対物ライフルで兵士を撃ってはいけないはウソ?
世界の軍事小火器

対物ライフルで兵士を撃ってはいけないはウソ?

世界の軍事
出典 ニュージーランド国防軍
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本記事は、国際人道法や各国軍の交戦規定に基づく「運用上の法的な扱い」に焦点を当てた解説です。過去の運用事例やよくある誤解(都市伝説)も整理して情報を提供します。対物ライフルの技術的分類や構造については別途ご確認ください。

先日、当サイトで陸上自衛隊が史上初めて対物ライフル(バレットM95)を調達したことをお伝えしました。

陸上自衛隊が調達したバレットM95対物ライフル
現代の陸上自衛隊において、もはや狙撃は特殊任務だけの技術ではなく、部隊運用と切り離せない戦術の一要素になっています。2000年代以降、対人狙撃銃としてM24SWSが各部隊に配備されてきたのに続き、2023年にはその光景となる7.62mm対人...

対物ライフルの導入は射程や破壊力の面で作戦における戦術的な幅を広げますが、運用には明確な制約が伴います。

それは、国際法や倫理的問題です。

インターネット上では「対物ライフルを兵士に対して使用できない」という意見が散見されます。

結論を先に申し上げると、その主張は一部正しく、一部誤りです。

単純に肯定も否定もできない、状況依存の問題です。以下で順を追って理由を説明します。

本稿では、特に「対物ライフルと人道」を国際法の観点から検証します。

対物ライフルの用途とは

出典 ニュージーランド国防軍

対人ライフル、対戦車ライフル、対物ライフル…その違いとは
ライフルを語るとき、「対戦車ライフル」「対物(アンチマテリアル)ライフル」「対人ライフル」を同列に扱ってしまいがちです。混同が起こる原因のひとつは、現代の報道や一部の書籍で「対物ライフル=対戦車ライフル」と表現される場合があることです。特に...

対物ライフルについても、以前の記事で解説を行った通りですが、いま一度用途を確認します。

米軍のM107(バレットM82)や、陸上自衛隊のM95に見られる.50口径(12.7mm)クラスの対物ライフルとは本来、車両や通信装置といった「物的目標(materiel)」を無力化することを目的に作られた大口径火器です。

したがって、人間(敵兵)を目標とした7.62mm口径の対人狙撃銃とは明確に異なる兵器です。

.50口径クラスの弾薬は長距離で高い打撃力と貫通力を発揮するため、物的目標に対して使用すれば高い戦術効果をもたらします。

したがって「対物が本来の用途である」という点は明確です。

では、生身の人間である兵士そのものを対物ライフルの目標にしてはいけないのでしょうか。

国際人道法(IHL)の枠組み

実はこれには国際人道法(IHL)が深く関係してきます。

国際人道法とは

国際人道法(英語: International Humanitarian Law, 略称: IHL;フランス語: Droit International Humanitaire, 略称: DIH)とは、武力紛争下において、負傷者、病人、捕虜、そして民間人など戦闘に関与しない者を保護することを目的とした国際法の体系です。国際人道法は主に「ジュネーブ諸条約」と「ハーグ諸条約」の二つの法規群で構成されており、不必要な苦痛や被害を避けることを基本理念としています。

IHLは武器そのものの全面禁止を定める場合と、使用の仕方に制約を課す場合を区別しています。

現行の主要ルールとしては、(1)交戦主体と非交戦主体の区別、(2)軍事的必要性と比例性の原則、(3)不必要な苦痛の禁止、があります。

国際人道法(IHL)は、正規軍同士の戦闘そのものを全面的に禁止するものではなく、武力紛争における戦闘行為を一定のルールの下で認めています。

しかしながら、 ICRC(赤十字国際委員会) の規定によれば、すべての武器の使用が無制限に許されているわけではなく、「不必要な苦痛を与える」武器や「無差別攻撃を助長する」兵器については、使用を禁止・制限する国際法上の枠組みがあります。

使ってはいけない兵器は以下に定められています。

戦争で使ってはいけない武器とは?~国際人道法の観点から - 赤十字国際委員会
イントロダクション 国際人道法の講義を受けたことがある人なら、同法が「武力紛争による破壊や苦痛を制限しようとする国際法の一分野である」ことは把握しているかもしれませんが、紛争下にない日本では、ほとんどその内容は知られていません。 国際人道法...

「禁止」ではなく「制約」がある

これらの原則に照らせば、相手方構成員が交戦に参加可能な戦闘員であると認められれば、攻撃対象となり得ます。

ただし、使用する手段の性質が、通常想定される範囲を超えて「不必要かつ過度な苦痛」を引き起こすものであると判断される場合や、目標に対する攻撃による想定される軍事的利益が、付随的被害(民間人被害や民生インフラ被害など)を明らかに上回らないと評価される場合には、国際人道法上問題があります。

つまり、武器の設計目的や性能のみで合法・違法が決まるわけではなく、実際の作戦状況、識別の確実性、方法の選択、結果の予見および軽減措置など複数の要素が考慮されます。

例えば、遠距離や遮蔽物越しの標的が、確実に交戦可能な戦闘員であると確認できない場合には、誤射や民間人被害の発生リスクが高まり、それ自体が交戦方法の適法性を損なう要因となります。

言い換えれば、対物ライフルを用いて生身の戦闘員を狙撃することが自動的に禁止されるわけではありませんが、その使用の適法性と妥当性は、極めて慎重に評価されなければなりません。

実際、交戦可能な戦闘員を致命的火力で攻撃する行為が直ちに違法とされるわけではありませんが、手段が戦闘の目的を超えて過度・残虐と認められる場合には、「不必要な苦痛を与える武器または方法の使用」の禁止規定に抵触し得ます。

次に比例性の判断

次に比例性の判断です。

対物ライフルによる攻撃が期待される軍事的効果に対して過度な人道的コストを生むと評価されれば、使用は許されません。

さらに政治的・外交的波及も無視できません。大口径弾薬による甚大な損傷は国際的な批判を招く可能性があり、作戦の正当性や戦略的目的を損なう恐れがあります。

これらの実務的制約を踏まえると、自衛隊や同盟軍の現場で採られる合理的な方策は明らかです。

対物ライフルは配備目的を明確に限定し、使用は厳格な交戦規定(Rules of Engagement)と承認手続きの下で行う、というのが合理的な判断でしょう。

射撃対象の識別、状況証拠の整合、代替手段(例えば狙撃ではなく部隊機動や非致死手段の優先)の検討が必須です。

さいごに

対物ライフルは物的目標の無力化において有効な装備品であり、陸上自衛隊がこれを調達したことは戦術的選択肢の拡大を意味します。

しかし、兵士に対して使用する場合は法的・倫理的な評価が厳格に求められ、運用には明確な制約が必要となるのは明らかです。

また、「対物ライフルだから絶対に兵士そのものを撃ってはいけない」と短絡的に断言するのも誤りというわけです。

参考リンク

  1. ICRC — Weapons(国際人道法と武器選択に関する基本解説)
    https://www.icrc.org/en/document/weapons
    (武器の選択と使用について国際人道法がどのような原則を課しているかを示す、法的解説の定番ページ)。

  2. ICRC — Customary IHL(Rule 70: superfluous injury / unnecessary suffering) (慣習国際人道法での武器使用制約)
    https://ihl-databases.icrc.org/en/customary-ihl/v1/rule70
    (「不必要な苦痛を与える手段の禁止」など、対物兵器使用の法的評価で頻出するルールの所在)。

  3. San Remo Manual(海上紛争法の手引き/武器と手段に関する整理) — PDF
    https://iihl.org/wp-content/uploads/2022/07/SAN-REMO-MANUAL-on-INTERNATIONAL-LAW-APPLICABLE-TO-ARMED-CONFLICTS-AT-SEA-2.pdf
    (海上作戦における方法・手段の規制を整理した権威あるマニュアル。海上自衛隊に関係する文脈で有効)

  4. ICRC — The law of armed conflict: Weapons(教育用解説PDF)
    https://www.icrc.org/sites/default/files/external/doc/en/assets/files/other/law5_final.pdf
    (区別・比例性・過度の苦痛禁止など、記事で扱う原則を初心者にもわかりやすく説明した資料)。

  5. 防衛省/防衛白書(“DEFENSE OF JAPAN”/長距離防御能力に関する記述を含む最新版)
    https://www.mod.go.jp/en/publ/w_paper/index.html
    (自衛隊の政策・予算・整備方針を示す一次資料。対物装備の位置づけや「長距離対応」の言及を確認するために必須)。

  6. Barrett M82(概要・運用史、参考) — Wikipedia(技術的背景補足用)
    https://en.wikipedia.org/wiki/Barrett_M82
    (対物ライフルの性能・運用例・各国採用状況の概観を素早く把握するのに便利。一次裏付けが必要な部分は別途精査推奨)。

  7. Small Arms Survey(小火器市場・運用動向の概説資料)
    https://www.smallarmssurvey.org/
    (PDW・SMG・対物ライフルを含む小火器の国際的動向や統計を調べる際に有用な研究機関)。

 

関連リンク

  1. 対物ライフルで兵士を撃ってはいけないはウソ?
    (対物ライフルの法的・倫理的制約を論じた解説記事)
  2. 陸上自衛隊、新たな対人狙撃銃:ヘッケラー&コッホ社製HK G28 E2を調達
    (HK G28 E2 の導入を伝えるニュース/解説)
  3. 陸上自衛隊はなぜ狙撃銃を導入してこなかったのか
    (狙撃銃導入の歴史的背景と理由を考察した記事)
  4. 敵の恐怖心を煽り、進撃遅滞させるスナイパーの運用は心理戦でもある
    (狙撃運用の心理戦的効果を論じた考察)
  5. 陸上自衛隊も配備する「バレット対物ライフル」シリーズの驚くべき実力
    (バレット社製対物ライフルの性能解説と陸自導入の文脈)
  6. 陸上自衛隊が導入した対人狙撃銃「M24 SWS」の実力
    (M24 SWS の技術解説と運用評価)
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