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シグナリーファン編集部では、警察装備や運用に関する国内外の公開情報・公式資料・報道記事・学術文献を継続的に調査・分析しており、本記事もそれらの調査結果に基づいて構成しています。

「越境する捜査権──ICE(移民・関税執行局)の任務と現実」

ICE(移民・関税執行局:U.S. Immigration and Customs Enforcement)は、アメリカ合衆国国土安全保障省(Department of Homeland Security=DHS)に属する法執行機関であり、2003年に新設された比較的新しい機関である。その設立は、2001年の同時多発テロ事件を受けた国家安全保障再編の一環として行われたものであり、国境管理、移民法執行、関税・貿易に関する法令違反の取り締まりを主要任務としている

一方で、移民排除の象徴として国内外で批判される場面も少なくない。今回は、ICEの設立経緯、組織構造、権限、任務、他機関との違い、そして現代アメリカにおけるその評価と課題を掘り下げる。


■ 設立の背景

2001年9月11日のテロ事件を受け、アメリカ政府は国土の安全保障体制を抜本的に再編した。その中で、旧移民帰化局(INS)や税関局(U.S. Customs Service)の一部機能を統合し、2003年に国土安全保障省(DHS)が発足、同時にICEも新設された

ICEの発足は、「テロリストや犯罪者の入国・滞在・資金移動・物流を防ぐ」という国家安全保障的観点が背景にある。

ICE(移民・関税執行局)が設立された背景には、2001年9月11日に発生したアメリカ同時多発テロ事件がある。この未曽有の攻撃により、連邦政府は国家安全保障体制の抜本的見直しを迫られ、対テロ対策を軸とした新たな政府組織の構築が始まった。

その中核となったのが2002年に成立した国土安全保障省(Department of Homeland Security, DHS)であり、2003年3月にはそれに伴って、複数の既存機関を統合・再編する形でICEが創設された。

それ以前の移民管理や関税取締りは、主に移民帰化局(INS)財務省の関税局(U.S. Customs Service)が担っていた。しかし、9.11の調査により、これら機関間の情報連携の不備や、法執行体制の分断がテロリストの入国・滞在を許していたと批判された。たとえば、犯行グループの一部は学生ビザや観光ビザを使って合法的に入国し、国内で活動していたにもかかわらず、それを追跡・排除する体制が整っていなかった。

この教訓をもとに、移民管理と国境警備、国際犯罪の取締りを統合的に担う新たな組織として誕生したのがICEである。INSとCustomsの捜査機能を統合し、国内外にまたがる犯罪ネットワークへの対応力を強化する狙いがあった。

ICEは特に、不法移民だけでなく、ビザ不正使用、違法就労、知的財産侵害、人身売買、薬物・武器の密輸などに対しても捜査権限を有しており、国土安全保障捜査局(HSI)と執行・強制送還局(ERO)という二大部門を軸に活動している。

つまり、ICEは単なる移民取り締まり機関ではなく、テロ対策の延長線上に位置する広域な法執行機関として設計されたのである。そのため、ICE捜査官は警察官ではないが、銃の携帯が認められている。

設立当初からその権限と運用には賛否が分かれたが、9.11以後の国家の安全保障政策の象徴的な存在といえる。


■ 組織構造:HISとEROの二大部門

ICEは大きく分けて以下の二部門に分かれている。

1. HIS(Homeland Security Investigations)

ICE内の捜査部門であり、主に以下を扱う:

  • 国際的人身売買・児童ポルノ摘発

  • テロ資金ルートの追跡

  • 偽造品、知的財産権侵害の摘発

  • 輸出規制違反の調査

  • 国際的なマネーロンダリングの捜査

  • ギャングや密輸組織の解体

HISはFBIに匹敵する捜査機能を持ち、国外の法執行機関とも連携する

2. ERO(Enforcement and Removal Operations)

ICEの移民法執行・国外退去部門であり、主に次のような任務を担う:

  • 不法滞在者の拘束・国外退去(deportation)

  • 犯罪歴を持つ外国人の送還

  • 地方警察との協定による移民身柄の引き渡し(287(g)協定)

  • 拘束施設の運営と監督

EROの活動は、しばしば報道や政治的議論の対象になる。とりわけ、不法移民を家庭や職場から拘束・強制送還する措置については、人道上の観点から賛否が分かれる。


■ ICEの権限と法的位置づけ

ICEの職員は連邦法に基づく広範な捜査・逮捕・押収権限を持ち、拳銃の携行、身柄拘束、国外退去手続きの執行などが認められている。なお、連邦レベルでの法執行権限を有しており、州境を越えた行動も可能である。

移民関連法(INA:Immigration and Nationality Act)および関税法(Tariff Act)などの適用が主な根拠となる。


■ ICEとCBP(税関・国境警備局)の違い

ICEはCBP(U.S. Customs and Border Protection)と混同されることがあるが、両者は別組織であり、役割も異なる。

  • CBPは、空港・陸上国境・港湾などの入国審査と物品検査を担当。外国人の入国審査官を含む。

  • ICEは、国内に滞在する外国人に対する不法滞在の捜査・摘発・送還を担当。また、関税法や貿易法に関する犯罪捜査も行う。

つまり、CBPが「国境で止める」機関であるのに対し、ICEは「国内に入ってきた後を追う」機関である。


■ 特徴的な活動例

  • Operation Cross Country:児童人身売買と性犯罪を国際的に摘発する捜査プロジェクトで、FBIと連携。

  • 知財侵害・海賊版撲滅(IPR Center):模倣品や海賊版の輸入監視・摘発を行う拠点。

  • テロ資金調査:中東や中南米の銀行口座を通じた資金移動に目を光らせている。


■ ICEの装備と職員

ICEの捜査官(特別職員)は、FBIやDEAと同様に9mm拳銃(SIG Sauer P229R、グロック)を標準装備とし、場合によっては長銃器や戦術装備も使用する。戦術部門にはSRT(Special Response Teams)も存在し、危険度の高い強制捜索や逮捕を担う。


■ 評価と批判

ICEはその強制力ゆえに、しばしば批判の対象となっている。とくに以下のような点が議論を呼ぶ:

  • 家族を分断する強制送還

  • 地方自治体による「サンクチュアリ政策」との対立

  • 収容施設の待遇問題

  • 治安維持と人権保障のバランス

一方で、ICEは違法薬物取引や児童搾取といった重大犯罪に対する国際的対応能力が高く、安全保障上不可欠であるとの評価も根強い。


■ 結語

ICEは、移民政策や国境管理をめぐるアメリカ社会の根幹に関わる存在であり、単なる「移民取り締まり機関」ではなく、国際犯罪・経済犯罪にも対応する広範な権限を持つ法執行機関である

国家安全保障、法の執行、人道的配慮という複雑な要素が交錯する領域で活動するため、その役割は極めて政治的、かつ社会的意味を持つものとなっている。FBIやDEAとは異なる性格を持ちながら、現代アメリカの安全保障と移民制度の現場において重要な柱となっている。

アメリカ警察特集コラム 第8回『アメリカの警察以外の法執行機関』
▶︎ https://amateurmusenshikaku.com/security/us_police_column_no_8/


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