日本航空の123便墜落事故を巡り、以前から「撃墜説」を唱える青山透子氏の著作群について、既に数え切れぬほどの疑問符が投げかけられている。
受信マニアの目線から一歩引いて眺めても、“撃墜説”の根拠は希薄であり、結論を言えば「ありえない」の一語に尽きる。
さらに1985年の同事故から2025年で40年の節目を迎えたが、8月現在、さらにこの撃墜説を巡って混迷が深まっている。ネット上には自衛隊機と123便の無線交信とされるやり取りの動画が出回っている。
「Japan air 123. こちら Phantom X。現在貴機後方を追尾中」
「あっ!被弾したぞ!本当に撃ちやがった!」
出典 【40年追悼】封印された言葉を解き放つ─40年目の真実【日本航空123便御巣鷹山墜落事件】
「ファントムX」という謎のコールサイン名乗る自衛隊機と日航機との交信のやりとりとされるもの。しかし、交信の音源はなく、ただ、画面上にテロップが出るのみ。
このような“交信の記録”などは、無線マニアからすれば突っ込みどころしかない粗悪な創作に過ぎない。
そもそもの話として、アナログの無線通信が第三者による傍受が可能であるという前提に立てば、こんな”交信記録”が実在したのなら、当時から出回っていたと考えるのが自然なはずである。
では、実際にそうだったか?
2025年という設定において、40年前の「新証拠」が実際の音声ではなく「テロップ(文字)」でしか出てこない不自然さを突き、青山氏の説を「受信文化」という観点から検証する。
無線マニア目線からすれば突っ込みどころしかない代物である理由
1985年当時はBCL(海外放送受信)ブームから発展し、空前の無線ブームの真っ只中で、アマチュア無線での交信、エアバンド、警察無線はもちろん、報道連絡波、自衛隊のGCI交信に至るまで、四六時中マニアが受信機にかじりついて耳をそばだてていた。深夜であっても誰かが必ず聞いていた。

なぜなら、突如始まる「オフサイド劇場」(戦闘機を飛ばさず通信だけでの演習)がとにかく面白かったからである。
ところが、撃墜の交信など、当時何もない。もし仮に「撃墜」などという事実が存在していたのなら、自衛隊機のGCI交信の録音が、アマチュア無線経由で一夜にして全国に流布していたはずであり、その要約は当時の界隈で即座に出回っていたはずである。
しかし、そうはなっていないのが実情だ。
1、1985年当時の熱烈な無線ブームと、24時間の監視網の中で“撃墜交信”が出回っていないのは不自然
撃墜交信があれば、とくに広域レピーターで下ネタを垂れ流す連中が面白がって拡散したはずなのに、なぜないのか?
当時のアマチュア無線界隈(特に430MHz帯のアングラ感)を知る者にとって、広域レピーターを介した情報拡散の速さと、そのコミュニティの「悪ノリを含めた情報共有欲」の実情は、現代の暴露系インフルエンサーに近い心理が当時から存在した、という観点からSNS全盛の今でこそ逆にリアルだろう。
「不謹慎な面白がりによる承認欲求」を辞さない連中が、もし万が一にも「自衛隊が日航機を撃墜」などという世紀のスクープを耳にしていれば、電波法など無視して即座に全国へ広めたはずだ、と筆者は迷いなく主張する。
スクランブル発進した戦闘機がどこを飛んでいたのか、レーダーサイトからGCIでどのような指示が出ていたのか、それを四六時中追いかけていたのが、前述の無線マニアや航空ファンであり、そうした“周辺状況”はマニアの“ログ”に残る。
自衛隊の無線だけではない。121.5MHz(ガードチャンネル/国際緊急周波数)をワッチしていた人間がどれだけいたか、撃墜説支持者は考えたことがあるだろうか。
さらに言えば、当時の受信対象の主役は自衛隊よりも、アナログ警察無線である。そこに一切の自衛隊の秘密活動に関する情報をオミットさせて警察活動を遂行できると考えられるだろうか。
2、当時の受信趣味のバイブルに“撃墜交信”が載っていない
現に1985年当時の『ラジオライフ』誌には、「123便の機体確認のため、航空自衛隊のファントム偵察機が百里基地からスクランブル発進し、通常のスクランブル同様、GCIでレーダーサイトと交信していた」との記事が掲載されている。実際、偵察機が追尾していたのは事実だ。
ただし、そこまでである。記事には「撃墜」のげの字もなかったのが真相だ。
撃墜交信があったのなら、少なくとも当時のマニアが「GCIの交信が妙に緊迫していた」「スクランブル機の行動が不自然だった」というレベルの証言を残していて然るべきである。
それが40年経っても「撃墜」などという言葉も記録も回想も、無線マニアから一つも出てこないのは、「なかった」と考える方がはるかに自然と言えないか。
受信マニアの誰一人として、撃墜に関する交信を聞いた人間も、録音した人間もいない。自衛隊無線受信を指南していたあの業界界隈に存在しない以上、答えは自明ではないのか。
むしろここは逆に「新証言!無線マニアが撃墜交信を録音していた!40年間秘蔵されていたテープ、ついに公開!」ぐらいの大胆な創作を披露してくれた方が、まだ“デマ芸”として評価できる。
なぜないのか?
それはあの界隈に無線の知識がないことの表れではないか。
なお、ラジオライフ誌では83年のソ連による大韓航空機撃墜事件については、詳しいレポートが掲載されている。85年の日航機が撃墜であるならば、それも当然詳しく言及しないはずがないのだ。
当の自衛隊は部外の無線傍受者をどう見ている?
当然、聞かれる自衛隊側も懸念を持っているのが実情である。
2025年、この撃墜説をめぐって、元自衛隊幹部が大手メディアの取材に答えているが「当時から“無線おたく”みたいな連中が何人もいるわけで、その中で撃墜を秘密裏に成功させることなど不可能」と述べる。
なお、撃墜説支持者がよく持ち出す言い回しに「無線交信の記録がなかったからと言って、撃墜がなかったとは言えない」というものがある。
もっともらしく聞こえるが、実際には論理的に脆弱きわまりない。
撃墜という極端な事態が起きれば、交信は増える方向に働く。撃墜命令、被撃墜機の報告、指揮系統への上申、つまり交信はむしろ“溢れる”はずで、完全な沈黙は想定しづらい。
彼らは「交信があった証拠」を一切示さずに、「交信がなかった証拠」すら逆手に取ろうとする。証拠がなくても成立する説というのは、科学や歴史の議論ではなく、単なる信仰の域に入っている。こちらとしては、宗教に介入する気は無い。
つまり、自衛隊関係者からしても、そして“当時全国に数十万人規模で存在していた無線おたく(笑)”視点からしても、ストーリーからまるごと“地上で無線を聞いていた人間の存在”を無視しているという事実こそが、「123便撃墜説」の根拠がゼロであることの決定的な証拠なのである。無視すんじゃねえ(笑)

ともかく、「乗客の遺体を自衛隊の秘密部隊が火炎放射器で焼き尽くして回った」といった、常識では到底考えられないレベルの“仮説”まで、前述の青山氏が唱えているのが123便撃墜説を巡る現状である。
これ以上あまりに荒唐無稽な話に突っ込むのもバカらしく、深入りは控えたい。
……ともかく、やはり当時の地上での自衛隊部隊の活動も受信マニアによってモニターされており、ラジオライフに読者投稿が掲載されている。

それによれば30MHzの陸自のローVHFなどが普通に受信されている。そしてやはり、秘密めいた活動の連絡を受信したというような報告はないのである。
まとめ
撃墜説支持者は、以下の矛盾を解消できないままでいる。
- 第一に、マニアは24時間傍受している超やばい人々である。
- したがって、史上最大の航空事故において、最もスクープを掴みやすい位置にいた。
- それなのに、40年間、誰一人として具体的な「撃墜の交信録音」を出していない。
この「受信文化」という視点からの問いかけは、「もし事件があったなら、なぜ当時の無線愛好家たちは騒がなかったのか?」という「不在の証明」を突きつけている一点に尽きる。
だからこそ「無線マニアは当時、何を、どのように聞いていたのか、聞かなかったのか」という具体的なディテールによって、撃墜説などは冷徹に突き放されてしまうのが実情である。
なお、念のため申し添えるが、本サイトでは電波法を尊重しており、第三者が傍受した無線交信の録音内容を公開することを一切推奨していない。

























































































