※タイトルバナーは香港警察公式FB上から引用
突如、不可解なキャラクターが登場したのは、Facebookの香港警察公式ページでした。
そのキャラクターは一見すると丸みを帯びた、つかみどころのないデザインですが、よく見ると人気漫画『鬼滅の刃』の主人公・竈門炭治郎を彷彿とさせる要素がちらほらと見受けられます。
これに対し、日本のアニメ文化に詳しい香港の民主活動家・周庭(アグネス・チョウ)氏も「日本の漫画が香港警察の宣伝に使われるのは悲しい……」と反応しました。
キャラクターの左上には「騙滅之刃」という文字が記されており、単なる著作権侵害の盗用というよりも、人気作品にあやかった一般的なパロディとも解釈できます。
しかし、香港市民の間では「これは明らかな著作権侵害だ」との批判が相次ぎました。
一方、香港警察は「このキャラクターはブドウ(葡萄)である」と説明し、著作権侵害の指摘を否定。
しかし、市民の間では「日本の漫画のキャラクターを警察が宣伝に使うのはおかしい」「ブドウ? いや、どう見てもナスビだろう」といった議論が巻き起こる事態に。
なお、このキャラクターは詐欺撲滅キャンペーンのマスコットとして作成されたものだそうですが、現在の香港警察に対する市民感情が悪化している中で、若者の支持を得ようとした試みは、むしろ逆効果となってしまったようです。
日本は大丈夫?
さて、こうした騒動は日本では起こり得ないのでしょうか? 実は、日本の警察も漫画キャラクターを活用した広報活動には熱心で、香港警察に負けず劣らずの取り組みを見せています。
特に警察官募集ポスターのデザインには、全国47都道府県の警察本部がそれぞれ工夫を凝らしています。
例えば、警視庁が『機動警察パトレイバー』とコラボした例や、大分県警が『進撃の巨人』とコラボしたポスターなどが話題になりました。また、千葉県警では本宮ひろ志氏が、北海道警では三次マキ氏が描いたイラストが、警察官募集パンフレットを華やかに彩っています。
2025年には「名探偵コナン」が警視庁警察官募集パンフレットに登場。
しかし、日本の警察によるこうした広報戦略の中にも、かつて「著作権侵害」として問題視された事例がありました。
警察官募集のパンフレットに人気キャラが無断転載
平成2年(1990年)に埼玉県警が作成した「警察官・事務職員上級募集パンフレット」を巡り、当時の漫画キャラクターのイラストが、無断で使用されていたことがありました。
このパンフレットは、若年層への採用広報を強化する目的で制作されたもので、当時としては珍しく、漫画風のイラストを大きく取り入れたデザインでした。バブル経済が終息に向かう時期とはいえ、まだまだトレンディドラマ全盛期。OLのスーツには肩パットが入っていました。どいつもこいつもシティーハンターの冴羽獠と野上冴子みたいな。
そんな時代背景もあり、民間企業人気の高まりの中で、公務員志願者の確保に警察も苦心していたことがうかがえます。
しかしその一方で、掲載されたイラストの中には、すでに連載されていた人気漫画の登場人物と酷似したキャラクターやポーズが含まれていたことが、後に報道で指摘されました。つまり、既存の漫画作品のキャラクターを下敷きに、無断でパンフレットに使用していた可能性があったのです。

引用元 平成2年度埼玉県警察官・事務職員上級募集パンフレット
このイラストは、県内のイラストレーターに依頼して描かれたものでしたが、発行後まもなく、一部の読者や漫画ファンの間で「某人気作品の登場人物とそっくりだ」と指摘されるようになります。
その“モデル”とされるのが、1985年から1989年にかけて連載された国友やすゆき氏の漫画『JUNK BOY』の主人公・山崎良平。作品は累計500万部以上を売り上げ、当時の青年誌では異例のヒットを記録しました。
『JUNK BOY』は、いわゆるバブル期の空気感を反映したお色気系コメディで、物語では女性関係をめぐる軽妙な騒動が描かれており、警察の広報物とはかなり距離のある世界観で知られています。
特に問題視されたのは、その“元ネタ”の山崎良平の職業です。
それはなんと男性向けお色気雑誌の新人編集者。警察の広報と結びつけるにはあまりに職業的イメージがかけ離れているのです。しかも彼のキャッチフレーズが、
「オレは、日本一のスケベだ! オレのスケベは、いつだってマジだぜっ!! どんな弾圧にも耐えて、スケベに生きるんだーっ!」
という、まさに性風俗を取り締まる側の警察当局や社会正義に挑戦する側の人間だったのです。公共性やモラルが重視される警察の募集案件としては、あまりにミスマッチでした。
そんな「日本一のスケベ」が、なぜか警察官募集パンフレットに著作権侵害の上で掲載されるという前代未聞の事態に、県民や県警上層部は騒然。1990年5月19日付の毎日新聞にも大々的に報じられてしまいました。
(中略)
問題のポスターやパンフレットは同県響から受注した、同県大宮市内の印刷会社の下請けデザイナーが描いたポスター1種とパンフレット4種類。
「盗作」と指摘されているのは、上半身を正面に向けてひねりながら両腕を左右に広げ飛び跳ねているパンフレットの絵。これは漫画家、国友やすゆき氏作の「ジャンク・ボーイ」18巻(双葉社刊)の中表紙に載っている主人公と同じポーズで服装から笑っている表情、指先の形などといった細部までそっくり。
同県警がデザイナーから事情を聞いたところ「国友さんの作品は大好きで、今回も参考にさせてもらった。制作段階で念頭になかったというとウソになる。自分でできあがったときは似てしまったかなと思った」と話し「申し訳なかった」と謝罪したという。同県響は「盗作」と判断し、発注主として近く国友氏に謝罪する。しかし、すでに約1万6千部は関東各地の大学や駅、警察署などに配布、掲示しており。回収しないで済む形で問題を解決したいとしている。
(引用元 1990年5月19日・毎日新聞)
出身地が北海道という縁があって、北海道警察本部が行った「女子高生と現職警察官の恋愛を描いた漫画」の作者とのコラボ企画も背筋が凍るものがありましたが、日本一のスケベが警察官募集パンフに登場するとは、さすがに誰も予想していなかったでしょう。
おそらく、県警としては若者にアピールするために親しみやすいイラストを採用しようとしたのでしょうが、決裁を下した職員も、まさかこのキャラクターの元ネタが「成人雑誌の編集者」だったとは思いもしなかったのではないでしょうか。
どうなったのか?
毎日新聞の報道によりますと、埼玉県警はこの問題に対して「回収しないで済むような形で問題を解決したい」との方針を示していたとされています。
いや、だからそのキャラは成人雑誌の編集者であって、警察行政とは相入れない職業なんだってば……。
最終的にポスターやパンフレットが回収されたか否かは明言されておらず、当時の騒動の記録もネット上からは見つかっておりません。そのため、詳細な経緯については現在でも不明な点が多く残されています。
一方で、現在の警察広報活動に目を向けると、人気漫画やアニメとの公式コラボレーションを通じて、著作権に十分配慮した形で若年層へのアプローチが行われていることが分かります。このような広報姿勢は、1990年の件を教訓とした意識変化の一端と見ることもできるかもしれませんね。