改良型がMPR-10Aである。とはいえ、この秘話装置も現代の暗号化通信とは異なり、ごく簡易的な防御策に過ぎなかった。
警察が真に恐れていたのは“傍受”ではなく“妨害”であった
警察当局が通信の脆弱性に対して真に問題視していたのは、傍受そのものではなかった。実際、無線愛好家などによる静かな傍受行為については、当時の法解釈上、一定の黙認的姿勢が取られていた。ただし、警察はラジオライフによる警察無線の周波数公開に電波法違反の疑いをかけ、当時の郵政省電波監理局に伺いを立てた事実はある。しかし、電監では「違法とは言えない」として、摘発はされていない。結果的に傍受は黙認されていた。
しかし、決して看過されなかったのが、警察無線への直接的な割り込みと妨害行為である。
無線通信における妨害とは、第三者が同一周波数に意図的な電波を発射し、正規の通信を物理的に不可能にする行為である。これは、単なる迷惑行為では済まされず、電波法により厳しく処罰される犯罪行為とされている。
たとえ悪意のない“いたずら”であったとしても、警察通信の妨害は公共の安全に対する重大な妨害であるため、厳正な対応が求められていた。
しかし、警察無線がまだアナログ方式で運用されていた時代には、こうした妨害が実際に繰り返し発生していた。理由は明白である。市販されていたアマチュア無線機にごくわずかな改造を施すだけで、誰でも容易に妨害電波を発射できる状況にあったからである。
こうした技術的知識は一部の雑誌媒体によって広く伝えられていた。その代表的存在が、他ならぬ『ラジオライフ』である。
当時、アマチュア無線機の受信改造方法を誌面で紹介していた『ラジオライフ』は、無線技術の啓蒙に大きく貢献していたが、一部週刊誌がこれを「違法行為の助長」として非難したことで、編集部が強く反発したという逸話が残されている。
無論、ラジオライフ編集部の立場としては、「載せるのは合法な受信改造のみ。違法行為につながる送信改造は載せない」という一貫した姿勢を貫いていたが、一部週刊誌がこれを誤解したために起きたトラブルであった。
『送信改造』で警察無線に割り込んだ一部マニアや過激派
送信改造で警察無線に割り込んだ一部マニアと過激派――妨害の実態とその手法
警察無線への傍受を楽しんでいたマニアたちの中には、限られたごく一部ながら、単なる傍受に飽き足らず、実際に送信改造を施して電波妨害を行う者たちが存在した。
当時、警察無線はレピーター中継方式によって運用されており、その妨害方法には大きく2種類があった。ひとつは、パトカーなどの移動局から中継局に向けて送信される「アップリンク」への妨害、もうひとつは、中継局から各端末(受信機)に送信される「ダウンリンク」への妨害である。
いずれも重大な妨害行為であるが、より深刻なのはアップリンク側への妨害であった。というのも、移動局から送られた信号は中継局で受信・増幅され、広範囲に再送信される仕組みであるため、妨害信号が中継によって広域に拡散されてしまうためである。
アマチュア無線機を改造して妨害行為に及んだ者たちは、一般的な無線マニアとは明確に一線を画していた。
「送信改造」とは、本来145MHz帯域での送受信に対応するVHFアマチュア無線機の回路を改変し、当時警察無線に割り当てられていた147~153MHz帯域でも送信が可能になるようにする行為を指す。
もともとアマチュア無線のVHF帯域は、警察無線の周波数帯と極めて近接しており、物理的にも改造が容易であった。しかし、この改造によってアマチュア局に許可されていない周波数帯で送信を行えば、それは明確な電波法違反である。
そのような法的規制を顧みず、実際に送信妨害を行う者も出現した。当初は「無変調」と呼ばれる妨害方法――つまり、音声を一切乗せずに搬送波のみを連続送信し、相手の通信を遮断する手法が主であった。
しかし、こうした妨害行為は次第に悪質化・過激化していく。搬送波に乗せて木魚の音や読経(南無阿弥陀仏)を流して世界平和を祈願する者が現れる一方で、卑猥な言葉を連呼したり、警察官に対する罵詈雑言をマイク越しに浴びせる者まで現れ、行動は常軌を逸していった。
こうした一部の改造マニア、あるいは電波妨害を行う過激派の存在は、警察通信の信頼性と公共安全を著しく損なうものであり、電波行政や法執行機関にとっても極めて重大な課題であった。
なお、「アマチュア無線による無変調騒動」を題材にした描写は、1980年代のテレビアニメ作品の中でもパロディ的に取り上げられたことがある。
洒落では済まされない「ニセ指令」 警察官を欺く悪質極まりない妨害行為
なかでも悪質極まりないとされたのが、「ニセ指令」をパトカーに向けて発信するという行為である。騙されたパトカーの警察官は、偽の指令を本物と信じ込み、即座に「了解」と応答、サイレンを鳴らして実際には存在しない事件現場へ急行してしまうのだ。
映画『ダイ・ハード4.0』では、敵側のハッカー女性が警察無線のディスパッチャーになりすまし、偽情報でマクレーン刑事を攪乱する場面が登場するが、まさにそれと同様の状況が現実に発生していたのである。いわば、リアル版“マイ・リン”が存在していたというわけだ。
『ラジオライフ』誌に掲載されたエピソードによれば、ある地震発生時、災害対応で各地が混乱していた最中にも、こうした妨害やニセ指令が相次いだという。ついに業を煮やした指令台の警察官が、「だから!お前らは遊びでも、こっちは仕事でやってんだーッ!」と後藤隊長さながらに一喝したところ、その後はまるで潮が引くように「シーン……」と無線が静まり返ったとの記録が残っている。
さらに、1985年10月16日付の『読売新聞』京葉版の報道によれば、実際に電波ジャックを行っていた3人組が警察に検挙されたケースもある。中でも1人は、県警の照会センターを呼び出し、実在する自動車のナンバープレートを読み上げて、所有者情報を引き出そうとするなど、明らかな悪質行為に及んでいたという。
照会センターの職員が、実際に個人情報を伝えてしまったかどうかは明らかでないものの、いずれにせよ極めて悪質な行為であったことに疑いの余地はない。
このような、いわば準単独型の愉快犯的行為とは別に、全国規模で組織的に警察無線の妨害を行っていたのが、警察当局の言うところの「極左暴力集団」、すなわちマスコミで用いられる「過激派」と呼ばれる勢力である。
昭和60年度版の『警察白書』によれば、こうした警察無線への交信妨害は、全国で1年間に17,000回にも達したと報告されている。
たとえば昭和59年、自民党本部が過激派によって火炎放射器を搭載した車両で襲撃されるという、前代未聞の事件が発生した。この事件の際には、当時のハマコー議員(浜田幸一)がただちに現場に駆けつけ、陣頭指揮を執りながら自らも消火活動に加わった。しかしその一方で、同じ自民党の住栄作法務大臣は、現場で「焼肉屋の謎の火事みたいなことしやがって!」と不用意な発言をしてしまい、これがハマコー議員の怒りを買い、その場で殴打されるという前代未聞の珍事に発展したのである。
この自民党本部襲撃事件に呼応するように、同時期、警視庁の無線通信に対しては、40分間に及ぶ妨害電波(ジャミング)が発射され、警察の通信指揮系統が一時的に機能不全に陥るという深刻な事態も発生し、現場は一時騒然とした。
こうした重大かつ執拗な妨害に対抗するため、警察では旧郵政省電波監理局(現・総合通信局)とは別に、独自の不法無線探索用電子装置を導入し、発信源の特定と摘発に乗り出す体制を整備していった。
実際の不法無線局に対する捜査では、必要に応じて警察航空隊のヘリコプターも投入された。上空から電波探索装置によって発信源を絞り込み、地上部隊がそれを突き止めるという、まさに本格的な空陸連携捜査である。結果、面白半分で警察無線を妨害していた者の頭上に、突如として警察ヘリが現れるという、ある意味で「天罰」とも言える場面も実際に見られたのである。
日本の警察通信史上、重大な転換点となった『グリコ・森永事件』
このように、アナログ方式による警察無線は、第三者によって容易に傍受される危険性を孕んでおり、さらに悪意ある者による妨害も現実の問題として存在していた。そしてついに、警察活動の根幹を揺るがしかねない深刻な事態が、現実に発生してしまったのである。
それが、昭和59年(1984年)から翌年にかけて、兵庫県および大阪府を中心に発生した一連の企業経営者誘拐事件、並びに食品メーカーを標的とした脅迫事件、すなわち「グリコ・森永事件」である。この事件は、日本の警察通信のあり方に重大な転換点をもたらしたとされている。
アナログ警察無線が“かい人21面相”に傍受される
この事件と警察無線との関係は、極めて密接なものであった。「かい人21面相」を名乗る犯人グループは、警察のアナログ無線を傍受し、緊急配備や警察の動きを事前に把握していたと考えられている。
そればかりか、犯人は送信改造を施したアマチュア無線機を用いて、警察無線への割り込み、すなわち無線交信への介入を行い、捜査をかく乱するという、前例のない妨害行為にも及んだ。
ただし、これらの妨害の一部については、犯人グループとは無関係の愉快犯が便乗して行っていた可能性も指摘されており、すべてが「21面相」の犯行と断定されているわけではない。
アマチュア無線帯を通じた通信と偶然の傍受
さらに、犯人グループはアマチュア無線の7MHz帯域内、すなわち短波帯において、正式に許可されていない周波数、いわゆる「オフバンド」で通信を行っていたとみられている。こうした通信は、偶然その周波数を傍受していたアマチュア無線家によって発見されることがあり、実際に犯人と思われる音声を記録した者も存在していた。
このように、「グリコ・森永事件」は警察無線の脆弱性と、無線通信をめぐるセキュリティの限界を白日の下にさらす結果となった。この事件を機に、警察無線のデジタル化と暗号化の必要性が真剣に議論されるようになり、後年の「デジタル警察無線」導入へとつながっていくことになる。
水晶式アナログ無線機の限界が露呈
当時、全国の都道府県警察では「水晶式」と呼ばれるアナログ方式の警察無線機が使用されていた。この方式では、あらかじめ周波数が固定された水晶振動子(クリスタル)によって通信チャネルが決定されており、原則として自本部の周波数のみが実装されていた。
この構造上の制約により、隣接する県警本部との無線による直接交信は不可能であり、警察間の連携に深刻な支障をきたすという致命的な欠点があった。
当時、警察で使用されていた無線機は、ごく標準的な水晶制御の狭帯域FMトランシーバであり、各警察本部ごとに数チャネル分の水晶を実装していただけであったから、隣接する警察本部との通信は不可能であった。グリコ森永事件の”かい人21面相”のごとく、高速道路を使って瞬時に隣接都府県に移動する犯罪捜査にはまったく役立たず、現在使用されているディジタル式無線が導入された背景になっている。
したがって、仮にA県で発生した事件の犯人が高速道路を使って隣接するB県に逃走した場合でも、県境を越えた時点で警察同士の連携が取れず、犯人はあっさりと逃げおおせることすら可能だったという、現代では信じがたい運用実態が存在していたのである。
実際に、グリコ・森永事件では、広域的な捜査対応が求められたにもかかわらず、異なる警察本部間での無線通信が円滑に行えなかったため、初動や追尾捜査のタイミングが後手に回る一因となったと指摘されている。
このような深刻な無線連携の脆弱性を解消すべく、後に「高速系」と呼ばれる無線通信系統が整備され、隣接する都道府県警察が共通のチャンネルを利用して交信できる体制が整えられた。
さらに、現在ではAPR(Advanced Police Radio)基幹系システムの導入により、47都道府県すべての警察本部およびパトカーなどの移動体が、本部側のリンク操作によって全国規模で相互通信できる構成となっている。
実用上の意味は別として、理論上は知床岬を巡回中の北海道警察のパトカーが、東京都渋谷区松濤三丁目を警ら中の警視庁パトカーと即座に交信することも可能である。
また、隣接する警察本部間での広域的な連携を必要とする場合には、パトカー向けの基幹系無線のうち『広域共通系』と呼ばれるチャンネルが使用されており、通信の断絶という事態は解消されている。
前述の通り、警察無線の傍受や割り込みといった妨害行為は、グリコ・森永事件に先立つ1980年代初頭からすでに深刻な問題となっていた。特に、過激派や愉快犯による警察無線への干渉は頻発しており、1982年の段階で警察庁は無線通信のデジタル化に着手していた。
このように、デジタル化の方針そのものは「グリコ・森永事件」が直接の契機というわけではなかったが、同事件によって警察通信網の脆弱性が世間の注目を集めた結果、デジタル無線の全国配備は大幅に前倒しされることとなった。
すでに警視庁など一部の都道府県ではデジタル無線の試験運用が始まっていたが、事件を契機にその導入が急速に進められ、1980年代後半には全国の都道府県警察本部においてデジタル無線への移行が完了した。
もっとも、外勤の地域警察官が日常的に使用する「署活系無線(署活系:署活系統無線の略)」については、1990年代に入っても一部でアナログ方式が継続使用され、デジタル無線との混在状態がしばらく続いていた。
この時代、警察無線が特別な装置を必要とせず、一般人でも容易に傍受できたという事実は、当時の娯楽作品にとって格好の設定素材でもあった。捜査の手を逃れるために警察無線を傍受し、通信内容を盗み聞いて隣県へ逃亡を図るといった筋立ては、多くのドラマや映画で描かれたものである。
さらに、当時のアマチュア無線機は、簡単な改造によって可聴周波数の範囲を拡大できた。あるいは、すでに改造済みのアマチュア無線機や高性能受信機が専門店などで市販されており、特別な知識を持たない一般人でも容易に警察無線を傍受できたのである。
事実、こうした機材を車載し、交通取り締まり情報をリアルタイムで収集する「受信マニア」は相当数存在していた。また、事件・事故の現場にいち早く駆け付け、警察官よりも先に到着することを“誇り”とする一部の熱心なナイトクローラーのようなマニアもいたという。
警察官から「君はいつもお巡りさんより先に現場に来るんだね(ニコッ)」などと皮肉交じりに声をかけられることもあったという逸話は、アナログ無線時代ならではのエピソードである。
こうした事情からも、アナログ警察無線は多方面において限界を露呈し、結果的にデジタル化の決定的な推進力となったことは否定できない。
アナログ警察無線と報道機関の関係
当然ながら、警察無線がアナログだった時代においては、無線傍受はマニアに限らず、報道関係者──特に現場取材を担う新聞記者たちにとっても極めて重要な情報源であった。誰よりも早く、現場の“ナマ”の情報を求める記者にとって、警察無線の傍受は、事実上、速報性を確保するうえで欠かせない手段であった。
このような状況は、市販の受信機を使用すれば誰でも容易に傍受できたというアナログ無線の特性によるものであり、ある意味、技術的な抜け道が日常的に情報源として活用されていたわけである。
しかし、警察無線がデジタル化されたことにより、その傍受は原理的に不可能となった。現在の記者であっても、当然ながら、デジタル警察無線を傍受できる機器を所持することはできず、仮に所持すれば電波法違反に問われることとなる。
とはいえ、日本における記者クラブ制度の実態を考慮すれば、現場記者が情報を得る手段は別に存在する。ときに外国メディアから「報道の自由の制限」として批判されることもあるこの制度では、記者クラブに所属する大手報道機関の記者たちは、警察幹部や現場警察官との非公式な関係を通じて情報を得ることができる体制がすでに構築されている。
たとえば、警察との間に“信頼関係”を築いた記者が、食事や酒席の提供など便宜を図ることで、口頭やFAX、場合によっては非公式なメモの形で事件情報を得るといった慣行が存在する。
なお、アメリカでは現在も警察無線は市販のデジタル受信機で受信が可能であり、それが上述の「ナイトクローラー」に見られるフリーランス特派員(ストリンガー)が商業として成り立つ理由である。
消防無線のデジタル化と現在の傍受環境
警察無線と並んで、かつては傍受対象として人気を集めていた消防無線についても、2016年をもって全国的なデジタル化が完了しており、かつて一般市民や報道関係者、無線マニアが受信していたような指令波(出場指令など)は、現在では傍受不可能となっている。
かつてアナログだった時代には、消防車や救急車の出動先、現場状況、指揮官とのやりとりなどが逐一傍受可能であり、これを活用して現場に先回りする“マニア”や“カメラマン”が少なからず存在した。
しかし、これらもデジタル化により終焉を迎え、現在では警察無線同様に事実上、受信(解読)不可能となっている。
アナログ警察無線のまとめ
アナログからデジタルへ──傍受時代の終焉と新時代の幕開け
1984年のグリコ・森永事件以降、警察はアマチュア無線の受信行為に対して厳格な姿勢を取るようになった。それまで一定の黙認がなされていた“受信のみ”の無資格運用に対しても、見過ごされることはなくなった。
当時の電波監理局(現在の総合通信局)は、無資格で無線機を保有・使用する者を排除する方針に転換。たとえ送信を行わず、あくまで受信目的であったとしても、送信機能を備えた無線機を所持しているだけで「不法無線局を開設した」と見なされ、法的処分の対象となるようになった。
そして電波法の改正などの動きにより、警察無線を“聞く”という行為は、次第に法的リスクを伴うものとなっていったのである。
傍受は過去のものに──技術革新がもたらした変化
かつては、市販のアマチュア無線機に若干の改造を施すだけで、警察の通信を傍受することが可能だった。いわば、それは一部の愛好者や報道関係者にとって“日常的な行為”であり、情報収集の一環でもあった。
しかし、こうした時代はもはや過去のものである。法的規制に加え、技術的にも警察通信は次の段階へと進化を遂げていった。
デジタル化の波、警察無線を一新
2000年代に入ると、第二世代デジタル警察無線「APR」が全国的に推進されるようになった。2018年からは、従来のAPR(アナログ警察無線)に代わる新たな警察移動通信の大動脈として、IPRの導入が全国で更新された。
IPR無線は、暗号化技術を含む高度なセキュリティ対策を備えており、外部からの傍受を事実上不可能にしている。
さらに、交番や駐在所に勤務する地域警察官向けにも、署活系無線の後継システムとして「PSW」(署活系無線)や、民間通信回線を利用する「PSD」が導入され、これらは「地域警察デジタル無線システム」として全国の警察において本格運用が進んでいる。
この結果、警察無線は完全にデジタル化され、傍受という行為そのものが不可能な時代となった。
通信の高度化と警察インフラの変貌
現代の警察活動において、通信は単なる音声のやり取りにとどまらない。パトカーや警察官の現在地はGPSによってリアルタイムに管理され、現場への出動は配送業者さながらの正確さで行われる。
また、画像やテキストといった多様な情報が無線網を介して即時に共有される体制が構築されている。犯行現場の写真、容疑者の容貌、注意人物の特徴など、従来は文書でやり取りしていた情報も、今や数秒で共有される。
このように、警察無線はインターネットと融合し、単なる無線通信を超えたネットワーク型の情報インフラへと進化しているのである。
次回の記事では、警察無線のデジタル化を象徴する初代IPR型無線機と、現在も配備が進む最新モデルの概要について詳しく紹介する予定である。