先日、当サイトで陸上自衛隊が史上初めて対物ライフル(バレットM95)を調達したことをお伝えしました。

対物ライフルの導入は射程や破壊力の面で陸自の戦術的な幅を広げますが、運用には明確な制約が伴います。
それは、国際法や倫理的問題です。
インターネット上では「対物ライフルを兵士に対して使用できない」という意見が散見されます。
結論を先に申し上げると、その主張は一部正しく、一部誤りです。
単純に肯定も否定もできない、状況依存の問題です。以下で順を追って理由を説明します。
本稿では、特に「対物ライフルと人道」を実務的観点から検証します。
対物ライフルの用途とは

出典 ニュージーランド国防軍

対物ライフルについても、以前の記事で解説を行った通りですが、いま一度用途を確認します。
.50口径(12.7mm)クラスの対物ライフルとは本来、車両や通信装置、光学機器といった「物的目標(materiel)」を無力化することを目的に作られた大口径火器です。
したがって、人間(敵兵)を目標とした7.62mm口径の対人狙撃銃とは明確に異なる兵器です。
.50口径クラスの弾薬は長距離で高い打撃力と貫通力を発揮するため、物的目標に対して使用すれば高い戦術効果をもたらします。
したがって「対物が本来の用途である」という点は明確です。
では、生身の人間である兵士そのものを対物ライフルの目標にしてはいけないのでしょうか。
国際人道法(IHL)の枠組み
実はこれには国際人道法(IHL)が深く関係してきます。
IHLは武器そのものの全面禁止を定める場合と、使用の仕方に制約を課す場合を区別しています。
現行の主要ルールとしては、(1)交戦主体と非交戦主体の区別、(2)軍事的必要性と比例性の原則、(3)不必要な苦痛の禁止、があります。
例えば、戦争で使ってはいけない兵器は以下のものがあります。
「禁止」ではなく「制約」がある
これらの原則に照らすと、相手が交戦可能な戦闘員であれば攻撃対象になり得ますが、使用手段が不必要に残虐であると認められる場合や、目標に対する攻撃の軍事的利益がその付随的被害を上回らないと判断される場合には国際法に反するといえます。
しかし、戦時における攻撃の合法性は武器の設計目的だけで決まるものではありません。
実務面ではさらに複雑になります。まず識別の確実性が不可欠です。遠距離あるいは遮蔽物越しの標的が確実に戦闘員であると確認できなければ、誤射や民間人被害のリスクが高まります。
言い換えれば「対物ライフルで生身の戦闘員を撃ってはいけない」という普遍的な条項は存在しませんが、使用の適法性と妥当性は厳格に問われます。
戦時においては相手が交戦可能な戦闘員であれば、原則として攻撃対象になり得ます。
したがって、戦闘員に対して致命的火力を行使すること自体は直ちに違法ではありません。
しかし問題は手段の相当性です。
対物ライフルで戦闘員の胴体や頭部を意図的に狙う場合、被害の性質が極めて残虐かつ過度であると評価されれば、「不必要な苦痛」を禁じる規則に抵触する可能性があるといえます。
次に比例性の判断
次に比例性の判断です。
対物ライフルによる攻撃が期待される軍事的効果に対して過度な人道的コストを生むと評価されれば、使用は許されません。
さらに政治的・外交的波及も無視できません。大口径弾薬による甚大な損傷は国際的な批判を招く可能性があり、作戦の正当性や戦略的目的を損なう恐れがあります。
これらの実務的制約を踏まえると、自衛隊や同盟軍の現場で採られる合理的な方策は明らかです。
対物ライフルは配備目的を明確に限定し、使用は厳格な交戦規定(Rules of Engagement)と承認手続きの下で行う、というのが合理的な判断でしょう。
射撃対象の識別、状況証拠の整合、代替手段(例えば狙撃ではなく部隊機動や非致死手段の優先)の検討が必須です。
さいごに
対物ライフルは物的目標の無力化において有用な戦術資産であり、陸上自衛隊がこれを調達したことは戦術的選択肢の拡大を意味します。
しかし、兵士に対して使用する場合は法的・倫理的な評価が厳格に求められ、運用には明確な制約が必要となるのは明らかです。
また、「対物ライフルだから絶対に兵士そのものを撃ってはいけない」と短絡的に述べるのは誤りです。
参考リンク
-
ICRC — Weapons(国際人道法と武器選択に関する基本解説)
https://www.icrc.org/en/document/weapons
(武器の選択と使用について国際人道法がどのような原則を課しているかを示す、法的解説の定番ページ)。 -
ICRC — Customary IHL(Rule 70: superfluous injury / unnecessary suffering) (慣習国際人道法での武器使用制約)
https://ihl-databases.icrc.org/en/customary-ihl/v1/rule70
(「不必要な苦痛を与える手段の禁止」など、対物兵器使用の法的評価で頻出するルールの所在)。 -
San Remo Manual(海上紛争法の手引き/武器と手段に関する整理) — PDF
https://iihl.org/wp-content/uploads/2022/07/SAN-REMO-MANUAL-on-INTERNATIONAL-LAW-APPLICABLE-TO-ARMED-CONFLICTS-AT-SEA-2.pdf
(海上作戦における方法・手段の規制を整理した権威あるマニュアル。海上自衛隊に関係する文脈で有効) -
ICRC — The law of armed conflict: Weapons(教育用解説PDF)
https://www.icrc.org/sites/default/files/external/doc/en/assets/files/other/law5_final.pdf
(区別・比例性・過度の苦痛禁止など、記事で扱う原則を初心者にもわかりやすく説明した資料)。 -
防衛省/防衛白書(“DEFENSE OF JAPAN”/長距離防御能力に関する記述を含む最新版)
https://www.mod.go.jp/en/publ/w_paper/index.html
(自衛隊の政策・予算・整備方針を示す一次資料。対物装備の位置づけや「長距離対応」の言及を確認するために必須)。 -
Barrett(公式:対物ライフル製品ページ)
https://barrett.net/products/firearms/
(バレット社の製品説明ページ。M82/M107などの技術仕様やバリエーション確認に使える一次情報)。 -
Barrett M82(概要・運用史、参考) — Wikipedia(技術的背景補足用)
https://en.wikipedia.org/wiki/Barrett_M82
(対物ライフルの性能・運用例・各国採用状況の概観を素早く把握するのに便利。一次裏付けが必要な部分は別途精査推奨)。 -
Small Arms Survey(小火器市場・運用動向の概説資料)
https://www.smallarmssurvey.org/
(PDW・SMG・対物ライフルを含む小火器の国際的動向や統計を調べる際に有用な研究機関)。
関連リンク
- 対物ライフルで兵士を撃ってはいけないはウソ? — https://amateurmusenshikaku.com/jieitai/antimateriel-rifle-legal-limits/
(対物ライフルの法的・倫理的制約を論じた解説記事) - 陸上自衛隊、新たな対人狙撃銃:ヘッケラー&コッホ社製HK G28 E2を調達 — https://amateurmusenshikaku.com/jieitai/jgsdf-hk-g28-adoption/
(HK G28 E2 の導入を伝えるニュース/解説) - 陸上自衛隊はなぜ狙撃銃を導入してこなかったのか — https://amateurmusenshikaku.com/jieitai/sogekijyuu-naze/
(狙撃銃導入の歴史的背景と理由を考察した記事) - 敵の恐怖心を煽り、進撃遅滞させるスナイパーの運用は心理戦でもある — https://amateurmusenshikaku.com/jieitai/sniper_op1/
(狙撃運用の心理戦的効果を論じた考察) - 陸上自衛隊も配備する「バレット対物ライフル」シリーズの驚くべき実力 — https://amateurmusenshikaku.com/jieitai/barrett/
(バレット社製対物ライフルの性能解説と陸自導入の文脈) - 陸上自衛隊が導入した対人狙撃銃「M24 SWS」の実力 — https://amateurmusenshikaku.com/jieitai/sniper/
(M24 SWS の技術解説と運用評価)

