1994年の制服および装備品改正にて、制服警察官の腰に吊られたそれまでの木製警棒は金属製の伸縮式特殊警棒へと代わり、2025年の現在にいたるまで配備が続いています。
警察官に貸与される特殊警棒は警戒杖と共に『特殊警戒用具』と部内で呼ばれる装備品。
特殊警棒はある理由から過去2回のモデルチェンジが行われています。その理由とは。
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初代は3段伸縮式の53型警棒
94年の装備品変更当時、貸与が始まったのは、アルミ製の小型軽量で3段伸縮式の『53型警棒』と呼ばれる初代モデル。全長約53cmが名称の由来です。
53型には刃物による受傷事故を防ぐため、新たに展開式の鍔が取り付けられており、普段は1文字、使用時に十字へ展開可能。
制服および装備品改正により、お目見えした『53型警棒』。
しかし、実際の配備では現場から不満の声が多発。
第一に強度不足による破損。アルミ製と直径の細さを起因とする折れ曲がりが問題に。
また、それまでの木製警棒が全長60cm弱であったのに対し、53cmと短くなったことで間合いが取りにくいという声も。
第一線の警察官にとって『53型警棒』は現場が求める仕様に合致していなかったのです。
もっとも、強度不足については過剰な制圧力を行使できないように、意図的に数回で使用不能にさせる設計思想だった可能性も。
また、ラジオライフによれば、いまだ一部の私服勤務者や交通部門で現役、金属製伸縮式警棒としては最も古い41型警棒もまた打撃1発で曲がってしまうとのこと。
しかし、腰道具がお飾りでは困るのが、現場で凶悪犯と真っ先に対峙する地域警察官や機動捜査隊。
このため、廃止された木製警棒は制圧力の行使を重視したい一部の部署で使用されていました。
3段式53型から2段式65型へ変更されたその理由は?
2006年、特殊警棒は新たなサイズと仕様の2段式『65型警棒』へとモデルチェンジ。
2006年、47都道府県警では旧53型から新たに65型警棒へと更新。
その更新の理由はそれまでの旧・53型警棒の強度不足と短さもさることながら、公務執行妨害の多発による警察官の受傷事故続発にあります。
2003年にはナイフで刺されるなどして1か月以上の重傷を負った全国の警察官は約60人、2004年は70人以上に達したなか、警視庁では独自に同庁警察官の装備品強化を推進。
2006年には秋葉原通り魔事件が発生。数本の刃物を所持した被疑者が通行人を無差別に殺傷するという凶悪な事件に国民の不安は募りました。

写真はCOVID-19感染拡大防止のため、緊急事態宣言が出された2020年4月、外出自粛を国民に促すため、鈍く光る65型警棒を抜いて街頭に立つ警視庁警察官。展張した2段式警棒のディティールがよくわかる。一方で、警棒を展張させて外出自粛を国民に促すことは必要以上に威圧的だとの声も。写真の引用元 文春オンライン
その結果、全国の警察本部では間合いを長く取れる65センチ、太さも最大で2倍と、制圧力が強化された「65型警棒」に刷新。

65型は53型に比べ、直径が最大で2倍も太くなったほか、53型に比べて収納時および展開時のどちらとも長く、刃物を持った被疑者を制圧する際に有利に。写真の引用元 毎日新聞社
つまり、現行の警棒が旧型より太くなった理由は警察官の受傷事故防止のため。

制服警察官の帯革(たいかく)に吊られた各種の腰道具と現行配備65型警棒。従来通り、鍔を有する。65型警棒ではシャフトをひねって固定解除する方式だが、一時期、一般流通もされていた65型とほぼ同じ外観のN社製Ⅲ-R型ではグリップエンドを引いてロックを解除する仕様。
なお、現在配備されている65型警棒のグリップエンドには『ガラスクラッシャー機能』を搭載。
女性警察官用の軽量型特殊警棒
その一方、3段式から2段式となったことでバランスが悪くなったという意見のほか、とくに女性警察官からは53型に比べて重量が増し、扱いにくくなったという意見も。
そのため、女性警察官向けとして、軽量型特殊警棒も新たに調達される運びに。
静岡新聞 こち女ニュースの報道によれば、静岡県警などの一部県警本部では女性警察官用に軽量型特殊警棒が配備されているようです。
同県警で配備されている通常型特殊警棒は580グラムですが、2017年から配備された女性警察官向けのタイプでは100グラム軽量化。
しかも強度は通常型と同等。
似たような事例に『女性警察官が太くて握りにくいけん銃』という問題が外国であったようです。
警察の装備品はジェンダーレスの課題も。
私服捜査用の特殊警棒
このように、すこぶるどでかい65型警棒に更新された2025年現在。
地域や交通といった制服警察官であれば、腰に着装した警棒などの装備品秘匿は不要でも、私服警察官(私服勤務者という)ではそうもいきません。
内偵捜査を行う私服用には旧53型警棒のほか、より全長が短く秘匿性に優れた、鍔(ツバ)なしの41型警棒などが配備。
以前は鍔(ツバ)なしですが、後付けタイプも。
参考文献 http://www.japan-sit.com/Keibou.htm
ただ、制服で恒常勤務に就いている地域課や交通課などの制服警察官では、正規貸与の装備品しか普段着装できない一方、私服勤務員については貸与された官給品の破損や紛失を防ぐ理由から私物品を使えるなど、以前から比較的寛容。
特殊警棒も貸与された官給品以外の市販品を所属長の許可を得た上で私物として使う刑事も。
代表的な私物に日本のモデルガン関連会社が私服警察官用に製造しているホルスター、薄型手錠ケースなどがあります。
上に挙げたN社や後述のメーカー製品を『一般人には販売できません』と謳う護身用品ショップから警察官限定価格で購入する場合も。
参考として、現職警察官にしか販売を行わないと謳う「警察グッズ販売店まめたん」によれば『私服警官用小型警棒/PZ107』として、(株)エスエスボディーガードが展開するブランド『ホワイトウルフ』製スチール製特殊警棒(展張時最大40センチ・フリクション方式)を警察官のみに販売。
(株)エスエスボディーガードは警棒のほか、警察手帳用カバー、私服刑事用の手錠ケースなど、実際に警察への納入実績が多数です。
特殊警棒のロック方式
特殊警棒のロック方式にはいくつかあります。
もっとも一般的なのが、振り出した勢いでシャフトの接合部を摩擦(Friction)させて固定する確実かつシンプル『フリクション・ロック方式』。
ただし、戻す場合に地面など硬い面に先端を強く打ちつける必要も。
一方、オートロック方式やメカニカル方式、ストップピン式と呼ばれるタイプは、振り出しによる伸張が不要。
手で力をこめずにシャフトを引き出すとストップピンやカムロック機構などで固定されます。
さらに、戻す際はピンを押し込む、またはグリップエンドを引くなどで解除され、固い面への打ちつけ収納が不要。
最近のテレビドラマでも人気シリーズの『警視庁機動捜査隊216』や『CRISIS 公安機動捜査隊特捜班』などで特殊警棒の携行とその描写が多いもの。
テレビドラマ『CRISIS 公安機動捜査隊特捜班』の小道具として護身用品の専門ショップ『ボディーガード』がタイアップして提供したのは特殊警棒『KSP-2』。
KSP-2はオートソフトロック方式により、手でシャフトを伸張させると接合部が内部の窪みにはまることで固定。
こちらも打ちつけ収納は不要。手で軽く押し込むだけで収納できる優れた機構です。
役者が勢いよく特殊警棒を振り出すとシャフトが展張され、その際の金属音も威圧感があり、効果的な演出にも。
しかし、実際の現場で警棒を使用する前の段階、すなわち実力行使を伴わない段階で、そのアクションの視覚および金属音の両方によって被疑者を畏怖させる効果は実際にあるそうです。
それが市民に対して必要以上に威圧的だとして、アメリカでは伸縮式警棒の使用を推奨しない法執行機関もあるほどです。
参考 警備業界での特殊警棒のトレンド
民間人である警備員が携帯する護身用具『警戒棒』または『警戒杖』については警備業法および各公安委員会で細則が定められ、多くの制限が。
現在の細則では警戒棒については30センチ以上90センチ以下、警戒杖については90センチ以上130センチ以下となっているほか、材質に制限はないものの、重量制限は設けられています。
なお、警備員であっても、警戒棒の使用自体に無制限で免責があるわけではありません。
正当防衛以外の使用(例えば警察官の行う制圧行為に類似した行為)は禁止されます。
また、部隊を編成し、集団の力を用いて警備業務を実施する場合にあっては警戒棒を使用してはならないなど、その使用には警備業法で細かな制限も。
警察官のように”ほぼ無制限”で使えないのが、警備員の特殊警棒(警戒棒)です。
警備会社などで導入される『ジストス』
東京都大田区の『三力工業』が製造販売する特殊警棒『ジストス』は、麻薬取締官、自衛隊警務隊、水産庁、法務省刑務官、検察庁検察事務官、入国警備官などで採用されているほか、大手警備会社などでは機械警備業務(機動隊)や警備輸送での導入実績がある優れた製品です。
同社では『自己防衛(護身)』についてメーカーとして深く考えており、その一例として、同社の特殊警棒製品の一つ『ダイハードX』の製品ページにて、危険や脅威への具体的な対処について訴えています。
同社は1994年に行われた警察官の制服変更に伴う装備品刷新とほぼ時を同じくして、同社初となるアルミ伸縮式警棒を開発および生産。
翌年には特許を取得した新方式の伸縮式警棒を開発し、公的機関向けに販売。
1998年には手錠も開発するなど司法警察機関向けの装備品メーカーとして頭角をあらわし、さらに2000年には民間警備会社向けアルミ製警戒棒、それにさすまたなどの製造販売を開始。現在は新会社(株)サンリキとしてさまざまな製品を製造しています。
特殊警棒のまとめ
このように警察官の警棒は53型から65型へと変遷を辿っています。その理由は強度不足と、警察官の受傷事故増加が挙げられます。