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シグナリーファン編集部では、警察装備や運用に関する国内外の公開情報・公式資料・報道記事・学術文献を継続的に調査・分析しており、本記事もそれらの調査結果に基づいて構成しています。

【ヒグマ警報発令中】警察官はヒグマを撃てない?北海道で問われる「対応の限界」

画像の引用元 ANN

2025年現在、北海道各地でヒグマの出没が相次いでいる。

なかでも2025年7月、道南の福島町では、新聞配達中の男性が住宅街でヒグマに襲われ死亡するという痛ましい事故が発生した。

こうした被害が続くなか、「ハンターに任せるだけでなく、なぜ銃を装備している警察が初動対応できないのか」という疑問の声も以前から根強い。

実際、ヒグマの駆除については、従来対応を担ってきた民間ハンターの側にも揺らぎが見え始めている。

2024年11月、北海道猟友会は、ヒグマの出没時に市町村から出される駆除要請への対応について、一律には拒否しないものの、今後は現場の支部判断に委ねるという方針を示したのだ。

ハンターによるヒグマの駆除について、北海道猟友会は市町村の出動要請には応じないことも含めて検討していましたが、一律に拒否することはせず、現場で対応にあたる支部に判断をゆだねる方針を決定しました。

北海道猟友会 ハンターのヒグマ駆除“要請拒否せず 現場判断” 2024年11月25日 20時49分 https://www3.nhk.or.jp/news/html/20241125/k10014649121000.html

この背景には、2018年に空知地方の砂川市で行政の要請に応じてヒグマ駆除中のハンターが住宅の側で発砲したこと、跳弾が発生したことを理由に猟銃の所持許可を取り消された経緯がある。

また、砂川の隣の奈井江町では、地元のハンターに対して自治体が提示した報酬が著しく低い報酬であったことに対し、反発から協力を拒否された例もある。

奈井江町役場がヒグマ駆除に対し、地元のハンターに日当8,500円(基本は4800円で見回り代3700円が加算)の謝礼を提示したことに対し、北海道猟友会砂川支部奈井江部会の山岸辰人部会長は、「高校生のアルバイト代で、米軍特殊部隊のようなヒグマと対峙することはできない」との趣旨の発言を行ったうえで、一時要請拒否の姿勢を示した。

この騒動は奈井江町役場が報酬額を最大で45,000円に上げたことで、ハンターらは溜飲を下げたが、この発言はSNS上でも注目を集め、地域行政が地元ハンターを長年にわたって、搾取とも言えるような扱いをしてきた事実についても議論を呼んでいる。

https://plus.smartnews.com/article/4714666593940930794


こうした現状から、北海道の警察が直接的にヒグマの対応をすべきではないか、という意見が一部で高まっている。しかし現実には、警察官が拳銃でヒグマに発砲し対応にあたることは、制度面・装備面・実務面のいずれの観点からも困難が伴うのが実情である。

「市民が警察に期待しすぎるとき」公的役割と現実の乖離をどう見るか?

本稿では、なぜ警察がヒグマを撃てないのか、その制度上の制約と配備する銃の性能や現場対応の限界について整理し、あわせて市民の安全をどのように守るべきかを考察する。

銃器使用に対する厳格な制約

まず、最大の要因は、警察官による銃器使用が法令により厳しく制限されていることである。警察官職務執行法および刑法の解釈により、銃器は「生命・身体への危険を排除するための最終手段」として位置づけられている。

警察さんって射撃訓練で年間何十発くらい撃つんですかあ?


つまり、相手が動物であっても、発砲によって市民に被害が及ぶ可能性がある場合や、危険の程度が低いと判断される場合には、安易に発砲できない。

なお、北海道内において初動対応にあたった地域警察官がヒグマに対して拳銃を使用した事例は確認できない一方、昭和40年代には陸上自衛隊が北海道内でヒグマを制式小銃で何頭も撃ち殺していた史実がある。

【衝撃】北海道には自衛隊員が体重120kgのヒグマを小銃で射止め、小銃持参で地域住民を武装送迎した史実があった

「ニューナンブではヒグマを倒せない」ってほんと?

「警察はなぜ撃たないのか」「拳銃でヒグマを撃てばいいのでは」といった素朴な疑問がSNSで語られることがある。それに対して、とくに狩猟経験者からは否定的な意見が見られる。

実際、銃器専門家の間では、.38口径拳銃弾は大型獣への致死性が著しく低いとされている。過去の国内外の報告でも、拳銃によるクマの制圧は例外的で、たとえば至近距離から繰り返し急所を撃つなどの特殊な条件が必要とされる。
中でも多く見られるのが、「警察で配備が主流のニューナンブに代表される38口径ではヒグマを倒せない」という声である。

では実際のところ、ニューナンブと呼ばれる日本の警察用拳銃は、ヒグマに対して有効なのだろうか。

38口径拳銃の威力とは

日本の警察官が長年にわたり携行しているのは主流がニューナンブM60、M37、M360Jといった回転式拳銃であり、いずれも装弾数は5発と限られる。

都道府県警察では3種類の回転式および、2種類の自動式けん銃が主流


警察官は主に近距離の対人制圧を想定してこの拳銃を配備運用しており、野生動物の撃退や駆除は基本的な使用目的には含まれていない。

これらの拳銃が使用する弾薬は「.38スペシャル弾」(口径.357インチ=約9.1mm)。かつては警察の標準弾薬として世界的に広く使用された実績を持つが、現在では軍用・対テロ用としては威力不足とされることも多く、海外の警察組織ではより強力な9mmパラベラムや.40S&W弾へ移行する例が主流である。

この.38スペシャル弾の初速は弾頭重量にもよるが、おおむね250~300m/s、運動エネルギーは200~300ジュール前後とされ、人体に対しては致命傷となり得るものの、防弾チョッキや厚い筋肉・脂肪を持つ大型野生動物に対しては、貫通力・即時停止力の両面で非現実的である。

一方で、北海道でヒグマ駆除に使用される猟銃は、12番(12ゲージ)スラッグ弾や大口径のライフル弾(.30-06など)である。たとえば12ゲージのスラッグ弾は、1発あたりの重量が約30g、初速は450〜550m/s、運動エネルギーは2,500ジュールを超えることもあり、これは拳銃弾の10倍近い破壊力を持つ。

また、ライフル弾である.30-06スプリングフィールド弾では、エネルギーはおよそ3,500ジュール前後、.375 H&H弾では5,000ジュール超、さらに.458ウィンチェスター・マグナム弾に至っては6,000ジュールを超える水準となり、いずれも「ヒグマを一撃で停止させる」ために必要とされる威力を想定した弾薬である。

実際に狩猟関係者の間でも「.30-06スプリングフィールド弾」を推奨している。

https://bunshun.jp/articles/-/57356?page=3
北海道のエゾヒグマの成獣は、体重300kg以上、体高150cmを超える個体も珍しくなく、さらに極めて強靭な筋肉と脂肪層を備えている。致命傷を与えるには、頭部や心臓、肺といった急所を正確に撃ち抜く必要がある。

仮に動きの速いヒグマに対し、銃身の短い回転式の拳銃で頭部や心臓を正確に狙い、精密射撃を行えたとしても、.38スペシャル弾で即時に致命傷を与えるのは、完全に非現実的である。かえってヒグマを刺激して反撃させるおそれもある。

加えて、警察官が携行する回転式拳銃は装弾数5発であり、予備弾は携行していない。対するヒグマは時速50kmを超える速度で走行し、わずか数秒で数十メートルを詰めるとされている。アメリカにおいても、フィールドで咄嗟の近接遭遇では、仮に合法的に拳銃を所持して扱いに心得のある者であっても、自衛や制圧に活用するのは極めて困難であるとされている。

したがって、ヒグマ出没時に「警察がその場で撃てばよい」という主張には、装備面における根本的な現実との乖離があると考えられる。銃を所持しているという事実だけでは、必ずしもその場の対処力を意味しない。

拳銃以上の警察装備でヒグマに対応できるのか?

このように、地域警察官が通常携帯しているのは38口径の回転式拳銃であり、市街地における急な対人事案や突発的な防衛を想定した装備では、ヒグマのような大型哺乳類に対して即時かつ致命的な効果を期待するのは困難とされている。

では、警察の中でも特別な銃器を装備する部隊、いわゆる銃器対策部隊が用いる装備であれば、ヒグマに対して有効な対応が可能なのだろうか。

銃器対策部隊・RATS・銃器レンジャー、“第3の警察部隊”の任務とは

MP5:近接戦闘に特化した銃の限界

たとえば、全国の主要都道府県警察の銃器対策部隊に配備されているH&K製MP5機関拳銃(サブマシンガン)は、9mmパラベラム弾を使用するフルオート射撃可能な銃器であり、対人制圧には高い実績を持つ。刑事部のSITでも単発モード専用のMP5が配備されている。

『MP5機関けん銃』は時代遅れ?警察白書でベタ褒めされた2002年当時と今の状況の違い


しかし、その弾薬威力は基本的に拳銃弾と同じであり、体重200〜300kgを超えるヒグマを即座に停止させる破壊力を備えているとは言い難い。仮に連続射撃を行ったとしても、散弾やライフル弾に比べて一発ごとの貫通力・停止力は限定的であり、むしろ反撃を招くリスクも高い。

豊和M1500:猟銃ベースの狙撃銃

一方で、一部の銃器対策部隊では、豊和M1500(バーミントモデル/猟銃ベースのボルトアクション狙撃銃)が配備されている。これは本来、遠距離からの高精度射撃を前提としたもので、警察の使う仕様の詳しい口径は公表されていないが、諸外国の同種の狙撃ライフルの運用実例から見て、使用弾薬は.308ウィンチェスター弾(7.62mm×51 NATO弾)など比較的高威力なライフル弾であると見られている。

この種の銃器であれば、ヒグマの頭部や心臓といった致命部位を確実に狙えれば、狩猟ライフルと同等の効果を発揮し得る。事実、同モデルは猟友会でも害獣駆除用モデルとして普及している

しかしながら、課題もある。


射撃精度と即応性の壁

警察の狙撃銃手が行うのは通常、バリケードに立てこもった容疑者への対処など、長時間にわたる警戒と準備のもとでの「静的な目標」に対する制圧射撃である。対してヒグマは、予測不能な動きと突発的な出現を特徴とする「動的な目標」であり、狙撃訓練の内容がそのまま通用するとは限らない。

おそらく警察でも、機械的にトリッキーな動きをする木製ターゲットを射撃する動的な射撃訓練は行なっているだろうが、狩猟経験のあるハンターと比較になるかは疑問だ。

また、狙撃手1人による「1発必中」は理想論であり、現場では周囲の安全確保、背景の確認、装備の持ち運び、距離測定など多くの要素が絡む。咄嗟の現場出動でこれらの条件を満たすのは極めて困難である。

さらに、警察官が公道上や私有地で猟銃並の火器を発射する法的・社会的リスクも大きく、仮に当たらなかった場合の誤射・二次被害は看過できない。今度は自分たちが「砂川ハンター裁判」のようにはめられる可能性もある。


結論:制度的役割分担の限界を超えない

結論として、警察が保有する拳銃以上の銃器――とくに狙撃用ライフルがヒグマへの対処に物理的には有効となり得る装備を備えているのは事実である。ただし、実際の運用場面においては法令・訓練・出動体制のいずれもが、野生動物への即応的駆除を想定していない

つまり、装備は存在するが制度は整っておらず、精度も保証できないというのが実情である。警察の銃器は「対人用途」「法的正当性のある有事対応」に限られており、動物駆除という行政ニーズとの間には制度的断絶が横たわっている。

加えて、ヒグマなどの野生動物管理は、基本的には環境省の管轄のもとで地方自治体が主体的に対応する分野である。

実際に駆除を行うのは、許可を得た地元猟友会や特定のハンターであり、警察が先頭に立って銃を構えることは制度上の前提となっていない。

北海道庁では「ヒグマ出没対応マニュアル」を整備しており、その中でも警察の役割は「危険区域の立入規制や避難誘導」などに限定され、原則として射撃は民間ハンターに委ねることとされている。ただ近年では、役場職員を公務員ハンターとして登用する動きもある。

したがって、ニューナンブのような地域警察官で主流の回転式拳銃でヒグマを撃つことによって、即座に危険を除去できるかという点では、現実的に限界である。現状では北海道の警察がヒグマ事案に対してできるのは「パトロール」のみである。

万が一、初動対応で駆けつけた地域警察官が緊急的に発砲が必要な場面になったとしても、「撃てるか」ではなく「倒せるか」を考えれば、威力が足りず撃っても意味がない……という、地域住民にとっては非常に不安な事態が想定されるのである。

なぜ警察はヒグマに対して射撃を行わないのか。その背景には、複数の制度的・実務的な理由が存在するのである。

ヒグマによる人身被害が現実のものとなっている中で、警察官が積極的に銃を用いないことに疑問の声が上がるのは仕方のない現状であるとはいえ、法制度、訓練環境、装備の制約、役割分担といった複合的な要因により、警察が即座に射殺を行うことは制度上も実務上も非常に困難である。

今後も変わらず、警察ではなく民間のハンターによるヒグマ駆除が行われるものと思われるが、砂川事件が禍根を残す形になっており、その行方が注目されている。

警察、自治体、猟友会の連携をより強化し、出没初動段階での情報共有や緊急時の対応手順の整備が重要となるであろう。また、地域住民の理解と協力も不可欠である。

 参考文献・公式情報一覧

■ 近年における北海道内のヒグマ被害・猟友会の対応に関する報道

  1. 「ヒグマ駆除“要請拒否せず 現場判断”北海道猟友会」(NHK、2024年11月25日)
    https://www3.nhk.or.jp/news/html/20241125/k10014649121000.html
  2. 「「まじめな人」 毎日欠かさず新聞配達 福島町でクマに襲われ死亡の男性」(北海道新聞・どうしん電子版、2025年7月)
     https://www.hokkaido-np.co.jp/article/1185612/

■ 警察の装備に関する関連資料(納入メーカー製品ページ)

  1. 「Howa M1500 ライフル解説」(豊和工業株式会社公式)
    https://www.howa.co.jp/products/firer/rifle.html

■ 弾薬の威力・狩猟用途に関する技術情報(英語版wikipedia)

  1. 「.308 Winchester cartridge overview」(Wikipedia英語版)
    https://en.wikipedia.org/wiki/.308_Winchester

  2. 「12-gauge slug弾の威力と用途」(Wikipedia英語版)
    https://en.wikipedia.org/wiki/12-gauge_shotgun

  3. 「.375 H&H Magnum(狩猟用大口径ライフル弾)」
    https://en.wikipedia.org/wiki/.375_Holland_%26_Holland_Magnum
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