連邦保安官局(United States Marshals Service:USMS)は、アメリカ合衆国における最も歴史のある法執行機関であり、その起源は1789年、合衆国司法制度の創設時にまでさかのぼる。連邦政府の三権分立体制において、司法権を支える実働機関として設立された。FBIが20世紀初頭に誕生したのに対し、USMSはそれよりも1世紀以上古い由緒ある機関である。
以下では、連邦保安官局の法的位置づけ、具体的任務、他機関との関係、独自の機能について詳述する。
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■ 法的根拠と権限
USMSは司法省に属する連邦法執行機関であり、法的には「連邦裁判所の命令を執行する機関」として規定されている。つまり、連邦司法制度の現場運用を支える役割が中核である。
全米50州および海外領土において法執行権限を有し、FBIやDEAと同様、連邦レベルの行動が可能である。ただし、性質としては「捜査機関」というより、「執行機関」「護衛機関」「追跡機関」としての性格が強い。
■ 主な任務と機能
USMSの任務は多岐にわたるが、以下の項目が中核を成す。
1. 裁判所の保護
連邦裁判所の施設、判事、職員の保護を担う。爆破予告や報復のリスクがある裁判では、厳重な警備態勢を敷く。必要に応じて金属探知機や警備犬も用いる。
2. 被告人の拘束と移送
連邦事件の被告を勾留・監視し、裁判所への出廷や矯正施設への送致を管理する。空輸を含む全米規模の移送ネットワーク(JPATS: Justice Prisoner and Alien Transportation System)を運用しており、民間旅客便とは別の航空網を有している。
3. 証人保護プログラム(WITSEC)
司法省の証人保護プログラム(Witness Security Program)を実施・運営する唯一の機関であり、麻薬犯罪や組織犯罪の摘発に協力した証人およびその家族を、偽名の付与・生活支援・居住地変更などにより長期的に保護する。
4. 逃亡犯の追跡・逮捕
USMSは、逃亡中の連邦被告を追跡・逮捕する任務を負っており、連邦政府における「主要な逃亡犯追跡機関」として機能している。各州警察と連携しながら、州法違反者にも関与することがある。
なかでも、最重要指名手配リスト「15 Most Wanted Fugitive List」はUSMSが管理しており、凶悪な逃亡犯が全国的に手配されている。
5. 資産差し押さえ(Asset Forfeiture)
連邦法に基づき、麻薬や詐欺などの犯罪収益で得た資産の差押え・処分を担当する。例えば、組織犯罪が使用した車両、武器、不動産などを没収し、オークションなどで売却する。
■ 他機関との関係と競合
FBIやDEAとは、任務の性質において部分的に重なるが、USMSは基本的に「捜査」よりも「命令執行」や「護送・警備」といった実務に重心を置いている。たとえば、FBIが証人の証言を基に組織犯罪を捜査し、検察が起訴した場合、その証人の安全を確保するのがUSMSの役目となる。
逃亡犯の追跡についても、FBIが主体となって捜査することがあるが、USMSが「逮捕状に基づいて身柄を確保する」という最終段階を実施するケースが多い。
また、米国内の地方保安官(シェリフ)と名称が似ているが、USMSは連邦機関であり、地方保安官とは完全に異なる制度下にある。ただし、現場では協力関係が築かれている。
■ 装備と戦術部隊
連邦保安官も、他の連邦捜査官と同様に9mm口径の拳銃(グロック、SIG Sauerなど)を装備しており、任務内容に応じてライフルやショットガンを使用する。
特殊作戦を担当する戦術チーム(SOG:Special Operations Group)は、高度な逮捕術や人質対応能力を持ち、危険度の高い作戦に投入される。過去には国内テロ事件の警備・応援にも派遣されている。
■ 歴史的意義と象徴性
USMSは、アメリカ建国以来の歴史を持つ法執行機関であり、西部開拓時代には「正義の象徴」としての保安官」が民間にも知られる存在となっていた。映画やドラマなどでも頻繁に描かれるように、その職責は単なる捜査官以上のものとして広く認識されている。
たとえば、1950年代から60年代の公民権運動の際、人種差別撤廃を命じる連邦裁判所の判決を実行させるために、USMSが州知事の抵抗を押し切って学校の人種統合を実施させた事例が複数ある。これは、連邦政府による法の支配の象徴といえる。
連邦保安官局(USMS)は、「捜査をする機関」ではなく、「司法を執行する機関」としての独自性を持つ。その任務は、逃亡犯の追跡から証人保護、裁判所の安全確保まで多岐にわたり、アメリカの法制度の実行力を支える根幹的な存在である。
派手さこそないが、200年以上にわたり、極めて重い責務を担い続けている。