都市の影を駆ける──コードネーム“トカゲ”という警視庁警察官の存在
「トカゲ」とは、警視庁において用いられる通称であり、覆面バイクに乗って活動する捜査員、特にSIT(特殊事件捜査係)に所属する者たちを指す呼び名である。
だが、実際にはその構成はSITにとどまらず、機動捜査隊、さらには交通部の白バイ隊出身の隊員など、各部門から選抜された精鋭たちによって、その都度編成されることがある。必要に応じて形を変えながら、“トカゲ”は静かに現場へと現れる。
彼らの移動手段は、高い機動性を誇る二輪車。それを覆面仕様にして使用し、パトカーとは異なる形で都市空間を縫うように走る。人知れず、しかも迅速に。目立つことなく、だが確実に任務を遂行してゆく姿は、首都東京の裏側で、確かな存在感を放っている。
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“トカゲ”はフィクションの中にも
覆面バイク捜査員“トカゲ”の存在は、数々のフィクション作品にも取り上げられてきた。
たとえば、今野敏の小説『TOKAGE 特殊遊撃捜査隊』では、警視庁内に非公式で設置された秘密のバイクチームが登場し、極秘任務に臨む姿が描かれている。まさに、実際のトカゲ像と重なる内容である。
テレビドラマ『トカゲの女 警視庁特殊犯罪バイク班』では、女性警察官が中心となり、バイクによって凶悪事件に挑む。こちらも実在する女性トカゲの存在を下敷きにしたような設定が目を引く。
なかでも異彩を放つのが、乃南アサによる直木賞受賞作『凍える牙』(1996年)である。主人公・音道貴子は、機動捜査隊所属の女性刑事として描かれ、まさに“トカゲ”さながらの動きで、正体不明の容疑者を追う。孤独な戦いと冷徹な現場、その緊張感が見事に表現されている。
いずれの作品にも共通するのは、“トカゲ”の持つ冷静な判断力と卓越した二輪操作技術、そして目立たぬ場所で任務に挑む孤高の姿勢だ。
“密命を帯びた影”として、実在する者たち
こうした“トカゲ”のイメージは決してフィクションだけのものではない。警視庁をはじめ、全国の道府県警においても、覆面バイクによる非公式の追尾チームが存在するとされており、事件現場などで彼らの姿が目撃されることもある。
任務は多岐にわたり、初動捜査、監視、追跡などを秘密裏に実施。常に表に出ることはなく、現在まで公的な資料にも記されない。
「トカゲ」という呼称の由来は?
トカゲが危険に際して尻尾を切って逃げるという習性──いわゆる“尻尾切り”──これは広く知られたところであるが、彼らの通称の語源について有力なのは“夜の地を這う(ナイトクローラー)”ように目立たず行動する姿」を比喩したものという説である。
いずれにせよ、正体が明かされることは少ない。判明しているのは、「私服で、バイクに乗り、刑事事件を追う警察官がいる」という、ただそれだけだ。だが、それこそが彼らの存在証明でもある。
特殊捜査員トカゲの任務
捜査一課特殊班(SIT)の役割は、ただフル装備で突入して犯人を確保するだけではない。実際には、任務ごとに捜査員それぞれの技量や適性が問われる世界だ。
その中でも、とりわけ異彩を放つのが「トカゲ」と呼ばれる二輪捜査員たちである。バイクによる秘匿追尾に長け、姿を見せず、気配も残さず、獲物に近づく──そうした特殊技能を備えた存在だ。
誘拐事件や企業恐喝、いわゆる“カネの受け渡し”を伴う事案が発生した際、彼らの追跡技術が真価を発揮する。必要なのは、気づかれずに尾行し続けること。ただついていくだけではない。タイミングを見計らい、証拠を押さえ、記録し、そして消える。
たとえば2012年の遠隔操作ウイルス事件。あの犯人が携帯電話を河川敷に埋めた瞬間を、誰にも気づかれず、しかも映像に収めたのが、実はこの“トカゲ”だった。証拠映像は裁判での切り札となり、警察の勝利に大きく貢献した。
普段は街を流しながら、原付によるひったくりの抑止にあたるともされ、バイクの操縦技術と追尾能力に磨きをかけているという。だが、ひとたび誘拐や恐喝といった一課対応の大事件が起きれば、彼らは先遣斥候として現場周辺に現れ、決して目立つことなく、対象を見張る。
カネが動く、その一瞬を狙って──。
破滅の瞬間にカメラを構えて待ち受ける者たちがいる。
“ナイトクローラー”ではなく、“トカゲ”だ。
トカゲの覆面バイクと装備
警察の捜査用覆面バイク、そしてその操縦を担う秘匿追尾捜査員、通称「トカゲ」
この正体に鋭く切り込んだのが、『月刊ラジオライフ』で警察ウオッチャーを務める大井松田吾郎師匠による一連の記事だ。
2004年11月号のラジオライフ『ココがヘンだよ警察覆面バイク』、同年2月号『秘匿性はパト以上 解剖!覆面バイク』、さらに2006年8月号『覆面バイクは着実に進化している?トカゲ最新事情 ver.2006』。この三本立てがトカゲ研究の金字塔と言えよう。
それらの記事によれば、この「トカゲ」、どうやらすべてが捜査一課所属というわけではないらしい。師匠の調査によると、「捜査一課系トカゲ」と、別系統のトカゲが存在するという。
たとえば、機動捜査隊の中にも“トカゲ的存在”はおり、捜査一課以外の部門──たとえば生活安全課や保安課──からの要請があれば、SIT以外の案件に投入され、対象者の動向確認を担うケースもあると見られている。
つまり、普段は別部署に身を置きながら、ひとたび重大事案が発生すれば、招集がかかる「指定捜査員」的な存在とする向きもありそうだ。まさにドラマさながらの動き方である。
とはいえ、現場で主に動いているのは、やはり捜査一課が扱うシリアス案件ばかり。金が動く、命がかかる、そうしたリアルな現場に、トカゲは現れる。
[一見トカゲに見えて、実は違う人たち]
覆面バイクを操るのは、何もトカゲだけではない。
暴走族対策の黒バイ、警視庁警備部機動隊の『遊撃捜査二輪部隊』、大阪府警の『スカイブルー隊』──いずれも、赤色灯を外し、POLICEのマーキングを白テープで隠して覆面化させて活動しているチームだ。だが、彼らは正規の“トカゲ”ではない。似て非なる、いわば“別種”の覆面ライダーたちだ。
もちろん、トカゲは男性限定の職域というわけではない。女性捜査員も実在する。だがその詳細──人員構成や配属部署、任務内容など──は徹底して秘匿されており、公には一切情報が出ていない。
そして、そもそも「トカゲ」という通称の由来すら、公式には明かされない。ただ、ラジオライフ誌の情報によれば、警視庁ではこのバイク捜査員を「トカゲ」と呼ぶのに対し、別の道府県警では「サソリ」などという恐ろしいコードネームが使われていた実例もあるとか。
SITと同様、呼び名は各本部ごとに違いがあり、全国的には複数のコードネームが存在するものと見られている。
要するに、見えないところで走っている。
誰に見られることもなく、誰よりも早く、誰かの人生の終わりを撮る──それが“トカゲ”の仕事だ。
トカゲの装い
私服で活動する覆面バイクの捜査員たち。その身なりは、一見するとごく普通のバイク乗りに見える。ラフなシャツにジーンズ、スニーカーというカジュアルな服装が多く、通りすがりの人々が警察官だと気づくことはほとんどない。
だが、よく目を凝らしてみると、そこには微妙な“違和感”がある──と、ベテラン警察ウォッチャーは語る。彼らの服装は、単にバイクが趣味のライダーのものでもなければ、ファッションとしてバイクに乗る若者のスタイルとも異なる。どこか、意図的に“普通”を装っているようで、しかし完全には溶け込めていない不思議な気配をまとっているのだ。
加えて、足元に目をやれば、白バイ隊員が履くような乗車用のブーツ。上着には、機動捜査隊の隊員がよく着用している、色違いのおそろいジャケットを“チーム”でそろえていることもある。こうした装備の多くは、警察から正式に支給された官給品である可能性が高い。
実際、別の警察本部に所属する“トカゲ”らしき捜査員が、まったく同型のジャケットを着用していた例も確認されており、警察庁が全国の警察本部向けに一括して購入・配布していると考える向きもある。
一方、こうした“トカゲ”たちを現場で指揮するのは、捜査一課の管理官クラスの人物。スーツにネクタイ、片耳にはPチャンイヤホン。移動手段はセダン型の覆面パトカー。そして現場で“トカゲ”たちに指示を出すときには、なぜかいつもコーヒーを片手にしている──が、決して笑顔は見せない。
師匠いわく、「なんだこの集団……目立つ」。
確かに、平日の昼間、無言でバイクにまたがった数人の私服男たちと、それを睨むようにコーヒー片手で立つスーツ姿の男。近寄りがたさと不自然さがにじみ出ている。
「うわ、なんかイヤな集まりだなぁ(笑)」と師匠はぽつりと呟いた。
──見ようによっては、地方公務員のバイクツーリング同好会。しかも、平日の昼間にやっている。
できれば遭遇したくないタイプの“非公式集団”である。いやです。
トカゲが操る特殊仕様のバイク
トカゲが使用するのは、250cc〜400ccクラスのオンロードバイクやスクータータイプの車両で、基本的には国費で導入されたものが多いとのことだ。しかし、都道府県警によっては県費で独自に導入された車両や、場合によっては私有車両を転用している例もあるようで、なかには750ccクラスの大型バイクが配備されていることも確認されている。
こうした覆面バイクは見た目こそ一般車に近いが、内部にはさまざまな隠し装備が施されている。たとえば、ハンドルまわりには白バイと同様のPTTスイッチ(無線送信ボタン)や操作系が組み込まれ、後部ナンバープレートの脇には専用の無線アンテナが装着されていたのが通例だったというのだ。
ただし、白バイのように後部に“弁当箱”と呼ばれるケースがついているわけではない。
では、トカゲたちは“弁当”をどこに隠しているのだろうか──。
答えは「衣服の下」。彼らが使用しているのは、警察庁が正式採用している「S-105型携帯用無線機」。この機種は、専用のベスト型ハーネスに収納して身体に密着させて装着する方式で、外見上の違和感がほとんどないのが特徴だ。
乗車中はバイク本体のバッテリーから給電され、降車時は無線機内蔵のバッテリーで作動する仕様。背中側にはワイヤー型アンテナが仕込まれており、視認性も限りなくゼロに近い。通信チャンネルは共通波と個別呼び出し機能を備え、多数のトカゲが同時投入されても混信しにくい設計になっている。まさに、覆面バイク捜査員専用とも言える装備だ。
このS-105型の仕組みについては、過去に公開された警察庁の特許出願資料にも記載があり、その存在を裏付けている。
秋葉原の裏通りなどにトカゲのバイクが停まっていても、ぱっと見ではほとんど違和感がないかもしれない──が、そこには注意点もある。バイク乗車前、捜査員が自らのコードをバイク側のPTTスイッチに接続する必要があり、この作業の一瞬が“妙な動作”として目立ってしまう、と師匠は指摘する。
とはいえ、ラジオライフ2006年2月号の記事によれば、少なくとも警視庁のトカゲに関しては、こうした“あからさまな操作”は見かけなくなったとのことで、現在ではより一層の秘匿性が追求されていると見てよいだろう。
なお、覆面バイクであっても赤色灯やサイレンアンプは装備されていない。そもそも、トカゲたちの任務は秘匿追尾や張り込みが主であり、緊急走行そのものが想定されていないためである。
彼らはただ静かに、しかし確実に、獲物を追う。都市の片隅に潜む無言の走者、それが“トカゲ”である。
トカゲのまとめ
刑事といえば四輪の捜査用覆面パトカーという凝り固まった一般ジョーシキを逆手にとって、バイクを隠密捜査に投入する手法。それが刑事部のトカゲだ。
それ自体は80年代からごく当たり前のように行われており、現在では知られた暴走族対策用”黒バイ”も、もともとは刑事事件捜査用の覆面バイクとしての導入のほうが先であった。
元徳島県警のリーゼント刑事によれば、自身が機動捜査隊時代にもバイクを張り込みなどの邀撃捜査に使っていたとのこと。
おまけ「トカゲ、雨中に疾る」
2025年6月、都内・中野区。梅雨空の午後、灰色の雲が都心上空に重く垂れ込んで、梅雨の雨が、アスファルトに音もなく滲んでいた。午後三時十四分、警視庁捜査第一課の捜査専務系無線に、震えるような音声が飛び込んだ。
「新井薬師付近、女児誘拐事案発生。被疑車両は黒のハイ○ース、練馬ナンバー。逃走中」
それを傍受したのは、捜査一課SIT(特殊事件捜査係)に付属する非常任編成の一員、「トカゲ」だった。通称「トカゲ」。警視庁内でも一部にしか知られていない非公式なその存在は、機動捜査隊、交通部、そして捜査一課の中でも選りすぐりの捜査員によって構成されている。
彼らは決して目立たない。だが二輪のテクニックと、熟練の白バイ隊員にも匹敵する。主に中型の覆面バイクで現場に急行し、都市部の雑踏や裏路地を素早くすり抜け、機動的に情報収集・追跡・場合によっては犯人の確保まで行う。
その日、都心エリアのあるコンビニエンスストア。その店先に設けられた駐輪スペースに、一台の黒いヤマハ製バイクが目立たぬよう停められていた。跨っていたのは、一見してバイク好きな女性ライダー。巡査長・田中洋子。彼女は交通機動隊の白バイ隊員を経て、現在はSITの機動捜査支援員「トカゲ」を兼務する。
手袋越しに右手親指でハンドル左下の無線スイッチを軽く押し込む。ハンドヘルド無線機に接続されたイヤーピースからは、警察無線が途切れ途切れに流れていた。
「杉並方面への逃走の可能性あり。目撃証言、江古田通りを北上中。繰り返す、目撃証言……」
彼女の“覆面バイク”は、サイレンも回転灯も持たない。だが、彼女の走りには迷いがなかった。雨脚が強まる中、洋子は滑るように都市の谷間を駆けていった。タクシーや配達バイクをすり抜け、信号すらも法の裏打ちのもとで制しながら進む。無線からは同じSIT捜査員らの声が次々に飛び込んでくる。
中野通りを北へ。車列の合間を縫い、渋滞する交差点では歩行者の流れを読むようにして、静かに、しかし確実に前へ進む。歩道をかすめるようにして左折、信号機の死角を突いて小道へと潜り込むと、環七へと抜ける裏のルートが開ける。
「……黒の当該車両、沼袋商店街東端で発見。トカゲ3、後方より追尾はいりまーす」
洋子は応答しなかった。トカゲの任務中は必要最小限の無線使用が求められている。通話の代わりに、一度だけ無線の送信ボタンを軽く押し込む。無線の送信波が一瞬だけ短く送信される。これは緊迫した状況下にて行われる「了解」を意味する捜査員たちの合図だった。
無線では覆面車両で要撃中の管理官が全“トカゲ”に向けて断続的に指示を出し続けている。
ハンドルにマウントされた警視庁の公用スマートフォンには、母屋から送られた地図上のマーカーが表示され、今まさに更新された。表示されたマーカーは、まさに洋子の前方500メートルの交差点に差し掛かっている。
洋子の搭乗するバイクは、一般のバイクと何も見分けがつかない。機動力と秘匿性を優先した仕様であり、それゆえに交通規制を強行突破するような行動は取れない。
もどかしさを感じていないわけではない。しかし、洋子は冷静だった。「追いつける」。そう確信していた。交差点まで500メートル。加速とブレーキングを絶妙に織り交ぜれば、先回りも不可能ではない。
ジャケットの下、ショルダー・ホルスターには9mm口径のセミオートマチック拳銃「グロック45」が10発の9mm弾と共に納められている。スライドは19と同寸でありながら、グリップは17に準じた形状で、最大17発の装弾数を誇り、携帯性とファイヤ・パワーの両立を図ったクロスオーバー・モデルである。安全を重視する日本警察向けに、トリガーテンションをやや重くし、ランヤード・コード装着のために金属クリップを備えた仕様で、洋子のグロックも同様の仕様が施されていた。このモデルは一部の警察装備マニアの間では「グロック45JP」と呼称されているが、非公式な愛称に過ぎず、グロック社も、警視庁も、公式にはそのような名称を内部で使用していない。
追いつける。洋子はそう確信した。
その瞬間、民家の間から黒の車両が細道を抜けて飛び出してきた。商店街から抜け出そうとするコースだ。車列が渋滞している今、目立たず前へ進めるのは歩行者と、そしてバイクだけである。
洋子はバイクを路地裏の電柱脇に止めると、ヘルメットを外さずに送信ボタンを押した。これは「目視確認。接触可能」の緊急符号である。
商店街の喧騒を背に、彼女はバイクから降り、車両の斜め後方に回り込んだ。ホルスターには手をかけず、代わりにジャケットの内ポケットから小型の捜査用カメラを取り出し、車両のナンバーを即座に記録。次の瞬間、捜査一課本部からの指示が入った。
「現場一斉突入、三係が車両前方で封鎖。トカゲ2、側面確保、慎重に」
こうして、トカゲは再び姿を消した。誰に見られることもなく、記録にも、映像にも残らない。だが確かに、その現場には彼女がいたのである。
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その日、杉並区の小学校では「交通安全教室」が開催されていた。体育館に集まった低学年の児童たちは、色とりどりの帽子をかぶって、今か今かと“あのヒーロー”の登場を待っていた。
「ピーポくーん、まだかなあ!」
「はやくぅ〜!」
担任の先生がなだめる中、ステージ脇に立った警視庁の交通課職員が、苦い顔でマイクを取った。白髪混じりの巡査部長、山口は、紙に書かれた台本をちらりと見て、深く息を吸う。
「えー、良い子の皆さん、残念ですが……ピーポくんは本日、体調不良のため、来ることができなくなってしまいました……」
瞬間、体育館に沈黙が訪れる。次いで——
「ええええええーっ!」
「なんでぇ〜〜〜!」
「わああああああん!」
泣き出す子、叫ぶ子、肩を落とす子。小さな世界の中で起きた小さな大事件に、教師たちも困惑していた。
山口はマイクを外し、そっとつぶやいた。
「まったく……田中のやつ、また任務か。ほんと、つくづく星が付かないのが不思議なくらいの働きぶりだよ」
そう言いながら、体育館裏の準備室に入っていく。そこには、立てかけられた青い大きなバッグがひとつ。中に入っているのは、言わずと知れたピーポくんの着ぐるみ。
「仕方ない……今日は俺がやるさ。田中、お前の代わりは……俺に任せとけ」
「係長、ほんとにやるんですか……」
「仕方ないだろう」
今、ひとりの女性警察官がライダースーツに身を包み、凶悪事件を追う一方で、山口は小学校でピーポくんスーツを身に纏う。歳を感じる背中が、哀愁を感じる。
若い部下の手伝いのもと、もそもそとファスナーを上げ、頭部を装着する。ぶかぶかの手袋を引っ張って、鏡の前で軽く敬礼。
「いい感じか?」
「あ、いい感じです」
よろよろと校庭に出ていくと、ひときわ高い歓声が上がった。
「ピーポくーん!!!」
「出たぁああ!」
「ぎゃあああ!!ぴーぽくんだーー!」
ステージ上でドスンドスンとぎこちない足取りで踊りながら、山口は「ピーポくんの中の人」として警視庁のマスコットキャラを演じた。
(……頑張れよ、田中…、いや“女トカゲ”。お前がどんな事件を追っているのか今は知らんが……俺だって警察官として、守る矜恃がある)
その頃、数キロ離れた新宿のビル街では、覆面バイクのエンジンが静かに低く唸っていた。