【お知らせ】
シグナリーファン編集部では、警察装備や運用に関する国内外の公開情報・公式資料・報道記事・学術文献を継続的に調査・分析しており、本記事もそれらの調査結果に基づいて構成しています。

FBI HRT(人質救出部隊)が警察機関でありながら「FBI版デルタフォース」と呼ばれる理由とは?

画像の出典 FBI公式サイト

アメリカ連邦捜査局(FBI: Federal Bureau of Investigation)が有する「Hostage Rescue Team(HRT)」は、1983年に創設されたFBI直属の特殊戦術部隊である。これは事実上、アメリカ合衆国連邦政府の中枢に位置する準軍事的法執行部隊であり、州や自治体ごとの警察機関が編成しているSWAT、同じFBI内のFBI-SWATとは任務領域・権限・装備・訓練水準のいずれにおいても一線を画している。

米国警察におけるSWAT部隊の役割と任務

アメリカ合衆国において「SWAT」の名で広く知られる特殊火器戦術部隊(Special Weapons And Tactics)は、法執行機関に付属する戦術的専門部隊の一形態である。その任務は、一般のオフィサーが対処困難と判断される高危険度事案に対応することに特化しており、武装犯罪、銃撃戦、バリケード事件、人質立てこもり事件、テロ事案、重大凶悪犯の強制執行(高リスク逮捕)、要人警護、大規模暴動鎮圧など、多岐にわたる。

Tactical Strength: The Elite Training and Workout Plan for Spec Ops, SEALs, SWAT, Police, Firefighte...

SWATは、あくまで各自治体ごとの警察機関の内部に設置される専門チームであり、独立組織ではない。制度上、アメリカ連邦法に「SWAT」という統一的な定義が存在するわけではなく、各州・各自治体がそれぞれの権限下で警察機関内にて編成・運用している。

連邦制が規定するアメリカの法執行構造― 州政府と連邦政府の「二重構造」が生む捜査権限の境界線とは

このため、装備、訓練水準、出動基準、予算規模は自治体ごとに大きく異なる。大都市のSWAT部隊は軍事作戦に準ずる高水準の装備・訓練を受ける場合が多いが、小規模自治体では隣接する複数自治体が広域合同のSWAT部隊を編成して運用する事例も多い。

SWATの起源は1960年代のロサンゼルス市警察(LAPD)にさかのぼる。当時、米国内で頻発した凶悪武装犯罪、ベトナム戦争帰還兵による高度な戦闘技術を背景とする銃撃事件、暴動や政治的過激派の武装活動等への対処の必要性から、従来の通常警察部門では対応困難な事態に備え、専門部隊の創設が試みられた。LAPDの編成したSWATが新時代の警察力として成功し、それが各地に波及、全米各地の法執行機関で模倣・制度化されていった経緯を持つ。

SWAT隊員は、通常は既存の警察官の中から厳格な選抜試験、身体能力検査、心理適性審査を経て任命される。継続的な高度訓練が求められ、長距離射撃、近接戦闘、建物突入(ダイナミック・エントリー)、爆発物処理、交渉技術、戦術運転技能、航空機利用などの専門スキルを習得する。装備面では、高性能な防弾装備、短機関銃、カービン銃、狙撃銃、閃光弾(フラッシュバン)、強行突破用器具、装甲車両等が標準的に用いられる。

さらに、このようなSWATに相当する戦術部隊が警察以外の連邦法執行機関にも存在し、FBIの「Hostage Rescue Team(HRT)」、連邦保安官局(US Marshals Service)の「Special Operations Group(SOG)」、アルコール・タバコ・火器・爆発物取締局(ATF)の戦術対応チームなどがそれに該当する。これらは州境を越えた連邦管轄案件や、より高度な特殊作戦に対応する部隊として運用されている。

今回はFBIのHRTについて解説する。

創設経緯

画像の引用元 https://www.washingtonpost.com/news/checkpoint/wp/2014/06/17/meet-the-elite-fbi-unit-likely-involved-in-the-benghazi-capture/

HRT創設の背景には、1970年代後半以降のアメリカ国内外におけるテロ事件の頻発がある。特に1972年ミュンヘンオリンピック事件(西ドイツの警察対応失敗)における惨劇が契機となり、各国で対テロ専門部隊創設の機運が高まった。FBI内では、1978年の「FBI指令 79-2」により対テロ任務強化が正式に指示され、1982年にはFBI長官ウィリアム・ウェブスターの承認を経て、HRT創設が決定された(※典拠:米司法省公文書、FBI公式資料)。

制度的位置付け

FBIには全米の各支局(Field Office)にFBI SWATチームが配備されている。ただしこれは多くの場合、非常勤編成(collateral duty basis)であり、SWAT要員は本来は通常のFBIスペシャルエージェント(捜査官)として捜査業務に従事し、SWAT任務が発生した際に召集・出動する兼務体制である。

【FBI-SWATについて】

  • SWAT要員は選抜訓練(Special Weapons and Tactics School)を受け、FBIの認定を受けた上で任命される。

  • 装備・訓練水準は高いが、あくまで地方支局レベルの事案(令状執行・身柄拘束作戦・突発事態)への対応が主任務である。

つまり、「常時SWAT専任部隊として勤務しているわけではない」という意味で、非常設的運用である。


【HRTについて】
一方で、Hostage Rescue Team (HRT) は1970年代後半~1980年代初頭にかけて「FBI版デルタフォース」として計画・創設された常設の最上級戦術部隊である。

  • HRT要員はフルタイムで専任配置されており、訓練・任務ともにこれが主業務となる。

  • 対テロ、人質救出、重大事件(連邦レベルの重大人質事案・テロ・大量殺傷脅威)に特化した「国家戦略的即応部隊」である。

  • FBI内で唯一、24時間即応の完全常設戦力。

出典:FBI公式 https://www.fbi.gov/news/gallery/hostage-rescue-team

HRTは事実上、アメリカ合衆国における連邦法執行機関の最高峰戦術部隊として運用されており、米国内には他国の「国家憲兵」「準軍事警察」に相当する制度が存在しない構造の中で、文民警察系部隊として極めて独自の役割を担っている。連邦政府の権限が限定的であるアメリカ合衆国の法制度の中でも、例外的に高い戦術的権限集中が認められている部隊である。

HRTは基本的に、国内における重大テロ事件、人質救出、ハイジャック、連邦施設防衛、連邦捜査案件における高危険度作戦など、連邦政府レベルの「最後の切り札」として位置付けられている。

HRTはデルタフォース(米陸軍第1特殊部隊作戦分遣隊デルタ:1st SFOD-D)やDEVGRU(元SEAL Team 6)などの軍特殊部隊から技術的支援や訓練の協力を受けた歴史がある。HRT公式資料や、FBI・元捜査官であるGary Noesnerの回顧録『Stalling for Time』」によれば、とくに1983年の創設当初は特にデルタフォースとの関係が深く、デルタの初代指揮官チャールズ・ベックウィズ大佐(故人)もHRT創設に助言を行っている。

ただ、HRTはデルタフォースの冷徹なターゲット排除ドクトリンを忠実に継承していない。その理由は、自分たちが軍人ではなく、法執行官であり、被疑者は撃ち倒すのではなく、手錠をかけて裁判にかけるものという強い使命感を持っていたからに他ならないからだ。

これは、HRT創設時の初代指揮官、のちにFBI副長官となった、現・コンサルタントのダニー・コールソン(Danny Coulson)の回顧録『No Heroes』の中に、「デルタフォースは“完全に目標を排除する直接行動”を行うが、我々HRTは法執行機関として逮捕が任務である。この違いが根本的であった」と語る記述があるため、裏付けがある。

編成と常設性

HRTは、FBIのヴァージニア州クアンティコ訓練センター(Quantico)を本拠として常設されている。これは地方警察のS.W.A.T.が必要時のみ編成される即応部隊であるのに対し、HRTは「常設の専従戦術部隊」である点が本質的に異なる。100人以上の隊員が常時実戦配備状態にあり、全隊員が常勤(full-time operator)で、年中無休の即応態勢を維持している。

HRTの隊員はFBI捜査官の中から選抜され、基礎的な法執行訓練に加え、約10か月に及ぶ専門戦術訓練課程(New Operator Training School: NOTS)を修了することが必須とされている。訓練内容には、CQB(近接戦闘)、爆発物対処、狙撃、空挺降下、ダイビング、高所作業、都市突入戦術などが含まれる(※典拠:FBI公式トレーニングカリキュラム資料、公開報道)。

主な任務領域

  • 国内テロリズム事案対応

  • 人質救出作戦(例:ハイジャック、立てこもり)

  • 連邦施設の防衛・封鎖

  • ハイリスク対象の逮捕作戦

  • 重要要人警護作戦(大統領警護支援など)

  • 大規模特殊事案における州・地方警察支援

なお、FBIは連邦法(特に合衆国法典第18編)に基づき国内管轄権を有するが、HRTが出動する場合、通常は司法省(DOJ)および大統領令12333等に基づく承認が前提となる(※典拠:U.S. Code Title 18、Executive Order 12333)。

HRTの装備と訓練水準

HRTは、その性質上、装備・戦術はほぼ軍特殊部隊に匹敵する水準を維持している。

  • 装備例:

    • DDM4など

    • Glock 17Mなど(以前はSIG P226

    • スナイパーライフル(Accuracy International等)

    • フラッシュバン、ガス弾、爆発物処理器具

    • 専用装甲車両(BearCat等)

    • 高性能暗視装置・通信機器

  • 訓練例:

    • 特殊潜水訓練(U.S. Navy SEALと共同訓練経験あり)

    • 高高度パラシュート降下(HALO)訓練

    • 海外での対テロ戦術研究

(※典拠:FBI公開映像資料、FBI National Press Office, 2013年プレスリリース)

ハンドガン

現在、FBI HRTにおけるハンドガン配備は、グロックまたはM1911系(.45口径)の二系統がメインである。

  • いずれも9mm口径のSIG P226、Browning HP Mk2が初期に使用された後、1995年に大容量フレーム仕様の .45 ACP Les Baer SRP を装備

  • その後、一般のFBI捜査官と同じ Glock 22(.40 S&W) が標準的に採用されており、さらに .45 ACPの Springfield Armory 1911 Professional も HRT制式装備として運用されている

  • 現在では、フルサイズモデルの Glock 17M および、セミコンパクトモデルの Glock 19M(9mm) などの各種モデルを作戦の性質や好みに応じて運用している

なお、FBI制式拳銃の大口径化は、以下の事件が影響を与えている。

「法執行機関の銃が変わった日 ~マイアミ銃撃戦とノースハリウッド事件~」二つの事件とは・・?

ライフル系

HRTは現在、主力としてAR-15系(M4カービンの高性能カスタム)を中心に装備を組み立てている。またCQB用途でも短縮型AR(SBR:Short Barreled Rifle)にシフトしている。

画像の引用元 FBI公式サイト

ライフルとしては、Colt M4/M4A1(5.56mm)Colt M16A2、CAR-15A2 が以前使用されたが、現在はアメリカのダニエルディフェンス社が製造するAR-15プラットフォームをベースにした DDM4 が主力となっている

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【HRTの主力個人火器】

1.AR-15系短縮型カービン(SBR)
 使用モデル例:
 ・Daniel Defense DDM4 SBR
 ・Knight’s Armament SR-16 CQB
 ・LMT(Lewis Machine & Tool)MARS-L SBR
 口径:5.56×45mm NATO
 備考:サプレッサー(消音器)標準装備、バリスティックバッファ、ショートストロークガスピストンモデルあり。
 典拠:
 - HRT公式訓練写真
 - Tactical Life 2019年取材
 - Daniel Defense社政府納入リスト

2.マークスマンライフル(DMR)
 使用モデル例:
 ・Knight’s Armament SR-25
 口径:7.62×51mm NATO (.308Win)
 任務:中距離精密射撃用
 典拠:
 - FBI HRT公式訓練映像
 - Knight’s社納入報告

3.狙撃ライフル(スナイパー用途)
 使用モデル例:
 ・Remington MSR (Modular Sniper Rifle)
 ・Accuracy International AXMC
 口径:.308Win / .300 Win Mag / .338 Lapua
 典拠:
 - FBI公式納入契約情報
 - SniperCentral.com

過去の装備「MP5」

HRTでは1980年代の創設期から長くH&K MP5シリーズ(9mm/10mm)をプライマリーとして配備し、とくにMP5A3、MP5SD(消音モデル)が多用された。これは当時の世界的な対テロ戦術の標準で、ドイツGSG-9、英国SAS、デルタフォースなども採用した。

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H&K MP5 (10mm仕様)画像の引用元 FBI公式サイト

MP5はレーザー照準・タクティカルライト、後年はフォワグリップなども装備され、近接救出(CQB:Close Quarter Battle)、人質救出、航空機ターミナル制圧といった任務で広く活用でき、高性能短機関銃としてFBIに歓迎された。現在の日本警察SATでもMP5(9mm)は現役である。

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しかし、もはや「MP5=人質救出部隊の剣」というイメージは過去の遺産となっている。

2010年代後半以降、FBI全体の戦術ドクトリンが変化していく中でMP5は徐々に退役に向かった。米議会公聴会資料などによれば、戦術資産の統合近代化を行い、「MP5を含む一部古典的SMGを順次退役」と報告した。

理由は以下である。

9mm/10mm弾の威力不足(97年のノースハリウッド銀行強盗事件などボディアーマー着用の犯罪者が増加)
ライフルプラットフォームの進歩
弾道安定性・貫通能力を含む火力強化要求
統一弾薬の簡素化(.223/5.56mm中心化)

その他資機材・装備品

【光学照準器】

EOTech EXPS3 ホロサイト
Aimpoint T2 マイクロドット
Trijicon ACOG
Nightforce ATACR(スナイパー用途)


【ナイトビジョン装備】

L3Harris AN/PVS-31 BNVD(双眼型)
Wilcox G24マウント
Infrared illuminator: MAWL-C1+ (B.E.Meyers)


【ボディアーマー/プレートキャリア】

Crye Precision AVS, CPC
First Spear Strandhogg
Velocity Systems
(状況により着替え)


【バリスティックシールド】

Protech Tactical Shields
Point Blank Enterprises

有名な実戦事例

  • 1993年:Waco事件(テキサス州、ブランチ・ダビディアン武装集団事件)

  • 2001年:同時多発テロ事件以降の連邦政府機関による対テロ活動捜査支援

  • 2014年:バンディ牧場武装占拠事案支援(参照:https://www.bbc.com/japanese/35416602

  • 2021年:連邦議会議事堂襲撃事件に伴う警備出動

(※典拠:FBI年次報告書、米議会調査局(CRS)報告)


ブランチ・ダビディアン教団事件(ウェイコ包囲事件)

大規模事案へのHRT出動事例として注目されるのが、1993年2月28日から4月19日にかけ、アメリカ・テキサス州ウェイコ郊外のMount Carmel Centerで発生した大規模武力衝突事件である。宗教団体「ブランチ・ダビディアン教団(Branch Davidian)」と、連邦捜査当局(ATF・FBI)の間で51日間の武装対峙・包囲戦が行われ、最終的に悲劇的な大量焼死事件となった。


ブランチ・ダビディアン教団(Branch Davidians)は、もともとアドベンチスト運動(セブンスデー・アドベンチスト教会)から分派した終末思想系の新興宗教団体であった。創設は1950年代と古く、マウント・カーメル・センターと呼ばれる施設に長年拠点を構えていた。

1980年代後半から、デビッド・コレシュ(本名:ヴァーノン・ウェイン・ハウエル)が教団指導者として台頭。旧約聖書のヨハネ黙示録に基づく世界終末思想、メシア思想を強く打ち出し、信者はコレシュを「現代の救世主」として崇拝していた。カリスマ的な宗教指導力と、極端な銃器収集によって閉鎖的武装共同体化していた。

1992年から、教団の武器庫が連邦銃器法違反に該当する可能性が高いとして、ATFが内偵を進めていた。違法自動火器・消音器・手榴弾類の保有、児童性的虐待の通報も一部で浮上していた。1993年2月28日の朝、ATFは令状を執行すべく突入作戦を開始。武器没収と逮捕を試みたが、銃撃戦が発生し、ATF職員4名が死亡、16名が負傷。教団側でも複数名が死傷。突入作戦は失敗し、即座にFBIが指揮権を引き継ぐ事態となった。

FBIはHostage Rescue Team(HRT) を含む大規模戦力を投入し、施設を完全封鎖。電気・水道・通信を遮断し、心理戦を行った。

ネゴシエーターは長期にわたり説得を試み、子供を含む信者の段階的退去に一部成功したが、コレシュ本人は「神からの啓示が下るまで降伏しない」と主張を続けた。51日間の膠着状態の中で、次第にFBI内部でも強硬策派と慎重派に分裂していく。


【最終突入と火災】
1993年4月19日午前、司法省は最終強制排除命令を発令。FBIはM60戦車ベースの装甲工兵車(改造型ブラッドレー装甲車)を用い、壁面破壊と催涙ガス(CSガス)注入作戦を開始。非殺傷兵器による制圧を狙ったが、施設内部で火災が発生し、数分で全体が炎上。

最終的に教団側死者76名(うち子供17名)、生存者9名。焼死・窒息死が多数。火災原因は「教団内の放火」「突入作戦の失策」など諸説あるが、完全には確定していない(公式見解では教団内放火説が優勢)。

(出典:FBI Vault Waco Documents

(出典:米司法省・FBI公式報告書「Report to the Deputy Attorney General on the Events at Waco, Texas」1993年)


【事件の影響】
ブランチ・ダビディアン教団事件は全米・全世界に強烈な衝撃を与えた。

  • 連邦法執行機関の作戦失敗として世論から極めて激烈な非難を浴びた。

  • 極右民兵組織の反政府感情を煽り、後の1995年「オクラホマシティ連邦ビル爆破事件(ティモシー・マクベイ)」の動機の一部となったとされる。

  • FBI HRTの戦術運用と交渉体制の全面見直しを促す契機となり、後のHRT装備・訓練が大幅に強化された。

FBI HRTと日本警察SAT──日米特殊部隊比較

画像の出典 FBI公式サイト https://www.fbi.gov/how-we-investigate/tactics

日本における「特殊部隊」という語感は、一般に自衛隊の特殊作戦群など軍事組織を想起させる向きが強いが、警察組織においても特殊部隊は存在している。その代表格が、警視庁をはじめとする一部の警察本部に編成された特殊急襲部隊(Special Assault Team, SAT)である。SATは日本国内において発生する重武装犯罪、ハイジャック、人質篭城、対テロ事案など、通常の刑事部SITや警備部機動隊や各機能別部隊では対応困難な事態に即応することを目的に、1996年に正式発足した。それまでは警視庁においてはSAP、大阪府警では零中隊として秘匿運用されてきた“極秘部隊”にして日本警察の最後の切り札である。

一方、アメリカ合衆国連邦捜査局(FBI)の人質救出部隊(Hostage Rescue Team, HRT)は、より軍事的性格が色濃く反映された組織である。1983年に創設されて以降、HRTは連邦政府に直属する対テロ・対重武装犯罪専門の戦術部隊として、国内外での実戦投入実績を重ねている。

FBI-HRTもSATと同様、全米警察のSWATやFBI SWAT等でも対処困難な場合に投入される“最後の砦”であり、両者はともに「法執行機関の特殊部隊」という枠に位置付けられる。しかし、その性格・任務・装備にはいくつかの本質的な違いが存在する。

組織の位置付けと管轄権

SATは、法制度上は都道府県警察の警備部に属し、警察庁警備局が指揮・調整する仕組みで運用される。ただし、SATは各都道府県すべてに編成されておらず、北海道・東京・大阪・神奈川・千葉・愛知・福岡など限られた警察本部に配備され、重大事案発生時には必要に応じて他府県へ展開される体制をとる(事例:2023年発生の長野県中野市4人殺害事件)。日本国内法においてSATの活動範囲は、警察権が及ぶ国内の法執行事案に限定される。

一方、HRTは連邦法に基づく全米レベルの司法警察権を有し、合衆国全土に展開可能であるばかりか、必要に応じて国外の米国権益防護任務にも投入される。

FBI HRTは、元来は純警察型SWATの延長線上に設計された経緯を持つが、1980年代後半以降、完全に「準軍事部隊化」してゆく進化をたどった。近年では海上奪還訓練(VBSS)や国外任務に投入されることも多く、Navy SEALやデルタとの合同訓練は事実上恒常化している。こうした点が、日本のSATとは大きく異なる制度的・文化的背景を反映していると言える。HRTの法的根拠はFBIの権限(Title 28 U.S.C. § 533等)に由来し、事実上、軍事作戦に準ずるレベルでの強襲行動も許容され、2013年10月には、リビアでHRTのオペレーターが、デルタフォースおよびCIAとの共同作戦を実施し、テロリストのアブ・アナス・アル・リビを逮捕している。

任務内容の性格差

SATは、あくまでも警察権の延長線上での人質救出・建造物突入・重武装犯罪制圧・対テロ作戦を主任務とする。民間人の安全確保と最小限の被害抑止が重視され、警察庁は“最後の切り札”としならがも、「人命救助優先の原則」を強調している。

HRTも表向きは人質救出・対テロ・重武装犯罪制圧を任務とするが、その活動範囲は事実上、軍事的制圧行動に踏み込む局面を含む。要員は軍特殊部隊出身者も多く、都市型戦闘、海上プラットフォーム奪還、空挺降下、高度狙撃任務まで広範な作戦能力を有する。

装備と訓練体系の違い

SATの主要装備は国産もしくは日本国内調達品が中心である。突入用のプライマリーとして、MP5機関拳銃(サブマシンガン)を多用し、場合によっては自衛隊が主に配備する89式5.56mm小銃や、狙撃用ライフルが投入され、サイドアームとしてグロック19、SIG P226等が配備される。突入装備としての強制開扉具、閃光手榴弾(フラッシュバン)、防弾シールドも標準装備化されているが、火力の性格はあくまでも「最小限の必要火力」に抑制されている。

一方、HRTの装備体系は実質的に軍事特殊部隊水準である。HK 416(5.56mm)カービン、H&K MP5(10mm)、Glock 22、Springfield Armory 1911(.45ACP)、狙撃銃にはRemington M40A1、Barrett M82A1 (.50BMG) まで多彩に保有しており、M249軽機関銃・M60機関銃すら運用可能である。突入用装甲車両(Lenco BearCat等)も配備され、重装甲での建物突入能力も確保する。

訓練体系においても、SATは日本国内法に則った実戦シナリオ訓練を中心としつつ、陸上自衛隊・海上保安庁・海上自衛隊等との共同訓練を通じて対テロ実践力を向上させているが、HRTはデルタフォース、ネイビーシールズ、USMS SOG(連邦保安官特殊部隊)らとの合同訓練すら日常的に行い、純軍事的戦闘技術を継承している点が大きく異なる。

法文化・制度背景の反映

このように、SATとHRTの性格の違いは、各国の憲法体制と法文化を色濃く反映している。銃器犯罪が日常的に多発し、州・郡・市単位での多層的な警察権限が認められるアメリカにおいては、連邦レベルの武力介入可能なHRTの存在は制度的必然と言える。

一方、日本は銃器規制が極めて厳格であり、警察権の集中性も高い。その中でSATは「警察力」の一部として現行の法制度内に組み込まれており、憲法上の武力行使制約の下でも必要最小限の戦術警察力を確保する仕組みが構築されている。

両者は「表面的には似て非なる組織」であり、単純な優劣ではなく「制度に適合した役割分担」として理解すべきだろう。

アメリカ警察特集コラム第8回 『アメリカの警察以外の法執行機関』

結論

FBI HRTは「警察の顔をした軍系特殊部隊」と評されることがあるが、それは決して誇張ではない。事実、HRTは「軍特殊部隊と同等かそれ以上に近代的装備を整備しつつも、法執行機関としての逮捕優先任務に特化している」という非常に特殊な位置づけのLE系部隊である。その訓練課程の苛烈さは軍事特殊部隊とも遜色なく、投入事例も警察権限の限界を超えた政治的困難事案にたびたび動員されてきた。それゆえに『FBI版デルタフォース』とも称されている。

ただし、治安維持の要である一方で、その高度な軍事的装備と戦術が、一方では市民社会の警察権行使の在り方に対する議論を呼び起こし続けている点にも留意を要する。

出典各種:

https://archives.fbi.gov/archives/fun-games/tools_of_the_trade/tools-of-the-trade-fbi-swat-text-version

https://www.fbi.gov/how-we-investigate/tactics

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