1980年代から90年代にかけて、日本の警察無線はアナログ方式からデジタル方式へと急速に移行しつつありました。

デジタル化は、第三者による傍受や妨害を困難にすることを主目的としたもので、高い秘匿性と安全性が確保されたと認識されていました。
しかし、その強固であるはずの警察無線の前提に一石を投じる形となったのが、1998年(平成10年)4月に警視庁公安部が摘発した、いわゆる革マル派非公然「浦安アジト」事案です。
高度な暗号化と多重の安全機構を備えていたとされる当時のデジタル警察無線機 MPR-100 ですが、それにもかかわらず、1990年代後半、第三者による傍受が実際に行われていたことが明らかになったのです。
事案の概要
当時の報道や専門誌、警察発表などによれば、1998年に千葉県浦安市内のアパート一室が、革マル派の非公然拠点として使用されており、ここから多数の無線関連機材が押収されました。
室内には複数台の受信機材(市販の無線機を改造したもの)、デジタル信号処理に関連するとみられる装置、さらに大量の録音機器が設置されていたとされています。
特に注目されたのは、数千本規模のカセットテープが保管されていた点で、これらには長期間にわたって収集・記録された無線通信音声が含まれていた可能性が指摘されました。
その中には、警察のデジタル無線通信とみられる内容も含まれていたのです。
また、警察無線の受信に使われたアンテナは、周囲から目立たないよう、ベランダの植栽などに紛れ込ませる形で設置されていたと報じられています。
参照サイト:革マル派非公然アジト捜査結果の内容公開に関する質問主意書
参照サイト:警察庁公式サイト「平成11年度 警察白書」 https://www.npa.go.jp/hakusyo/h11/h110600.html
技術的評価と不明点
この事案はしばしば「警察無線が解読されていた事件」として言及されますが、実際にどの程度まで通信内容が理解可能な形で取得されていたのかについては、公式に詳細が明らかにされていません。
具体的には、
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警察のデジタル無線機(当時の主力機種とされる MPR-100 系)の暗号そのものが解読された
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あるいは、秘話が適用されていない通信や運用上の隙を継続的に記録していたのか
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周辺機器や設定ミス、鍵管理上の問題が利用されたのか
といった技術的核心部分については、現在も不明確な点が多く残されています。
そのため、専門的には「完全な暗号解読が行われていた」と断定するよりも、何らかの形でデジタル警察無線の通信内容が実用的な形で傍受・蓄積されていた事実が確認された事案と捉えるのが、より慎重な評価とされています。
警察無線史における位置付け
この浦安アジト事案は、デジタル化によって万全と考えられていた警察通信であっても、組織的・継続的な情報収集の対象となり得ることを示した点で、大きな衝撃を与えました。
以後、警察無線においては、
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暗号方式の更新や鍵管理の厳格化
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運用ルールの見直し
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デジタル方式の多様化・高度化
といった対策が段階的に進められていくことになります。
この意味で、革マル派非公然「浦安アジト」事案は、単なる過去の摘発事件にとどまらず、日本の警察通信体制が次の段階へ移行する契機の一つとなった象徴的な出来事として、現在でも警察無線史を語る際に言及されることがあります。
2002年12月に、革マル派非公然活動家による神戸の連続児童殺傷事件の加害少年の検事調書窃盗事件で、警視庁公安部と北海道警が札幌市内の関係先を家宅捜索したところ、暗号解読機やデジタル無線機、デジタル信号を
解読できる機能を持つROM(読み出し専用メモリー)などが押収されたとの報道があります。
ただし、報道によれば、2003年当時、警察無線は次世代の「APR」に移行しており、これらの機材はAPR方式の解読に対応していませんでした。
参照元:http://www.asyura2.com/2003/nihon3/msg/201.html
APRに移行してからは、表立って「警察無線が解読された」という話は出なくなった一方、現職警察官が貸与された受令機を悪用して、受信した無線交信を録音して販売する事件が起きています。

「浦安アジト」事案のまとめ
いずれにせよ、この「浦安アジト」事案は、デジタル化によって秘匿性が飛躍的に向上したと考えられていた警察無線であっても、組織的かつ執拗な取り組みによって情報収集の対象となり得ることを示した象徴的な出来事として、警察通信史の中でしばしば言及されています。




















































































































