海上保安庁は警備および救難機関。その役割と司法警察権とは?

海保の航空機と歴史……空からの警備救難

海保では艦艇のみならず、航空機も有しており捜索救難活動に役立てています。全国の航空基地で運用されるほか、大型巡視船にはヘリパッド設備も搭載されています。海保のパイロットは海上自衛隊にて教育の委託訓練を受けています。

警察の航空隊とは違い、ヘリだけでなく固定翼機も配備しているのが特徴です。その中でも一番大型の航空機は全長30mのガルフストリームという大型ジェット機です。これらの航空機は通常、大規模な空港や自衛隊の航空基地に海上保安庁航空基地が併設され、配備されています。また、ヘリコプター搭載型巡視船もあり、救援対象の船舶からヘリを経由した救急患者搬送にも役立っています。

海上保安庁ではYS-11の後継機として外国製のボンバルディア DHC-8を採用しています。民間航空会社でも旅客用として採用されて多数運行されていますが、トラブルが多いことも特徴です。

種別 機種名 用途 主な特徴
固定翼機 ボンバルディア DHC-8-Q300 / Q400 哨戒・監視・捜索 中距離対応。広域の海上監視任務に活用。
ビーチクラフト キングエア350 監視・情報収集 小型双発機。沿岸監視や情報収集に適す。
ガルフストリーム V(U-680A) 長距離監視・情報収集 高高度長時間飛行が可能なジェット機。
サーブ 340 救難・監視 中型プロペラ機。人員や資機材の輸送にも対応。
ファルコン900 要人輸送・情報収集 高速・長距離飛行可能なビジネスジェット。風船おじさん追跡機。
回転翼機(ヘリコプター) アグスタウェストランド AW139 救難・搬送・監視 最新鋭中型ヘリ。夜間・荒天対応能力を備える。
ベル 412 救難・災害支援 信頼性の高い中型機。離島支援や医療搬送にも。
シコルスキー S-76 監視・搬送 小型軽量機。沿岸警備や人員輸送に適す。
ユーロコプター AS332(スーパーピューマ) 広域救難・輸送 多人数搬送に対応する大型ヘリ。長距離飛行が可能。
川崎 BK117 観測・救急搬送 小型・高機動。狭所での活動に有利。

上記以外に、セスナ機による飛行訓練を行っています。

ちょっと変わった飛行機 ショート SC.7 スカイバンの概要

また、過去の機体には、かつてイギリスのショート社が開発した双発ターボプロップ輸送機「ショート SC.7 スカイバン(Short Skyvan)」を運用していました。この機体は、積載量と特に短距離離着陸性能(STOL)に優れ、狭隘な滑走路や離島での運用に適していました。

項目 内容
製造国 イギリス(ショート・ブラザーズ社)
初飛行 1963年
全長 約12.2メートル
全幅 約19.8メートル
最大離陸重量 約5,670kg
最大搭載人数 19名
エンジン Garrett TPE331-2 ターボプロップエンジン(各525kW/715馬力)
特徴 STOL性能、箱型胴体、後部ランプドア、頑丈な構造

スカイバンは、貨物輸送や人員輸送、救難活動など多目的に使用されました。特に後部のランプドアは、迅速な貨物の積み下ろしや人員の搭乗・降機を可能にしました。

海上保安庁では、1970年代から1990年代にかけて、スカイバンを3機導入し、主に離島への物資輸送や人員輸送、監視活動に使用していました。そのSTOL性能により、滑走路が短い離島や緊急時の着陸が求められる場面で重宝されました。

しかし、1990年代後半には機体の老朽化や部品供給の問題から、後継機への更新が進められました。1997年には、スカイバンの後継としてサーブ340B型機が導入され、スカイバンは順次退役しました。

スカイバンの独特な外観や運用実績から、航空ファンの間でも人気があります。特に、海上保安庁仕様のスカイバンは、模型メーカーからデカールセットが販売されるなど、今でも注目を集めています。

海保のヘリに武装はある?

自衛隊のヘリコプターでは、陸自が汎用ヘリのキャビンに50口径やミニミなどのドアガンを設置し、空自のレスキューヘリもミニミを吊り下げ、海自の哨戒ヘリには74式車載7.62mm機関銃を設置している例もあります。

しかし、海上保安庁のヘリコプターには機関銃や爆雷などは搭載されておらず、警察ヘリと同様に完全に非武装です。海保が軍隊ではないことを広く証明するために警察同様の措置をとっているものとみられます。ただ、銃器を携行した隊員が機上から射撃を行う場合も考えられます。

都道府県警察航空隊とヘリコプターの運用

大やけどを負ったロシアの少年を第一管区海上保安部の航空機で緊急搬送!

YS-11で宗谷海峡を越え、大やけどの少年を救った夏の日の1990年のある日。サハリンに滞在していた日本人から北海道庁に緊急の電話がありました。


「サハリンに大やけどを負った少年、コンスタンティン・スコロプイシュヌイくんがいるので北海道に搬送して治療できないか」——その切迫した訴えが、すべての始まりでした。道庁の担当者はすぐに外務省と連携を取り、当時としては前例のない決断を下しました。それは、海上保安庁の飛行機を使って、北海道からサハリンまで飛行し、重傷を負った少年を迎えに行くというものでした。

この決断のもと、深夜3時、千歳空港に所在する海保千歳航空基地には、航空医療に定評のある医師らが集結。第一管区の航空機YS-11が、レスキューミッションのために緊急離陸しました。1990年の暑い8月の深夜、YS-11は千歳を飛び立つと、岩見沢、滝川など道央上空をターボプロップのエンジン音を響かせながら通過し、最北端・稚内まで一気に北上。やがて、目の前には宗谷海峡が広がります。この宗谷海峡では過去に悲しい事件がありました。

かつてソ連軍戦闘機によって大韓航空の旅客機が撃墜されたのです。その記憶が日本政府の判断を慎重にさせましたが、幸いにもソ連政府からは領空進入の許可が下り、サハリンの空港当局からも着陸進入のアドバイザリが出されました。

そして、海保のYS-11は無事にサハリンの空港へと着陸を果たしました。最初の電話連絡から実に17時間後のことでした。空港でコンスタンチン君を引き受けると、YS-11はすぐさま北海道へ向けて離陸し、機内では医師4人による治療が即座に始まりました。トンボ返りで千歳に戻ったYS-11から、今度は道警ヘリにバトンタッチされ、札幌医科大学病院の屋上ヘリポートに着陸。

コンスタンチン君の本格的な手術が始まり、翌日には皮膚移植手術に成功。少年は奇跡的に命を取り留めることができたのです。この救出劇は、海上保安庁、北海道庁、外務省、法務省など多くの関係機関が一致団結して成し遂げた命のリレーでした。

この奇跡の飛行を成し遂げた海上保安庁のLA782「おじろ」号は、その後も長年にわたり活躍を続け、2009年に退役が決定。12月に正式に任務を終えました。