自衛隊カメラマンの訓練とは――フィルムの扱いすら知らなかった隊員が、わずか3週間でプロ級に

フィルムの扱いすら知らなかった隊員が、わずか3週間でプロ級に――自衛隊カメラマンの訓練とは

自衛隊では、訓練風景や災害派遣時の活動などを記録する「カメラマン」が存在する。彼らは単なる写真好きではなく、きちんとした任務として、組織的な教育を受けた上で従事している。とくに陸上自衛隊では、通信科の一部門として写真撮影の任務を担っている。

「通信科」所属のカメラマンたち

陸上自衛隊の通信科は、本来、無線通信や暗号業務を専門とする部門だが、そこに「写真記録」を専門とする隊員も含まれている。災害派遣や演習の記録だけでなく、内部資料や報道提供用としても使用される写真を、彼らが日々撮影している。

東日本大震災では、こうした記録写真が書籍化された例もある。

専門教育の場「陸曹写真課程」

写真を担当する自衛官は、久里浜駐屯地にある通信学校で「陸曹写真課程」を受講する。全国から選抜された隊員が集まり、写真の専門技術を徹底的に学ぶ。

教育では、撮影の基礎から応用、さらには現像や整理・保存など「写真業務」の全般を網羅。講義と実習が連日続き、隊員たちは朝から晩までシャッターを切り続ける。ISO感度を変えての夕景撮影、コンパスを使っての撮影方位の記録、夜間や悪天候での撮影訓練など、内容はまさに実践的だ。

支給される機材と訓練内容

訓練で使うカメラは、隊員各自に貸与される。2000年代初頭ではニコンのD2Hsなど、プロ仕様の一眼レフカメラが支給され、それに加え、三脚などの周辺機材も官品として提供される。

現在はほぼデジタルカメラが主流だが、教育課程ではフィルムカメラによる撮影や現像技術もしっかりと教えられる。ピント合わせはあえてマニュアルで行い、撮影者の感覚を鍛えるのだという。

災害だけでなく、犯罪現場の記録も

彼らの任務は災害や訓練の記録にとどまらない。警務隊に同行し、隊内で発生した事件や事故の現場を記録することもある。まるで警察の鑑識係のような一面も持つのが、自衛隊カメラマンという職種の現実だ。

彼らの作品を公式サイトで見ることができる

陸上自衛隊の公式サイトには、これら写真記録隊員が撮影した画像が「フォトギャラリー」として多数公開されている。そこには、任務に臨む隊員たちの真剣な表情や、訓練の迫力、自然災害への対応の瞬間などが、美しく、力強い写真として残されている。

陸上自衛隊フォトギャラリー(防衛省公式サイト)
http://www.mod.go.jp/gsdf/fan/photo/


ある女性自衛官のシャッターチャンス

カシャッ――。
朝もやの中、演習場の端に身をひそめた女性隊員が、息を殺してシャッターを切る。

「……光、まだ足りないな。ISO上げて……シャッタースピード1/250、いける」

迷彩服に身を包み、手にはニコンのD2Hs。双眼鏡のように構えたカメラの背後から、鋭い視線がのぞく。

「走ってくる隊員の表情、あと2秒……よし、来た!」

カシャッ、カシャッ、カシャッ。
連写音とともに、泥だらけの隊員がこちらへ突っ込んでくる。その一瞬を逃さず捉える。

「笑ってる。いい顔……これは使える」

小走りにポジションを変えながら、彼女は腰のポーチからレンザティック・コンパスを取り出す。メモ帳に撮影方位と時刻を手早く記録する。

「方位080、時刻0709……雨、止まず。次は射撃訓練エリア」

防水カバーをそっとかけ、カメラを守る。髪を結んだ後れ毛が濡れて額にはりつくが、気にする様子はない。

「次は逆光か。露出補正マイナス1……」

雨がしとどに降る中、仲間の動きに合わせて黙々とファインダーを覗き続ける彼女の目は、いつしかカメラそのもののように冷静で、正確だった。

「記録とは、ただ撮ることじゃない。見せたいものを、誰より先に、見つけること……教官の言った通りだな」

冷たい空気に吸い込まれて消えた独り言が、次のシャッター音がすぐにそれを追い越した――。

派遣任務から戻って数日。久しぶりの静かな朝、通信室の一角にある写真班の区画では、冷たい蛍光灯の光が彼女のノートパソコンと外付けHDDを照らしている。

ディスプレイには、現地で撮影された数百枚の写真。その一枚一枚に、タイムスタンプ、撮影場所、被写体の概要などのメモが添えられていく。

「……このカットは避難誘導、0805、第三分隊。小学校前。被災者は顔がはっきり映っていないから、対外使用も可能。タグ付け、『報道向け候補』」

キーを叩く手は止まらない。
目を細めながら、隣の隊員に声をかける。

「村上二曹、あの瓦礫撤去中の連続カット、指揮官の顔が映ってたけど、あれ本人の事後確認取れてる?」

「はい、口頭ですが本人から『OK』出てます。機関誌にも使っていいそうです」

「了解。ファイル名に『指揮官承諾済』入れとくね」

そのやりとりの横で、広報班の担当者が来室し、タブレットを手に声をかける。

「お疲れ。防衛省の報道班から、災害派遣の画像を10枚ピックアップしてくれって依頼が来てる。テレビ局や新聞に提供予定らしい」

「いつまでに?」

「明日午前。トリミングも、必要ならキャプション付きで頼むって」

「わかりました。じゃあ現場の空撮と、避難所で炊き出しやってる場面、あと負傷者搬送……あ、あの子どもが隊員に抱きかかえられてるやつ、入れます」

そう言って彼女は黙々とファイルを開き、画像を並べる。
表情には疲れがにじんでいたが、指先の動きには迷いがない。

「『○○県○○市、避難所にて。負傷した子どもを搬送する第○普通科連隊の隊員』……キャプション、これでいいかな。補足いる?」

「バッチリ。さすが。じゃ、俺、広報に先に報告しておく」

「ありがとう。あとでまとめて送ります」

部屋の片隅、モニターの光が淡く彼女の横顔を照らす。

「写真って、誰かのために撮るものだから。……現場で見たことを、ちゃんと伝えたい」

そう呟いた声に、誰も返事はしなかったが、空気の中には確かな緊張と誇りが満ちていた。

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