陸上自衛隊の化学(バケガク)専門家集団はサリンから放射能まで対応可能!……陸上自衛隊中央特殊武器防護隊

画像の出典 公安調査庁『地下鉄サリン事件時の除染作業の様子』

陸上自衛隊中央特殊武器防護隊──化学分野に特化した専門的防護部隊

陸上自衛隊における化学兵器および特殊災害への対応を専門とする部隊の中核的存在が、「中央特殊武器防護隊(Central Nuclear Biological Chemical Defense Unit)」である。同部隊は、全国を警備担任区域とする「陸上総隊(JGSDF Ground Component Command)」に隷属しており、同総隊の傘下に置かれた数少ない独立部隊の一つである。陸上総隊は、北海道から九州に展開する5つの方面隊と同格の作戦指揮機能を有しており、その構成下に本部直轄の中央即応的部隊が配備されている。

なお、化学部隊という名称に反して、同部隊は化学兵器の使用を任務とするものではなく、もっぱら化学戦下における防護・除染・偵察等の任務に特化した編成である。


NBCテロと多様な毒ガス・ウイルスの脅威

わが国は、化学兵器による実戦的テロ事件が市民生活を直撃した、世界でも極めて特異な経験を有する国家である。1995年の東京都営団地下鉄(現・東京メトロ)にて発生した地下鉄サリン事件を契機に、NBC(Nuclear, Biological, Chemical)脅威への認識と対処体制が急速に整備された。

なかでも生物兵器の持つ不可視性と感染拡大の潜在性は、毒ガス兵器を上回る脅威と評価されており、近年では人工的に改変された病原体による「遺伝子操作型バイオテロ」のリスクも顕在化しつつある。

自衛隊をはじめとする公的機関は、これらの脅威に対して装備の整備と専門部隊の設置を進めており、警察庁においても「公安機動捜査隊」が編成されるなど、国家的な対応体制の強化が進められた。

公安警察は共産党や蟹工船や反ワクチン団体だけでなく、同じ公的機関の自衛隊ですら視察対象


NBC兵器の分類と特徴(化学兵器・生物兵器)

以下に、化学兵器および生物兵器の代表例とその特徴を整理する。

分類 名称 特性 備考
化学兵器(毒ガス) サリン 神経ガス。青酸カリの約500倍の毒性 日本国内において使用され、多数の死傷者を出した。ドイツ開発
ソマン サリンよりも強力な神経ガス 極めて即効性が高い
タブン 神経ガス。比較的初期に開発された化学兵器 ドイツが第二次大戦中に開発
VX 最も高毒性の神経ガス 極微量で致死量に達する
ホスゲン 窒息剤。肺を侵し、呼吸困難を引き起こす 第一次世界大戦で使用された
マスタードガス びらん剤。皮膚や内臓をただれさせる 遅延性のある化学火傷を引き起こす
生物兵器(ウイルス・細菌) 炭そ菌 胞子状で長期残存。吸引型で肺炭そを発症 バイオテロで使用された実績あり
肺ペスト 飛沫感染により人から人へ感染 致死率が高く、パンデミック化の懸念も
天然痘 強い感染力と高い致死率を持つ 根絶宣言されたが、保管株の悪用が懸念される
ブルセラ菌 髄膜炎、脳炎、高熱、肺炎などを引き起こす 慢性化しやすく、診断困難
ボツリヌス菌 筋肉麻痺や呼吸困難を引き起こす 人から人への感染はしないが毒素が極めて強力
遺伝子改変ウイルス 人工的に設計された高感染性病原体 世界各国の軍事機関により研究されていると推定

このように、NBCテロの脅威は極めて多様かつ複雑であり、単なる装備の整備のみならず、学際的知見に基づいた医学的、生物学的対応体制の整備が不可欠であるといえる。

中央特殊武器防護隊は、これら化学兵器による攻撃、ならびに原子力事故、放射性物質の拡散、あるいは毒劇物を用いたテロリズム等、いわゆる「NBC(Nuclear, Biological, Chemical)」事案に対処する能力を備えた部隊である。平時には訓練及び対処技術の高度化を図り、緊急時には現地に展開して除染活動や汚染調査を実施する役割を担っている。

同部隊の源流は、1995年3月20日に東京都内で発生した地下鉄サリン事件にまで遡ることができる。同事件は、宗教的背景を持つテロ集団によって実行された、サリン(有機リン系神経剤)を使用した大規模な化学兵器テロであり、13名が死亡、6000名以上が負傷した。

陸上自衛隊はこの事案において、「第101化学防護隊」を現地へ出動させ、現場での除染任務に従事させるとともに、警察庁への化学防護衣の提供、医官の派遣等、包括的な支援活動を実施した。

この地下鉄サリン事件は、自衛隊が対テロ作戦として国内で展開した、極めて稀有な事例である。同事件を契機として、化学兵器事案への即応体制の強化が求められ、第101化学防護隊の実績を踏まえて、より高度な専門性と即応能力を有する中央特殊武器防護隊が編成されるに至ったのである。

陸上自衛隊中央特殊武器防護隊における任務と活動概要

陸上自衛隊中央特殊武器防護隊(以下、本部隊)は、核(Nuclear)、生物(Biological)、化学(Chemical)兵器、いわゆるNBC兵器に対応する専門部隊として編成されており、これらの大量破壊兵器によって汚染された環境下において偵察および除染活動を遂行する能力を備えている。

本部隊の主要任務は、NBC兵器による汚染地域における現地偵察(contaminated area reconnaissance)および、化学剤、放射性物質、生物剤等に対する除染(decontamination)活動である。本部隊に所属する全隊員は化学兵器対処に関する専門教育を修了した化学防護の熟練者である。

配備される化学防護装備

本部隊は、化学剤や放射線に曝露することなく行動可能な個人防護装備(Individual Protective Equipment, IPE)を全隊員に配備するとともに、化学防護車、NBC偵察車などの専用車両を保有し、汚染状況の把握および迅速な現地対応を可能としている。

本部隊の活動実績の中でも特筆すべき事例の一つに、2011年3月に発生した東日本大震災に伴う福島第一原子力発電所事故への対応がある。政府から発出された「原子力災害派遣命令」に基づき、同部隊は現地へ派遣され、主に原子炉への注水支援を含む原子力災害対処活動に従事した。このような活動は、非軍事領域における自衛隊の機能的展開を示す一例でもある。

なお、本部隊の隊員は埼玉県大宮駐屯地に所在する陸上自衛隊化学学校において、NBC兵器の特性、防護措置、除染技術、災害対応などに関する体系的教育を受けた上で、現場に配属される。

結論として、中央特殊武器防護隊は、戦時におけるNBC兵器対処に限らず、平時の原子力災害等においても即応的に対応可能な国内有数の専門部隊であり、その運用は、国民保護と公共安全の観点から極めて重要な意義を有している。

特殊車両

中央特殊武器防護隊の即応能力を支える基盤装備として重要な役割

中央特殊武器防護隊においては、化学災害および化学テロといった非対称的脅威に即応するため、その中核をなすのが「化学防護車」である。

旧101化学防護隊時代から運用されてきた化学防護車は、放射性物質や各種有害化学物質による汚染環境下においても、乗員の安全を確保しつつ偵察任務を遂行できるよう設計されている。現場における汚染の可視化のため、従来は隊員が手動で設置していた「GAS」表示の汚染標識旗を、自動的に地面へ設置する機構も搭載した。

また、汚染物質の除去作業に使用される「除染車」は、陸上自衛隊および航空自衛隊に配備されているが、これらは大型トラック車両に水槽、除染剤の噴霧ノズル、ならびに加温装置を備えており、広範囲にわたる除染作業に対応可能とする。

さらに、2010年度より導入が開始された「NBC偵察車」は、車内に空気浄化装置および放射線測定装置を搭載し、汚染地域内での長時間かつ自律活動を可能とする装輪式装甲車両である。本車両には、車体後部に装備されたマニピュレータにより、乗員が直接接触することなく危険物質を採取できる機構を有している。

加えて、近年導入された「中性子線遮蔽板」は、NBC偵察車および化学防護車向けの新型防護装備として注目される。中性子線は高い透過性を有し、鉄や鉛をも通過する特性があるが、水素原子を豊富に含む複合素材を多層的に積層した重量約1トンの遮蔽板は、それらの中性子線に対して高い遮断効果を示す。防衛装備庁の公式発表によれば、遮蔽板の使用により被ばく線量を約5分の1にまで低減可能である。

これらの装備群は、NBC環境下における作戦行動の安全性および効率性を大きく向上させるものである。

中央特殊武器防護隊における教育・装備・除染活動の実態

陸上自衛隊中央特殊武器防護隊に所属する隊員は、埼玉県さいたま市北区に所在する大宮駐屯地内の陸上自衛隊化学学校において、化学兵器および関連するNBC(Nuclear, Biological, Chemical)兵器に関する専門教育を受けた上で実任務に就く。教育課程では、NBC兵器の特性、影響評価、現場での除染技術、汚染状況下での行動要領などが系統的に教授される。これにより、隊員は化学兵器の専門家として高い対応能力を獲得する。

本部隊は「化学部隊」の名を冠しているが、化学兵器を使用して攻撃を行う部隊ではなく、対化学任務に特化した防御的部隊である。すなわち、敵性勢力によって行われたNBC兵器攻撃に対して、汚染地域の偵察、除染、被害状況の把握、および二次被害防止のための活動を主たる任務としている。

災害派遣においても本部隊は活動しており、2011年に発生した東日本大震災では、政府からの「原子力災害派遣命令」に基づき、福島第一原子力発電所事故への対応として派遣された。現地においては主に原子炉への注水支援を含む放射線防護下での作業に従事し、国内における原子力災害対処の中核的戦力としての役割を果たした。

個人用NBC防護装備の構成と運用

本部隊においては、NBC兵器に対する即応的な対応を可能とするため、「00式個人用防護装備」と呼ばれるNBC対応型個人防護システムが全隊員に配備されている。この装備は2000年(平成12年)以降、陸上自衛隊全体に導入されたもので、ガスマスクおよび防護スーツを一体化させた設計となっている。従来使用されていた「85式防護マスク4型」および「88式戦闘用防護衣」の後継にあたり、1995年に発生した地下鉄サリン事件においては旧型装備が実際に使用された。警察機関に対しても装備の貸与がなされ、宗教過激派組織の施設捜索においても使用された実績がある。

00式防護装備の重量はおおよそ7.7kgであり、防護マスクを内部に統合することで高い密閉性と機動性を両立している。本装備は、神経ガスなどの猛毒性化学剤や浮遊粒子状の放射性物質(いわゆるフォールアウト)から着用者を保護する機能を備える。また、発汗による内部湿度の上昇を抑制する透湿構造を採用し、長時間の活動にも対応する。さらに、任務中の排泄に対応するため、**成人用の紙製排泄物吸収体(いわゆるオムツ)**が組み込まれており、長時間の任務継続を可能としている。

除染活動の技術と限界

NBC事象への対処において中心的となる活動が除染(Decontamination)である。特に放射性物質の除去においては、塩素を含有する水溶液を高圧噴霧器によって対象表面に散布し、物理的に汚染物質を洗い流す方法が採られる。しかしながら、この方法は放射性物質の移動処理に過ぎず、除染水が集積されることで新たな高濃度汚染源となることがある。そのため、除染においては廃液処理の方法も含めた包括的な対応が求められる。

衛生部隊との連携体制

中央特殊武器防護隊の活動は単独で完結するものではなく、他の専門部隊との協力によって成り立っている。特に、朝霞駐屯地に所在する対特殊武器衛生隊との連携は重要である。同部隊は陸上自衛隊衛生科に属する医療専門部隊であり、NBC兵器による負傷者の治療および除染後の医療的対応を主たる任務とする。たとえば、エボラ出血熱などの高病原性ウイルスが国内で蔓延した場合、対特殊武器衛生隊は感染患者の隔離・搬送・治療を担うことが想定されている。

国民保護訓練における対災害・対テロ対応の実施

「国民保護訓練」は、国民保護法第42条に基づき、武力攻撃事態や大規模テロ等、突発的かつ甚大な被害が想定される事態に備え、国民の生命・身体を保護することを目的として実施される統合的訓練である。これらの訓練は、国、都道府県、市区町村、警察、消防、自衛隊、海上保安庁、医療機関等の多機関連携のもとで行われ、実際の災害や武力攻撃に準じた対応能力の向上が図られている。

訓練形態には、災害対処、医療救護、避難誘導、化学剤除染、被害想定図上訓練、テロ対処訓練などが含まれ、特に近年では生物・化学・放射性物質(CBRNE)による被害を想定した訓練の重要性が増している。

訓練種別 主な内容 関係機関 備考(訓練事例等)
図上訓練(シミュレーション) 地震・テロ・武力攻撃などの発生を想定し、対応フローを確認 国・自治体・警察・消防・自衛隊 都道府県単位で年1回程度実施されることが多い
実働訓練 実際に避難、救援、除染、警戒などを行う総合訓練 警察・消防・自衛隊・医療機関・海保 福岡市地下鉄駅でのサリン散布想定訓練(2015年)
災害等対処訓練 地震・津波・台風など自然災害への即応訓練 自治体・消防・警察・自衛隊 広域避難やライフライン復旧も対象
化学テロ対応訓練 毒ガス等化学剤に対する除染・救護活動 自衛隊特殊武器防護隊、消防化学部隊、警察化学防護隊 福岡第4特殊武器防護隊によるサリン除染訓練
ミサイル着弾対応訓練 弾道ミサイルによる被害発生を想定し、避難や情報伝達を実施 国・自治体・消防・学校・住民 北朝鮮からの飛来を想定した訓練(2017年)
避難・救援訓練 住民の誘導、避難所開設、食料・医療供給訓練 自治体・地域住民・福祉機関 防災無線やJアラートとの連動も実施
緊急対処事態対策本部運営訓練 有事発生時における対策本部の立ち上げと指揮系統訓練 内閣官房・都道府県・市町村 情報の集約と意思決定の迅速化が課題

たとえば、平成27年に福岡県で実施された国民保護共同実動訓練では、地下鉄車両内で化学剤(サリン)が散布されたとの想定の下、自衛隊による除染活動や医療機関によるトリアージが行われた。また、北朝鮮からのミサイル飛来を受け、化学剤を搭載した弾道ミサイルによる被害を想定したシナリオも盛り込まれている。

弾道ミサイル迎撃のための日本の防備

補足:

  • 国民保護訓練は、災害対応と同時に、NBC(核・生物・化学)テロのような非伝統的脅威にも対応することが求められており、従来の防災訓練との違いが明確。

  • 「国民保護法」に基づく訓練の実施は、平時から有事に備える社会的レジリエンスの確保として不可欠とされている。