はじめに
電波は目に見えませんが、自然現象の影響を強く受けています。大気の状態や太陽活動、地形や建物などの環境によって、届き方が変わったり、思わぬ遠距離まで伝わることがあります。
たとえば、短波通信における電離層反射や、VHF帯でのダクト伝搬、雨や雷による減衰や雑音など、さまざまな要因が関係しています。
これらの仕組みを知ることで、日常の交信や受信の結果をより深く理解でき、趣味としての無線がさらに面白くなります。
本記事では自然現象と電波伝搬の関わりを基本用語とともに整理して紹介します。
気になる用語から各種記事にリンクで飛べますので、知識を広げながら無線ライフをより楽しんでください。
✅自然現象と電波の伝搬特性
伝播
電波が空間を伝わる現象全般。電磁波の「伝播」とは、電波が空間を伝わって移動する現象を指す。
無線通信においては、この伝播の特性が通信距離や品質を左右する重要な要素である。
伝播の方式にはいくつか種類がある。
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地表波伝播:地球の表面に沿って伝わる方式で、VLFやLF帯の長距離通信で利用される。
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空間波伝播:直線的に空間を伝わる方式で、VHF・UHF帯などの比較的高周波数での通信に適している。障害物や地形の影響を受けやすい。
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電離層反射:短波(HF帯)の電波が電離層で反射し、地球の曲面を超えて遠方に届く方式。国際通信などに用いられる。
これらの伝播特性に応じて、送信周波数、アンテナ設置高さ、出力などを調整することで、受信の安定性や通信距離を最適化することが可能である。
太陽黒点
無線通信における重要な外的要因。太陽の黒点が活発な時期には太陽からの放射が電離層を強く励起し、短波帯の伝搬条件が良くなる反面、フレアや磁気嵐で通信が不安定になることもある。
磁気嵐
Geomagnetic Storm。太陽から吹きつける「太陽風」や「コロナ質量放出(CME)」といった膨大なエネルギーが、地球の磁場にぶつかって起こる“地球規模の嵐”のこと。
大気中で風が吹き荒れる嵐とは違い、宇宙空間と地球磁気圏の中で起こる「見えない嵐」ともいえる。
しかし、その影響はかなり現実的で、とくに無線通信の領域では短波(HF帯)帯が電離層の状態に左右される。磁気嵐で電離層が乱れると、短波通信が届かなくなったり、異常伝搬が起きる。
航空無線、船舶通信にとっては「安全運航に直結する深刻なリスク」として大問題だが、無線を趣味にしているアマチュア無線家にとって磁気嵐は”祭り”、そう「宇宙感謝祭」である。
昨日まで快調だった短波が突然沈黙したり、逆に普段届かない遠方の局が聞こえたり、予測できないからこそ「今日は電波がダメだ、磁気嵐かな?」とつぶやきつつ、コーヒーを飲んで待つのも一興です…なんて落ち着いてるそこのキミ!「おい、今日はヨーロッパがガンガン入ってるじゃねえか!」「いや、南米がすげえ呼んでるぞ!」といった異常伝搬が楽しい奇祭。天気予報で「台風直撃!」と聞いて喜ぶサーファーみたいなノリである。
減衰
信号強度が距離や障害物などで弱くなる現象。
遠くから飛んでくる信号は、途中で街のビルや山並みにさえぎられたり、空気中で大きく力を失って弱まる場合がある。
しかし、機材によっては雑音まみれでも何とか声を拾えるものもある。同じ周波数を同じ環境で受信しても、機種ごとに音の印象が異なるのは珍しくない。
これは感度の違いが大きな要因だが、実際に聞こえるかどうかは感度だけで説明できるものではない。
見通し距離
無線通信において、障害物の無い場合に電波が届く理論上の直線距離。電波の届く範囲には「見通し距離」という性質がある。
これは文字通り、送信アンテナの位置から目で見渡せる範囲に電波が飛んでいく、という法則である。
したがってアンテナを高所に設置すれば、その分だけ広いエリアへ信号を送り出せる。
送信所がビルの屋上や山頂に設けられるのは、この特性を最大限に活かして安定した通信を確保するためである。
当然、この理屈は受信側にも当てはまる。受信機を持って高い場所に上がれば、眼下に広がる範囲にある無線局の電波を捉えやすくなる。
💡 補足:一戸建ての自宅で受信状態が悪いときは、受信環境を改善する手段として「窓際での受信」と「高所での受信」が有効。買った受信機のレビューで☆1をつける前に、まずは2階ベランダでの受信を試すこと。
空電
雷など自然由来のノイズ。特に短波帯で発生するバリバリッという破裂音。AMラジオ受信時でもおなじみ。→マンガ『カモシカ』で解説
スキップ現象
電離層反射により短波が遠方に届く現象。短波帯の電波は、大気の上空にある電離層に反射して地球の遠方まで届く。これを「スキップ現象」と呼ぶ。
つまり、見えない空の壁にぶつかって戻ってくるおかげで、何千キロも離れた局と交信できてしまうのだ。
その正体はなにか?電離層に反射する前に近すぎる相手には届かず、かといって反射して戻ってくる距離にも入らない“空白地帯”ができる。
これが「スキップゾーン」である。
たとえば、東京の局が発射した電波がオーストラリアまで届くのに、名古屋では全然聞こえない……。そんな摩訶不思議な電波のトランポリン遊び現象である。遊び場の真下にいる人だけ無視される。電波はまるで気まぐれな旅人なのさ。
ショートスキップ
近距離でもEスポ伝搬。電離層のE層反射で、100~500km前後の範囲に強く入感する短距離スキップ伝搬。夏場のVHFで発生。
💡 補足:アナログ時代は警視庁と群馬県警の無線(同じ周波数)が被ることもあり、通信指令室から注意喚起が出された。
フェージング
フェージングとは、電波の受信強度が時間とともに変動し、音声や信号が弱まったり強まったりする現象の総称である。
主な原因は、同一の電波が複数の経路を通って受信点に到達するマルチパス伝搬である。
異なる経路を通った電波は位相がずれており、強め合ったり打ち消し合ったりすることで、受信信号の強弱が周期的に変化する。
このほか、大気の状態や電離層のゆらぎ、建物や山岳による反射や回折もフェージングの要因となる。
短波通信においては特に顕著で、数秒から数分単位で信号強度が変化することが多い。
FM放送や携帯電話のようなVHF・UHF帯でも、移動中に音が途切れるなどの形で現れる。
フェージングは通信の信頼性を低下させるため、ダイバーシティ受信やエラー訂正技術などが対策として用いられている。無線通信を理解する上で避けて通れない基本的な伝搬現象である。
Eスポ(スポラディックE)
電離層のE層に突発的に強い電離が発生し、通常は反射しないVHF帯の電波が長距離伝搬する現象である。
発生メカニズムは完全には解明されていないが、流星や雷雲活動、地磁気や大気波動が関与していると考えられている。
特に初夏から夏にかけて北半球で頻発し、日本でも5月から8月にかけて観測されることが多い。
Eスポが発生すると、30MHz前後の短波帯だけでなく、50MHz帯や場合によってはFM放送波(約80~90MHz)やアマチュア無線の144MHz帯まで反射して、数百kmから数千km先の局と交信が可能となる。
アマチュア無線家にとっては珍しい遠距離通信のチャンスである一方、放送や業務無線にとっては混信の原因ともなる。
発生は突発的で持続時間も数分から数時間と様々であり、無線通信における重要な伝搬現象のひとつである。
デリンジャー現象
太陽活動に起因する短波通信障害の一種で、太陽フレアなどによりD層の電子密度が増大し、短波帯の電波が吸収される現象。
遠距離通信が困難になるため、短波放送やHF通信に影響する。
特に太陽面爆発やフレアによって発生する強烈なX線や紫外線が地球の電離層D層を急激に電離させることで起こる。
通常、短波通信は電離層を反射して遠距離伝搬を可能にしているが、この現象が生じるとD層での電波吸収が極端に増大する。
その結果、数MHzから数十MHz帯の高周波通信が突如として減衰、あるいは全く受信できなくなるのである。
発生から影響が現れるまでの時間は数分程度と非常に短く、予告なく起こるため「サドン・イオノスフェリック・ディスターバンス(SID)」とも呼ばれる。
持続時間は数分から数時間に及ぶことがあり、特に昼間の電波通信に大きな影響を与える。アマチュア無線や航空無線、船舶通信など、短波を利用する分野では深刻な問題となる現象である。
デリンジャーという名称は、これを研究したアメリカの物理学者ジョン・デリンジャーにちなむ。
太陽活動の影響を受けやすい通信分野においては、この現象を理解することが安定運用に不可欠である。
空耳
受信マニアあるある。「空耳」とは、受信マニアの世界でしばしば経験される、実際には信号がないのに、何か聞こえたように感じる現象である。
実際には送信信号が存在しないにもかかわらず、耳や脳が勝手に音声や信号を「聞いた」と解釈してしまうものである。
まさに無線趣味者あるあるといえる。原因としては、微弱なノイズや受信機の内部雑音、あるいは過去に聞いた音の記憶が脳内で再構成されることなどが考えられる。
長時間受信を続けると、信号が途切れた瞬間に「ラウンデル、何か言ったか?」と錯覚することが増えるのだ。
ユーモラスに言えば、「無線の幽霊信号」とも表現できる。存在しないはずの交信が聞こえた気がして、過去や、この世にいない存在と交信できるかのような期待に一瞬心躍るが、現実にはただのノイズだった…という。
✅電離層の種類
電離層とは、太陽から放射される紫外線やX線などの高エネルギー放射によって、大気中の酸素や窒素分子が電離し、自由電子とイオンが生成されて存在する領域を指す。
地上から約50kmから数百km上空にかけて形成され、無線通信に大きな影響を及ぼす。
電離層は高度によって主にD層、E層、F層に分類される。HF帯(3〜30MHz)の電波はこれらの層に反射されて遠距離に到達するが、電子密度の状態によって反射や吸収の度合いが変化する。
電子密度は太陽活動や季節、昼夜の違いに応じて大きく変動し、特に夏場や太陽活動極大期には高くなる傾向がある。
D層
D層は電離層の中で最も低い位置に存在し、高度約50〜80kmに形成される。
主に太陽からのX線や強い紫外線によって生成されるが、電子密度は他の層に比べて低く、また再結合速度が非常に速いため、夜間になるとほとんど消失してしまうのが特徴である。
昼間のD層は、短波(HF帯、3〜30MHz)の電波を反射する能力はほとんど持たない。
その代わりに電子との衝突によってエネルギーが吸収され、結果として短波の減衰を引き起こす。このため、昼間の短波通信においては、特に低い周波数帯(3〜5MHz付近)が使いにくくなる。
一方で、長波(LF帯、30〜300kHz)や中波(MF帯、300kHz〜3MHz)は、このD層によって「導波」され、地表と電離層の間を伝搬する「スカイウェーブ」によって、昼間でも数百kmから千km規模の広範囲に届くことが可能となる。
この性質は、ラジオ放送や海上通信、航空航法無線などにおいて重要な役割を果たすものである。
また、D層は太陽活動や地磁気嵐の影響をもっとも強く受ける。
太陽フレアが発生すると、強力なX線や紫外線によって急激に電子密度が上昇し、HF帯の電波が一斉に吸収される「デリンジャー現象」が生じる。
その際、昼間の短波通信は数分から数時間にわたって完全に途絶する場合がある。
D層は短波通信にとって妨害要因であることが多いが、同時に長波や中波通信を成立させる要の層でもあり、無線伝搬を理解する上で欠かせない存在となっている。
E層
E層は高度約90〜120km付近に形成される電離層であり、昼間は太陽からの紫外線やX線の影響で電子密度が増加する。
電子密度はD層より高いため、HF帯(3〜30MHz)の電波を反射する能力を持つ。これにより、数百kmから2000km程度の比較的中距離の無線通信に寄与するのが特徴である。
夜間になると電離作用が弱まり、電子は中性粒子と再結合して密度が低下するため、通常のE層は大きく減衰する。
E層で特に注目される現象が「スポラディックE(Eスポ)」である。これは突発的に非常に高い電子密度を持つ小規模なE層が局地的に発生する現象で、VHF帯(30〜300MHz)の電波さえ反射することがある。
Eスポが発生すると、普段は地上波通信にしか使えない50MHz帯(6mバンド)や、時にはFM放送・アナログテレビの周波数帯までもが遠距離伝搬を示す。
とくに夏場に多発するEスポは、アマチュア無線の世界で特に注目される。通常、50MHz帯(6mバンド)の電波は見通し範囲を超える遠距離通信には適さない。
しかし、Eスポが発生するとE層に突発的な高電子密度領域が形成され、これが50MHz帯の電波を強力に反射する結果、数百kmから場合によっては2000km規模の長距離交信が可能となる。
日本国内では、北海道から沖縄といった地域間の交信が6m帯FMモードで成立するのはEスポ発生時に限られるため、この季節的現象はアマチュア無線家にとって大きな楽しみである。
さらに、条件が良ければ海外との交信も可能となり、6mバンドは「マジックバンド」とも呼ばれている。
特にFMモードによる交信は簡便で扱いやすいため、多くのアマチュア無線家がEスポシーズンに挑戦する人気の運用スタイルである。
Eスポの発生要因については未解明な部分も多いが、風のせん断や流星の影響などが関与していると考えられている。E層はこのように、時には驚くような交信機会をもたらす層である。
F層
F層は電離層の中で最も高い位置にあり、高度約150〜400kmに形成される。
電子密度が非常に高く、昼間にはさらに二つに分かれ、下層のF1層(約150〜250km)と、上層のF2層(約250〜400km)として存在する。
夜間になるとF1層が消滅し、F2層だけが残る。このF2層こそが短波無線の長距離通信にとって最も重要な層である。
HF帯の電波はF層で強く反射され、数千km単位の遠距離伝搬が可能になる。条件が整えば、地球を何度も反射して「多段ホップ」伝搬を起こし、地球の裏側にまで到達することもある。
アマチュア無線においては、世界中との交信(DX)が可能となる要であり、また短波放送が国際的に利用されてきたのもこのF層の存在による。
F層の性質は太陽活動や11年周期の黒点数に強く依存する。黒点数が多い「太陽活動極大期」にはF層の電子密度が増加し、高い周波数(20MHz以上)でも安定して長距離通信が可能となる。
一方、太陽活動が低調な時期には高周波が減衰し、10MHz以下の通信が主体となる。また、磁気嵐の影響を受けるとF層の状態は大きく乱れ、短波通信が途絶することもある。
このように、F層は国際通信を成立させる最も重要な反射層であり、アマチュア無線家や短波放送リスナーにとっては、活動状況を常に意識せざるを得ない存在である。