陸上自衛隊普通科の大火力としては従来型のけん引式120mm迫撃砲が中心ですが、同口径を自走式に改めた「96式自走120mm迫撃砲」も存在します。配備は限定的で、北部(第7師団)に配備されているのみで、生産数は24両に留まる希少装備です。今回は、なぜ96式が北海道限定配備となったのかを深掘りします。
それぞれの項目に飛べます
96式自走120mm迫撃砲の特徴
普通科部隊が使う火砲の中で、ひときわ異彩を放つ存在が「96式自走120mm迫撃砲」です。キャタピラで走行する装甲車の後部に、120mm迫撃砲を載せてしまった……そんな発想から生まれた装備で、現場では「自走120モーター」の愛称でも知られています。
自走できる普通科の“重迫”
本装備の特徴は「自走できる大口径の迫撃砲」です。正確に目標を捉えるためには、照準具を使って精密な角度調整が必要になります。
開発は意外なほど短期間で進みました。地雷原処理車など、既に量産されていた車体を流用したことで、新規設計を最小限に抑えられたためです。
砲撃時は車体後方のハッチと天板を開け、砲口を車体後方へ向けて撃ちます。射撃班はわずか2名とコンパクト。旋回台座によって左右45度ほどの照準調整が可能で、操作は単純ながら精度も高い構造です。
弾薬はおよそ50発を車内に搭載。自走化により、陣地展開から発射、そして撤収までの時間が劇的に短縮されました。敵の反撃を受ける前に位置を変えられる機動力は、けん引式よりもはるかに高い生存性をもたらしています。
自走できない大口径の迫撃砲との違い
自走化でどう変わる? けん引式との違いで見る96式自走120mm迫撃砲の実力
陸上自衛隊の普通科部隊で長く主力火砲として使われているのが、普通科の装備する迫撃砲で最大の口径を誇る、けん引式の120mm迫撃砲 RTです。タイヤを備え、通常の砲より軽量ではありますが、120mm迫撃砲 RTは、人が走って持ち運べるような軽さではありません。 陸上自衛隊では「重迫牽引車.」と呼ばれる高機動車の派生車両で牽引して移動します。 射撃地点に到着してから、部隊で協力して展開・設置します。
高機動車でけん引して運び、陣地に展開してから設置・射撃するという従来の方式は、構造が単純で整備もしやすく、軽量で運用コストも低いという利点がありました。
しかし、その一方で「それ自体で自走できない機動性の不足」という問題も抱えていました。
射撃を始めるまでに時間がかかり、発射後の位置移動(陣地変換)にも手間がかかるため、「攻撃を受けた際の迅速な後退」ができず、敵の反撃を受けやすかったのです。
迫撃砲は、なぜ「撃ったらすぐ逃げる」のが基本なのか?
迫撃砲は発砲すると位置が敵に特定されやすく、速やかな移動で生存性を確保する必要があります。ただしそれだけが理由ではなく、複数の要因が絡んでいます。
まず主因となるのは逆襲(カウンターバッテリー)への対処です。発砲音や砲炎、砲弾の軌道からの逆探知、さらにはレーダーや音響探知、観測手やドローンによる視認などで発射点が割れると、敵の反撃(迫撃砲やりゅう弾砲、ロケット、航空攻撃など)を受けやすくなります。そうした反攻による被弾リスクを下げるために「撃ってすぐに移動する(shoot-and-scoot)」が基本戦術になります。
砲兵部隊(迫撃砲や榴弾砲)が発見されるメカニズム — なぜ「撃ってすぐ動く(shoot-and-scoot)」が必要なのか
shoot-and-scoot(シュート・アンド・スクート)とは、砲撃した直後に素早く陣地を移動し、敵の反撃を避けるための砲兵戦術です。この戦術は、高レートで短時間に大量の砲弾を発射し、すぐに次の場所へ移動することで、敵の砲兵レーダーによる探知と反撃を防ぐことを目的としています。
ほかにも理由があります。自走化は迅速な陣地変換だけでなく、前方で機動する部隊に随伴して移動できるため、火力支援を柔軟に行えます。攻撃・支援任務の時間帯や射撃方向が頻繁に変わるような状況では、位置を頻繁に変えることで支援の継続性と安全性を両立できます。また、雪地・ぬかるみなどの地形や道路状況に応じて最適な射点を選べる点も利点です。
逆に、けん引式だと設置に時間がかかり、撤収や機動が遅れるため、敵の迅速な反撃に対して脆弱になりがちです。コストや整備性の面ではけん引式が有利な場面もあるため、装備や戦術は任務や作戦環境に応じて使い分けられます。
つまり、「位置がばれる=最大の危険」に対応するための移動は核心的な理由ですが、同時に機動随伴・地形適応・任務柔軟性など複合的な利点もあって、自走化・迅速移動が重視されている、ということです。
自走できるのが96式自走120mm迫撃砲の最大の利点
こうした弱点を補うために登場したのが、96式自走120mm迫撃砲です。既存の装軌式「92式地雷原処理車」のシャーシをベースに120mm迫撃砲を後部に搭載したこの車両は、車内から短時間で射撃準備が可能で、発射後すぐに移動できます。つまり「撃って、すぐ動く」という砲撃戦で求められるshoot-and-scoot戦法を、重迫撃砲で実現した装備といえます。
車内には約50発の弾薬を収納でき、けん引型と同じ火砲を使いながらも、装甲で乗員が守られているため生存性は格段に向上しています。さらに、自走化によって悪路や雪原など、北海道特有の地形にも柔軟に対応できる点も大きな強みです。
要するに、けん引式は「軽くて扱いやすいが、自走できず移動に弱い」、自走式は「重く高価だが、迅速かつ安全に動ける装備」という対照的な特徴を持ちます。どちらも戦場環境や任務に応じて使い分けることで、それぞれの長所が生かされるのです。
北海道限定の希少装備…理由は?
こうした優れた機動力と防護力を備えながらも、96式自走120mm迫撃砲の配備は限定的で、量産は24両にとどまりました。2025年現在、運用しているのは北海道の第7師団のみです。
なぜ北海道限定なのか?
陸自唯一の機甲師団「第7師団」があるから
これは、第7師団が陸上自衛隊で唯一の「機甲師団」であり、配下の第11普通科連隊が89式装甲戦闘車を中心に完全機甲化されているためです。同連隊では以前から自走迫撃砲の運用経験があり、新装備への移行も円滑に進みました。現在もおよそ20両が重迫撃砲中隊で稼働しています。
かつては同じ北部方面隊の第2師団にも配備する案がありましたが、これは最終的に中止となり、増産計画も打ち切られました。後継装備の情報も今のところなく、現在も普通科の主力迫撃砲はけん引式が主流となっています。けん引式に比べて車体が大きく高価であり、整備コストも上昇することも要因と見られます。
まとめ
まとめると、96式自走120mm迫撃砲は「走って撃ち、すぐに退く」ことで生存性を上げた重迫撃砲の自走化モデルです。従来のけん引式よりも機動性と生存性に優れる一方で、製造数が少なく北海道の第7師団に限られているため、ご当地装備という見方もできます。現場では機甲化された普通科との相性が良く、戦術的には迅速な火力支援と迅速な離脱を両立させる役割を果たしています。
逆に「北海道にない陸自装備」といえば、AH-64Dアパッチ戦闘ヘリなどがあります。