陸上自衛隊が編成している「部隊訓練評価隊(通称:アグレッサー部隊)」は、戦闘訓練における仮想敵役(Opposing Force)を専門とする極めてユニークな部隊である。
OPFORの概念は第二次世界大戦後から芽生え始めたが、現在のような体制が本格的に整えられたのは1970年代から1980年代にかけてである。特に冷戦期のソ連軍の脅威に対抗するため、アメリカ陸軍は徹底して「ソ連軍の戦術、装備、行動様式」を模倣する部隊を編成し、リアリズムに基づく訓練環境を整えた。
以下、日本版OPFORである部隊訓練評価隊の詳細を北富士駐屯地の例を中心に解説するが、併せて米軍におけるOpposing Force運用の実例を紹介する。
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陸上自衛隊 部隊訓練評価隊
「部隊訓練評価隊(北富士駐屯地など)」は、陸上自衛隊普通科などの戦闘部隊に対して実戦的な訓練機会を与えるために編成された「敵役専門の部隊」である。アメリカ軍の“OPFOR(Opposing Force)”の考え方を取り入れたもので、実戦的な部隊対抗演習(FTX)や対抗戦訓練において「敵軍」として活動する。
訓練評価と敵役を同時に担い、より実戦的な演習を可能にしている。専用迷彩服・専用塗装車両を与えられる点も共通しており、日本におけるOPFORの先駆的存在である。
陸上自衛隊北富士駐屯地(山梨県忍野村)には、普通科部隊向けに“敵役”として模擬実戦環境を提供する専門部隊、「部隊訓練評価隊(Training Evaluation Unit・略称TEU)」が駐屯している。
■ アグレッサー(仮想敵役)とは何か
TEUは2000年に設立され、富士学校の隷下にある“富士訓練センター”の中核として機能している。その任務は、全国の普通科中隊に対し、明確な「敵役部隊」を演じることで、実戦に近い訓練環境を提供し、戦闘能力の水準を客観的・数値的に評価することにある。
組織構成と役割
部隊訓練評価隊は北富士を拠点とする本隊と、静岡・滝ヶ原駐屯地の「評価支援隊」から成る。評価支援隊はアグレッサー部隊として、実戦並みの演技や装備、専用迷彩服(3色迷彩)と専用車両を身にまとい、中隊規模の部隊を相手に攻撃を仕掛ける。
また、TEU本部には統裁科や評価分析科が設置され、訓練後には「AAR(After Action Review)」と呼ばれる講評会を実施。参加部隊は、自部隊の装備・戦術の改善点を分析報告として受け取る。
訓練方式と評価手法
TEUが提供する訓練は、レーザー光線や各種センサー、そして砲撃の発煙装置などを併用し、実弾を用いずに命中判定や損害状況を高度に再現するのが特徴だ。装備された「バトラーシステム」は隊員の被弾をリアルタイムで計測し、モニタリングデータを元に詳細に評価される仕組みになっている 。
部隊は年間約20回に及ぶ訓練を主催しており、2000年以降、約450回の訓練実績を記録している。攻撃部隊が防御陣を上回るという基準で訓練が行われる中、「防御側の勝利」は極めて稀で、全国屈指の強さを誇る評価支援隊は“陸自最強”とも称されている。
国際連携訓練も
TEUは米軍など他国軍との連携訓練にも参加している。たとえば、部隊訓練評価隊の査察要員や装備が米陸軍戦闘訓練センターで連携訓練を行い、実戦に近い環境下での能力向上を図っている。
■ 駐屯地と装備
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所在地:北富士駐屯地(山梨県)
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この駐屯地に所在する「部隊訓練評価隊」は、他部隊が行う演習に対してアグレッサーとして出動し、戦術レベルから部隊行動までを評価する。
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部隊自体は、全国の訓練支援隊の中でも最も実戦志向が強い編制の一つ。
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■ 使用装備:バトラー(BATS:Battle Training System)
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構成:隊員が着用するベストに受光器、小銃に取り付けるレーザー照射装置などから構成。
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機能:
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射撃時にレーザーを照射し、被弾判定が可能。
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被弾時はブザー音が鳴る。新型では液晶パネルにダメージ表示があり、よりリアルな訓練が可能。
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「ゾンビ行為(死んだはずの兵が動き続ける)」が不可能になる精度を備える。
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■ 専用装備:迷彩服と車両
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対抗部隊用迷彩服(2009年頃より配備)
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通常の迷彩服とは異なり、旧式の迷彩服1型をベースに黄色みを加えた独特の配色。
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他部隊と明確に区別するためのデザイン。
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専用車両
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通常の2色迷彩塗装(緑×黒)ではなく、3色塗装(緑×黒×茶)が施されている。
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遠目にもアグレッサー部隊とわかる特徴的なカラーリングで、戦場環境の識別を促進。
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■ 目的と運用
部隊訓練評価隊は、「評価」が任務の主眼であり、単なる仮想敵ではない。訓練後には参加部隊の行動や戦術の成果と課題を分析し、戦闘技術向上のためのフィードバックを行う。
つまり「戦って終わり」ではなく、「評価→改善提案→戦闘力向上」というサイクルを担っている点で、他の戦闘部隊と根本的に異なる。
米国軍のOPFORと仮想国家ドノヴィア共和国
アメリカ軍における「OPFOR(Opposing Force)」は、演習や訓練において“仮想敵”として行動し、実戦さながらの戦術状況を再現するために設けられた専門部隊である。
その中核が、カリフォルニア州フォート・アーウィンに設置された「国家訓練センター(NTC: National Training Center)」である。1981年に正式に運用が開始され、アメリカ陸軍内の指定部隊が「仮想敵軍=OPFOR」として、訓練部隊と定期的に模擬戦闘を行うようになった。
OPFORは単なる「敵役」ではなく、敵国の兵器・戦術・思考様式を高度に再現し、実戦的訓練環境の提供を目的としている。
つまり、敵国そのものまで仮想的に配置している。そのモデルは明らかにロシアである。
この高度にリアルな政治・軍事・社会構造を持つ国家モデルが、Decisive Action Training Environment(DATE)などの演習シナリオの中核となっており、高等軍教育から演習設計に至るまで一貫して使用されている。

ドノヴィア共和国の概要
ドノヴィア共和国は、OPFORが演じる架空国家の代表格で、大規模~複合~電子領域まで取り込んだ統合脅威モデルである。
ドノヴィア共和国は、長年の軍事的伝統を受け継ぎ、また経済的豊かさを活かして旧軍の残党を近代的な軍隊へと変貌させ、強力な軍事力を維持している。その教義と戦術は複雑かつ現代的であり、アメリカにとって有能な敵となっている。
同国の軍事力は、民兵や民間軍事会社(PMC)から核兵器や対宇宙能力まで多岐にわたる。ドノヴィア共和国は、戦術兵器から世界中のどこにでも攻撃可能な戦略大陸間弾道ミサイル(ICBM)まで、世界最大の核弾頭備蓄を保有している。
ドノヴィア共和国政府は、数十年前に両国際条約に署名して以来、化学兵器および生物兵器の保有を否定しているが、近年では高度な神経ガスを使用した政治暗殺事件や、軍の研究所から炭疽菌が漏れて100人以上が死亡した事件が発生している。これらのことから、国際社会はドノヴィア共和国が依然として化学兵器および生物兵器の開発・保管を行っていると評価している。ドノヴィア共和国軍は、戦闘作戦を遂行しながら状況設定やナラティブ活用のためのマルチドメイン作戦(MDO)も遂行できる。この強力な軍事力と、積極的な政治アジェンダが相まって、ドノヴィア共和国は世界有数の競争相手となっている。
■ アメリカ陸軍における代表的OPFOR部隊:第11装甲騎兵連隊(ブラックホース連隊)
NTCにおけるOPFORの主力は、第11装甲騎兵連隊(11th Armored Cavalry Regiment, 通称“Blackhorse Regiment”)である。同連隊は、OPFORとして長年にわたり他部隊との模擬戦を担当しており、「ソ連軍風の編成・装備・戦術」を採用することで知られている。
冷戦終結後、仮想敵は旧ソ連軍だけでなく、多様な地域紛争や非国家主体も含むようになり、任務もそれに応じて多様化した。湾岸戦争やイラク戦争以降は、ゲリラ、反政府勢力、テロ組織といった非正規戦闘勢力への対応も訓練内容に組み込まれるようになった。また、アジア太平洋地域における演習では、中国や北朝鮮を念頭に置いたOPFORが想定されることもある。
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駐屯地:ネバダ州フォート・アーウィン(Fort Irwin)内の国家訓練センター(NTC)
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任務:演習に参加する実戦部隊に対し、架空の敵「ドノヴィア共和国軍」として立ちはだかり、本物の戦争のような戦場環境を作り出す。
- 兵員:OPFOR将兵は、敵国語(ロシア語)も喋るよう教育される。
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装備:
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米軍の正規配備車両(M1戦車やM113など)を敵国風に改装し、外観・塗装・装備配置にする。
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例としてBMPに似せたM113に木製ERAブロックを載せて敵戦車として偽装し、戦術を体現する。
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ホーエンフェルスでの演習ではスロベニア戦車部隊を招致して強化するなど、多国間・実装備型の訓練が実施されている。
- 電子戦や情報戦、ゲリラ的行動まで再現することもある。
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■ OPFORの特徴
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仮想国家の設定
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NTCで用いられる「ドノヴィア共和国(The People’s Republic of Donovia)」は、ロシアや旧ソ連諸国を模した国家であり、部隊はその「軍隊」として行動する。
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制服・装備・部隊編制までも仮想国家仕様とされている。
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敵国戦術の徹底研究と実装
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ロシア、中国、中東諸国の戦法を研究し、それをOPFORが再現。
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例:縦深戦術、分散型ゲリラ戦術、電子妨害、サイバー攻撃の演習も行う。
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演習のリアリティの追求
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OPFOR部隊は“わざと負ける”のではなく、本気で勝ちにくる。そのため、演習部隊が敗北することも珍しくなく、実力が試される場である。
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■ その他の主要なOPFOR拠点
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フォート・ポーク(ルイジアナ州):統合即応訓練センター(JRTC)
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小規模な戦闘や市街地戦に特化した訓練が行われる。
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民間人役やNGO役まで用いて複雑な戦場状況を構築。
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フォート・レナード・ウッド(ミズーリ州)などでも、規模の小さなOPFOR機能が存在。
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OPFORは、第11装甲騎兵連隊以外にも以下の訓練センターで常設部隊として運用されている。
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フォート・ジョンソン(ルイジアナ州):1‑509落下傘歩兵大隊(都市戦想定)
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ホーエンフェルス(ドイツ):1‑4歩兵連隊第1大隊(欧州連合訓練センター)
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■ 意義と目的
アメリカ軍のOPFOR部隊は、次のような訓練効果を生むために存在する。
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兵士たちに“未知の戦術環境”を体験させ、即応力を鍛える
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失敗を演習で経験させ、本番での生残率を高める
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多国籍任務や市街地戦など、複雑化する現代戦への適応訓練
- 現場ではリアルな装備や言語、模擬戦術が重視され、兵站までOPFOR内部で完結する強固な訓練環境が構築されている
まとめ
部隊訓練評価隊は、北富士駐屯地を拠点に、リアルな交戦環境を提供することで部隊の「本当の強さ」を測る、自衛隊唯一の専門的評価部隊である。実戦を想定した訓練と継続的な分析で、全国の部隊の戦闘能力を底上げする非常に重要な存在だ。多くの先進国が採用するOPFOR概念を日本流に落とし込んだ形態であり、冷戦後の陸自の訓練スタイルの進化を象徴する部隊と言える。