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シグナリーファン編集部では、無線受信や運用に関して総務省総合通信局の公開情報・公式資料・報道記事・学術文献を継続的に調査・分析しており、各種記事はそれらの調査結果に基づいて構成しています。

戦時中、日本軍が行った対外宣伝ラジオ放送『ゼロ・アワー(The Zero Hour)』とは

第二次世界大戦中、1943年から1945年にかけて、日本は米国をはじめとする連合国に対し、対外宣伝放送という形でプロパガンダ活動を行いました。その一環として、ラジオ・トウキョウ(現在のNHK)で放送された番組が『ゼロ・アワー(The Zero Hour)』です。

『ゼロ・アワー』は、英語を話せる日系の女性や、日本軍の捕虜となった連合国兵士が司会を務めるラジオ番組でした。内容は、戦況の概要や、アメリカの流行歌、さらにはアメリカ兵士の家族や友人へのメッセージなど、幅広いものでした。

『ゼロ・アワー(The Zero Hour)』の目的

では、なぜ日本は敵国の兵士に対して、このような慰問放送とも言える放送を行ったのでしょうか。

いいえ、これは決して米兵を労るための放送ではなく、放送の中には連合国兵士の士気を挫くための挑発的なメッセージが含まれており、実態は“敵を煽る”日本政府による謀略放送そのものでした。

当時の日本政府は内閣の要人が、ほぼ軍人で占められるという異様な体制でした。したがって、外務省・大本営・内閣情報局(情報収集、広報、宣伝、出版統制、報道・芸能への指導取締りを担当…いわば国営ファクトチェックセンター)が連携して対外宣伝や欺瞞放送を実施し、あらゆる国家の外交・情報・報道・経済政策も軍事優先で統制したのです。

司会者は米軍捕虜や日本在住の日系アメリカ人女性が登用された

当初、司会を務めたのは旧日本軍の捕虜となった連合国兵士でした。中には、日本側からの強い圧力を受けて司会を引き受けざるを得なかった兵士もいたものの、その中には、キリスト教の価値観など人間としての普遍的な理想を伝える内容を放送することで、ささやかな抵抗を試みた者もいたと言われています。

その後、日本の参謀本部の少佐は、国内に住む日系アメリカ人の女性に目をつけたのです。

日本軍が日系アメリカ人女性にしたこととは……

突如として日本政府と軍部に目をつけられた日系アメリカ人女性。彼女こそ、アイバ・トグリ・ダキノ(戸粟郁子)でした。

郁子は、昭和16年7月に叔母の見舞いのため来日したものの、同年12月の太平洋戦争開戦により、アメリカへ戻ることが困難となりました。彼女は応じませんでしたが、特別高等警察(現在の公安警察)は郁子に日本へ帰化するように公権力を使って脅迫をしました。

公安警察は共産党や蟹工船や反ワクチン団体だけでなく、同じ公的機関の自衛隊ですら視察対象

昭和17年から郁子は日本放送協会海外局米州部業務班でタイピストとして勤務し、日本軍参謀本部の恒石重嗣少佐の下で対外宣伝ラジオ番組のスタッフとなり、昭和和18年11月からラジオ・トウキョウ放送によるプロバガンダ放送『ゼロ・アワー(The Zero Hour)』の女性アナウンサー「みなしごのアン(もしくは“みなしごのアニー”)」として、戸粟郁子のキャリアがスタートします。

『ゼロ・アワー』の女性アナウンサーたち

当時、『ゼロ・アワー(The Zero Hour)』の女性アナウンサーは戸粟郁子のほか、最大で20人ほどいたとされています。その中にはWW2開戦直前、太平洋横断中に行方不明になり、日本軍に秘密裏に囚われたという説のあるアメリカ人女性飛行士、アメリア・イアハートも含まれていたという噂がありますが、これが事実かどうかは不明です。

彼女らは日本政府の命令により、日本が戦況で有利であるとする誇張した内容や、米兵を侮辱する原稿を読み上げました。

侮辱されつつ「東京ローズ」と愛称をつけた米兵たち

敵国のプロパガンダ放送であるにもかかわらず、太平洋戦線で従軍していたアメリカ兵たちは、彼女たちに対して憎しみを抱くどころか、むしろ親愛の情を抱いたようで、彼女たちを「東京ローズ」と愛称で呼び始めました。その結果、アメリカ兵にとっては心の支えとなる存在になったこともありました。

日本側のプロパガンダ工作員として、その役目に就いた「東京ローズ」。では、彼女たちはどのような放送を行っていたのでしょうか。

以下の動画は、1946年に米国で早くも映画化されたもので、あくまでフィクションですが、この『東京ローズ』が当時、かなりの人気を誇っていたことを裏付けていると思われます。

物語の中では、米海軍の空母内で無線機から流れるアメリカの歌謡曲に耳を傾ける兵士たちの前に、女性の流暢な英語が流れてきます。「こんにちは、ヤンキーの坊やたち、こちらは日本のお姉さんよーん…」と自分たちを揶揄する声に、兵士たちは驚きます。ベテラン兵士がニヤリとして、「こいつが例の東京ローズさ…フヒヒ」と若い兵士たちに教えるシーンが描かれています。

もちろん、これは娯楽映画なので、演じている東京ローズは実際の彼女らではなく、いかにも米国人の女性アナウンサーのネイティブな発音です。

一方、下の動画は米国国立公文書館所蔵の動画で、実際に当時従事していた東京ローズの一人、アイバ・トグリ・ダキノ(戸粟郁子)による再現です。東京ローズたちは自分を『みなしごのアニー』と名乗りました。

 

両者の声を聞き比べると、ご覧の通り、実際の東京ローズは明らかに日本人女性然とした声です。

その愛くるしさのある声かつ、彼らの母国の言葉で、ときに軍事的に性愛的に挑発し、ときに同情を寄せる”東京ローズ”の彼女たち。

もちろん、そんな彼女たちを憎む米軍兵士もいたでしょう。しかし、熱狂的リスナー、アニーオタを獲得したのも事実です。

ただ、日本当局の目論見通り(!?)、心理戦として彼ら米軍兵士の心を挫き、士気を低下させたかという軍事的な評価の観点では不明です。

日本政府当局が行った米国兵士向け謀略放送『ゼロ・アワー』に出演した”東京ローズ”の一人、戸粟郁子 画像の出典 NHK公式サイト『NHKアーカイブス』

東京ローズは『みなしごアニー』を自称し『彼方たち米国海兵隊が恐れるカミカゼがいつも彼方たちの艦艇を狙っているわ。かわいそうなものね』『“みなしごアニー”が音楽を届けるわよ』『また明日のこの時間に放送するから、それまでいい子にしていてね』など、戦争の進行状況を日本側の有利に強調して伝え、前線の米兵を挑発する一方で同情を寄せるなど、巧みなツンデレで日本側のプロバガンダ工作を担いました。

東京ローズに対し、アメリカ兵の中には敵意を向けた者もいるでしょう。しかし、実態は・・・・?

さらには彼ら米兵が故国に残してきた妻や最愛の女性を引き合いに出し『彼女たちは今ごろ貴方ではない他の男とベッドの上かもしれないわよ・・日本のお姉さんは同情するわ』など、薔薇のように甘く刺々しい情緒的な性愛ワードを使って煽る”東京ローズ”は米軍兵士を虜にしました。ツンデレの元祖は日本の謀略放送の女性だったとは。

ついには、アメリカ空軍は自分たちの主力爆撃機であるB29にまで、この東京ローズをモチーフとしたマスコットキャラクターまでノーズアートとしてペイントしてしまいます。

郁子のその後

無論、プロパガンダ工作も軍事におけるれっきとした情報戦の一環です。したがって、「東京ローズ」による放送も、アメリカにとっては明確な敵対行為と見なされました。

終戦後、連合国軍総司令部(GHQ)およびアメリカ当局は、こうした対米放送に関与した人物の戦争責任を追及するため、“東京ローズ”に対する捜査を開始。

しかし、関係者への執拗な聞き取りにもかかわらず、名乗り出たのは日系二世のアイバ・トグリ・ダキノ(戸粟郁子)ただ一人でした。

彼女はアメリカ市民権を持っていたにもかかわらず、日本側の放送に協力したことで戦争責任を問われ、東京・巣鴨プリズンに11か月間収監された後、アメリカ本国に送還されました。そして国家反逆罪で起訴され、懲役10年の厳しい判決が下されました。

実際には7年間の服役を経て釈放され、その後3年間の保護観察処分を受けます。彼女の名誉が回復されたのは、1976年のジェラルド・フォード大統領による特赦による市民権の回復、そして2006年、アメリカ退役軍人会による表彰によってでした。その表彰の直後、彼女は90歳で静かに生涯を閉じています。

東京ローズの歴史のまとめ

まさに、戦争という時代の激流に翻弄された日系女性の一人であったと言えるでしょう。「東京ローズ」はその後、日本国内でもドラマやミュージカルの題材として取り上げられるなど、その存在は長く語り継がれることになりました。

こうして見ると、日本政府が意図した心理戦は、結果としてアメリカ兵の士気を下げるどころか、むしろ逆の効果を生んだといえます。『ゼロ・アワー』はまさに、そうした逆効果の典型例でした。

一方、当然アメリカ側も謀略放送を行っていました。その代表が『ザカライアス放送』と呼ばれるラジオ番組で、日本側の放送とは異なり、一貫して無条件降伏を促す政治的なメッセージが中心となっていました。

ちなみに、こうしたラジオ放送による心理戦とは別に、アニメーション映画など他のメディアを使ったプロパガンダも存在しました。たとえばアメリカでは1943年、日本のニュース番組を風刺したアニメ『Tokio Jokio』が制作されています。

当時のプロパガンダ映画は、敵国の軍や指導者を嘲笑し、自国の国民の士気を高める目的で作られましたが、その多くは今日の視点から見ると、差別や偏見を含んだ内容であったことは否めません。

このような事象は、まさに「日米放送戦争」とでも呼ぶべき情報戦の一端であったのです。

なお、朝鮮半島では今もこのような宣伝放送が続いています。

【現在でも続くプロパガンダ放送】韓国による対北放送の役割とは

北朝鮮による対日無線工作に警戒を要す――HF帯で謎の通信あり、受信時の距離感誤認に注意

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