アメリカ警察特集コラム第7回『アメリカのポリスカーと各種装備』

米国の警察車両事情──多様な管轄と共通するパトカー仕様

アメリカ合衆国では、州警察、市警察、郡警察、保安官事務所(シェリフ)など多数の法執行機関が存在しており、それぞれが独自の警察車両を保有している。そのため、車両の外観や表記は管轄ごとに異なるものの、パトロールカーとして採用される車種には一定の共通性がある。

背景には、米国自動車メーカー各社が提供する「ポリスパッケージ(Police Package)」と呼ばれる警察向け特別仕様の存在がある。これにより、特定の車種が全国の警察機関で広く採用されている。

米国内の多くの警察機関では、いわゆる「ビッグ3」に数えられるフォード、ゼネラルモーターズ(GM)、ステランティス(旧ダッジ)のフルサイズセダンを警察車両として導入している。中でも、フォード社が1998年から2011年にかけて製造した「クラウンビクトリア・ポリスインターセプター(P71)」は、全米で広く配備された代表的なモデルである。

また、ダッジ・チャージャーをベースとした警察車両「パーシュート(Pursuit)」も広く知られている。

一方で、従来のパトカー設計とは一線を画す試みもあった。2010年代初頭には、カーボンモーターズ社が開発した専用警察車両「E7」が注目を集めた。同車は、外部に露出した警光灯を廃し、ボディ内部に組み込む独自のデザインを採用。全米の警察機関から1万台の事前受注を受けていたが、最終的には資金難により開発が頓挫。2013年に同社は破産申請を行い、E7は試作車1台のみが製造されるにとどまった。

近年では、環境対策の観点からハイブリッド車を採用する動きも広がっている。ニューヨーク市警察(NYPD)をはじめ、一部の法執行機関ではトヨタ・プリウスや日産・アルティマなど、日本メーカーの車両をパトカーとして導入している。これらの車両は市街地での巡回や監視活動に適しているとされ、今後のさらなる普及が注目される。

「刑事がこんな車に乗るのか?」というセリフから考える「アザー・ガイズ 俺たち踊るハイパー刑事!(The Other Guys)」

一般市場に中古パトカーや白バイが放出されて誰でも買える

国では中古パトカーや白バイの再流通が一般的 日本は厳格な廃棄処分

日本では、これまで長らく、使用済みとなった警察車両が中古車として一般市場に流通することは、基本的になかった。契約を結んだ専門業者によって厳格な処分が行われる。

処分作業では、行政職員の立ち会いのもとでパトライトや無線機器など警察特有の装備がハンマーなどで物理的に破壊され、車体に記された警察マークや表記も塗りつぶされた上で、車体自体を解体処理する。これは装備品の不正流出や転用を防ぐための措置であり、装備の秘匿性を重視する日本の警察運用方針が反映されている。

ごく一部には、市町村の交通指導車などとして再利用される例や、中古車市場に出る場合もあるが、あくまで例外的である。警察装備が民間市場に流通することに否定的な立場は変わらない。エコロジーや資源循環といった考えよりも、機密保持を優先する姿勢が徹底されている。

一方、アメリカでは事情が大きく異なる。特に小規模な市警察では予算に限りがあり、装備更新に伴う中古車の販売は財源確保の手段ともなっている。そのため、使用済みの警察車両が民間市場に出回ることは日常的であり、購入に制限は設けられていない。

Police 2012-2013

Police 2012-2013
1133016650 | John S. Dempsey | Delmar Pub | 2012-01

中古パトカーは、他の警察機関に再配備されたり、塗装を変更して民間用途に転用されることもある。タクシー会社が中古パトカーを購入し、営業用車両として再利用する例も報告されている。白バイも同様に中古市場に出回ることがあり、これらは「警察仕様車」として一定の人気を持つ。

また、米国の中古パトカーは日本への輸入も可能であり、国内にもパトカー愛好家の団体が存在する。これらの団体は米国から輸入された車両を維持・展示しており、イベントなどで活用されることもある。両国の警察車両に対する考え方の違いが、このような市場の姿勢に現れている。

米国警察パトカーの特別装備 防弾化や衝突制圧装備も

米国の多くの警察車両には、過酷な任務に対応するための特別な装備が施されている。代表的なものとしては、防弾ドアパネルや衝突制圧用のプッシュバンパー、車内の隔壁、搭載火器などがある。

まず注目されるのが、防弾化のオプションである。米国の自動車メーカーが警察機関向けに販売する車両には、セラミック製の防弾プレートやアラミド繊維(防弾チョッキに使われる素材)を車体ドア部に内蔵することが可能となっており、実際にフォード社は2016年時点で販売した警察車両の5~10%を防弾仕様で納入したと報じられている。

また、ニューヨーク市では2017年に警官の殉職を受けて、当時のビル・デブラシオ市長がNYPDの全パトカーに防弾性を持つドアパネルと防弾ガラスを導入すると表明。都市部の警察では特に高い安全性が求められていた。

さらに米国のパトカーでは、逃走車両への接触を前提とした「プッシュバンパー」と呼ばれる強化バンパーが多くの車両に標準装備されている。この装備を用いて逃走車の挙動を制御する「PIT maneuver」といった戦術が実践されており、これは日本の警察車両には見られない運用である。

車内にも特徴的な装備がある。運転席と後部座席の間にはアクリル製の隔壁が設けられ、被疑者の拘束輸送中の安全を確保。さらに照明を補助するためのスポットライトが運転席から操作できるようになっており、また照会業務用にノート型パソコンが搭載されていることも一般的だ。

武装面では、必要に応じてショットガンやライフル銃が車内に搭載されており、これは地域の治安状況や任務内容に応じて装備される。

一方で、日本の警察車両では、これらの装備の多くが採用されていない。防弾化は機動隊の特型車両や要人警護に使用される一部の専用車両に限定され、一般的なパトカーには施されていないのが実情である。また、火器の搭載も認められておらず、職務上の装備差が日米で大きく異なることが分かる。

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アメリカにもある覆面パトカー

ただし交通取締りへの使用を禁じた州も存在

米国の警察にも、捜査や監視活動に使用される覆面パトカーが多数配備されている。車体には警察を示す表示が一切なく、日本の捜査用覆面車両と似た仕様が一般的である。これらの車両には、私服の捜査官だけでなく、制服姿のSWAT隊員なども乗り込み、トランクには突入用の装備一式が積載されていることも多い。

こうした覆面車両の運用には、アメリカならではの独自性が随所に見られる。たとえば、ニューヨーク市警(NYPD)では市内のタクシーに偽装した「タクシースクワッド」という特殊な覆面パトカー部隊を運用している。これは、違法行為を繰り返すストリートギャングへの対応に特化した措置である。

NYPD「タクシースクワッド」に配備されるタクシー偽装型覆面パトカー

一方で、米国の一部州では、警察官が自ら所有する私有車を覆面パトカーとして登録し、勤務に使用することも可能となっている。こうした場合、ダッシュボードに設置する赤青ライトやサイレン、またガソリン代などの諸経費は警察側が負担するのが通例である。

ところが、近年では偽装パトカーによる犯罪事件、特に交通違反金をだまし取る詐欺や、一般車両を装った車による女性への暴行事件が相次いで発生している。そのため、一部の州では「交通取り締まり目的での覆面パトカー使用」を禁ずる命令が出されている。これは州知事命令または州裁判所の命令によるもので、実際に州警察が運用方針を改めた例もある。

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それらの州では、完全に車体を無地にするのではなく、屋根上のパトライトを外したうえで、車体側面にうっすらと警察名を記した「ステルス」と呼ばれるスタイルの車両を交通取り締まり用に導入している。このような車両は、一見すると一般車両と見分けがつきにくいが、接近して注意深く見れば警察車両であることが分かるという絶妙なバランスで設計されている。

米国警察の屋根に警光灯がないパトカー『スリックトップ』の利点とは?

日本でも過去に、愛知県警の警察官が自家用車を無断で偽装覆面パトカーに仕立て、不適切な取り締まりを行っていた事件が明るみに出ており、日米を問わず、覆面パトカーの運用には常に慎重な判断が求められている。

米国警察のバイク

アメリカの白バイ警官はM4を装備することも――日本製バイクも活躍中

米国の警察では、交通取り締まりや緊急対応のために、数多くの白バイ(警察用バイク)が日々のパトロールに投入されている。使用されている車両は、伝統的なハーレーダビッドソン製のほか、カワサキやスズキといった日本製メーカーのモデルも多く採用されており、広大なアメリカの道路事情に応じた多様な車種が運用されている。

アメリカの白バイ隊員(モーターオフィサー)は、日本の白バイ隊員と同様に交通違反の取り締まりを主な任務としつつも、それだけにとどまらず、強盗や銃撃などの重大事件現場にも迅速に臨場する機動力を備えている。

装備面でも日本とは一線を画する点がある。通常は拳銃を帯同するが、いくつかの警察機関では、バイクにM4カービンといった「パトロールライフル」を積載し、突発的な凶悪事件に即応できる体制を整えている。これはアメリカならではの治安事情を反映した装備といえる。

「法執行機関の銃が変わった日 ~マイアミ銃撃戦とノースハリウッド事件~」二つの事件とは・・?

警察バイクの象徴ともいえるハーレー・ダビッドソンのElectra Glideシリーズは、長年にわたり多くの警察機関で使用されてきた。その重厚なフォルムと存在感は、ただの業務車両という枠を超え、アメリカの警察文化の一部ともなっている。

このElectra Glideを駆る白バイ警官の孤独と矛盾を描いた映画『グライド・イン・ブルー(原題: Electra Glide in Blue, 1973年)』は、アメリカの警察バイク文化を知るうえでも非常に興味深い一作である。実際の州警察協力のもと撮影されており、映像・装備・行動の細部まで非常にリアル。また警察内部の矛盾や制度への批判を含む社会派作品として評価されている。2012年、タイム誌は『エレクトラ・グライド・イン・ブルー』を「70年代初頭にしか生まれなかった(あるいは作られた)忘れ去られたカルト的名作」と呼び、「風変わりだが忘れられない映画で、登場人物の研究であり、台頭しつつあった若者文化の探求であり、将来オスカー受賞撮影監督となるコンラッド・ホールの傑出したカメラワークが特徴的だ」と述べた。警察官としての矜持と、人間としての葛藤が交錯するこの作品は、現在も多くのファンに語り継がれている。

ELECTRA GLIDE IN BLUE (SPECIAL EDITION)

アメリカ警察特集コラム第8回 『アメリカの警察以外の法執行機関』

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