日本航空の123便墜落事故を巡り、以前から「撃墜説」を唱える青山透子氏(元・日本航空客室乗務員)の著作群について、既に数え切れぬほどの疑問符が投げかけられている。
受信マニアの目線から一歩引いて眺めても、“撃墜説”の根拠は希薄であり、結論を言えば「ありえない」の一語に尽きる。
さらに1985年の同事故から2025年で40年の節目を迎えたが、8月時点で、ネット上には元CAを自称する投稿者(青山透子氏とは別の人物とされる)による「自衛隊機と123便の無線交信とされるやり取りの動画」が出回っており、混迷が深まっている。
以下の引用はその動画からである。
「Japan air 123. こちら Phantom X。現在貴機後方を追尾中」
「あっ!被弾したぞ!本当に撃ちやがった!」
出典 【40年追悼】封印された言葉を解き放つ─40年目の真実【日本航空123便御巣鷹山墜落事件】
上記の引用部分は「Phantom X」なる不明機と日航機との交信のやりとりとされるもの。
投稿者によれば、これは123便のコックピット内のボイスレコーダーに記録されていたもので「国が公表していない部分」としている。動画内では公表された音源は白いテロップ、投稿者が”未公開”と主張する部分は赤のテロップで区別されている。
しかし、赤いテロップ部分に音源は一つもない。
動画では独自のストーリーが展開されており、それによれば爆発音の直後、2機の戦闘機が123便を追い越していく。123便機長らは必死に機体を維持しつつ、管制と交信を試みている。横田基地は緊急着陸の受け入れを申し出ており、123便はそれを受け入れて横田に感謝を示し、横田に向かうが、追尾してきた“ファントムX”は「横田は危険だ。2次被害が出るので、ターンレフトして山に向かってください。これは命令です」と宣告。123便機長は「あいつら山に落とす気やぞ!しょうがない!」と、山間部の畑に不時着を試みるが、その直前「あっ!被弾したぞ!本当に撃ちやがった!」と残し、終わるというもの。
上記内容について、これまでの報道では横田基地が緊急着陸の受け入れを国際緊急周波数の121.5MHzで123便に呼びかけたのは事実だが、123便が横田に応答した記録はないとされている。また、そのほかの「戦闘機と123便との交信」についても、確認されていない。
では確認していこうじゃないか。しかし、確認するまでもなく、このような“交信の記録”などは、無線マニアからすれば突っ込みどころしかない粗悪な創作に過ぎない。
それはなぜか?
2025年時点において、40年前の「新証拠」が実際の音声ではなく「テロップ(文字)」でしか出てこない不自然さを突き、青山透子氏や、上述の動画投稿者による“撃墜説”を「受信文化」という観点から検証していこう。
“撃墜説”を「受信文化」という観点から検証
そもそもの話として、アナログの無線通信が第三者による傍受が可能であるという前提に立てば、こんな”交信記録”が実在したのなら、当時から出回っていたと考えるのが自然なはずである。
では、実際にそうだったか?いいえ。
1985年当時はBCL(海外放送受信)ブームから発展し、空前の無線ブームの真っ只中で、アマチュア無線での交信、エアバンド、警察・消防無線はもちろん、報道連絡波、自衛隊のGCI交信に至るまで、四六時中マニアが受信機にかじりついて耳をそばだてていた。深夜であっても誰かが必ず聞いていた。

なぜなら、戦闘機を飛ばさない通信演習が行われる場合もあるからだ。
ところが、撃墜の交信など、当時何もない。
もし仮に「撃墜」などという事実が存在していたのなら、航空管制と123便との交信や自衛隊機のGCI交信の録音が、アマチュア無線経由で一夜にして全国に流布していたはずであり、その要約は当時の界隈で即座に出回っていたはずである。
しかし、そうはなっていないのが実情だ。
123便が交信していた航空無線について
すでにこの趣味を持つ人には説明不要だと思うが、航空無線と自衛隊の無線について基本を確認し、123便事故の発生した1985年の無線事情を振り返ってみよう。
一般的な航空無線
まず前提として、1985年当時から現在に至るまで、航空無線では、主にVHF帯(118〜137MHz)のAMモードが使われている。これは、市販の受信機さえあれば、距離や電波状況次第で誰でも自由に受信できる。

航空無線には民間機と管制機関との交信に使う航空路管制周波数、各航空会社・防災機関と上空の航空機との業務連絡に使うカンパニーラジオ、小規模飛行場に設置された飛行援助局、そして今回の事故でも管制当局や米軍横田基地によって使用された『国際緊急周波数』などがある。
自衛隊機が使う無線
一方で、自衛隊機や米軍機も、民間航空路を飛行する際には航空局によるVHF航空路管制と交信している。しかし、自衛隊基地やGCI(Ground Controlled Intercept/地上要撃管制)との通信には、主にUHF帯(225〜400MHz)の航空無線が使用される。
これが俗に言う『UHF帯ミリタリーエアバンド』である。

このUHF帯には、戦闘機の要撃誘導を担うGCI周波数も含まれており、1985年当時は、地上レーダーサイトからの音声指示による管制依存度が高かった。現在のような高度データリンク中心の戦術環境ではなく、防空管制において音声無線が重要な役割を占めていた時代である。
もちろん秘話装置や秘匿運用は存在したが、これら自衛隊の通信を含めても1980年代当時の航空無線の多くは、技術的には市販受信機で受信可能なアナログAM通信であり、日本周辺の空域は冷戦下における巨大な“監視空域”でもあったのである。
1、1985年当時の熱烈な無線ブームと、24時間の監視網の中で“撃墜交信”が出回っていないのは不自然
つまり、当時は多くの無線通信がアナログであり、誰でも聴けたために、航空無線、警察無線、消防無線、一般業務無線、そして自衛隊のUHF帯ミリタリーエアバンドなどの一大受信ブームが起きていた。
航空無線マニアの中には、スクランブル発進、訓練空域、GCIの動きなどを日常的にワッチ(受信・傍受)していた者も少なくなかった。
その“撃墜交信”、傍受者ゼロ
したがって、前述の動画にあるような、123便と戦闘機との“撃墜”に関する交信があれば、誰かが傍受していたはずだ。
さらにその傍受された交信は複数の傍受者で録音されたはずだ。
さらにその音源は界隈に出回り、最終的には警察無線を妨害したり、広域レピーターで下ネタを垂れ流す連中が面白がって拡散したはずではないのか。

それなのに、なぜされなかったのか?承認欲求と自尊心を正義と真実の名のもとに最も満たせる瞬間に、なぜ彼らが「メシ食ってる場合じゃねえっ!」をしなかったのか?
当時のアマチュア無線界隈(特に430MHz帯のアングラ感)を知る者にとって、広域レピーターを介した情報拡散の速さと、そのコミュニティの「悪ノリを含めた情報共有欲」の実情は、現代の暴露系インフルエンサーに近い心理が当時から存在した、という観点からSNS全盛の今でこそ逆にリアルだろう。
アナログ警察無線にすら割り込んで、偽指令をパトカーに出して権力や情報統制を嘲笑う連中が、もし万が一にも「自衛隊が日航機を撃墜」などという世紀のスクープを耳にしていれば、電波法など無視して即座に全国へ広めたはずだ、と筆者は迷いなく主張する。
周波数・モード不明の“撃墜交信”
スクランブル発進した戦闘機がどこを飛んでいたのか、レーダーサイトからGCIでどのような指示が出ていたのか、それを四六時中追いかけていたのが、無線マニアや航空ファンであり、そうした“周辺状況”はマニアの“ログ”に残る。
自衛隊の無線だけではない。121.5MHz(ガードチャンネル/国際緊急周波数)については、ニュース報道でも取り上げられているので撃墜説支持者も知っていると思う。

では、上述の動画内で登場する『ファントムXと123便の交信』は、具体的にどの周波数で行われたというのか。
国際緊急周波数121.5MHzなのか。
東京コントロールとの通常交信へ割り込んだのか。
それとも、民間機と戦闘機だけが共有できた“秘密周波数”や特殊な秘話無線機でも存在したというのか。
実は前述の動画を見る限り、動画内に明示された周波数は複数あり、一つが、横田側から提示された「121.4MHz」、もう一つは報道で公表されている「134.0MHz(関東北セクター副用波)」であった。
121.4MHzはおそらく、国際緊急周波数121.5MHzの間違いと思われるが(日航機事故の検証をしている人なら、121.5MHzを121.4MHzとは書かないと思うが)、文脈の通りであれば、この周波数によってファントムXが123便に指示を出したと主張したい思惑を感じられる。
121.4MHzは航空帯域として存在する周波数ではある。しかし、こちらで確認した範囲では、日本国内において個別割当されている実例は確認できなかった。当時の米軍横田基地にはあった可能性も否定できない。
しかし、あくまで国が公表しているボイスレコーダーに残っていたのは、横田が123便に呼びかけた周波数は国際緊急周波数である121.5MHzである。
もし、投稿者が『傍受対策で横田が121.5MHzではなく121.4MHzであえて交信を要求したのだ!これが事実だ!』という設定なら、「軍側が秘匿目的で民間機を個別割り当て外周波数へ誘導」というのは、かなり特殊なシナリオだ。
しかし、ここで大きな問題が生じる。121.5MHzであれ121.4MHzであれ、秘匿していないアナログAMは地上で必ず誰かがサーチすれば見つけることができる。
121.5MHzを避けて121.4MHzを使ったというなら、それはそれで“なぜその周波数なのか”という新たな説明責任が生じる。まず説明せえや。
なお、121.5MHzであれば飛行中の航空機も傍受している。
航空無線には、緊急周波数用に121.5Mhzがあります。 この周波数は緊急用に用意されており、航行中の全ての航空機と管制が常にこの周波数をモニターしております。
引用元 https://skyart-japan.tokyo/2023/08/23/blog-296/
1985年のその事故の直前、その瞬間、無線をワッチしていた受信者は関東だけでも多数いたであろうことは明白だ。
これが撃墜説主張者にはもどかしいところである。
謎の周波数を出してまで『ファントムXと123便の交信』なるものを真実と主張する一方で、当時の傍受状況といった“航空無線として最も重要な部分”が、驚くほどすっぽり抜けている。
当然、第三者に聞かれる自衛隊側も懸念を持っているのが実情である。
2025年、この撃墜説をめぐって、元・自衛隊戦闘機パイロットが大手メディアの取材に答えているが、以下のように述べている。
船場 無理だと思います。それに、当時でも無線オタクがいたと思うんですよ。通信を聞いていた方もいるんじゃないですかね。通常の管制通信は昔も今も(傍受可能な)アナログ無線だと思うんですよ。
引用元 文春オンライン https://bunshun.jp/articles/-/81290?page=3
つまり、自衛隊関係者からしても、そして“当時全国に数十万人規模で存在していたと推定される無線オタク”視点からしても、ストーリーからまるごと“地上で無線を聞いていた第三者の存在”を無視しているという事実こそが、「123便撃墜説」の根拠がゼロであることの決定的な証拠なのである。
2、当時の受信趣味のバイブルにも“撃墜交信”が載っていないんですけど……
1985年当時の『ラジオライフ』誌には、「123便の機体確認のため、航空自衛隊のファントム偵察機が百里基地からスクランブル発進し、通常のスクランブル同様、GCIでレーダーサイトと交信していた」との記事が掲載されている。
実際、偵察機が追尾していたのは事実だ。
その偵察機の飛行の事実が撃墜説支持者の根拠となっているらしい。
ただし、そこまでである。少なくともRLの記事には「撃墜」のげの字もなかった。
撃墜交信があったのなら、少なくとも当時のマニアが「GCIの交信が妙に緊迫していた」「スクランブル機の行動が不自然だった」というレベルの証言を残していて然るべきである。
それが40年経っても「撃墜」などという言葉も記録も回想も、無線マニアから一つも出てこないのは、「なかった」と考える方がはるかに自然と言えないか。
受信マニアの誰一人として、撃墜に関する交信を聞いた人間も、録音した人間もいない。自衛隊無線受信を指南していたあの業界界隈に存在しない以上、答えは自明ではないのか。
むしろここは逆に「新証言!無線マニアが撃墜交信を録音していた!40年間秘蔵されていたテープ、ついに公開!」ぐらいの大胆な創作を披露してくれた方が、まだ“デマ芸”として評価できる。
なぜ無いのか?
それはあの界隈に無線の知識がないことの表れではないか。
なお、ラジオライフ誌では83年のソ連による大韓航空機撃墜事件について詳しいレポートが掲載されており、85年の日航機が撃墜であるならば、それも当然詳しく言及しないはずがないのだ。
ともかく、やはり当時の地上での自衛隊部隊の活動も受信マニアによってモニターされており、ラジオライフに読者投稿が掲載されている。

それによれば30MHzの陸自のローVHFなどが普通に受信されている。そしてやはり、秘密めいた活動の連絡を受信したというような報告はないのである。
なお、先述した当時のソ連による『大韓航空機撃墜事件』では、戦闘機と旅客機との交信を自衛隊レーダーサイトなどが傍受、記録している。北海道方面などの対ソ警戒監視網によるもので、冷戦期には日米ともソ連の軍事通信(とくに防空管制通信)を日常的に監視していたのだ。
自衛隊側は傍受能力がおおやけになるため嫌がったが、日本政府の政治的判断により、その傍受記録は後にアメリカ側へ提供され、国連安全保障理事会でも公開されている。日本政府自身も、「我が国が保有する“ソ連機が地上と交した交信記録を米国と共同して提出した”と公式に説明している。
日米側が提示した傍受記録は、しらを切るソ連側説明の矛盾を示す重要資料となった。つまり、自衛隊側がやっていることをソ連も当時からやっている。あちら側も自衛隊の無線交信を普段から傍受しているのだ。
韓国も北朝鮮警戒の都合上、日本方面の航空監視には一定の関心を持っていた。
つまり、「日本周辺は、冷戦下の1985年当時、屈指のSIGINT(通信情報収集)密集空域であったにもかかわらず、“撃墜”が本当に起きていたなら、具体的な傍受の証拠が国内外の軍事当局・アマチュア局に広く残っていてもおかしくないが、航空無線環境や受信文化を考えると当時の専門誌に“撃墜交信”が載ってないのは明らかに不自然だし、撃墜という政治スキャンダルをソ連はカードとして使わないはずがないし、今も全く出てこねーんだよ」という論旨である。
当局者以外による趣味的SIGINT環境と受信文化を考えると、撃墜説(もしくは撃墜を日本政府が隠しているという主張)は成立しないのである。
まとめ
撃墜説支持者がよく持ち出す言い回しに「無線交信の記録がなかったからと言って、撃墜がなかったとは言えない」というものがある。
もっともらしく聞こえるが、実際には論理的に脆弱きわまりない。
撃墜という極端な事態が起きれば、交信は増える方向に働く。撃墜命令、被撃墜機の報告、指揮系統への上申、つまり交信はむしろ“溢れる”はずで、完全な沈黙は想定しづらい。
彼らは「交信があった証拠」を一切示さずに、「交信がなかった証拠」すら逆手に取ろうとする。証拠がなくても成立する説というのは、科学や歴史の議論ではなく、単なる信仰の域に入っている。こちらとしては、宗教に介入する気は無い。
しかも今回、ついに捏造交信まで手をそめちゃってるわけですからね。
ともかく、「乗客の遺体を自衛隊の秘密部隊が火炎放射器で焼き尽くして回った」といった、常識では到底考えられないレベルの“仮説”まで、前述の青山氏が唱えているのが123便撃墜説を巡る現状である。
これ以上あまりに荒唐無稽な話に突っ込むのは控えたい。
つまり撃墜説支持者は、以下の矛盾を解消できないままでいる。
- 第一に、本当にやばい無線マニアは24時間トイレでも風呂でも受信・録音体制である。
- したがって、史上最大の航空事故において、最もスクープを掴みやすい位置にいた。
- それなのに40年間、誰一人として“撃墜説”の公的検証に耐える録音を出していない。
さらに言えば、当時の受信対象の主役は自衛隊無線よりも、アナログ警察無線である。そこに一切の自衛隊の秘密活動に関する情報をオミットさせて警察活動を遂行できると考えられるだろうか。
航空無線に無い、GCIにない、警察無線に無い、マスコミ連絡波にも無い……。そんな撃墜に関する無線交信はいったいどこにあったというのだろうか。
あとさ、撃墜説支持者は“救助に向かった自衛隊員も口封じでのちに云々された……”とよく言うのだが、もし本当に自衛隊による撃墜を隠し通す国家的隠蔽があったのなら、まず最優先に口を封じなければならないのは、スクランブルを把握している複数基地にまたがる防空指揮所、レーダーサイト、GCI管制員、通信監視系統の要員ではないのか?その瞬間に日本の防空態勢は空白になるわけだ。
そして、その次の段階として全国の無線マニアの家に火炎放射器を持った自衛隊秘密部隊が向かうことにならなければ、おかしいいのだが。みなさん、火炎放射マニアのモヒカンがシャック炙りに来ました?
つまり、この「受信文化」という視点からの問いかけは、「もし撃墜であったなら、なぜ当時の無線愛好家たちは騒がなかったのか?」という「不在の証明」を突きつけている一点に尽きる。
だからこそ「無線マニアは当時、何を、どのように聞いていたのか、聞かなかったのか」という具体的なディテールによって、撃墜説などは冷徹に突き放されてしまうのが、少なくともこの界隈の実情である。
どうも、撃墜説支持派は「航空機同士の無線交信はその航空機同士のコックピット内およびパイロット同士で完結した内輪の会話」と思っている節があるのだが、傍受者の存在は頭にないのか?
つまり、今回の「【40年追悼】封印された言葉を解き放つ─40年目の真実【日本航空123便御巣鷹山墜落事件】」という動画は、まさに撃墜説派の大アカが決定的な墓穴を掘った形に近い。
2026年の夏はどんな手を使ってくるのか。
なお、念のため申し添えるが、当サイトでは電波法を尊重しており、第三者が傍受した航空無線や自衛隊無線の録音内容を公開することを一切推奨していない。
最後に、当サイトは趣味性の高いメディアであることから、墜落事故そのものへの見解を述べるものではないが、事故でお亡くなりになられた方々、ご遺族の方々に対しては心より哀悼の意を表する。

























































































