画像の引用元 Lynnwood police adopt new GPS technology to safely track fleeing suspects
GPS発信器投射システム「StarChase(スターチェイス)」は、アメリカの一部警察で導入が進む新しい追跡技術である。
これは、危険を伴う高速追跡を回避しながら、逃走車両の位置をリアルタイムで把握するための装置で、これまでの全米警察で従来の標準であった追跡と強制停車戦術から「マーキングして捕捉する」戦術への転換となる可能性がある。
■ GPS発信器投射(Starchase)の基本構造と仕組み
StarChaseの主な構成は以下の通りである。
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GPSタグ発射装置:警察車両(通常はパトカーのフロントグリルやバンパー内部)に取り付けられている。空気圧または圧縮ガスによって、特殊なGPS発信器を射出する。
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GPSタグ(ビーコン):磁石と特殊粘着剤を併用しており、金属製の車体に確実に付着する。サイズは手のひらほどで、衝撃耐性が高い。
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リアルタイム追跡システム:発信器が対象車両に張り付くと、GPSデータが自動的に警察指令センターまたは個別の警察車両の端末に送信され、地図上で現在位置が表示される。
この操作は警官がハンドル横のボタンや専用リモコンで行うため、実際の操作は発射の瞬間だけで済む。
日本警察でも暴走族対策用にペイント弾を発射する戦術が一部で行われている。警察車両のサンルーフから身を乗り出した警察官が手にしたペイントボール発射装置を使い、対象車両にペイント弾を投射するものだが、これはあくまでペイントの塗色による識別であり、GPSの機能はない。
■ 運用上のメリット
StarChaseは物理的な追突やPITマニューバを必要とせず、逃走車両とある程度の距離を保ったまま追跡を続行できる。これにより、
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市街地での事故リスク低減
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警察車両・逃走車両・第三者の安全確保
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無理な急旋回・高速走行による逃走を抑止
といったメリットがある。特に人口密集地や住宅街では、PITよりもはるかに「安全な抑止技術」として評価されている。
■ 導入実績
現在、以下のような法執行機関で導入・試験運用されている:
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アリゾナ州 DPS(州警察)
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ロサンゼルス郡保安官事務所
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オクラホマ州タルサ警察
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ジョージア州警察
- ワシントン州リンウッド警察
このうち、ワシントン州のリンウッド警察への導入を以下で報じている。
ワシントン州リンウッド —リンウッド警察署 (LPD) は、容疑者の追跡に新しい GPS ベースの追跡技術を使用していると発表した。
ロサンゼルス警察によると、同署は「警官から頻繁に逃走する無数の車両に対処するため」に4月からスターチェイスを使い始めたという。
「警察官は、犯罪内容や状況、あるいは追跡が公衆に過度の危険をもたらす可能性があるため、追跡を制限されることが多い」とロンドン警察はプレスリリースで述べた。「この技術により、警察官は追跡を回避する手段を得ると同時に、容疑者を追跡・逮捕する能力も維持できる」
スターチェイスシステムはすでに数台のパトカーに搭載されており、訓練を受けた警察官はこのシステムを使用して、逃走中の容疑車両の後ろに粘着式の GPS 装置を設置します。この装置はパトカーの前方に取り付けられた空気缶から出てきて、逃走中の車両に取り付けられます。」
警察によれば、この装置が容疑者の車両に取り付けられると、警官は「リアルタイムGPS技術を使用して、車両を安全に追跡する」という。
出典 リンウッド警察は逃走中の容疑者を安全に追跡するために新しいGPS技術を採用した。 KOMO ニューススタッフ2023年6月29日(木)午後2時58分
また、フロリダやバージニアなどの州でもテスト導入が進められており、連邦機関(U.S. Marshalsなど)でも戦術的利用が模索されている。
■ 制限と課題
ただしStarChaseにも課題は存在する:
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取り付け失敗のリスク:悪天候や対象車両の素材(プラスチック外装など)によっては発信器が弾かれたり、落下することがある。
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発射距離の制限:発射可能距離は約10〜15フィート(3〜5メートル)程度であり、車間を詰めなければ命中させられない。
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コストとメンテナンス:1台あたりのシステム導入コストは数千ドル〜1万ドル程度と高く、ビーコン自体も1個あたり500ドル前後するため、予算に余裕のある署に限られる。
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法律面の検討:一部の州では、GPSタグの装着が「捜索」に該当する可能性があるとして、発射の法的根拠が議論されている。
近未来的警察技術の一端として
【ある運用事例】――アメリカ南部、ジョージア州アトランタ郊外の夜。パトロール中の巡査部長トーマス・ベイルズは、信号無視を繰り返す黒いSUVを発見した。ナンバープレートは読めず、呼びかけにも応じない。不審を感じたベイルズは追跡に移行する判断を下す。
だが、走行エリアは住宅街。夜間の高速追跡は市民への危険を伴う。ベイルズが次にとった手段は、搭載されているStarChase(スターチェイス)装置の発射だ。
制限速度内で車間距離を詰め、時速約50kmでターゲットに接近。フロントグリルに内蔵された空圧式ランチャーから、ビーコンサイズのGPS発信器が放たれた。小さな「パシュッ」という音とともに、発信器はSUVのリアゲートに命中。マグネットと接着剤によって瞬時に張り付いた。
「ターゲットにタグ付け完了」。通信指令室にビーコンからの位置データが送信されると、追跡は次のフェーズに入る。
ここからは物理的な追尾は行わない。パトカーはUターンし、静かにその場を離脱する。だが逃走車両の現在地は、数秒ごとにアップデートされ、警察専用の地図アプリにリアルタイムで反映されていく。指令センターではこれをもとに、複数の待機車両と無線連携し、郊外の立体交差近くで包囲網を形成。
およそ15分後、逃走車は警察の意図を察しきれないまま自ら袋小路に進入し、無傷で確保された。車内からは盗難品と拳銃、麻薬が見つかり、運転手は地元で指名手配されていた男だった。
ジョージア州警察広報官はこう語る。
「スターチェイスの最大の利点は、安全な距離を保ちつつ、車両追跡を続けられる点です。今回は住宅街での追跡が予想されたため、無理なPIT(車体制止マニューバ)は避けた。結果として、市民にも容疑者にもけが人は出なかった」
同様の事例は、アリゾナやカリフォルニアでも報告されており、StarChaseはすでに100件以上の逮捕事例に貢献しているとされる。今後、財政面の問題をクリアできれば、より広範な導入が期待されている。
「破壊せずに確保する」――スターチェイスは、そんな時代の要請に応える装備である。
StarChaseは、暴走車両の制圧を「破壊から情報戦へ」と転換する象徴的な技術であり、アメリカの法執行機関の中でも特に「現代的・非致死的手段」を重視する部局で歓迎されている。
今後、より軽量・低コストなモデルが開発されれば、地方署や中小都市部の警察にも普及する可能性がある。また、これとドローン追尾や自動車メーカーのリモート停止機能との組み合わせにより、犯罪車両の制御はより「接触せずに制圧する」方向に進化していくだろう。