その信号は、専門家の間で『Japanese Slot Machine(ジャパニーズ・スロットマシン)』と呼ばれている。
名前の由来はそのまま、「キュンキュン」「ピロンピロン」と鳴る音がパチスロの音にそっくりだからだ。だが、それは決して娯楽の電波ではない。
電子音で、規則的に、しかしどこか意味ありげに空を這うように流れるこの電波――。
この妙な呼び名を持つ電波は、最初に気づいたのが日本人ではなく、海外の無線マニアのフォーラムだったという事実をご存知だろうか?
インターネットの掲示板に投稿された一つの録音ファイル。それがすべての始まりだった。
「なんだこの音は?」「ジャパンから発信されてる」「スロットみたいだ」
謎の電波『Japanese Slot Machine(ジャパニーズ・スロットマシン)』
~キュンキュン響く“電波の呪文”は、誰に届くのか?~
そう、最初に“この怪電波”を世に紹介したのは、オーストラリアの短波ウォッチャーだったのだ。
それから間もなく、ヨーロッパやアメリカの無線マニアたちがこの信号の発信源を突き止めていった――地図上に記された千葉県・市原市の某自衛隊基地、そして鹿児島・串良。
そこから放たれていたのは、たしかに“スロットマシンのような音”をまとった、謎の暗号信号だった。
発信源が、自衛隊の通信施設というのが興味深い。周波数は3〜10メガヘルツ、モードはUSB(上側波帯)、信号はPSK変調のデジタル通信。この種の電波に詳しいHF無線マニアなら、一度は耳にしているという。
項目 | 内容 |
---|---|
通称(正式名称ではない) | Japanese Slot Machine(ジャパニーズスロットマシン) |
使用周波数帯 | 3MHz〜10MHz(HF帯) ※海上移動通信向けとされる帯域。潜水艦向け通信と思われる |
変調方式 | PSK(位相偏移変調) ※高度にデジタル化された信号 |
送信モード | USB(上側波帯) |
発信源 | 海上自衛隊市原送信所(千葉県) 串良送信所(鹿児島県) |
音の特徴 | パチスロに似た電子音 “キュンキュン”“ピロン”といった不規則なループ音 |
受信範囲 | 日本国内全域および海外でも受信報告あり |
初出・注目された時期 | 2001年ごろ(海外の短波マニアによる報告が端緒か?) |
内容の解読 | 不明。暗号化されており復調不能 |
用途と推測 | ・艦艇への通信(表向き) ・周波数のマーカー役割 ・国外の諜報員(別班など)への暗号指令(有力説) ・敵国への威嚇的な存在誇示(心理戦の一部?) |
日本国内での認知度 | 極めて低い。一般にはほぼ知られていない |
怪異・都市伝説的要素 | ・なぜか国内より海外で先に話題に ・“聞いてるだけで中毒になる”という噂 ・送信が深夜帯に集中することもある |
妙なのは――その内容が、誰にもわからないという点だ。
デジタル変調の形式は極めて高度で、民間の技術では復調(復元)不可能。電波はたしかに存在しているのに、その“中身”を知るすべはない。
◆ ◆ ◆
では、何のために?
送信に使われているのは、海上移動通信用の周波数帯。これにより、まず疑われるのは艦艇への命令伝達。つまり、通常の作戦通信だという説だ。
しかし――その“ただの通信”にしては、あまりにも音が奇妙すぎる。しかも、発信は陸上の施設から。対象が本当に船なのか、という根本的な疑問もある。
そして、囁かれるもう一つの仮説。
それは、海外に潜伏する陸上自衛隊の秘密工作員――いわゆる「別班」――への暗号通信ではないかというものだ。
事実、「別班」は存在が公には認められていない謎の部隊。任務は、極秘の情報収集・潜入調査・破壊工作とも噂される。もし本当に彼らが外国に潜んでいるとしたら、インターネットや電話のような監視されやすい通信手段ではなく、特定の短波周波数を使った“古典的”な乱数放送による暗号指令こそが、最も確実な連絡手段かもしれない。
◆ ◆ ◆
このように、謎に包まれた『ジャパニーズスロットマシン』は、単なる軍事通信とは思えない“何か”を秘めている。
触れないほうが良い話題なのかもしれない。日本政府の意にそぐわない行動で命を落とすことになりかねない。
短編『ジャパニーズスロットマシン』より:
―記録されざる電波―
「……敵じゃないって、どういうことですか?」
夜の住宅街。深夜2時、街灯の下で、男は低く鋭い声を発した。
風が吹き抜け、隣にいた女性捜査官・瀬名(せな)のコートがわずかに揺れる。相手の女は、海自の制服を着ていた。だが、階級章も部隊章も付いていない。
表情はあまりにも静かすぎて、まるで人間ではないかのようだった。「だから、”敵”ではないのよ」
女はまっすぐに言う。声は感情の抜けた機械音のようで、瀬名の背筋にぞっと冷たいものが走った。男――主任捜査官・三雲(みくも)は、口元をわずかに引き締めた。
この数週間、彼らは市原の旧自衛隊無線施設で異常電波の発信源を調査していた。それが通称「ジャパニーズスロットマシン」。
その音はパチスロの電子音に似た高周波で、意味を成さぬノイズの連続――のはずだった。しかし、受信した記録音には、はっきりと人の声が混じっていたのだ。
それも、「この世に存在しない言語」で、それでも意味が理解できてしまうような、奇妙な音声だった。「……あれは、暗号通信じゃなかったの?」瀬名がつぶやいた。
「違うわ」
制服の女が微笑んだ。
その顔が、夜の闇にかすかに滲んだ――いや、揺らいでいるように見えた。「“あの音”は、こちら側のものではない。
わたしたちは、ただ“送る”だけ。返してはいけないのよ。どんな言葉でも。」三雲が口を開こうとしたその時、女は静かに一歩、彼らの方へ近づいた。
「これ以上、近づかないでください。これ以上、掘らないでください」
彼女の声は穏やかだった。だがそれは、海底から届くような圧倒的な重みをもっていた。「あなたたちには、まだ“識別番号”が付いていない。だから“彼ら”は気づかない。でも、録音したままだと、時間の問題よ。」
「……識別番号?」
「”あちら”のための……タグよ。」
そう言い残し、女は夜の道を歩き去った。
その背中が消えた直後、三雲のコートのポケットで、ICレコーダーが勝手に作動を始めた。
録音モードではない――「まさか……!」
三雲が慌てて電源を切ると、ICレコーダーの液晶に一瞬、乱れた数字が表示された。
“8723901…SE…NA”
「これ……?」
瀬名が、彼の手元を覗き込む。
だがその瞬間、夜の空気が凍りついた。上空――音もなく、巨大な影が滑るように通り過ぎた。
飛行機ではない。ドローンでもない。“何か”が、地上の彼らを“見ていた”。瀬名は震える声でつぶやいた。
「……私たち、もう見つかってる。」
◆編者注:
この“Japanese Slot Machine”と呼ばれる信号は、現在もHF帯の特定周波数で断続的に受信されている。
音そのものは平坦だが、その向こうに誰がいるのか――誰が、何を送っているのかは一切不明である。
ただ一つ言えるのは、それを聴いた者は、何かを“引き寄せる”という点で一致しているということだ。
もし、あなたが夜ふとチューニングしたHFラジオから、この「スロット音」が流れてきたとしたら?
それは単なるノイズではない――この国の“影”が、誰かに何かを伝えようとしている合図かもしれないのだ。
今日もまた、空のどこかで響いている『ジャパニーズ・スロットマシン』の旋律。
それは、知られざる作戦の始まりを告げる、音の呪文なのかもしれない。